IMFの世界経済見通し(2009.春)

開催日 2009年5月29日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

世界経済全体の見通し

有吉 章写真2008年9月のリーマンショックから、世界経済は予想外の混乱状況に陥り、特に2008年第4四半期から2009年第1四半期にかけて「つるべ落とし」の落ち込みとなりました。予想外の急落を受けて、IMFも昨年10月以降、見通しの下方改訂を重ねていますが、ここにきて下振れ率は若干安定化しています。

IMFのリプスキー筆頭副専務理事は、今回の景気後退を、かつての大恐慌(Great Depression)とは異なるが、一般的な不況よりは深刻な大不況(Great Recession)であるとしています。世界人口の75%が1人当たりGDPの減少(世界平均で-3%)を経験する、世界同時型不況となっています。

IMFの中心的見通しとしては、今年の世界経済成長率は‐1.3%で、来年は2%程度に回復すると見ていますが、不確実性、特に下振れリスクが相当大きい状況となっています。最近になって、米国と東アジアで若干の改善が見られたり、金融市場のボラティリティが下がったりしていますが、下振れリスクが大きい状況は変わりません。

先進国に関しては2009年は-4%近いマイナス成長となります。震源地だった米国以上に、ユーロ圏、日本、アジア新興工業経済地域(NIES)が極めて大きな影響を受けています。途上国も以前の高い成長率から大幅に減速しています。2010年以降の回復も極めてゆっくりとした回復になる見通しで、特に2010年は潜在成長率を下回り続ける見通しです。需給ギャップが縮小して本格的な成長軌道に乗るのは2011年に入ってからと見立てています。

金融市場と資本市場の状況

急激な景気後退の一番の原因は金融市場の混乱です。金融市場の安定性に関しては、リスク要因が拡大する中で、リスクアペタイトと流動性が極めて低くなるなど、過去で最も厳しい状況となっています。

金融市場と資本市場の両方が閉塞状況に陥っています。LIBOR-OSスプレッド(銀行間市場におけるカウンターパーティリスクを示す)は、サブプライム・ローン問題が顕在化した2007年夏から急激に上昇し、2008年9月のリーマンショックを境に大幅に跳ね上がっています。政府による公的資金注入や銀行債務保証もあって、現時点はリーマンショック直前の水準にまで落ち着いていますが、通常期に比べると依然としてかなり高い水準に留まっています。短期物ではゼロ近くにまで下がっていますが、長期物のスプレッドはリーマンショック以前より少し高い水準に留まっています。証券化商品も停滞するなど資本市場の回復も遅れています。

世界経済回復の見通し

欧米が震源地であるにも関わらず、今回の危機では、アジア諸国、とりわけ日本とNIESが非常に影響を受けています。アジアに関しては、2年前に「デカップリング論」が流行りました。IMFとしても、仮に米国経済の成長率が1%落ち込んでも、アジアの成長率の減速は国により2分の1から1%程度と予測していました。しかし、実際には、はるかに大きな下落幅となりました。特に2008年第4四半期は、欧米が年率で-5~6%だったのに対し、日本などのアジア工業国はそれ以上の大幅な下落となりました。米国の輸入急減がその原因です。

金融市場がフリーズすると、特にローンを組んで購入するような自動車は販売が落ち込みます。また、企業のキャッシュフローが悪化すると、設備投資が大幅に絞られます。その結果、高度工業製品の世界的な輸入需要が激減し、その部門の比重が高い国が大きく打撃を受けました。金融危機の直接的な原因となったtoxic assetが無いにもかかわらず、実物経済が大きな打撃を受けた背景にはこうしたメカニズムがあります。また、欧州の中では特にドイツがこうした影響を受けています。

「つるべ落とし」(free fall)の経済の落ち込みは、ここにきて一応止まっています。しかし、良くなったとはいっても、2桁のマイナスが1桁のマイナスに緩和されただけで、底打ちとはまだいえない状況です。たとえば、日本の場合は、大幅な生産調整と在庫削減が進んだことによる反動と財政政策の効果から短期的な成長率の回復が見られるかもしれませんが、持続的な成長軌道に戻るにはまだ少し時間がかかると思われます。

過去の不況と回復のパターンを見ますと、金融危機を伴う景気後退期あるいは世界同時型景気後退期、もしくは2つが重なった景気後退期においては、一般的な景気後退期と比べて、景気後退の谷も深く、時期も長いという傾向が見られます。しかも、回復期に入っても、過去のピークに戻るまで時間がかかり、底を打ってからの4四半期の成長も極めて緩いことがわかります。そうした過去の経験に照らし合わせても、今回の不況でV字型回復を実現するのは極めて難しいと見ています。

欧米では、日本の90年代と同様のバランスシートの調整がこれから起きます。特に金融機関の貸し出し縮小が経済成長の大きな制約要因になります。

途上国でも同様の問題が起きています。直投の急激な落ち込みはありませんが、ポートフォリオのフローや銀行間貸し出しを中心としたその他のフローがマイナスとなると、資金流入が止まります。そうして、資本流入に支えられてきた途上国内の与信の伸びも縮小に転じると見ています。

銀行部門のリスク

世界経済が再び成長軌道に乗るには、銀行システムが正常化する必要があります。しかし、サブプライム・ローンなどによるロスを穴埋めしない限り、銀行の貸し出し能力が本格的に回復する状況にはならない見込みです。

どの程度の資本の再構築が必要なのか――。銀行部門では、2010年末までに2兆8000億ドルの損失が出る見込みです。サブプライム・ローンなどによる損失は2008年10月までにかなり出尽くしていて、それ以降は急激な景気後退による商業不動産や企業部門のロスが増加しています。

より詳しく見ますと、米国の銀行は、2007年のサブプライム・ローン危機以来、2008年末時点で5100億ドルのロスを償却しています。さらに、これから2010年末にかけて5500億ドルの損失が発生し、今後予想される収入を差し引いても2500億ドル程度の資本の毀損が起きる見通しです。その穴をどの程度まで埋めるか、という問題もあります。単純レバレッジを危機直前の水準(25倍、単純な自己資本比率でいうと4%)に下げるとすると2750億ドル必要ですが、1990年代の平均値(17倍)に戻すとなると5000億ドル必要となります。

米連銀が今年5月に結果を公表した「ストレステスト」での所要資本増強額は740億ドルと、一見小さく出ているように見えますが、推計対象銀行の範囲の差、第1四半期の資本増強とrisk-weighted assetsを使った計算手法による違いを差し引けば、基本的にIMFの推計と大きな齟齬は生じていません。

米国に関しては、金融市場も資本市場も若干の落ち着きを見せていて、透明度がある程度上がりましたが、ユーロ圏と英国ではこれから調整作業が始まります。金融セクターとの関連では、世界的に、金融面での調整の遅れによる企業への貸し出しの減少が最も大きなリスクとして浮上しています。それが企業の経営悪化ないし流動性不足による倒産を招くことで、さらに銀行部門の不良債権が増える悪循環を引き起こす可能性があります。

今回の景気後退に入る直前は、世界的に見てバランスシートが健全化していました。これだけの生産急減にも関わらず、経済がそこまで落ち込んだ感覚が無いのは、内部留保として積み上げられてきた企業部門の収益が当面のクッションになっているからと見られます。とはいえ、株価、その他から推計した1年後のデフォルト確率や企業の資産価値から逆算したレバレッジは短期的に見て相当悪化しています。

新興国のリスク――アジア、東欧

かつては、対外債務危機といった場合、たいていは国(sovereign)の債務が問題でしたが、今回の危機では殆ど企業部門の借入れが対象となっています。

数年前から、世界的な金融緩和に伴い、アジアと東欧に大量の資本が流入するようになりました。これらのリファイナンシング(refinancing)が2010年から2011年にかけて必要となります。

アジアの場合は、大規模な対外借入をしている企業には優良企業が多く、国内借入へのシフトが可能です。外貨借入返済のための外貨調達先として豊潤な外貨準備があることが、アジアにとって当面の緩衝材(バッファー)となっています。問題は信用収縮が長期化した場合にどうするかです。また、中小企業がクラウドアウトされる懸念もあります。

欧州はより状況が深刻です。西側銀行の対GDP比東欧貸付残高は、オーストリアで70%、ベルギーとスウェーデンで20%を超えています。一方、東欧諸国の多くは、西側銀行からの借入がGDP比で100%を超えています。かつて邦銀が危機に陥った際にアジアの対外債権を回収したのと同様に、西欧の銀行も、与信能力が低下すると、新規の資金供与が相当難しくなります。その結果、債務のrolloverができなくなると、東欧経済がデフォルトには至らなくとも相当の打撃を受け、それがまた銀行にフィードバックしてきます。そうしたフィードバックのループを阻止するためにも、ここにきて、「ウィーンイニシアティブ」など東側への貸出維持に向けた対応が始まっています。

財政金融政策に関する見通し

各国中銀がバランスシートを劇的に拡大していることから、一部ではインフレ懸念が指摘されていますが、IMFはむしろデフレリスクの方が高いと見ています。理由の1つは需給ギャップが拡大していること。需給ギャップのピークは2010年になる見込みで、短期的には解消されない模様です。もう1つの理由が商品価格の下落です。

各国が不況脱出の道を模索する中、中国は対GDP比14%の巨額財政支出によって、7~8%台の成長率を取り戻せる見込みです。しかし、それがアジア、その他の国を救えるかということについてはやや懐疑的です。というのも、財政支出の大部分が国内地方の公共事業に向けられるからです。同じ8%の成長といっても、2~3年前の成長とは相当質が違い、高度工業製品に対する輸入誘発度はそれ程無いと見ています。

各国の財政刺激策は、2009年の規模としては相当に十分なレベルにまで来ている印象です。ただ、2010年は、需給ギャップがまだまだ拡大する中で、財政赤字はむしろ縮小する見通しですので、場合によっては追加的な施策が必要になるかもしれません。ただ、追加的な施策をとるにしても、財政の持続可能性との兼ね合いで考えていく必要があります。

債務残高が増えると、景気刺激策の効果も落ちてきます。推計によれば、財政政策出動の効果は債務残高のGDP比が大きくなるほど低下し、100%超では限界的にマイナスになっています。もっとも、この推計では、財政政策の効果は需給ギャップにも依存するので、現在の日本のような状況ではたとえ債務残高が大きくとも効果はあるという結果が出ています。とはいえ、各国債務残高が軒並み100%超となる中で、財政出動の効果には限界があるということです。一方、途上国は、対外資本流出の危険があるため、大胆な財政出動ができにくい状況です。特に、経常収支赤字がGDPの5%を超える国では、これ以上の財政拡大・金融緩和はむしろ危機を招く恐れがあります。一次産品の輸出減によりこれまで黒字だった国も赤字に転じる可能性があり、IMFや日本などからの金融サポートが無いとなかなか財政出動に踏み切れないのが現状です。

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質疑応答

Q:

米国は、深刻な家計部門の借金にも関わらず、IMFの見通しでは日米欧の中で比較的早く不況から脱出できるとされています。なぜでしょうか。

A:

基本的には景気循環の中で底打ち後の反転が見込まれます。日米欧の中で米国が相対的に早く成長率がプラスになる要因の1つは、人口増があります。ユーロ圏は制度的にも急激な調整ができにくく、ゆっくりとした調整になる見通しです。日本に関しては、さまざまな要素を積み上げると、どうしても悲観的な数字になってしまいます。

ひょっとすると、こおれまでの実績から見た予測バイアスもあるかもしれません。米国は今までが良かったので、基準ラインとして良い方向に戻る期待がありますが、日本は悪い時期がここ十何年間も続いたため、急激に改善するシナリオがなかなか描きにくい状態です。むしろ、どういうシナリオがあれば回復するかを示唆してもらいたいところです。

Q:

先進国はこれまで「内需拡大・経常収支赤字」か「輸出拡大・経常収支黒字」のいずれかのパターンで成長してきましたが、今後の経済成長パターンはどういう形でありえるのでしょうか。

A:

欧州・日本では、市場の柔軟性を高めることで成長を実現する余地はありますが、人口が高齢化し、資本蓄積がかなり進んでいる状況では、成長にも限度があります。それ以上に、新興市場の成長をいかに上手く取り込むかが鍵となります。今回の危機に至るまで、東欧は経常赤字拡大による古典的な成長を遂げる一方で、アジアは1990年代危機の経験から、巨額の貯蓄を溜め込んで、これを米国など先進国に流してきました。今後は、東欧の成長パターンを見直すと同時に、アジアの国内貯蓄をいかに成長実現に上手く活用するかを考える必要があります。

Q:

財政の問題ですが、今後の長期金利動向についてはどう見ているのでしょうか。

A:

円、ドル、ユーロに関しては、足下の国債需給や格付け低下は多少は影響があるとしても、基本的には景気回復期待が最近の長期金利の反転上昇につながっていると思います。金融システム安定や景気刺激策に伴う財政赤字の拡大が、長期金利に及ぼす影響を指摘する声もあり、確かに一部の欧州諸国にはその様子が見られます。しかし、日本などについてみれば、長期的に見ると、むしろ高齢化に伴う年金・保健介護コストによる債務増加の方が問題であり、財政の持続可能性と金利への影響も潜在的には大きいと思われます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。