グローバル金融危機後の世界経済と日本企業の対応

開催日 2009年3月11日
スピーカー 木下 俊彦 (早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授)
モデレータ 黒田 篤郎 (経済産業省通商政策局通商交渉官)
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議事録

ポスト世界金融危機の将来予想図

木下 俊彦写真「世界金融危機後の世界経済、アジア経済、日本経済はどのようなものになるか」、「IMF、世銀、ヘッジファンドの行く末は――」。たとえば、『中央公論』最新号(4月号)には「製造業立国・日本の終焉」(水野和夫著)といった記事が掲載されていますが、はたしてそうなのでしょうか。米国は世界のリーダーとしての地位を保ち続けるか、日本は米国と距離を置いてアジアに軸足を移すべきか――など、さまざまな質問があります。

今回の世界金融危機に加えて、地球温暖化問題、資源制約によって世界の「時代精神」は間違いなく激変する、と私は見ています。世界恐慌に見舞われた1930年代にファシズムやブロック主義が台頭したように、今回も、相当なパラダイムシフトが起きると予想します。

今回の世界金融危機と経済レジームの問題は、現代経済学の盲点だったと見ています。産官学の英知(best & brightest)を集結しても現実的に妥当な最適解を見出せないでいます。経済危機問題が「政治化」されるからです。「民主国家」では国民が選んだ政権が世論を考慮しながら経済の舵取りをします。そうした「政治化」の過程がある故に、「日本の90年代の失敗を繰り返してはならない」と認識しながらも、米国などで経済学者の提言を実行に移せないでいます。たとえば、クルーグマンは今の時点で可能な限りの財政措置をしないと悪循環に陥る、回復が10年先になると警鐘を鳴らしていますが、共和党はその主張を社会主義的として露骨に非難しています。バーナンキFRB議長にしても、「国有化」という単語を―実質的にそうであっても―使わないようにつとめています。そのような各国の社会規範も今後の政策展望を不透明にします。

とはいえ、合理的思惟によって、ポスト世界金融危機の世界経済ないしグローバルビジネス環境を可視化することはある程度可能です。

米国の一極突出状況が是正される。数年前のイラク戦争のように単独で大戦争を始めることもできなくなります。また、米国の過剰消費体質は持続可能でなくなりつつあり、高レバレッジ金融についてもG20で規制をかける方向がまとまりつつあります。さらに、グローバルファイナンスの機能不全が長期化する中、米国の経常収支赤字幅は減らざるをえなくなります。反射的に、中国や日本などの経常黒字は減るため、米国の「双子の赤字」が従来の形で維持されなくなると同時に、グローバルインバランスは縮小に向かいます。

緊縮状態が続くことは世界的に好ましくないので、各国において内需振興の動きが強まります。そのことによって新しいビジネスチャンスが出てきますし、また、内需拡大の一環として、地球環境・温暖化対策と省エネ・省資源への取り組みが重視されるはずです。

また、世界経済運営や通商交渉の場における新興国の発言力が増大します。いまや中国といった国が米国債の主要な買い手となっているからです。今まではOECDの大国ないし米国が世界経済を主導してきましたが、ここにきてG7は実際機能しなくなり、G20がそれにとって代わりつつあります。インドの中銀総裁がIMF株(エクイティ)の買い増しを明言したように、新興国からの踏み込んだ発言が増えるものと思われます。

米経済や自動車メーカーなどの先行きに関して不確実性が劇的に増大することは、企業の行動にも大きな変化をもたらします。まず、リスクをチャンスに変える企業と様子見する企業との二分化が進むものと思われます。日米欧の経済状況が悪い中、残る成長企業である中国とインドへのラッシュが起き、そこでの競争が激化します。また、財務面・経営面の不確実性が増大した企業では、少ない元手を有効活用する観点から集中と選択が進みます。また、寡占化が進行する分野が増えてきます。

英国など製造業が消滅ないし空洞化してしまっている金融国家は、通貨調整しても輸出が拡大しないため国家経済が崩壊する可能性があります。そうしたところを中心に、商品デフレと資産デフレが同時進行し、富裕層にも大きな打撃を与えるため、これまで安泰だったブランド品も値下がりします。とはいえ、中長期的に見て、供給余力・弾性値の少ない資源価格は上昇傾向にあるため、人口の多い国が景気回復すれば、資源を持つ会社から株価が上昇するなど再び資金が流れるようになります。

米国のとる選択

リーマンショックは金融行政最大の失敗とも言われますが、それによって米国民は公的資金投入の必要性を実感し、それを容認する方向に考えが切り替わったともいえます。日本もかつて三洋証券と山一証券が倒産し、長銀が経営危機に直面したのを契機に、「住専に公的資金を投入すべきでない、銀行員に甘い汁を吸わせてはならない」という従来の国民の考えが変わった経験があります。とはいえ、オバマ政権下で議会で認められた景気刺激のための財政政策は8000億ドル強であり、1兆ドルを超える支出は抑えられました。そうした制約のあることが先行きに関して不確実性・不安感が出ている基本要因になっていると思われます。また、クルーグマンのいう「隠されていた金融システム」(ヘッジファンドなど)は、これまでSECの監督下に入っていませんでしたが、今後規制が導入される見込みです。

仮に欧州や日本がかつての米国の代わりに世界経済を強く牽引できれば、問題解決はわりと簡単ですが、現実はそうではなく、先進国が軒並み悪化している中で、中国やインドは頑張っていますが、自国の経済浮揚策で手一杯、それが世界貢献といった状態です。輸入大国だった米国に代わる存在が無い、すなわち皇帝不在の「大空位時代(Interregnum)」に入ったといえます。ドルに代わる適当な通貨が無い中で、世界の通貨体制は非常に不安定さを増しています。

米国政治社会の弱点は、内在する問題に対処する力が弱いことです。対外的な「敵」が存在するときは稀有な強さを発揮しますが、敵が不在で自国の中で問題を解決しなければならないときは方向性を見失ってしまう。今回の危機も自らの過剰消費と過剰投資が招いたものですが、「敵」が見えないだけに、第一次石油ショック後のエネルギー自立計画と似たような経路を辿る可能性があります。

中国、その他アジア経済の見通し

中国に関しては見方が分かれ、群盲象を撫でるような議論が続いていますが、向こう数年間は6~7%の成長を維持する力があると見ています。最大の問題は地域格差。広東省広州で工場閉鎖が相次ぐ一方で、自動車販売台数が2カ月連続で米国を超えたというニュースが流れます。都市民と農民の大きな格差も深刻です。中国政府は4兆元規模の内需拡大財政政策を打ち出していますが、農民戸籍を持つ8億人の半数以上が年金など社会保障も医療もまともに受けられない状況で大きな内需拡大は見込めないため、過去数年、政府は「三農」政策に重点を置いてきました。一部、効果は表れています。

インド、インドネシアなどの人口の多い国はある程度の成長が見込まれますが、米国や中国への輸出依存度の高い韓国、台湾、シンガポールは大幅なマイナス成長が予想されます。

日米欧の対中依存は下方硬直的であり、劣等財を中心とする中国の労働集約型産業の輸出が壊滅することは無いと見ています。とはいえ、中国の経常収支黒字は縮小せざるをえなくなり、それら産業もかなりの打撃を受けます。1978年以降、より厳密にいえば1992年以来、ただひたすら成長路線を驀進してきた中国の経営者も、ここにきて、これまでの積極的攻勢を見直す向きが強くなっています。「徳川家康」(全13巻)の中国語訳が、若い経営層などに200万部も売れていることも、そうした社会状況を裏付けています。これまで、考えられなかった現象です。中国政府としては、米国経済ひいては世界経済のメルトダウンを阻止するためにも、米国債を買い続けざるをえませんが、財政赤字縮小などに関して注文をつけるなど、いわば米国にとってのIMFのような役割を果たすようになってきたともいえます。

日本経済も相当に落ち込んでいますが、悪いことばかりではないと見ています。過去10年間、日本の「エクセレント企業」は従来のボトムアップ方式にトップダウン方式を組み合わせ、自己の強みに欧米流企業のいい点やグローバル時代には不可避な要素を選択的に導入・統合してきた日本流「ハイブリッド経営」(私は、「機能重視型動態的ハイブリッド経営」と命名)を推し進め、収益力などを相当改善してきました。パラダイムシフト対応力の強いモデルです。80-90年代の金融行政の失敗などマクロの数字が悪かったことや、産官学の怠慢もあって、それら企業の改善努力や転換能力が検証されず、日本企業モデルはもはや目標たりえないといった見方が海外で定着した感もなきにしもあらずですが、私は、日本の多数の企業が、自己変革を続けながら、今回の危機も乗り越えると見ています。

これから何をすべきか

1.若者が希望を持てる経済社会を
「若者が希望を持てる経済社会」では抽象的過ぎるかもしれませんが、たとえばデフレ社会は年金生活者にとって非常に有利ですが、若者にとっては就職や収入増のチャンスが狭まることを意味します。若者に責任がないのに、デフレで所得は増えず、将来彼らの肩にかかってくる国家の借金だけが一方的に増えるといったことでは、次代をになう世代に変革を促す強いパワーを期待できません。産官学も、この基本を忘れてはなりません。

2.国際協調
日本だけが今回の不況を上手く乗り切れるというのは幻想です。米国を見限るのはありえない選択です。この時期にアジアで、たとえば、「経済共同体」を作る意志を明示的に強調すると、米国はそれを「ブロック化」と捉えるため、不要な疑心暗鬼をもたらしかねません。実質的には、すでに、アジアは「経済共同体」化していることもあり、日本としては、米国・アジア双方との関係を維持しながら、アジア太平洋地域でFTAなど多くの実効的な協定を多重に作っていく必要があります。

3.日本政府の役割
いまだに部分最適の議論がなされていますが、長期的に整合的な政策が必要であり、そのためにも省庁の縄張りを排除しなければなりません。道州制などの議論を一挙に進める必要があります。

4.日本企業の役割
危機感を持ちながらも、これまで推し進めてきた「機能重視型・動態的ハイブリッド経営」を信頼して、パラダイムシフトに着実に対応していくべきです。平時ではボトムアップで詰めるのが堅実ですが、今のような非常時においては、トップダウンの意思決定が非常に重要となります。体力的にも精神的にもタフなリーダーが必要なため、経営者の低年齢化は非常に好ましいと見ています。

5.日本人が日本の株式を買うようにすること
日本人が日本企業の株をほとんど買わないのは実に深刻な問題です。日本経済がここまで急落した理由の1つは、株価がひたすら落ち込んだことにあります。欧米投資家の換金売りなどが原因です。日本人がもっと多くの株式を長期保有していれば、これほどの急落は無かった筈です。個人資産平均が世界一であるにもかかわらず、日本人が株を買わない理由として、長期的に株主に報いる姿勢が企業に欠けていることが指摘されます。「従業員を大事に、従業員の給料を増やせ」というのも一理ですが、株主に対するコミットメントをバランスよく満たし、株式市場を維持していくことは、日本の年金制度などが崩壊しないためにも不可欠なことです。これは、個人だけでなく、企業にとっても死活的に重要なことです。

6.学界の役割
学界も部分最適の議論にとらわれずに、グローバルな視点から中長期的な全体最適、技術と市場の共生、国家の役割といった大枠の議論を進めながら、世論を誘導する義務があると存じます。国外発信も重要です。

7.米国の役割
米国の回復にはかなりの時間を要します。オバマ大統領がとれる政策の幅は実際に限られています。景気回復後も米国は世界最大の経済大国であり続けますが、次第に「普通の経済大国」になっていくと思われます。しかし、国土が広大で公的交通機関が発達していない米国がカーレス(自動車なき)社会になることは考えられません。どういう車に乗るかということが問題になってきます。中長期的に見れば、日本メーカーに不利なことはありません。世界不況の中で人口大国である中国やインドの役割が大きくなっても米国を代替することは無いため、日本としてはやはり米国との協調の道は捨てるべきでないと見ています。

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質疑応答

Q:

世界不況が長期化した場合、中国では雇用問題が非常に悪化する可能性があります。また、中国の過剰生産能力とそれによる過剰競争の可能性を指摘する声もあります。

A:

中国には、「民主国家」と比べて意思決定が素早くでき、政府が良いと判断する政策をそのまま実施できる強みがあります。そのコストとして、重複投資などの無駄が増え、環境問題軽視、腐敗が広がるなどの問題もあります。雇用問題は確かに深刻であり、農民工の失業や学生の就職難への対処が急務となっていますが、中国政府の財政出動による公共事業がかなりの余剰人員を吸収できる見込みです。メンタリティの面でも、日本人が危機に悲観的であるのに対し、中国人はより楽観的で不況をチャンスと捉える人が多いです。中国の場合、設備過剰についても、製造業の大半は(品質の関係もあって)国内消費向けですので、輸出が落ち込んだからといって必ずしも壊滅するわけではありません。以上のことから、悲観材料もあるものの、全体としてはそこそこの結果が出てくると思います。

Q:

アジア通貨危機を境に「アジア通貨基金」構想が出ましたが、米国の反対にあって立ち消えとなりました。昨今のグローバルな金融不全の中で、再び同じような構想が出てくる可能性はあるでしょうか。あるいは、IMFの米国中心型運営を是正しながらアジアの発言権を増やす方向にもっていくべきでしょうか。

A:

アジア通貨危機に関しては、IMFも米国中心の考えによるミスマネジメントがあったことを認めています。しかし、IMFの誤りを叩くのではなく、より良い仕組みを考えていくことが、債権国である日本にとって重要なことであると考えています。

かつて「アジア通貨基金」構想が立ち消えとなった背景には、日本のヘゲモニー掌握に対する米国の警戒感や国内でも意見の相違があったなどさまざまな要因があり、「米国につぶされた」と単純に総括できない面があります。しかし、紆余曲折はありましたが、結果として、二国間通貨スワップのためのチェンマイ・イニシアティブが発足し、さらにASEAN+3で合意されたプール方式や総額の拡大など補強案がでてきました。また、韓国に対する日中米の二国間スワップ協定もあり、アジア通貨基金とイコールでないとはいえ、それに代わる仕組みができています。

アジア諸国に関しては、IMFのコンディショナリティを緩和しても問題ないと考えています。ただし、IMFが「最終の砦(last resort)としての資金融通機関」としての役割を果たしている面も考えて、コンディショナリティの、の妥当性を議論する必要があると思われます。構造的な問題を抱える国や常識的に債務履行が見込めない国に対して、無条件で巨額の融資することが好ましいとは思えず、重層的な支援メニューを用意する必要があると思われます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。