IMFの世界経済見通し(2009.秋)

開催日 2009年10月16日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

2009年秋見通し――本格的な回復には時間がかかる

有吉 章写真2008年第4四半期、2009年第1四半期に世界経済は、とりわけ先進国とアジア工業国を中心に、相当大きな落ち込みを経験しました。ここにきて、新興国の力強い成長もあって、ようやく安定化の兆しが見えていますが、本格的な回復にはまだ時間がかかる見込みです。先進国でも、成長率では一見新興国と同様にV字型の回復が見られますが、実際のところは大幅なマイナスからようやくゼロ近くにまでフラット化したという状況です。特に落ち込みが顕著だった輸出と鉱工業生産もかなり持ち直していますが、危機以前と比べるとまだ低い水準にあります。在庫調整もあって消費者心理は改善していますが、需給ギャップが残る中で失業率は上昇を続けています。失業率に関しては、IMFの中心シナリオでも、ピークアウトは2010年中頃以降、通常レベルに戻るのは2013年、2014年になる見通しです。

今回の景気後退の直接の原因となった金融システムのフリーズアップは、各国政府の支援・措置を経てようやく安定化してきています。インターバンクのスプレッドもリーマン以前の水準に戻っていますが、銀行のデフォルトリスクと連鎖破綻リスクは依然として高く、政策によって安定化している部分が崩れた場合にリスクがあると見ています。途上国でも各種スプレッドが一時期大幅に上昇しましたが、今ではほぼマクロ経済的リスクを反映したレベルに戻ってきています。特に回復が著しいのが株式市場への資金流入であり、とりわけアジア諸国では資本流入の過剰が懸念材料となりつつあります。2009年4月時点では各リスクが殆ど極限にまで高まる一方でリスク選好は極端に低下していましたが、ここにきて金融環境はかなり改善しています。とはいえ、さまざまな意味での不安定性、不確実性はあると見ています。

国別・地域別で見ますと、アジアでは春先頃から序々に改善の傾向が見られ、特に中国は力強い回復を示しています。一方、欧州と北米は回復の芽が出てきたばかりという状況です。

2009年秋のIMF見通しは、2008年春と比べて数字的には上方修正となっています。特に2010年に関しては1ポイント以上の上方改訂になっていますが、四半期ベースでみると、2009年後半の成長の寄与度が大きく、2010年の成長率の上昇の多くははゲタの効果であるということがわかります。さまざまな公共支出の効果が予想以上に出たことがその背景にありますが、中期的な回復に関しては慎重な見方をしています。

過去の例を見ますと、通貨危機ないし金融危機の後は、成長率が大幅に低下し、トレンドラインになかなか戻らない、というのが典型的なパターンのようです。チリやメキシコでは、その後、FTA締結といった外的要因や構造改革もあって、危機以前を越える成長率を達成していますが、殆どのケースでは、7年後も従前のトレンドと比べて10%程度低い産出水準となっています。

今後の回復見通し

上方改訂があったとはいえ、2010年中の成長率は米国で1.9%、ユーロ圏で0.9%と、潜在成長率を下回る見込みです。日本は潜在成長率にかなり近い1.4%、中国は7.9%と当初の予測以上の成長率になる見込みです。このように世界経済は最悪期を脱しつつありますが、中心的な見通しによると、その後の回復は緩やかなペースで進むため、GDPギャップが埋まるにはかなりの時間を要する見込みです。

今回の短期的な回復・安定化は、大規模な政策介入による需要の下支えと銀行部門の安定化、信用の回復が1つの大きな要因となっています。経済の極端な落ち込みを阻止する、というメッセージを政府が打ち出したことによって、スパイラル的悪化はひとまず回避されています。もう1つの要因は在庫調整です。そうした公的需要や在庫調整による回復から民間最終需要(消費、投資)による回復にいつ移行できるかが、持続的な回復を実現する上での焦点となります。それに関連して、大規模な刺激策はいつまで必要なのか、いつまで続けられるか、という出口戦略の問題があります。また、もう少し中期的な話として、民間需要への転換と同時に、米国や東欧諸国などの経常赤字国における内需の縮小を、中国、日本、ドイツ、産油国などの黒字国の内需転換でどうカバーできるかが最も大きな課題となります。

その鍵となる要素をいくつか見てみましょう。まずは米国の消費動向ですが、バランスシート調整による家計貯蓄率の大幅な上昇が家計消費を抑える結果となっています。一方、投資の先行きですが、世界的に見て、資本操業率の低さ、資本ないし資本設備の余剰、手元流動性の不足から、設備投資に制約がかかる状態が続いています。資金調達はノンバンク経由(株式市場など)、銀行経由のいずれも厳しく、特に欧米銀行のローン損失はむしろこれからピークを迎える見込みです。来年末までに危機以降の累計で約2兆8000億ドルの損失が計上される見込みですが、現時点での銀行が会計上認識しているのはその半分程度のようです。自己資本の増強もあって、これらの損失をすべて被ったとしても、銀行部門がトータルとして資本不足になったりする可能性はあまり無さそうですが、仮に銀行が低すぎると言われる自己資本比率を8~10%にまで引き上げ、レバレッジを4%台に戻すならば、さらに大規模な資本増強が必要となる見込みです。逆にそうした資本増強が無いと、民間部門への与信は今後も低迷し、credit crunchに近い状況が2010年、2011年まで続く可能性があります。

米国についてみると、在庫循環の後に民間最終需要(消費、固定資産形成)によるV字型回復が起きた1991年の不況時と違い、今回の場合は、個人消費も設備投資も低迷する中で政府支出と在庫循環が2010年中頃まで景気を支え続ける見込みです。それをいかに民間の消費と投資につなげていくのか――。今後、見通しの悪化により再び在庫調整が起きる可能性もあることから、下ぶれリスクが相当高い状態がこれからも続くと見ています。経済危機の引き金となった住宅価格に関しては、米国では調整が概ね完了しつつありますが、スペインなどの欧州諸国ではまだ調整が続く見込みです。

求められる出口戦略、財政健全化への道すじ

景気回復の芽(green shoot)が見られる一方で、財政、金融などの面で異例な政策をとっていることから、そうした正常でない状態からできるだけ早く脱却すべきだ、という出口(exit)論も出てきています。しかし、IMFとしては、各国・各地域の経済に弱さと不確実性が残る中で景気刺激策を解除するのは失速の懸念があるため、もう少し回復が軌道に乗ったことを確認してからにすべきだとの意見で一致しています。とはいえ、出口について考えておく必要は指摘しています。たとえば、財政政策に関しては中期的な健全化政策の策定・提示を、金融部門に関しては金融環境の改善に合わせた、できるだけマーケット機能を活用した形での各種政策の縮小を示唆しています。何よりも大切なのは、出口戦略にかかる原則を国際的に共有し、マーケットへの悪影響を防ぐことです。

異例の緩和政策を続けるリスクを考えると、目の前の成長率が多少マイナスになっても、早めに出口に向かった方が良い、とする意見もあります。確かに、大規模な財政政策によって債務残高が膨れ上がると、それは持続性にも影響しますし、また、巨額の国債発行は民間資金需要をクラウドアウトする懸念もあります。現実に事前的需要が事前的供給を上回るところでは、レーショニング(割当)や金利上昇などによる調整が求められます。いずれにしても、中長期的には財務の健全化に向けて大幅な財政調整が必要となります。仮に、マーストリヒト条約にある通り、2029年に債務残高の対GDP比を60%に安定化させるとしたら、日本は2020年から2029年までの間にプライマリーバランスでGDP比9%程度の黒字を出していく必要があります。そのためには、2010年からみればGDP比18%の改善が必要で、その大部分は歳出削減または増税で実現する必要がなります。米国や英国でも6~7%の歳出削減または増税が必要です。2014年の比率で債務残高を安定・維持するにしても、プライマリーバランス上の調整はやはり必要となります。今からでも赤字脱却の方向に切り替えるべき、という議論の背景にはそうした状況があります。

しかし、それ以上に大きな問題があります。その1つが高齢化に伴う負担です。今回の危機に伴う財政出動による債務増加分はG20の先進国ではGDP比30%程度ですが、高齢化に伴う財政負担の拡大見込みは実にその10倍に上ります。長期的な持続可能性、健全性でいうと、高齢化の方がより大きなリスクです。金融政策についても、商品価格が予想以上に回復しているとはいえ、デフレリスクが依然として高いことから、全体的な回復が確認されるまでは現在の緩和状態を維持した方が良いと考えています。

もう1つの中期的な課題は経常収支のリバランシングです。これまで世界経済を牽引してきた米国や東欧諸国などの赤字国では、成長率が(需要も)従前のトレンドと比べて大幅に低下する見込みです。その中で世界全体の経済成長が従前のトレンドに戻るには、経常黒字国の内需拡大が必要ですが、中長期的に見ても、現行の政策の下では経常赤字国の落ち込みを補填するまでには回復しない見込みです。グローバルインバランスは今のところ縮小していますが、現行の政策を前提とした予測では、中長期的には再び拡大し、なかなか解消されない見込みです。前回のG20でも合意された通り、不均衡の解消に向けて、各国の経済政策を調整または見直していく必要があります。

質疑応答

Q:

中国経済に関して、資本ストックの急速な上昇、地価の上昇などからバブルが発生するとの指摘がありますが、現状認識と予測についてコメントをいただけないでしょうか。

A:

中国の予想以上の成長は財政出動による部分が大きいですが、これが中長期的に持続するかはこれから見極めていく必要があります。今のところは公的支出主導でも、これからは民間需要主導の回復に切り替えていく必要があります。また、財政・金融面の刺戟策は各国より少し早めに縮小して、その代わりに、社会福祉などを通じた個人消費拡大と為替レートの弾力化の政策を組み合わせて実施する必要があると思われます。

Q:

IMFは日本経済に対して、先進国の中でも高い成長率予測を出すなど、比較的強気な見方を示されていますが、昨年の大幅マイナスからのリバウンドが理由なのでしょうか。それともアジアに近いあたりが評価されているのか、国内の景気対策が評価されているのか、そのあたりの背景についてコメントをいただければと思います。

A:

第4四半期と第1四半期は大幅なマイナスとなりましたが、2009年後半からは財政政策の効果が出てくると見ています。来年に関しては、輸出相手国である韓国、中国などの回復を受けた外需がネットで効いてくる見通しです。ちなみに、今回の見通しは9月時点に計算したもので、旧政権の政策を前提とした数字となっています。新政権の政策はこれから検証していくことになります。

Q:

アジアと世界経済とのデカップリング論について、IMFとしては「世界経済の回復なくしてアジアの回復は無い」という結論に達したようですが、他方、先般のG20では「経常黒字国が牽引する形での成長が今後の世界経済にとって重要」という話も出ています。中国、インド、インドネシアといった人口大国はさておき、その他のアジア諸国がインフラや社会保障の整備を通じて内需を拡大し、世界経済を引っ張っていくというシナリオは3~5年後にはあり得るのでしょうか。日本としては、その部分に足を踏み入れることで、潜在的成長率を達成ないし引き上げる方向を目指すべきでしょうか。

A:

いわゆるデカップリングはありませんでしたが、足元でアジア経済が世界に先駆けて回復している背景には、巨額の財政刺戟策のほか、2008年秋以降の在庫、投資、その他の急激な調整からの反動という部分があります。

財政支出による回復は中長期的には持続可能でなくなりますが、現在の産業構造を考えると、やはり輸出を軸に据えた正常化しか考えられないので、そこで需要と供給の構造の両方を転換していく必要があります。中国では消費、東南アジアでは投資の回復が重要となります。インドはアジアの中ではやや特殊です。成長率は高いのですが、経常赤字国でもありますので、生産性を上げながら均衡を図る必要があります。日本に関しては、内需と国内産業の成長へと転換していくことが重要と思われます。

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この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。