平成20年版通商白書

開催日 2008年7月18日
スピーカー 伊藤 公二 (経済産業省通商政策局企画調査室室長補佐/RIETIコンサルティングフェロー)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

概説

伊藤 公二写真世界経済情勢は、特に米国経済が調整局面に入ったこともあり、大きく変わりつつあります。そうした中、中国やインドをはじめとする新興国に対する関心が拡大しています。「平成20年版通商白書」では、10億人の先進国市場に、こうした40億人の新興国市場を加えた「50億人市場」を創造するためにどのようなアプローチをすれば良いかを大きなテーマに掲げております。

50億人市場の中でも、我が国とのつながりの深いアジアの30億人市場については、消費市場としても成長が期待されます。アジアを生産拠点としてのみならず、市場として開拓することが2つ目のテーマです。

また、経済のグローバル化に伴い、気候変動問題、今年に入り世界的に関心が高まっている資源・食料等の価格高騰等、地球的規模の改題が顕在化しています。こうした地球的課題に対し日本としてどういうアプローチをとるのかも3点目のトピックとなっています。

第1章:困難に直面する世界経済と「50億人」市場による新たな発展への展望

1.世界経済の一体化と多極化―顕在化するリスクと新たな発展の原動力
この1年の世界経済の大きな動きは、米国のサブプライムローン問題を契機とする景気の減速です。国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し(World Economic Outlook)」(2008年4月)では2008年の世界経済成長率は2007年の4.9%から3.7%にまで下がるとの予測が示されました。中でも、先進国の経済成長見通しは軒並み低いレベルに収まっています。他方、新興国の経済成長見通しは、低下しつつも高い水準を維持しています(たとえば中国の2008年の経済成長見通しは9.3%)。このように新興国と先進国の間で成長率に格差が生まれています。

最近の世界経済の大きな特徴としてもう1つ挙げられるのが、2008年以降の資源・食料価格の高騰と投資・投機資金流入の加速です。

新興国と先進国の成長率は1990年代までは同じ水準で推移していました。ところが2003年以降は両サイドの成長率の差にかなり大きな幅がでてきて、新興国経済に経済としての高い自律性が観察されるようになっています。同時に、新興国相互のつながり(南南貿易)も拡大しています。

このように、新興国の40億人マーケットは世界経済で相当大きなシェアを持つようになっていると捉えられます。

2.国際金融・資本市場の動揺と米国経済への影響
世界金融資産残高の年平均伸び率(2000~2006年)と世界の名目GDPの年平均伸び率(同)を比較してみると、金融資産残高がハイペースで伸びています。世界金融資産残高の対世界名目GDP比も上昇しています。特に、株式や社債といった市場型金融資産がかなり伸びています。

国境を越えた金融・資本取引が高いレベル――2002年以降だと年平均で28.8%の成長――で伸びています。これは財・サービス貿易の16.5%の伸びと比べても相当高いレベルであるといえます。

このように高度に成長する金融経済は、景気が下向きになったときに、下ぶれをさらに増幅する可能性を持ちます。

今回のサブプライムローン問題でも、米国では住宅要因は消費を押し上げる方向に働いてきました。ところが2007年に住宅価格の下落が始まり、住宅要因は2008年第1四半期にはほぼ消滅しました。かつ、ガソリン価格の高騰を受け、さらにマイナスに働くという状況になっています。米国GDPの7割は消費で、米国の消費は世界経済全体の消費の4分の1を占めるため、米国の消費の鈍化は世界経済にとって大きな転機になります。

サブプライムローン問題は2007年くらいから顕在化し始めたといわれていますが、家計の債務残高の返済年限は2005年くらいから急速に悪化しています。家計ではこのころからキャッシュフローが回らなくなっていた、すなわち、消費が膨れ上がり、債務に対する返済が進まなくなっていたようです。それが健在化したのが2007年で、結果として住宅価格の下落につながりました。

3.資源・食料価格の上昇による世界経済の構造変化
資源・食料に対する需要は中国等の新興国が押し上げています。これが価格高騰につながる訳ですが、ここで特徴的なのが、先進国ではエネルギー価格が、新興国では食料品価格が、それぞれ上昇しているということです。

こうした資源・食料価格の高騰から日本はどのような影響を受けているのでしょうか。価格上昇によりどれだけの所得が海外から流入してきたのか、あるいは海外に流出したのかを計算した交易利得・損失の推移を国別にみてみると、日本や中国等資源を海外に依存している国では相当大きくマイナスになっています。米国やユーロ圏でも下がっていますが、レベルとしては日本程ではありません。一方、日本の「純輸出+海外からの純受取」は好調です。

日本については、第一次、第二次石油ショック時は、「純輸出+海外からの純受取+交易利得」はしばらくマイナス状態で、海外への所得の移転が続いていました。しかし、直近ではプラス状態となっています。これは、日本の輸出規模が石油ショック当時と比べ大きくなっていることと、海外直接投資により海外からの受取が増加していることによります。

4.新興国等との結び付きを深めつつある我が国産業
日本企業が関心を持つ地域を調査したところ、3分の2の企業が中国を「今後、売上高の拡大が見込まれる国・地域」として挙げています。中国の次に多くの企業が関心を示したのが、順に、東南アジア諸国連合(ASEAN)4カ国(マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア)、インド、北米、新興工業経済地域(NIEs)、ベトナムです。このことからも、日本企業は新興国の開拓に大きな関心を寄せていることが理解できます。

こうした国々への日本からの輸出では、NIEsや中国に対しては電気機器(電子部品等)の輸出が最も多く、中南米、大洋州、アフリカに対しては最終財である輸送用機器(自動車等)が多くを占めます。

日本企業の海外展開の裾野は拡大し、海外販売の3分の2以上は海外生産・海外販売型となっています。現地からの第三国向け輸出も、日本からの輸出に匹敵する数となっています。このようにアプローチは多様化していますが、実際は、中国進出企業の約5割は現地市場で「シェアを確保できていない」とアンケート調査で答えています。この割合はインド・中東で7割、ロシアで8割となります。苦戦している企業が多いのが現状のようです。

そこで何が必要かを論じたのが第2章です。

第2章:世界経済の新たな発展を先導する「アジア大市場の創造」

1.30億人のアジアの「一大消費拠点・知識創造拠点」としての発展
アジアに進出した日本企業は、現地でモノを作り、欧米諸国に輸出するという東アジア生産ネットワークを構築しましたが、アジア域内は消費という観点からは発展の余地が大きくあります。

アジアでは日本の消費財が米国の消費財よりも好まれる傾向があります(アジアにおける日本の消費財輸入の平均成長率は13.1%(2001~2006年)であるのに対し、米国の消費財輸入の平均成長率は3.2%(同))。やり方次第ではこれがさらに増える可能性もあります。ですので、アジア全体を共通の志向を持つ消費市場として捉える必要があります。

そのためには、アジアの経営資源を活用することが重要です。アジア諸国は経済の自立性を高めています。中国の製造業実質付加価値は日本とほぼ肩を並べています。IT関連製品では中国の輸出入が日本を既に追い抜いています。ソフトウェア開発等IT活用サービスの輸出額ではインドが日本とほぼ同じレベルに到達し、IT産業の就業者数はインド、中国ともに現時点で日本を抜いて、今後、さらに日本を引き離していくと予測されます。こうしたことからも、中国やインドが立派な経済生産機能を持ち始めていることが伺えます。

こうしたアジアの経営資源を活用して、アジアの志向を大事にした商品・サービスを作ることが、この地域をマーケットとして捉えるときに大事になる。これが1つのメッセージです。

2.グローバル化の中での我が国経済の好循環の構築
日本として取り組むべき課題ですが、企業の直接投資収益率の伸びが米国と比べ低迷しており、収益拡大が重要な課題となっています。もう1つの課題としては、現地での収益が日本に回収されない状況(海外現地法人の内部留保額の伸びと海外現地法人からの受取配当金の伸びの間の格差)があります。これは税制等によるところもあり、今後の制度調整をどうするかが大きな課題となっています。

また、ここ数年悪化している交易条件を改善する方策を検討する必要があります。基本的には、生産性格差が為替レートを決定する(生産性が低いと円安になる)ため、生産性の向上が大きな課題となっています。

また、日本のマッチング指数(財の輸出に占める構成比と当該財の世界輸入需要の変化率を掛け合わせ、足しあげた数値。世界需要が高まる財を輸出できているとき、マッチング指数は上昇)は2000年以降下がっています。一言でいえば、世界の需要が伸びている財を日本が輸出できていないということです。これも日本が取り組むべき課題です。

3.市場創造のための新たな国際産業構造の構築
海外進出企業とそうでない企業の利益率は前者で5%、後者は1%と、相当大きな格差が生まれています。海外進出は業績との関連でも相当のインパクトがあるようです。今後の日本経済にとっては、これまで海外にあまり進出してこなかった非製造業、中小企業がどう海外展開するかが課題となります。

4.我が国がアジアの核となる新たな経済構造の実現
中国やインドの経営資源を活用するにしても、日本国内の経営資源を最大限活用することが前提となります。これは課題でもあります。

日本では生産性の低いサービス産業に雇用が集中しています。他方で生産性の高い製造業には雇用が集中していません。このギャップをどう調整するのかは大きなテーマです。

また、輸入増で損害を被ったと認定された企業・労働者への支援制度は諸外国では広く整備されています。日本はこうした制度を参考にすることもできるでしょう。

経済産業省では、民間から資本・人材を集めベンチャーやファンドに出資をするイノベーション創造機構(株式会社)の検討を進めていますが、これに限らず、イノベーションを創出する取り組みがさらに必要となっています。人材獲得競争がアジアで激化する中、留学生の受け入れをどう伸ばしていくのか、先進国の中では最低水準の割合となっている外国人労働者を今後どのように取り込んでいくのか、といった点も考える必要があります。

第3章:地球的課題に対応する「持続的発展のための市場」の創設

今年の白書では、地球的課題として、気候変動、食料、資源、水等を取り上げ、そうした課題の解決に向け日本の技術やシステムが活用できるとしています。

食料の輸出は安全保障上も国際貢献上も重要ですが、同時に、食料輸出には自給率押し上げの効果も期待できます。食料の分野でも外のマーケットもにらんだ生産体制を考えるべきときがきているようです。

豊富な水資源に恵まれているとの印象がある日本ですが、実際は、日本の1人当たり水資源量は世界平均の2分の1で、世界156か国中91位です。ただ、日本は節水等技術面で優れています。こうした水資源の管理のノウハウを海外に展開する必要があるのではないでしょうか。

第4章:持続的発展を主導する新たなグローバル戦略の構築

アジアをマーケットとして捉える上での政策アジェンダとしては、経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)等の推進があります。現に、東アジアの主だった国とは既に交渉済か現在交渉中となっています。現在民間の専門家研究を行なっている東アジア包括的経済連携を今後どう展開するのかも、通商政策上の大きなトピックになっています。また、今年6月には、アジアの諸課題を分析する東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)が設立されました。今後、ERIAを通して経済や環境等アジア共通の課題への取り組みを進める必要もあるでしょう。

伊藤氏と山田氏写真

質疑応答

Q:

サービス産業の生産性はサービスの質等を考慮に入れるのなら計測が非常に難しい問題だと思いますが、同産業の生産性はどのように測られたのでしょうか。

A:

確かに、日本のサービス産業の生産性を測るデータについては採り方に改善の余地があると思います。海外のサービス産業の生産性が本当に高いのかも、慎重に考えなければならない点です。日本の場合、接客業の生産性は相当高いと思います。そのような数字に表れない側面をどう評価するのかは大きな課題です。

モデレータ:

サービス産業の生産性は製造業との比較において低くはないとした分析レポートをRIETIの森川正之上席研究員が発表していますので、そちらもご参照ください。

Q:

東アジア包括的経済連携はアジア全体を等距離で捉えているのですか。あるいはマーケット規模の大きい中国やインドに軸足を置くのでしょうか。また、「50億人」市場といったとき、残りの15億人はどうなるのでしょうか。環境問題への取り組みでは日本は南米やアフリカをマネージすべきだと思います。

A:

東アジアでどこに軸足を置くのか、あるいは等距離でするのかは難しい問題です。東アジア包括的経済連携を推進するASEAN10カ国、豪州、ニュージーランド、韓国、中国、インドと日本との経済関係の濃淡は確かに異なります。他方、ASEANがハブになって、それぞれがEPAやFTAを結んでいるという現状もあります。であるとすれば、今後、ASEANを軸にしながら、この関係をもう少し外に広げることを制度上考えることもできるでしょう。

後発発展途上国の15億人市場をどう捉えていくのかは、貧困問題を扱う第3章第5節で論じています。アフリカに対する中国の輸出は5年間で日本のほぼ倍の年率40%増と急増しています。このように対アフリカ輸出が伸びる背景には資源があります。日本にとってそうした資源国との関係をどう強化するかは課題です。アジアの次に15億人の市場にシフトしていくことが重要との見方は白書でも示されていますが、そうした国に進出する企業が増えるように環境整備することも大事だと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。