知識組替えの衝撃 ~現代の産業構造変化の本質~

開催日 2008年9月1日
スピーカー 西山 圭太 (経済産業省経済産業政策局産業構造課長)
モデレータ 星野 光秀 (RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

産業構造審議会新成長政策部会基本問題検討小委員会の報告書「知識組替えの衝撃―現代産業構造の変化の本質―」は、「第I章 現代の産業構造を巡る変化~3つの潮流」、「第II章 我が国産業の課題と解決の方向性」、「第III章 知識組替え時代の政策はどうあるべきか」の3章構成となっています。

現代の産業構造を巡る3つの潮流

西山 圭太写真~グローバル化~
消費市場、労働市場、情報のやり取りのすべての分野でグローバル化が進む中、日本を含め先進国経済の市場規模は頭打ちしています。したがって、グローバルな消費市場への何らかのアクセスがないと日本経済の活性化は見通せません。現在の問題は、端的にいえば、製造業の大企業だけが海外に投資して、そこで資金とビジネスを循環させることでグローバルな経済成長の果実を取り込んでいるが、それ以外はそうした歯車を実感できない点にあります。

~オープン化~
まず、企業間関係のオープン化があります。これは、従来の系列取引が企業の海外展開を契機に減少しているという話で、日本以外にも、イタリア、スウェーデン、米国、ドイツなどの諸外国が直面する課題でもあります。

次に、イノベーションのオープン化です。異業種の技術を組み合わせることで付加価値を創造できる可能性が拡大しています。一方、こうした環境の変化の結果、地方の中小企業の技術の多くが「埋もれた」技術となってしまう状況も生まれています。大企業に関しても、事業再編が進む中で当該企業では使われない「宙に浮いた」技術が生まれる可能性が広がっています。

第3に、消費パターンもオープン化しています。欧州の人だからヨーロピアンテーストのものを消費する、アジアの人だからアジアンテーストのものを消費するという傾向が弱まり、トレンドがすぐにグローバルに伝播する時代になりつつあります。

第4に、地域のオープン化があります。地域クラスターにおいて、地域内の結びつきだけではなく、地域を超えた「つながり」が重要になっています。イタリアでも、戦後の経済成長を支えた特定品産地モデルがここ数年で弱まり、州単位での広域連携が重視されるようになっています。

~知識経済化~
競争力を規定する要素が、設備、資本などの「有形資産」から、ビジネスモデル、知財、ノウハウなどの「無形資産」へと変わりつつあります。報告書では、この知識経済化とオープン化の動きを組み合わせた、オープンな知識創造プロセスが重要との見方が強調されています。

我が国産業の課題と解決の方向性

~グローバル化の裾野を広げる~
これまでの日本では、最終製品を作っている製造業がグローバル化を主導して、その下に属している中堅・中小企業ではグローバル化が進みませんでした。しかし、グローバル市場が拡大し国内需要が伸び悩む中では、地方の中小企業もグローバルな展開をしない限り、大企業のみがグローバル化の果実を取り込む構造は変えられません。換言すれば、日本が直面する課題の1つである大企業と中小企業の二極化は、ビジネスモデルの転換を図らない限り解決しないということになります。

中小企業政策としても、グローバル企業としての「第二の創業」を支援することに重点化する必要があります。そのためには、垂直・水平統合による事業範囲の拡大や、大企業のOBまたは中途退社人材を地方企業に移すなど、人材確保や中小企業の自立が必要となります。仮に自立した中小企業がグローバル展開すれば、伸びない市場で安値競争をして過剰供給構造に陥る従来の状況が解消され、二極化が緩和できるのではないかと考えています。

~オープンイノベーションの時代にどう対応するか~
企業が技術の自前主義に拘泥せず、イノベーションのプロセスを社外の知識やアイデアを取り組むオープンな形とし、それらを吸収して自らもインプットするオープンイノベーションが進んでいます。その背景の1つに、応用技術と科学の接近があります。つまり、ある分野を専門とする大企業の研究者の間で議論するだけではイノベーションは起きず、イノベーションを起こすには中小企業やベンチャーなど社会の知見を幅広く組み合わせる必要がある時代になっているのです。そうなると知的財産権の意味も変わってきます。これからは、技術の広範な利用を促しつつ対価を発明者に帰属するための通貨、流動性としての意味が増加すると思われます。このような方向で社会が変われば、知的財産権制度の整備だけではなく、技術戦略マップなど「発明を発見するインフラ」が必要となります。

~ジャパンクールをどうトレンドにするのか~
日本の女性向けファッション誌の翻訳版は、地元ファッション誌に比べ約3倍の価格であるにも関わらず、中国で爆発的に売れ、中国の女性向けファッション誌の上位4誌は日本のファッション誌が独占しています。しかし、その雑誌に掲載されている洋服のブランドは中国では殆ど売られていません。中国の女性は、日本のファッション誌で紹介されている着こなしを韓国などで作られた洋服でしているというのです。ここでもやはり、日本がグローバル化すべきものをグローバル化していないために機会が失われています。

ファッション誌とは特定のファッションの傾向を示すカテゴリーです。日本はそのカテゴリーを知らず知らずのうちにアジアに輸出しています。そして日本はそれぞれのカテゴリーでのトレンドを気づかないうちに主導しているのです。私たちはこのファッションのカテゴリーはある種の消費者のライフスタイルを示すカテゴリー、つまり製品群を超えたライフスタイルと捉えられるのではないかとの仮説を立てています。その意味で、日本は早く、消費インテリジェンスに気づくべきです。

~「ものづくり」と「サービス」の接近と融合~
加工組立産業では頻繁に起きている「ものづくり」と「サービス」の接近と融合は、いわゆる重厚長大産業(プロセス産業)でも起きています。

ここで、プロセス産業版トヨタ方式を導入した中堅のある化学メーカーの取り組みを紹介したいと思います。トヨタ方式は加工組立産業では汎用性がありますが、加工組立産業とプロセス産業とでは性格が全く異なるため、プロセス産業で導入する場合は異なるカイゼン方式が必要となります。このメーカーはこの異なるカイゼン方式を導入したことで、製造原価の20%削減などの成果を達成しました。ここで注目できるのは、このメーカーが他の電機会社と連携して、パッケージソフト販売と生産管理・人事コンサルを組み合わせたソリューションサービスを外販(=サービス化)している点にあります。

「ものづくり技術」をサービス転化するプロセスを通じて知識の体系化と標準化のチャンスとすることは可能です。

~資源・環境制約と産業構造~
資源・環境制約とはすなわち交易条件の悪化を意味します。とりわけ、資源価格の高騰で先進国の素材輸入価格が軒並み上昇する中で、日本の交易条件は悪化しています。そこで、資源・環境の技術・ノウハウを外国にどう売るかが重要になります。同時に、資源・環境制約は地球規模での取り組みの必要性をも意味します。地球環境問題の解決には、いずれのシナリオや枠組みを採用するにしても、大幅な技術進歩とその迅速な世界的普及が必要という点には異論は無い筈です。ただし、大幅な技術進歩とその世界的普及は技術レベルの内外差の縮小をも意味します。ですので、技術が追いつかれる中で富を獲得する仕組み(例:環境ソリューションサービス)を構築する必要があります。

また、日本のすばらしい省エネ・省資源技術から富を得るには、それらの技術の「サービス化」が必要です。環境ソリューションサービスはそうした取り組みの1つですが、その他にも、本年6月には環境優良企業株価指数(省エネ・省資源のノウハウ、成果を評価し、環境優良企業を評価するためのベンチマーク)についての研究会を東証も交えて開始させています。

~産業構造と地域の経済構造の連動~
産業構造が変われば地域経済構造も大きく変わります。今後は、広域的な視野の下で中規模都市圏への機能集中や都市圏間の機能分担を進めるべきです。

現在問題となっている地域医療の問題にしても、医師不足という単純な数の問題としてではなく、地域医療の産業構造が時代の変化に適応していないことからくる問題として捉えるべきです。地域医療の産業構造が時代にそぐわなくなっている背景の根本には、医療技術の進歩があります。若干誇張になるかもしれませんが、1960年代位までは、大学病院の医師と開業医の間で、必要とする知識や技能に大きな差はありませんでした。

しかし現在のように専門化が進み、技術が進むと、大学病院の医師と開業医はインターエクスチェンジャブルではなくなります。そうした中で地域の医療水準を維持するには、専門的治療が行える医師や先端設備が地域でも必要となります。そうすると次に地域内の病院間や病院と開業医の間での機能分担が必要になります。ところが、日本ではこの機能分担がまったく起きていません。

結論

日本には世界に誇れる技術、コンテンツ、ファッションがあります。一方、成長力は弱く、二極化が進む状況にも直面しています。これはある意味、「宝の持ち腐れ」です。宝の持ち腐れが起きるのは、グローバル化、オープン化、知識経済化を背景に産業構造が大きく変化しようとする中で、知識の組み換えを起こすことができていないからです。

国の政策は、そうした知識の組み換えを起こす方向に変化させていく必要があります。それは単なる規制緩和・強化とは違います。より広い視点でいえば、それは社会学でいうリフレクシビリティ(再帰性=人間が行動するにあたり自らを取り巻く環境を常に問い直さなければならない必要性。社会学者ギデンズによる)を指します。伝統、慣習、決まり事が明確な従来のコミュニティでは自らを取り巻く環境を問い直す必要はありませんでした。ところがそうした伝統や慣習が薄まる現代では、リフレクシビリティが増加します。その結果の1つがピラミッド型産業の崩壊であり、そうした状況では、自分自身で環境を問い直し、一定の秩序の下で新しいメカニズムを作る必要が出てきます。

会場写真

質疑応答

Q:

日本の中小企業は技術レベルは高いが情報発信能力は低いといわれています。仮にこれが本当だとして、問題の克服に国はどうした政策を展開すべきでしょうか。

A:

第1に、垂直・水平統合をしないと、つまり企業の単位があまりにも小さいと、グローバルなビジネス展開はできません。そして、垂直・水平統合にはある程度の資本が必要となります。したがって、生命維持装置的に中小企業政策を講じるよりは、グローバル展開をする企業への資本不足に手当てをした方が良いのではないでしょうか。第2に、人材確保が必要です。日本の中小企業は圧倒的な人材不足に悩んでいます。第3に、取引の適正化を図る、すなわち中小企業が自立して適正な対価を得るようしなければなりません。

Q:

道州制の導入と、知識新結合の場としての都市圏間の機能分担についてお考えをお聞かせください。

A:

数年前の平成の大合併は経済的理由に基づくというよりは、行財政的視点から行われたものです。しかし経済的に考えれば、都市圏の経済的自立性に合う単位に行政単位を合わせる必要があります。その意味でも、生き残れる都市圏の大きさや配置に関する議論を深めるべきだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。