社会保障国民会議報告書の読み方

開催日 2009年6月22日
スピーカー 八代 尚宏 (国際基督教大学教養学部教授)
コメンテータ 中田 大悟 (RIETI研究員)
モデレータ 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
ダウンロード/関連リンク

議事録

国民会議の保険料の未納問題の認識

八代 尚宏写真社会保障国民会議の中間報告では、社会保険料の未納問題について、「未納者の増大は真面目に納付する人々の不公平感を増大させ、制度への信頼を低下させ、更なる未納の増大を招く危険がある」とされていました。ところが最終報告ではこの部分がカットされ、「皆年金制度の理念を脅かす問題」ではあるが「年金財政に大きな影響を与えるものではない」との考えが示されるようになりました。これは国民会議の認識として大きな問題だと思います。

中間報告の前に発表された第一分科会報告では「長期にわたって保険料が未納の者は、現在の制度のもとでは老後に無年金となってしまうから、年金以外の所得源がないと厳しい貧困にさらされることになる。社会としては、彼らの所得保障のために、生活保護等の税財源の負担増・・・・・・」とあります。ここで「社会としては」というのは、未納問題があたかも年金制度とは無関係といっているようなもので、これはせめて「社会保障制度としては」とあるべきだと思います。

確かに、年金は保険料を払わなければ給付がもらえないだけで、その意味では財政には直接影響はないようにみえますが、社会保障全体では生活保護受給者が増えれば税負担は増えます。これは何よりも年金制度の責任です。しかしその責任感が最終報告からはまったく読み取れません。私は負担の実効的な強制力を欠く年金制度は、その「強制貯蓄」という基本的な機能を果たしていない点で、欠陥品だと思います。その認識が欠けているのは大きな問題です。

また、保険料を負担しない者には将来給付もないといっても、実際は完全積立方式ではなく賦課方式であり、既に存在する受給者の給付を支える被保険者が脱退すれば、必然的に残りの被保険者や後の世代の負担が増えることになります。それが問題にならないのは基礎年金制度があるからで、これはあまり広く知られてはいませんが、国民年金の未納者や免除者が増えると、その分だけ基礎年金への拠出金が減り、結果的に国民年金受給者の負担も厚生年金の被保険者が自動的に負う仕組みとなっているからです。

また、しばしば保険料未納者は年金加入者の5%にすぎず、年金制度の安定は揺るがないといわれます。ただ、未納率とは本来、保険料を払うべき人の中で払っていない人が占める割合を示すものですが、この5%とは、未納者を公的年金加入者全員で割った数字であり、免除などで保険料を払っていない人も分母には含まれています。この計算方法では水増しといわれてもおかしくありません。保険料未納者と免除者を合わせて計算すれば5%は27%になり、強制徴集されている第二号被保険者以外の人でみれば4割近くが保険料を払っていない状況です。

他方で、金額ベースの納付率(2007年)は64%と、1990年代初頭のピークからは減少し、最近は横ばいというイメージがありますが、この数字の計算には免除者は含まれていません。年金財政の視点から、「免除者=未納者」との考えで、上記の納付率を修正しますと、その比率は47%と、国民年金被保険者の半分以上が負担しておらず、またその下落傾向にも歯止めがかかっていないことになります。

国民会議の提言した未納問題対策は3つあります。まず、低所得者についての免除制度の積極的活用です。ただしこれは財政収支の改善には全く効果はありません。次に、確信的不払者に対する強制徴収の実施です。これは、税金と違い、2年間で時効になりますので、相対的に強制徴収コストが大きくなり、年金財政にはむしろマイナスになることが懸念されます。最後に、非正規雇用者、非適用事業所雇用者への厚生年金適用の拡大、雇用主による代行徴収です。しかし厚生年金の適用事業所漏れは全体の約3割、従業員ベースで267万人あり、こうした事業所ぐるみの未納付の深刻な現状を指摘せず、単に厚生年金の適用拡大をすれば良いと言い切るのは無責任です。また、雇用主による代行徴収とは、行政の徴収コストの事業主への転嫁にほかなりません。

未納問題は深刻な財政問題です。また、最終報告で示された、未納問題は「皆年金制度の理念を脅かす問題」であるとの認識は、逆の視点に立てば、制度は変えず運用面のみで対処するとの見方を示すものです。つまり、現在の社会保険方式の範囲内でできる限りのことをするという考えで、社会保険庁が頑張れば良いということになりますが、これは社会保険庁ではなく、制度を作る厚生労働省の問題です。やはり、強制貯蓄の機能を果たせるように改革する必要がありますし、このまま放置していては、公平性を欠く年金制度に対する信頼は低下する一方です。強制徴収の厚生年金から、任意徴収・未納が容易な国民年金へのシフトが続くという、「未納の悪循環」のリスクも看過できない問題です。こうした年金の気付きにくい仕組みに関する徹底した情報開示も重要です。

基礎年金の財政方式

報告書では、社会保険方式と税方式について「客観的・中立的な定量的シミュレーションを実施」したとされています。一方、経済財政諮問会議では、「社会保障目的税方式」が提唱されたことがありました。

社会保障目的税方式は、いわゆる一般財源で賄う税方式とは異なり、むしろ社会保険方式に近いものです。そもそも社会保険料とは厚生労働省が所管するので「保険料」というだけで、実質的には社会保障目的税と変わりません。ここでの社会保障目的税方式とはその意味で、社会保険料すなわち厚生労働省の目的税である保険料を、同じ目的税である消費税に置き換えるだけの話で、「負担なければ給付なし」の保険原則は維持できます。過去の納付記録とも完全に接続できます。これは社会保険方式を補完しつつ、社会保険方式では解決できない未納問題を完全に解決する方式です。行政コストも大幅に減らすことができます。

国民会議の税方式の比較の仕方には問題があります。国庫負担2分の1を超えて追加的に必要となる税財源の消費税率換算を比較したケースA~Cの中でまともなのは、過去の納付未納期間に応じて給付を減額するケースBだけで、ここでは追加負担がゼロとなっています。過去の給付状況に関係なく一律給付とするケースAは、事実上の無年金者対策ですが、これは税方式に特有の問題ではなく、社会保険料方式でも同じように必要です。ケースAは、無年金者対策を税方式だけに負わせて、それで追加的に5兆円必要になるといっているにすぎません。また、それでは過去のまじめに保険料を負担した人に不公平として、過去の保険料納付相当分を加算した給付のケースCは、ばらまきそのものです。こうした非現実的なばらまきもすべて合わせて税方式と称して、「税方式=国民負担増」というイメージができていますが、そうした国民負担増は社会保険方式でも同じように必要となることです。何もしない社会保険対策と追加的対策を講じた税方式の財源を比較するのはフェアではありません。

基礎年金分保険料軽減額と消費税負担増加額との比較を行ったミクロ試算については、税方式にすると勤労世帯世代すべてが負担増になるという考え方に問題があります。現在の仕組みで割を食っているのは勤労世帯で、そういう人たちが改革するとむしろ損をするのはおかしいのではないでしょうか。これは事業主の保険料負担がなくなる分だけ勤労者の負担が増えるという前提での試算ですが、国民経済計算では事業主負担は賃金コストの一部とみなされており、事業主が賃金で支払い労働者が保険料を負担するプロセスをショートカットしているにすぎません。また、事業主保険料が上がれば賃金が抑制されたり、雇用が削減されたりするので労働者の負担になります。その逆も当然起こります。これを無視して、事業主負担がなくなれば、消費税分だけすべて労働者が損をするというのは極端な仮定です。また、このミクロ試算では自営業などの未納付者の負担増も、専業主婦の負担増も考慮されておらず、消費税方式にする最大のメリットの1つである、世代内の公平性向上の効果が全く指摘されていません。

それでも転嫁のプロセスを否定し、消費税方式では企業が得するという見方に対しては、消費税化して減る筈の事業主負担分は据え置き、その分、報酬比例部分の労働者負担を引き下げる等の対策は可能です。事業主負担保険料の処理には多様な選択肢があり、年金の財政方式と切り離した議論は可能です。

消費税の逆進性問題が指摘されていますが、現行の定額の国民年金保険料は人頭税と変わりなく、それと比べれば税方式はずっとましで、高所得層ほど消費税を通じて多くの負担をするようになります。定額の基礎年金と組み合わせれば再分配効果もあります。現行の免除者へは給付面の上乗せで対応できます。それが「社会保障目的税」のメリットです。将来の消費税率の大幅な高まりには給付付税額控除との組み合わせで対応することも可能です。いずれにせよ、逆進性問題は対応可能な問題であり、消費税方式にすることで自営業など、所得源泉差に無関係な水平的公平性を確実にすることができるようになります。

厚生労働省試算の世代間格差では、どんなに若い世代でも2.3倍得をすることが強調されています。これは先の事業主負担分の保険料が全く労働者の負担にはならないという前提と、4.1%という高利回りの収益率が50年程度続くことを仮定していることに基づいています。実際は長期金利は1990年代に大きく下方に屈折しています。ですので、1980年代も含めた20年の平均金利をそのまま将来適用することには無理があります。

社会保障目的消費税は保険料未納問題の根本的な、かつ、低コストでの解決につながります。また、課税ベースの拡大と世代間格差の解消への第一歩となります。申請主義の撤廃で、多様な被保険者の利便性が高まります。税方式に移行後は、国内居住期間が保険料拠出期間になり、過去の保険料での拠出実績はそのまま給付に反映されます。

国民会議の医療・介護費用のシミュレーション

報告書では、医療・介護政策については現実的な案が描かれていましたが、ここで抜け落ちているものが、医療費について公的保険の守備範囲の問題です。医療技術の高度化と人口高齢化で医療費が傾向的に増大する中、すべての医療費を税と公的保険でカバーすることは現実的なのでしょうか。感染症・急性症と慢性症との間で何らかの仕切りを作ることも一案です。臓器移植と遺伝子療法は公的保険の枠外とするという坪井元医師会長のご提案もありました。また、医療では混合診療を禁止としつつ、介護的医療は自由度の大きな介護保険に移す考え方もあります。現行制度の選定療養と評価療養を拡大したり、医療費の財源として、強制的な保険料、税、患者負担のほかに、利用者が選択できる医療サービスと組み合わせたりすることを検討するべきでしょう。

コメント

中田 大悟写真コメンテータ:
2004年改正で決まった現在の年金制度(「100年安心プラン」)は2050年にかけて積立金を積み上げて、残り50年でそれを取り崩して逃げ切るプランですが、これを実現するには、純粋な賦課方式の保険料よりも高い、幾分か平準化された保険料を課して、積立金を積み上げる必要があります。早く保険料水準を引き上げ、結果的に、世代間でなるべく負担を平準化する制度になっています。ここで慎重な検討が求められるのは、目的消費税で積立金を積み上げられるのかという点です。消費税には政治的リスクがつきまとい、税率は簡単に動かせません。かといって、消費税を年金のためだけに一気に10%まであげられるとも考えにくい。引き上げ可能な水準で、一定期間固定させるとなれば、年金制度が100年間を持ちこたえるだけの積立金をどのようにして積み立てるのかという問題が生まれます。

そうなると、消費税に比べ動かしやすい社会保険料にも、ある種の意義を見出せます。目的消費税の活用で現行の保険料額を低減化し、保険料徴収はそのまま継続しながら、その保険料収入で積立金を積み上げていくことも、現実的な案として考えられます。

現行の年金制度が労働市場に与えている歪みと未納問題が是正できれば良いのですから、当面は、7~8割まで国庫負担を引き上げる方向を目指し、消費税が上がっても社会保障給付として国民のベネフィットになるとの認識を見定めてもらってから完全目的税化の議論を始めても遅くないのではないかと思います。

質疑応答

Q:

社会保障目的税は社会保険料の代替となるべきとのお話でしたが、公費と社会保険料は区別されているのでしょうか。

A:

年金でも医療でも特別会計を作っているのは、給付と負担の均衡を意識しているからです。そうでなければ一般会計でやる筈です。それにも関わらず、その原則自体が空洞化しています。つまり、社会保険料を上げるのに限界があるので、国庫負担の引き上げがなされたのですが、そういうことをすれば、社会保険料での負担増は嫌だが給付は減らすなとの要求が容易に通るようになってしまいます。私は「国庫負担」という表現自体がナンセンスだと思います。国庫負担とは税負担であり、国民の負担であることに変わりありません。しかも、所得税は勤労世代が負担します。人口の4割が高齢者になる社会で、この4割の大部分を除いた人口を所得課税ベースとするのでは負担が大きくなりすぎます。将来、一般会計からの国庫負担は、増やさず、給付の増加分は年金目的消費税だけで賄うことが望ましいと思います。

また、高齢者は所得格差が最も大きな世代なので、豊かな高齢者が貧しい高齢者を扶養するべきです。その意味で、高齢者世代内で所得再分配をするには、年金課税と消費税方式が大きな役割を果たすようになります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。