京都議定書以降の国際枠組み

開催日 2009年6月16日
スピーカー 濱崎 博 ((株)富士通総研経済研究所上級研究員/国際公共政策研究センター客員研究員)
モデレータ 根津 利三郎 (RIETI理事)
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議事録

京都タイプで大丈夫なのか?

濱崎 博写真気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書などでの次期枠組みに関する議論の多くは、京都議定書を前提としている印象があります。たとえば、第4次評価報告書では、二酸化炭素濃度450ppmを達成するには、付属書国は1990年比で2020年までに排出量を25~40%削減する必要があるとする一方、非付属書国には自主的努力を促しています。本当にこうした京都議定書的な枠組みで良いのかをシミュレーションで評価しました。

対象は2002~2020年で、先進国(日本、欧州連合(EU)15カ国、米国、カナダ、ロシア)が自身の排出量を2020年までに1990年比で40%削減する場合を仮定しました。途上国は削減義務を負いません。簡便化のために、国際排出量取引やクリーン開発メカニズム(CDM)は考慮していません。

このシミュレーションでは、特段の対策活動を行わなかった場合(BAU)と比較して、世界の排出量は2020年段階で18.8%減少します。ただし、18.8%減少では、二酸化炭素濃度650ppmシナリオにすら届きません。ですので、先進国がどれだけ削減しても、気候変動枠組み条約の従来の目的である安定化には不十分であるといえると思います。

世界の排出量を途上国と先進国に分けてみたとき、先進国ではシナリオがBAUを下回っていますが、途上国ではシナリオがBAUを上回っています。これはリーケージが発生するためです。先進国でどれだけ削減しても気候安定化には不十分であるため、やはりここでも、途上国をいかにして巻き込むのかを考える必要があります。

限界削減費用は、省エネ大国である日本が非常に高い数値である一方、米国は非常に安く、先進国間でも大きなばらつきがあります。GDPは、日本だと2020年時点で約1.7~1.8%減少します。産業単位では、鉄の生産量がBAUと比較して7%下がるほか、鉱物製品(含むセメント)も約5.5%下がるなど、エネルギー多消費産業が大きな影響を受けます。こうしたことからも、1990年比40%削減は受け入れが難しい枠組みだといえます。

なお、日本の中期目標である2005年比で15%削減の場合、2020年時点での世界の排出量は7.4%減少します。それでも650ppm達成にはさらなる努力が必要となります。やはり、先進国よりは途上国をどうするのかがここでも問題となります。

何が問題か?

本来なら、「最大許容温度上昇→大気中濃度→目標とする世界排出量→気候変動枠組み→各国国内対策」の流れで議論が進むべきですが、現状では途中の「気候変動枠組みをどうするか」というところから議論が急に始まる形となっています。途中の削減目標率だけを議論するのではなく、最大許容温度上昇をどこに設定するかという点からコンセンサスを形成し、そこから議論をスタートさせる必要があります。

世界排出量取引制度(GETS)では上述の「最大許容温度上昇→大気中濃度→目標とする世界排出量→気候変動枠組み→各国国内対策」の流れで議論を進めます。目標とする世界排出量を決定した後に、各国が排出できる量を権利として配分します。この配分の際に「共通だが差異のある責任」を実現するのがGETSの概要です。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのスターン教授は、この制度により(1)排出量の絶対量管理、(2)削減費用の低減、(3)途上国に対する低炭素社会実現のための資金提供が可能になると主張しています。国際通貨基金(IMF)も同様に、ブラジル、中国、インド、ロシアを含まない枠組みの場合、削減費用は非常に高くなるとの見解を示しています。

排出権の配分には、すべての国において1人当たり排出量を同じくする「人口比配分型」、すべての国においてGDP当たり排出量を同じくする「GDP比配分型」、すべての国において累積1人当たり排出量を同じくする「累積1人当たり型」、半分は人口比で、残り半分はGDPで配分する「ハイブリッド型」の4つの方法があります。今回は基本的なレファレンスケースとして、「人口比配分型」を紹介します。

排出権の人口比配分

京都タイプ(1990年比で2020年に40%削減を達成)とGETS(排出権は人口比配分)とでの日本の限界削減費用は、GETSの方が明らかに少なくなります。

GDPは日本で2020年時点で0.5%程度の減少であるのに対し、中国などの国が大きな影響を受けます。GDP1単位を算出する際に排出される二酸化炭素の量を比較すると、エネルギー効率が悪い国ほど、排出量が大きくなります。全世界で1つの排出権の価格しかつかない中では、必然的に排出量が大きな国のGDPにより大きな影響が現れることになります。

排出量もBAUとの比較で京都タイプの場合は18.8%の削減であるのに対し、GETSの場合は38.4%削減を達成できます。こうしたことから、GETSは世界的に多くの削減を達成しつつ、日本への影響は比較的軽微に抑えられる、日本にとってはメリットのある制度であるといえます。

排出権を人口比配分とすると、中国やインドといった人口の大きな国が多くの排出権を持ち、日本や米国はそうした国から排出権を買うことになります。ここで途上国に資金が多く移転することになるので、「共通だが差異のある責任」の原則が実現されると考えることもできます。

排出権配分方法の違いによる影響

上述の「人口比配分型」、「GDP比配分型」、「累積1人当たり型」、「ハイブリッド型」の4つの排出権配分方法で2020年時点でのGDPがどう変化するのかを国別でみてみると、インドで大きなばらつきが発生しました(「GDP比配分型」でマイナス2.4%に対し「累積1人当たり型」でマイナス0.2%)。理由としては、インドの排出量が人口の割に少ない点が考えられます。

排出権の配分方法により影響に違いがでるのは、移転する資金の額が異なるためです。たとえば、「人口比配分型」の場合、人口の多い中国には多くの資金が流れることになりますが、「GDP比配分型」だと、エネルギー効率の悪い中国は必要なクレジットを外国から買う必要があるため、逆に資金が中国から流れ出ることになります。その意味で、「人口比配分型」は途上国に、「GDP比配分型」は先進国に、それぞれ資金が流れる枠組みとなると考えることができます。

結論

IPCCの第4次評価報告書が定める先進国削減目標(1990年比で2020年に40%削減)を達成したとしても、650ppm安定化シナリオ達成には不十分です。義務のある国とない国が混在すれば、競争力とリーケージの問題が必ず生じます。また、京都タイプの枠組みには、温室効果ガス対策の先行者に不利益が生じるといった問題があります。

一方、GETSには、まず経済効率性の面でメリットがあります。特に、途上国で削減できるというのは大きなメリットです。環境効果性でのメリットもあります。ここでは絶対量で削減管理できるのが最大のメリットとなります。また、GETSは、途上国における低炭素社会実現のための資金確保が可能となります。排出権の初期配分の違いによる影響が比較的軽微であるのもGETSのメリットの1つです。

ただし、留意すべき点もあります。まず、本シミュレーションでは、国内の対策としては費用の低い削減策から実施されると仮定していますが、実際には、費用負担が大きくなる他の政策手段が導入される可能性もあります。また、途上国が国際排出量取引により得た収入を、エネルギー多消費産業への補助金、エネルギー使用への補助金に用いた場合、大きく効率性が損なわれる可能性もあります。技術の扱いに関しても、本シミュレーションでは、途上国への技術移転や先進国での技術イノベーションが生じることを仮定していますが、実際には、技術移転にはさまざまな障壁(キャパシティーやファイナンス、規制)が存在します。特に、先進国での技術イノベーションを起こすには、研究開発のシーズに予算を付けて技術がマーケットに流れる体制を整える必要があります。また、長期的な研究開発投資も重要です。

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質疑応答

Q:

排出権取引は排出権を売った国がそのお金を何に使うかわからないし、ホットエアの問題もある。そこで、排出権取引ではなく、各国が過去の排出責任や経済力に応じて、基金に拠出し、それを限界費用の安い国の削減に充てていくような国際的枠組みはできないのでしょうか。また、1900年以降の累積排出量あるいは森林破壊量を調べたブラジルの研究結果が発表されましたが、その後どうなったのでしょうか。

A:

ご指摘の通り、排出権取引で得た資金が武器などの購入ではなく、持続可能なものに使われていることを担保するのは必須のことです。方法としては、各国に任せる方法もありますし、国連や世銀が技術移転ファンドを設立し、そこで資金をプールして、スクリーニングして、管理する方法にも十分検討の余地があると思います。ブラジルの調査結果については把握していませんが、排出権の配分を累積で決める方法については、2050年まで累積をどう計算するのか、テクニカルな問題があると思います。

Q:

GETSはすべての国が義務を負うことを議論の大前提としているので、京都タイプと比較してメリットが多いのは当然といえます。そのことと、排出権取引で経済の効率性があがるので排出削減が進むという話は、分けて議論する必要があるのではないでしょうか。

A:

GETSのスタート地点は参加国を増やすことです。これは、先進国がどれだけ努力しても限界がある中で、どのようにすれば途上国を呼び込めるのか、どのようにすれば「共通だが差異のある責任」を実現できるのかを考えた上で、途上国に排出権を与えて、途上国が資金を得られるようにした仕組みです。実際途上国がどの程度乗ってくるのかはわかりませんが、1つのオプションとして検討できるのではないかと思います。まずは参加者を増やすことが最も重要と考えて検討したモデルとなっています。

Q:

エネルギー消費量はその国の気候に大きく左右されます。排出権を人口比で配分する場合、たとえば冷暖房を多く使う北の国とそうでない南の国では不公平が生じるのではないでしょうか。

A:

低所得者層をどうするのかはよく行われる議論です。同じ価格で排出権がかかるため、同じプレミアムを払うようになると、低所得者への負担は大きくなります。ここで何らかの補助は必要になると思います。米国では、オークションで排出量取引をして、オークション収入の一部を低所得者層に回すことで低所得者を優遇し、問題解決をする必要があるとの議論はあります。当然、中国と日本ではエネルギーコストも違うので、そこは担保する必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。