ネットワーク時代の行政ガバナンス

開催日 2008年10月1日
スピーカー 奥村 裕一 (東京大学公共政策大学院特任教授)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

行政を支えるITの本領発揮はまだこれから

奥村 裕一写真今日お話しする行政ガバナンスの新しい形について、社会や行政の執行側の理解が深まれば、ITネットワークは、それを支える道具としてかなり効果を発揮すると確信しています。

「情報システムは費用対効果が悪い」と言われています。「ITを入れると世の中が変わる」という期待と「実際入れてみて何も変わらなかった」という現実とのギャップ。システム開発は、米国の例で5割以上が失敗(1995年でキャンセルが3割、コストオーバランや期限内開発未完了が5割:最近は少し改善)に終わるそうですが、その根底原因は「そもそもITを使って何がしたいのか」というユーザーの目的意識が非常に曖昧なところにあると思います。

同じく、行政のIT化においても、政府はITを使って何をしたいのか、という原点から考え直す必要があります。ですので、本日の発表でもITはひとまず離れて、行政ガバナンスのあり方を中心に検討したいと思います。

なお、そもそもITの強みとは何か。紙と鉛筆に変わって人間の考えを記録し、保管する機能はネットワーク以前のスタンドアロンのパソコンでも実現します。ITが本領を発揮するのは、ネットワークで結ばれたとき。具体的には、かつてないスピードと世界規模での情報の「伝達」と「共有」の2点がITの最大の強みといえます (セキュリティなどの弱みは今日は別にします) 。

「協働行政」の登場

まずは米国、英国、オーストラリア、カナダにおける行政ガバナンスの変化を見てみましょう。大まかにいうと、米国は技術主導型、英国、オーストラリア、カナダは行政理念主導型と特徴づけられますが、結果的な狙いは協業行政、つまり各省間あるいは中央地方の行政間でその持ち分を出しあって、後述のように一組織では対応できない現代の課題に協業して応えていこうということにあります。前者がEnterprise Architectureの概念を軸とするのに対し、後者は政治的スローガンに沿って行政ガバナンスを変えていくアプローチです。いずれも従来の縦割への挑戦です。

米国はクリントン・ゴア政権から結果主義の導入など官僚主義の弊害との戦いを進めていましたが、さらにブッシュ政権になって、連邦政府を1つの組織とみて省庁間の横の連携を強める改革の動きに発展し、それは行政の運営方式のさらなる近代化と結びつく格好で改革が進んでいます。2001年から行政マネジメントの変革のために、大統領行政管理アジェンダ(PMA)が実行に移されていますが、その1つにITを利用した拡大電子政府というテーマがあり、その際の省庁間を超えたマネジメント手法として、連邦政府ワイドのEnterprise Architectureを開発し活用しようとした訳です。

一方、英国では1999年にブレア政権によってJoined up Governmentが打ち出されました。組織間の壁を取り払うことで各省庁をJoined upしていくほか、中央・地方、NGO・NPOの連携も含めた広い意味でのJoined upが考えられています。ITに関しては、1999年に電子政府e-envoyができたのに加えて、2005年からはITを駆使した省庁間連携のためのTransformational Governmentが立ち上がっています。オーストラリアも2004年に"Connecting Government: Whole of Government Responses to Australia's Priority Challenges"と題する報告書を各省次官の委員会(後述)でとりまとめ、Whole of Governmentを標語としています。カナダはHorizontal Initiative/Governmentを標語に、中央省庁を中心とした水平連携をとる動きとなっています。ITに関してはService CanadaとGovernment Onlineがあります(調査がこれからのため資料にはありませんがNZも協業行政を手掛けています)。

そうした「協働行政(Collaborative Governance)」が声高に唱えられるようになった背景には、従来の縦割り行政では現実の社会問題に対応しきれない供給側(行政)の事情と、多様なニーズを抱える需要側(国民)の事情とがあります。たとえば青少年犯罪を解決するにも、教育と同時に産業(雇用)創出を考える必要があるなど、分野横断的かつ長期的・段階的なアプローチが必要です。また、One Size Fits Allの標準的な政策だけでは多様化したニーズを満たせないという状況もあって、個人に合わせてカスタマイズされた顧客指向のサービスが行政にも求められるようになったのです。加えて、ネットワーク環境の整備によって、重複業務の集約と情報の共有が可能となったことも、こうした行政国民双方のニーズを支える基盤となります。

協業を阻むもの

他方、協働行政を阻む要素の1つに縦割りの組織文化があります。これは欧米でも見られる問題です。欧米では政治家、行政幹部、行政現場それぞれの縄張り争い(Turf Battle)が焦点となっていて、たとえばオーストラリアでは官僚より政治家、英国では政治家より行政の縦割り意識が強いという人もいます。このような組織文化を変えようと、それぞれの国は努力している様子が伺えます。協業行政が進むには、さらに、縦割りの分業体制にどう横串を通していくのかという組織構造の問題や誰が責任を持つのかという説明責任の問題もあります。

たとえば、議会の縦割り意識が強い米国では、2002年設立の電子政府の中に基金(ファンド)を作る案がありましたが、各委員会の反対で頓挫し、結局は各省で既存の予算を持ち寄る形に落ち着きました。これは、組織分化の問題とともに、議会を含めた組織構造の問題でもあります。また、そうして横で連携する場合には、誰に対して説明責任を負うのか。最終的には国民ですが、第一義的には誰に対して責任を負うべきかが議論の対象となっています。それから一般的にITネットワークに対する認識の薄さ、ないし無関心・嫌悪もネックとなります。ネットワークの本来の意義は、社会の共同体の形成の一要素だということです。さらに、ネットワークが成り立つには、人と人との間で情報が伝達され、共有されることが前提です。これを技術的に支えるのがITというわけです。これによって、時間と距離の制約を越えて新たな共同体が形成できるというわけです。

「協働行政」の先進例

1.米国
米国の行政改革はIT主導型で、現政権では、パブリックコメントの統合などを除けば、政策よりは業務サポートサービスの協働化に重点が置かれています。人事・会計業務の他省庁・民間へのアウトソーシングがその一例です。人事に関しては、農務省、内務省、財務省、保健福祉省、国防総省が、契約を通して他省庁の人事システムを受け継ぐシステムを段階的に整備しています。同様に、会計に関しては、一般調達庁、内務省、財務省、運輸省が他省庁の会計を引き受ける形となっています。元々は省庁間のアウトソーシングが中心でしたが、最近はAccentureやAllied Technology Groupなどの民間企業も各省業務の請負に参入しています。実際の発注は一般公開入札で決まります。

さらに最近では、システムだけでなく、人を含めた業務(の塊)の統合・再利用による重複解消が検討されていますが、未完です(資料のSCBA)。米国の場合はITの視点からマネジメントに切り込んできた訳ですが、マネジメント視点での業務統合はこれからという印象です。

2.英国
英国では、一例をあげると児童関連施策に関するサイト、Every Child Mattersを中心に省庁間連携がとられています。これは単に各省のリンクを掲載したウェブサイトではなく、教育、保健、文化、社会福祉、法務を担当する省庁のリソースを持ち寄って、政策を打ち出していく場となっています。各省の主権(Autonomy)は維持しながらも、病院から学校、警察、さらにはボランティアグループまで、あらゆる層でチームアップしていこうという考えです。

さらに大蔵省では、Public Service Agreement(PSA)というマネジメント枠踏みを1998年から導入しています。複数省庁で一種の契約としてPSAを結び、プロジェクトを策定すると、予算もそれに対して一括的に配分される仕組みです。パフォーマンスも1つのまとまったプロジェクトとして一括的に評価されます。さらに類似の連携の仕組みとして、大蔵省と内閣府の協同によるInvest to Save Budget(ISB)があります。

3.オーストラリア、カナダ
オーストラリアではConnected GovernmentないしWhole of Governmentという概念の下、政策立案からプログラムマネジメント、国民に対するサービス提供までを含めた協働化を進めています。その推進役が各省の次官クラスで構成される委員会、 Management Advisory Committee です。

カナダでもHorizontal Challengeを標語に類似の取り組みがされています。その一例がCanada School of Public Serviceでの研修です。これは中央政府の公務員を対象にした大学院レベルの学校で、カナダ政府の一機関という位置付けとなっています。同様の学校は、英国やオーストラリアにもあり、そうしたインフラを積極的に活用したマネジメントの公務員研修が行われています。

マネジメントと情報システムの体制比較

各国のマネジメントと情報システムの体制を見てみましょう。 米国では大統領府行政管理予算局(OMB)が両方を監督します。米国には元々行政管理の統一的推進統制機能が無かったのですが、1939年に予算配分部局が財務省から大統領府に移管した後、ニクソン政権時代になってこの組織に省庁横断の行政管理の推進統制業務を新たに加えてOMBが設立したという経緯があります。そうした経緯から、OMBは情報システムもマネジメントの一環として見るようになっています。英国では内閣府のCivil Service担当部局がマネジメントを、その部局内のTransformational Governmentという組織が情報システムをみています。オーストラリアでは首相・内閣府のAustralian Public Service Commissionが主として人的マネジメントの側面を、財政・規制緩和省のInformation Management Officeがファイナンス・規制緩和と連携した形で情報システムを担当しています。カナダではマネジメントも情報システムも国家財政委員会事務局(TBS)の担当です。

諸外国と比べて目立つ日本の連携不足

日本の場合は、政府内の仕事のマネジメントが非常に弱い印象です。行政のマネジメントを根本から考え直す必要があります。

青少年のインターネット有害情報対策を巡る動きも、そうした日本の課題を浮き彫りにしています。日本では青少年ネット規正法が今年6月に成立しましたが、実は昨年秋に文部科学省と総務省とで「ネット安全安心全国推進会議」と「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」がそれぞれ立ち上がっています。青少年ネット規正法によって設置される「インターネット青少年有害情報対策・環境整備推進会議」においても、実質は各省間のTurf Battleが生じることを懸念しています。

一方、英国では今年9月29日にChild Internet Safetyの協議会が立ち上がり、省庁を含む100以上の団体が集まって議論をすることとなりました。以前は警察のタスクフォースが中心的に活動していましたが、それとも共同して進められます。日英両国とも、いずれも始まったばかりであり、協業をいう視点からそれぞれの対応がどのようなものになるのか、見守っていきたいと思います。

マトリクス経営方式で能動的な連携を!

各省庁のSilo(縦割り)に横軸を通していくという、マトリクス組織化の発想は1960年代頃から、米英の航空宇宙産業を中心に広がり始めました。日本でも70~80年代にマトリクス経営がかなり話題となりました。ただ、マトリクス経営には指揮系統の矛盾という問題点もありますが、それも含めて協働行政とマトリクス経営とは本質が非常に似ていることから、協働行政の将来的発展において、マトリクス経営から学べる部分はかなりあると思います。

日本には内閣府がありますが、どちらかというと受身・調整型という印象です。調整と協働は本来異なるもので、調整は受動的棲み分け、協働は能動的連携であると捉えています。内閣府としては、企画と実行の両段階において、個々の官庁の立場を重視する「調整」ではなく、国民へのサービス提供に重点を置いたつまり国民の視点からの「協働」を目指すべきです。その際には、個別の政策課題ごとに部局横断型の目標設定をして、それをベースに各省の分担を決めていくアプローチが必要です。

かつての日本企業は「周り」(つまり横)を見て仕事をする習慣があり、実質的マトリクス経営が実践されていたという指摘があります(デイビス・ローレンス著「マトリクス経営」1977年)。個人的感性の賜物といいましょうか。ただ、日本としてもかつての「感性」に頼るだけでは不十分で、また、官庁の場合には、この感性が働くのは、どうしても自分の所属する組織の中だけになりがちです。複層化する社会問題に対処するためにも、欧米の例に倣った組織的な協働が必要です。まずは「政府は一体」という価値観・組織文化を確立し、その上で「国民にサービスを提供する」ために役割分担をしていく姿勢が求められます。

さらに重要なのがプロジェクトマネジメント教育です。多くの利害関係者がいる中で、横の連携を円滑に進め、プロジェクトをまとめるスキルのことです。そして、プロジェクト単位で総合評価をしていくこと。日本政府も協業行政ガバナンスを確立し、そして戦略、プロセス、サービス提供を統合することで、確実にアウトカムが出せると期待しています。

会場写真

質疑応答

Q:

協働行政における人事権の所在は。

A:

省庁単位の人事体制では、職員としても省庁の壁はなかなか越えられないようです。米国では上層部人事がポリティカルアポインティとして大統領の決定事項であるのに加えて、私の専門分野の各省CIOなども省庁を越えて移動しているケースが結構あります。ですので、人事に関して省・大臣に一方的に縛られることはありません。

Q:

総理周辺には消費者庁だけでなく、地方再生、年金、ムダ撲滅などのプロジェクトチームが次々と立ち上がっていますが、こうした取り組みについてはどのように見ていますか。

A:

これらはまさしく変化のドライバーと見ています。省庁縦割りでは解決できないから、内閣府に本部を設置せざるを得ないのだと思います。問題はその後の行動です。はたして省庁の壁を越えて一体となって政策を作り上げ、実施できるかどうか。企画を紙にまとめるだけで肝心の実施のプロセスでつまずいては意味がなく、職員の抵抗も想定しながら、プロジェクトを進める作戦を練る努力が必要です。これこそが最近でいうチェンジマネジメントです。

人間は昨日と同じことをするのが本能的に一番楽で、他人から「明日から方法を変えろ」とは指図されたくないものです。そのような人間をどう動かし、変えていくかがあらゆる組織に共通する大きな課題です。その意味で消費者庁の設立は、マネジメントの変更も含めて、1つのポジティブな社会実験として取り組んではと思います。

Q:

プロジェクトマネジメント教育には何が必要でしょうか。

A:

特殊な知識よりは総合力が問われます。米国のケーススタディ方式が有効でしょう。課題を与えて、議論させ、どう人を動かすか、権限争いが生じたらどうするか、などを考えさせるのです。協業行政の場合も、まず実例からケースを作り上げていってみてはどうでしょうか?

プロジェクトマネジメントの実例は、米プロジェクトマネジメント協会(PMI)のサイトに取り上げられています。プロジェクトマネージャー(PMP)は、日本ではITないし理系の資格と見られがちですが、文系の方にも必要な(資格という形ではなく)能力だと思います。協業プロジェクトで最も重要なのは、問題の本質を追求していくこと。そして、途中で単なる妥協に走るのではなく、参加者全員が納得する、サービスの受け手の国民にとって最善の解を見出すのです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。