2009年版中小企業白書 -イノベーションと人材で活路を開く-

開催日 2009年5月13日
スピーカー 井上 誠一郎 (経済産業省中小企業庁調査室課長補佐)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

中小企業白書の概要

井上 誠一郎写真中小企業白書は、中小企業基本法第11条の規定に基づき、全国420万の中小企業の動向等に関する報告書として閣議決定し、国会に提出するものです。2009年版白書は今年4月24日に閣議決定し、国会に提出しました。

今年の白書では、第一章で中小企業の景気動向を分析した後、第二章のテーマとして「イノベーション」、第三章のテーマとして「人材」を採り上げ、分析を行いました。

中小企業の景気動向

第一章では、2008年度における中小企業の景気動向を振り返っています。2008年夏以降、米国発の世界的な金融危機が発生し、輸出の急減等により我が国の景気が急速に悪化し、中小企業の業況はかつてない厳しい状況となりました。中小企業庁・(独)中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査」によれば、中小企業の業況判断DIは現行の調査方式となった1994年以降で最悪の値となっています。中小製造業の生産指数は急低下していますが、在庫指数についてはリーマン・ショック後の売上減少に伴って上昇した後、生産調整によって2009年2月になって下がり始めており、在庫調整が進展しているようです。

2005年から2007年までは、中小製造業の業況判断DIは中小の非製造業よりも良かったのですが、リーマン・ショック以降は逆転現象が起きています。中小製造業の中でも下請事業者の業況判断DIが特に悪く、取引数量の大幅な減少に加え、今後の取引価格の下落を予想する下請事業者が多くなっており、景気悪化のしわ寄せが特に下請事業者に及んでいます。こうした現状を踏まえ、政府としては、下請代金法の厳正な運用など下請取引の適正化に全力で取り組んでいます。

また、中小企業の資金繰りも厳しくなり、倒産件数は2008年後半に入って増勢を強めています。金融機関と中小企業を対象にしたアンケート調査の結果によると、金融機関は貸し出しを積極化していると認識しているのに対し、中小企業側では金融機関の貸出姿勢が消極化しているという回答が目立つなど、金融機関と中小企業の認識のギャップも見られます。こうした中、政府は、信用保証協会の緊急保証制度の導入や日本政策金融公庫のセーフティネット貸付の拡充など、30兆円規模の資金繰り対策を講じてきました。緊急保証制度は2009年3月末までに約44万件・9兆円の実績を上げ、政策効果の浸透も見られるところですが、今後とも積極的な資金繰り支援が必要です。

中小企業のイノベーションの特徴――リーダーシップ、創意工夫、ひらめき

内外需が大幅に減少し、市場ニーズが変化していると考えられる今、中小企業は改めてニーズの把握を行い、それに対応した製品・サービスを開発していくこと、すなわち「イノベーション」が重要です。中小企業にとっての「イノベーション」は、研究開発活動を通じた技術革新に限らず、現場での創意工夫やアイディアのひらめきなど、自らの事業の進歩を実現することを広く包含するものであると考えています。白書の本文において中小企業によるさまざまなイノベーションの事例を採り上げていますので、是非ご参照ください。

たとえば、アイディアのひらめきの事例として、「のりかえ便利マップ」の誕生のケースを紹介しています。このマップは、二児の母親でビジネスとは無縁だった方が、ベビーカーを押しながら駅構内で右往左往していたとき、「エレベータの位置等を示した見取り図があれば」とひらめいたのがきっかけで生まれたものです。この母親の方は自ら「のりかえ便利マップ」の原形を作り上げ、会社も立ち上げたのですが、東京都内の地下鉄で採用されて一躍注目を浴びました。

このように中小企業のイノベーションは多様なものですが、その特徴はどのように理解できるのでしょうか。白書では、大企業のイノベーションと比較する形で中小企業のイノベーションの特徴を整理しています。たとえば、アンケート調査の結果によると、イノベーションの実現に向けた取り組みに関して、大企業では相対的に「研究開発活動」、「マーケティング活動」の取り組みが重視されているのに対し、中小企業では相対的に「経営者による創意工夫」、「経営者の素早い意思決定」が重視されていることが分かりました。経営者のリーダーシップが中小企業のイノベーションの特徴の1つといえるでしょう。

中小企業の研究開発活動と利益率の関係

ところで、中小企業がイノベーションの実現に向けて研究開発に取り組むことは、実際、中小企業の利益率の向上に寄与するのでしょうか。毎年度における売上高に占める研究開発費の割合がそれぞれ0%、0%超2.5%未満、2.5%以上の3つのグループに中小製造業者を分類し、それぞれの営業利益率の推移を見てみると、研究開発費の割合が高い中小企業ほど営業利益率が高いことが分かりました。これは必ずしも両者の因果関係を示したものではありませんが、研究開発への取り組みが利益率を向上させるために重要である可能性を示唆するものと考えられます。

なお、一般に中小企業の利益率は大企業の利益率よりも低いとされていますが、それはあくまで利益率の平均値で比較した場合です。大企業と中小企業の利益率の分布を見ると、大企業のうち利益率の高い上位12%の層と、中小企業のうち利益率の高い上位12%の層を比べると、中小企業の利益率は大企業の利益率を上回っています。中小企業はその強みを活かしてイノベーションを実現すれば、大企業を上回る利益率を実現できる潜在力を有しているといえるでしょう。

イノベーションの実現に向けた市場開拓と経営資源の活用

中小企業が新たな製品・サービスの開発等によるイノベーションを実現していくためには、顧客のニーズの把握が重要です。そうしたニーズの把握等による市場開拓に向けた取り組みとして、今回の白書では、モノ作りとサービスの融合、農商工連携、IT活用による顧客開拓、海外市場の開拓等を採り上げ、分析を行っています。

また、イノベーションを支える経営資源として、知的財産、技術・技能人材、研究開発資金の調達も採り上げ、それらを巡る現状と課題を分析しています。

知的財産については、特許出願・営業秘密の管理に対する戦略に関して特に方針を定めていない中小企業が多い現状を踏まえ、中小企業が知的財産の保護・活用を戦略的に行っていくことの重要性を指摘しています。また、技術・技能人材については、アイデアをひらめき、イノベーションを生み出していく人材を育成していくための取り組みとして、技術・技能の承継や外部の知識・情報を取り込んでいく取り組みの重要性を示しています。

研究開発資金の調達については、アンケート調査の結果をもとに、成長初期の中小企業が金融機関やベンチャーキャピタルから希望通り資金を調達できていない現状を示しています。金融機関が成長初期の中小企業に対して融資を行う場合、将来の成長性等を評価する能力、いわゆる「目利き能力」が重要です。目利き能力の向上の必要性が指摘されて久しいですが、金融機関の目利き能力は実際に向上しているのでしょうか。アンケート調査の結果によると、金融機関では目利き能力が「やや向上した」と回答したところが最も多かった一方、中小企業は金融機関の目利き能力について「ほとんど変わらない」という回答が最も多く、金融機関と中小企業の認識のギャップが見られました。金融機関は目利き能力の向上を図るため、職員の研修・能力開発支援のほか、各事業分野に詳しい人材がいる業界団体との連携など、外部の機関や専門家と連携していくことが重要と考えられます。

中小企業における雇用動向

我が国の景気が急速に悪化する中、中小企業の雇用過剰感も高まっており、中小企業庁・(独)中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査」によると、従業員が「過剰」とする中小企業の割合は2009年1-3月期に急上昇し、14.7%に達しています。一方、従業員が「不足」とする中小企業の割合は、低下してはいるものの、依然として約7%存在しており、雇用のミスマッチが生じています。今後3年程度の人員の過不足の見通しを調査した結果によると、たとえば製造業では、「やや過剰」とする企業が24.0%ある一方、「やや不足」とする企業も15.7%あり、製造業の中でミスマッチが生じています。また、医療・福祉では「かなり不足」という回答が他の業種に比べて顕著に多いなど、業種間のミスマッチも生じています。

政府は、雇用情勢が悪化している中、雇用のミスマッチを解消し、求職者を支援するべく、人材を求める中小企業への「人材の橋渡し」に取り組んでいます。ところで、そもそも、非正規労働者が正社員となったり、業種を超えて転職する場合はどのくらいあるのでしょうか。今回、総務省「就業構造基本調査」の再編加工を行ったところ、中小企業の正社員は大企業に比べて中途採用が多く、大企業や中小企業の非正社員から中小企業の正社員になった場合も少なくないことが明らかになりました。また、中小企業の中途採用者については、同業種内の転職よりも、異業種間の転職の方が多く、現在「医療・福祉」を営む中小企業で働いている中途採用者も、約4割は同じ「医療・福祉」からの転職者ですが、残り約6割は異業種からの転職者となっています。

労働条件――賃金、仕事のやりがい、ワーク・ライフ・バランス

以上のとおり、中小企業への人材の橋渡しに取り組むことが必要となっていますが、中小企業の労働条件はどのような実態にあるのでしょうか。

はじめに、賃金水準に関しては、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の再編加工を行ったところ、大企業の正社員の平均賃金(「きまって支給する現金給与額」)が月38.3万円に対し、中小企業の正社員の平均賃金は月29.8万円と低くなっています。しかし、これも平均値の差であって、中小企業の正社員の賃金水準の分布を見ると、大企業の正社員の平均賃金を上回る賃金をもらっている中小企業の正社員も約2割存在します。また、正社員の賃金プロファイル(年齢階層別の賃金水準)を見てみると、中小企業の賃金カーブは大企業に比べて傾きが緩やかになっており、年功賃金よりも成果主義的・能力主義的な性格が相対的に強い可能性を示しています。中小企業は組織が小さいため、経営者や管理職が従業員の仕事の成果を評価しやすく、成果主義的な賃金制度が機能しやすいと考えられ、勤続年数が短い中途採用者でも賃金面で不利になりにくい可能性があると考えられます。

次に、仕事のやりがいについては、大企業と中小企業で違いがあるのでしょうか。従業員を対象にしたアンケート調査の結果によると、大企業と中小企業の正社員が感じている仕事のやりがいについて大きな差はありませんでした。仕事のやりがいの源泉については、最も大きい源泉は「賃金水準(昇給)」でしたが、2番目に大きい源泉は「自分がした仕事に対する社内の評価」となっています。従業員が行った仕事をしっかりと評価し、従業員の意欲と能力の向上につなげていくことが重要です。

最後に、ワーク・ライフ・バランスについても、アンケート調査の結果によると、大企業と中小企業の正社員が仕事と生活の調和が取れているかどうかについて感じている回答の分布には大きな差が見られませんでした。もっとも、大企業も中小企業も、正社員の約4割が仕事と生活の調和が「取れていない」、「どちらかと言えば取れていない」と回答しています。現下の景気の悪化に伴って残業が減少している今、ワーク・ライフ・バランスの推進や従業員の意欲の向上を図る観点から、従業員の働き方の点検・見直しをすることが必要と考えます。

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質疑応答

Q:

金融機関の目利き能力の向上に対する評価に関して、金融機関と中小企業の間に認識のギャップがあるとのことでしたが、金融機関にとっては、貸出審査にかかるコストや貸倒れとのバランスが重要です。金融機関の1件あたりの貸付高が小ロット化しているとされていますが、それとの関係はいかがでしょうか。また、金融機関は目利き能力の育成のために具体的にどのような研修をしていけばよいのでしょうか。

A:

景気の悪化に伴って個々の中小企業のキャッシュフローが減少しており、返済能力が低下している中小企業が多くなっているため、1企業あたりの融資残高が減少しているのかもしれません。貸出審査で中小企業の成長性等まで審査するのはコストがかかりますが、目利き能力の向上は審査コストの抑制や貸倒れリスクの低下にも寄与します。特に、貸出額が小ロットになる小規模企業に対して、いかにコストをかけずに企業の財務状態や成長性等を見極め、融資によって企業を育てることができるかが金融機関の収益力を左右する要素の1つとなるでしょう。目利き能力の向上は、金融機関が単独で取り組むよりも、「地域力連携拠点」などを通じて外部の機関や専門家とネットワークを形成し、金融機関の職員の研修もそうした外部の知見や情報を活用していくことが有効だと思います。

Q:

生産と在庫の調整は、大企業から始まった後に中小企業に遅れてやってくると理解すべきでしょうか。2009年1-3月期に大企業の在庫調整がかなり進んだとしたら、中小企業では4-6月期に在庫調整が進むと見込まれるでしょうか。

A:

ご指摘の通り、大企業と比べて中小企業では生産の調整と回復が遅れてやってくると思います。実際、鉱工業生産指数は2008年秋以降急速に低下してきましたが、2009年3月に前月比1.6%増となり、底打ち感が出ています。一方、中小企業の生産指数は3月も引き続き低下しており、生産調整が大企業に比べて遅れていると見られます。大企業の在庫調整が大幅に進んでいますので、今後、中小企業の受注が回復してくると思われます。ただし、同時に、雇用情勢は悪化し続けていますので、家計部門の所得減少を通じて消費需要への悪影響が懸念されます。消費需要が落ち込むと、デフレ圧力が増大し、更なる売上の減少や生産調整の圧力を増大させる可能性もあるため、引き続き注視が必要です。

Q:

政府は中小企業向けに30兆円規模の資金繰り対策を講じていますが、中小企業は借入金を主に運転資金に充てているのでしょうか。それとも、前向きな投資に回す余力はあるのでしょうか。仮に景気悪化が長期化した場合、中小企業にとっての出口のイメージはどのようなものでしょうか。

A:

リーマン・ショック以降景気が急速に悪化する中、中小企業は設備投資を控える一方で、減少する運転資金を補うために借入れを行っていると見ています。当面は金融機関からの借入れで乗り切るしかありませんが、今後、売上やキャッシュフローの回復を図ることが必要です。赤字となっている事業の再点検を行い、その継続の適否を判断し、事業の選択と集中を行うことも重要ですし、環境や医療・福祉など成長分野における潜在的なニーズに対応した製品・サービスを開発し、売上を拡大させていくことも重要です。政府は、資金繰り対策に加え、中小企業による新たな製品・サービスの開発や販路開拓に対する支援策を強化しています。現下の厳しい経営環境の中で中小企業が活路を開いていけるよう、今後とも、中小企業対策に全力を挙げていく考えです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。