IMFの世界経済見通し(2008.秋)

開催日 2008年10月20日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI上席研究員 (併) 研究コーディネーター)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

現状認識

有吉 章写真「世界経済は大幅な景気後退局面にある」というのが国際通貨基金(IMF)の今年の見通しです。

特に、日米欧の主要先進3地域が同時に、リセッションにほぼ近い状況になるとみています。具体的には、今年の第3四半期から来年の第2四半期にかけて、成長率はほぼフラットまたはややマイナスの状態が続き、その後、緩慢な速度で成長回復が始まり、2010年の終わりまでに潜在成長率に近い水準にまで回復するというイメージが描かれています。

新興国市場については、デカップリング論は楽観的過ぎ、実際は相当の影響を受けるとの予測が立てられています。ただ、新興国市場は成長率のレベルがもともと高いので、成長率低下幅は同じでも、全体としては下支えするというのがIMFの見方です。中国も相当減速していますが、成長率自体は9%強で、潜在成長率に近い数字です。

IMFは北海道洞爺湖サミット直前の段階で、「インフレが世界経済にとっての最大の問題である」との見解を示していました。最近は相当反落したとはいえ原油価格などの上昇で、総合インフレ率はかなり上昇しています。コアインフレ率は先進国では比較的安定していますが、一部新興国では上昇しており、インフレがもはや問題ではないという状況にはありません。

ただ、これらはいずれも中心的シナリオの数字であり、実際には相当の不確実性があります。特に、大きな下方リスクが存在します。この見通しは、現在の金融危機が各国の措置により早期に収拾するというある意味でのベストシナリオを前提に作成されている点には留意する必要があります。

金融――最大の問題

最大の問題は金融であり、各マーケットでのリスク、テンションは高まっています。

サブプライムローンの延滞率は2006年貸出分では40%近くに達しています。一方、優良住宅ローンの延滞も歴史的高水準で進んでいて、損失率もかつてなく大きくなると予測しています。証券化商品の価格も大幅に低下しています。

現在の銀行システムが抱えるのはサブプライム問題をはじめとする住宅バブル崩壊の問題だけではありません。すべての貸出先で不良債権化が相当急速に進行するという問題も抱えており、不況期の最高水準にまで到達する見通しです。それだけなら大きな問題にはなりませんが、実際は、それに加え住宅ローンの年間損失率が通常なら0.2~0.3%、ピークでも0.4~0.5%のところ、商業不動産並の2%位の数字にまで跳ね上がるという、異例の状況が生まれています。

金融システム全体への損失(米国国内でオリジネートされたローンと、それを証券化した商品にかかる損失全般)は、春の見通しでは約1兆ドルと予測されていましたが、現時点ではベストエスティメートでも約1兆4000億ドルになるとの予測です。サブプライム、Alt-Aは春の段階から大きく増えてはいません。増えたのは、プライムモーゲッジやプライムMBS、ハイグレード・コーポレート・デプトです。いわば、サブプライムに端を発した金融全体のクレジットリスクがクレジットクライシスにつながる形です。

損失の半分強は銀行セクターに落ちるとみています。米国国内でオリジネートされたローンといっても、サブプラム・プライム関係では、5割程度が米国金融機関、4割程度が欧州金融機関にいっています。従ってすべてが米国の損失ではない点は、危機の規模を計る上で留意すべきです。

しかし、同時にこれは危機がヨーロッパに飛び火した原因です。加えて、欧州の場合、域内のローンがどうなっているのかも問題です。ドイツを除く欧州諸国、特にアイルランド、スペイン、英国では高いレベルの住宅バブルからマイナスに転じています。ただ、欧州の場合は米国と異なり、ノンリコースでなく、米国のサブプライムほど状況はひどくないので、実際にロスに転化する割合はそれほど大きくないとみられています。とはいえ、こうしたロスを背景に、欧州の一部銀行ではPBRが1を下回るレベルにまで大きく落ちています。つまり、マーケットは欧州の銀行ではさらにロスが出ると見ているわけです。欧州でさらに問題なのは、統合化された市場で国境を越えた資金調達がされている点です。そのため、おかしくなった部分をどの国の当局がサポートするのかが不透明になっています。こうした状況が不安定性にさらに輪をかけています。

金融危機の規模は、約1兆4000億ドルで、GDP比(米国GDP)では約10%です。これは、欧米の銀行部門自身が対応できない規模ではありませんが、問題は、マーケットの信任が揺らぎ、マーケットが完全にフリーズアップした状況にある点です。

7000~8000億ドルの想定ロスうち、各銀行は6000億ドル程度のロスはすでに認識しています。ですのでロス認識は進んでいるといえます。また、そのうち4200億ドルくらいについては資本増強を果たしています。では、残り4000億ドル程度の資本を戻せば良いかといえば、実はそうではありません。銀行の自己資本比率を適正と見られるレベル(ティア1で8%強)にまで戻す場合、相当の自己資本充実――IMFの推計では約6850億ドルの増資――が求められます。過去1年で4000億ドル調達できたことを考えれば、これも無理な規模ではありません。

ただ、自己資本を充実させるだけでは必要なレバレッジの引き下げを達成できないので、融資が抑えられるようになります。実際、IMFは今後1~2年の融資の伸び率は年1~2%の水準になると予測しています。これは今後の成長にとっての大きな制約です。かつて日本が金融危機後の貸し渋りに直面したように、欧米でも金融セクターのバランスシート調整に今後2年程度の時間はとられるとみています。その間、成長率は相当制約される、というのが全体シナリオです。

しかし、今年9月末以降、マーケットが完全に動かない状況が続いています。一方、リスクスプレッドは大きく跳ね上がっています。インターバンクのマネーマーケットが死ねば、銀行が短期の資金繰りにすら窮し、銀行が頓死する、あるいはそこまでいかなくても企業への短期資金の供給がとまり、企業部門の黒字倒産続出、という事態もありえます。そうした状況を避けるために、ここ1~2週間の間に、中央銀行が銀行への貸し出しを大幅に増やしました。コマーシャルペーパー(CP)の買い入れも行われました。ただ、銀行破綻の心配がある限りなかなか資金の流れが復活しません。そこで、、銀行に対する信任回復のため資本注入が実施されました。自助努力による増資だけでは時間がかかりすぎ、その間の事態の致命的な悪化を避けるためです。それでもなお不十分なので、インターバンクの取引や預金に関して全額保護する措置を各国が次々と講じています。これすら別の問題を引き起こしました。全額保護が信用できる国に資金が集まり、預金保護を実施していない周辺国や、全額保護をするだけの体力がないとみられる国からの資金流出が起きてしまいました。

銀行は流動性不足による倒産という万一の事態を避けるため、中央銀行での預金などの流動性の高い超安全資産を積み上げ、インターバンクを含め、貸し出しを行わない姿勢を維持しています。資金の放出は、資金を市場調達できることを確認してからでなければ行われないでしょう。一方、資金が放出されないので市場が機能しないという悪循環も生まれています。その意味で、正常化は最初しばらくの間、非常に緩慢な速度でしか進まないのではないかと懸念しています。さらに、そうした状況が長期化すれば実体経済にスピルオーバーして、さらなる悪循環が生まれるとの懸念もあります。各国が協調して、とりうるすべての政策手段を総動員してでも、一刻もはやく市場の安定を取り戻すことが最優先課題です。この必要性は国際社会で完全に認識されています。

アームスレンクス型金融セクターと非アームスレンクス型金融セクター

これは現状から少し距離をおいた理論的な分析となりますが、金融セクターのストレスに続いて景気後退に突入した場合、成長率の落ち方は、ストレスがなかった場合と比べて倍程度になるという分析結果が出ています。今回のケースに当てはめても、金融ストレスが発生しているので、米国などの国が景気後退局面に入れば、その影響はかなり大きなものとなることがこの観点からも予想されます。IMFでは、銀行セクターや金融セクターの特質によって、そうした影響がどう異なるのかを分析しています。

分析では、アームスレンクス型金融セクターの方が、そうでない金融セクターよりも、景気変動が激しいとされています。リレーションシップ型に近い銀行は、たとえバンキングストレスが発生していたとしても、景気後退の谷の深さはそれほど大きくありません。その意味で、景気が悪化すればレバレッジが上昇する日本の銀行は実体経済を下支えしていると考えることも可能です。これは、これまでの議論には無かった新しい視点です。

ただ、ここで1つ注意すべきは、アームスレンクスか否かと、リセッションになる確率には関係は無いという点です。これらの点については今後さらに研究を進める必要があると考えています。

明るいニュース

明るいニュースもあります。企業部門のバランスシートは健全です。また、原油価格や商品価格がピークを超え、先進国では交易条件が改善しています。住宅セクターは、あともう少し下がればボトムアウトする期待もあり、住宅投資もピーク時に比べ大幅に減少しているので、そのあたりが下支えになる可能性はあります。

原油価格・商品価格高騰の背景と今後

原油価格・商品価格はなぜあそこまで高騰したのでしょうか。強い需要が存在したことは基本的背景ですが、その他にも、高騰する以前の段階で在庫や余剰生産能力が小さかったこと、供給のレスポンスが弱かったこと、旱ばつなどコモディティスペシフィックなショックが発生したこと、などが価格高騰の理由として挙げられます。一般には商品が金融投資の対象となっていることが高騰の原因として挙げられます。しかし実際に検証してみると、金融投資と原油や商品価格の高騰の間には相関関係は確認できても因果関係までは確認されていません。

今後についてはどうでしょうか。原油価格については、限界的供給コストがバレル70~80ドルまで上昇しているので、需要が減らない限りは供給が急激に上昇することはないと思われます。食料品についても、新興国を中心とした世界的な需要の大きな伸びが急激に下がらない限り、高めの基調が続くと見通されています。

新興国市場から流出する資金

先進国の金融不安を背景に、新興国市場では資金の流入が流出に転じています。そうした動きにより、経常赤字を短期の資金流入で賄ってきた国は大変な状況になっています。新興欧州国では金融の自由化との進展と金融の対外開放度の増大によって、長年の経常赤字のかなりの部分が説明でき、赤字が非合理的だったとはいえません。しかし、だからといって脆弱性がないということにはなりません。

会場写真

質疑応答

Q:

世界的な経済恐慌が起きる可能性についてはどうお考えですか。

A:

1930年代の恐慌は、マネーサプライの縮小など誤った政策対応が最大の引き金となったといわれています。一方、今回の危機に関しては、各国は講じるべき措置はすべて講じるというスタンスになっています。こうしたコミットメントの下で取り組みを進める限り、かつての恐慌の二の舞を演じることはないと思います。ただ、周辺でフォールアウトが起き、一部の新興国が相当の困難に直面しているのも事実です。そうしたところに対して、IMFなどが大量の資金を供給することで当面の安定化を実現し、中核的なマネーマーケットの機能が回復すれば、通常の手段での回復は可能だと思います。

Q:

市場型金融システムとリレーションシップ型金融システムとでは、前者の方が景気の増幅効果が大きくなるというのは、どういったメカニズムなのでしょうか。直観的には、市場型の方がリスク分散が進んでいるので、ショックは吸収できると思うのですが。

A:

ご指摘の通り、直観とはかなり異なる非常に興味深い結果になっています。どういったメカニズムになっているかは今後さらなる検討・検証が求められるところですが、1つの仮説としては、「銀行部門は、いくら小さくなりリスク分散が進んだとしても、短期的運転資金などの供給源として他の市場を円滑に動かす上での極めて重要なシステムになっている点には変わりはない」というものがあります。小さいながらも中核的な役割を担う銀行の資産が景気後退期に大幅に縮小すれば、実体経済に相当の悪影響が及ぶのではないか、というのが当面の解釈です。制度設計においてはこうした可能性も視野にいれる必要があるのではないでしょうか。

Q:

1990年代の日本のバブル時の状況と現在の状況が異なるとして、一番大きな違いは何だとお考えですか。1990年代の日本の政策対応以外に現在求められる政策対応はあるのでしょうか。

A:

現在求められる政策対応としては、まず、流動性を確保してインターバンクの取り付け騒ぎ的なことが起こらないようにすること、次に、不良資産を早期に本体から切り離すことでロス額を確定し、自己資本の毀損が明らかになればそこを早急に埋めることが挙げられます。1990年代の日本では、後半の過程において、産業と金融の一体再生の必要性が大きく訴えられました。一方、現在の米国などの場合は、産業の再生というよりは、家計・住宅市場の回復が求められています。この点で1990年代当時の日本と現在の世界では状況が異なります。

もう1つ、当時と現在で決定的に違うのは、日本の場合は比較的(厳密な意味では違うかもしれませんが)国内で事態が収拾したのに対し、米国の場合は不良債権が世界中に広がっており、しかも米ドルの本源的預金を唯一持つ米国の金融機関が外に貸し出さない限り、外国でドルに対する資金不足が生じるようになっているという点です。また、資産負債関係が各国間で複雑に入り組む現在では、ある国の政策対応が即時、別の国に影響する状況も生まれており、この点でも1990年当時の日本とは大きく異なります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。