名古屋から見た地域振興~愛・地球博の経験から~

開催日 2008年7月9日
スピーカー 坂田 稔 ((株)新東通信上席執行役員)
モデレータ 中西 穂高 (RIETI上席研究員)

議事録

愛・地球博からの名古屋の歩み

名古屋では、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催という大きな節目に向けて、下記の地域事業が進められています。
(1)愛知万博のサテライト会場となった、ささしま地区の区画整理と大型開発事業
(2)名古屋駅を中心とした大型開発事業
上記の(2)に関しては、トヨタ自動車の名古屋駅への本格的進出に伴う大型タワーの建設を皮切りに、高島屋、JRホテル、各種商業施設等の開発が進行中です。また、以前からあった三菱・名古屋ビルについても大型化が計画されています。

また、環境関連、産業展示、観光の分野でも、
(3)2010年のCOP10をはじめとした環境関連会議・行事と産業界を中心とした環境展示
(4)「ものづくり交流拠点」事業:金城ふ頭地区の大型展示会場の整備・改修とJR東海による鉄道博物館などの建設
(5)産業観光:トヨタ、ノリタケ、ブラザー等のグローバル企業に加えて、高いポテンシャルを有する「隠れた有力企業」の取り込み
(6)文化遺産観光:名古屋城本丸御殿の復元事業(2010年開始)
等が計画されています。それらをテコにさまざまな誘致活動をすると同時に、アジアをはじめ国内外から観光客を呼び集めようと試みています。

そのような名古屋にとって、2005年の「愛・地球博」は国際的視野を育むだけでなく、地域そのものを見直す非常に良いきっかけとなりました。その後の開発事業のおかげで、製造業、広告・メディア系、その他産業界の各部門で比較的好調を維持する企業が数多く見られます。今後数年間はこのような状態が続くと思われますが、2010年以降の自立した地域のあり方が非常に大きな課題であると認識しています。

広告業界の概況と今後の展望

坂田 稔写真日本の広告業界は主に「メガAG」、「電通系列」、「ハウスエージェンシー」、「新聞社系」、「インターネット広告系」に分類されます。独立系は上位30社のうち、オリコム、中央宣興、新通、新東通信、廣告社の5社のみです。東京本社企業が上位30社売上高の94.1%、電通および電通出資会社が45.6%を占める等、一極集中化と寡占化が進んでいるのが特徴です。

インターネットの普及が進み、テレビの比重が相対的に減る中、植田正也著『2010年の広告会社』は、1つ目のポイントとして、今後10年間で広告会社の80%が消滅、特に従来型の広告会社が淘汰されると述べています。また、2つ目のポイントとして、「衰退期に入った広告のライフスタイル」という指摘があります。それは、「マージン」を軸とした従来の広告ビジネススタイルがもはや通用しなくなったことと、広告がテレビと共に文化を造ってきた時代が過ぎ去ったという、2つの側面を意味します。3つ目のポイントは「ユビキタス社会」という新しいパラダイム。具体的には、広告会社の立ち位置が、「メディア」から「クライアント」に、さらに「消費者」の側に移ったことを意味します。

新東通信の活動

新東通信は名古屋を本拠地とする広告会社。「Be Sharp !」というスローガンと、創業者・谷喜久朗会長の掲げる企業理念「われわれはヒューマンコミュニケーションワークを通じて社会的国際的に自己実現を図る面白集団である」の下、全国各地に事業展開しています。また、スペイン・バルセロナにも事務所があります。

「Be Sharp !」に代表される事業の1つとして、日本全国の競艇場(全24箇所)との取引があります。そこでは広告宣伝、来場促進のためのキャンペーン、来場者が楽しむためのイベントづくり、などを主に手がけています。

それから「地域密着型事業」として、名古屋の多くの住宅展示場の仕事を一括して引き受けています。また、タワーマンションを中心に各種の広告も手がけています。

もう1つ大きな柱が事業系です。1980年に行なわれた第1回名古屋シティマラソンがその一例です。それに倣って、東京シティマラソンが後に発足していますが、それが現在の「東京マラソン」という一大ビッグイベントに発展した今では、逆に東京に倣って名古屋シティマラソンをフルマラソンに発展させる案が計画されています。実はシティマラソンは1981年の名古屋オリンピック誘致計画がきっかけとなっています。結局オリンピック誘致には失敗しましたが、その活動が後の「愛・地球博」につながるスタートとなりました。

愛・地球博での活動

愛知県で万博誘致委員会が立ち上がったのが1989年。自分は新東通信社員としてその当時から愛知万博事業に参加させていただき、パリでの誘致運動や各種レセプション等に係わる機会を得ました。パリ滞在中は誘致運動の一環として、エッフェル塔と周辺広場に愛知三河の花火を2005発打ち上げる催しをしました。無論、地方の一事業者である新東通信に最初から大規模な国際博覧会を運営するノウハウはなかったのですが、愛知・名古屋が開催地だった関係から幸運にも地元企業として参加させていただき、その中でさまざまな関係者と交流することによって、特に東京の企業あるいは関西の万博経験者の優れたノウハウを吸収することができました。そういった意味でも、愛知・名古屋での万博開催は新東通信にとっても私自身にとっても貴重な成長の機会となりました。

「愛・地球博」における新東通信の実績としては、起工式の開催、グローバルコモン・国際館の展示、運営、行催等のほか、他の広告会社との共同運営事業として「わんぱく宝島」、「モリゾーキッコロメッセ」、「愛・地球広場」、「愛・地球会議」などの企画・運営があります。また、閉幕事業も請け負いました。

坂田氏と中西氏写真

さらなる発展に向けて――地方活性化の課題

新東通信は、日本全国の地域一番手の広告会社との広告シンジケート組織「Maces」をベースに、地域一番手が持つ優れたノウハウの全国展開を図っています。キーワードは「グローバルシンキング、アクトローカル」、つまり国際的感覚に基づいた地域への密着です。また、さらなる絞込みと深化、目標達成のための社内外の人材開発も重要です。

国への期待は、地域における国際事業展開につきます。「東京に出てこないと仕事のチャンスがない」――そのような現状を打破するためにも、大阪や愛知という大都市以外でも積極的に国際的イベントを開くべきだと思います。また、地域の方にも課題があります。つまり行き過ぎた「地元」意識の弊害です。地方では不景気もあって、「地元会社だけでやろう」、「地元に受けさせる」という意識がどうしても強くなりますが、これも地域が疲弊する1つの原因だと思います。むしろ優れたノウハウを持つ、地域外の会社と地元の企業が組む仕組みが必要だと思います。

質疑応答

Q:

名古屋の活況を示す一例として、名古屋駅前の開発事業について述べられましたが、中京圏という「面」で見ると、東京への一極集中と同様、名古屋市(端的には名古屋駅周辺)への一極集中がより先鋭化しているのではないでしょうか。

A:

確かに、中京圏における名古屋への一極集中化は進んでいます。しかし、名古屋駅と同時に栄駅でも同様の活況が見られます。また、岐阜駅前にもタワーができる等、今までは(採算上)不可能とされていた場所での大型開発が進んでいます。その理由の1つが、トヨタ自動車の駅前進出です。それに伴い相当数のトヨタの従業員が名古屋、あるいは周辺の三河地域(豊田市、等)に移り住んだ関係から、トヨタ自動車の拠点を結ぶ交通網を軸に活性化が見られます。しかし、いかんせん、トヨタ自動車があってこそ実現したというのがもっぱらの印象です。

Q:

トヨタ自動車をはじめとする製造業が大いに貢献しているのは承知ですが、それ以外に、地方都市として名古屋はどういった魅力を世界に発信できるでしょうか。たとえば、ロンドンに対して名古屋はどういった付加価値を提供できるでしょうか。環境循環型都市というアピールは聞きますが、製造業の原点であることを含めた現時点のアピールポイントを整理する必要があるかと思われます。

A:

名古屋弁は大きなアピール点だと思いますが、いわゆる「名古屋弁検定」は存在しません。

やはりトヨタ自動車を中心とした製造業が最大の特色であることには変わりありませんが、自動車だけでなく、トヨタ自動車の前身である豊田自動織機をはじめとした繊維産業やロボット産業、さらには宇宙航空産業でもかなりの強みを有しています。とりわけ、イタリアの有名なファッションブランド関係者が直接買い付けに来る愛知県・一宮市の機織産業は、名古屋におけるものづくりの基本原点だと思います。さらにルーツをたどると、からくり山車の人形師、玉屋庄兵衛に行き着きます。それが後の豊田自動織機(さらにはトヨタ自動車)、そしてロボット産業に変化していったのだと地元ではいいますが、そうした原点を持つ地域であることをよりわかりやすくアピールできればと思います。そうすれば、産業観光もより一層発展する筈です。そうした認識を核とした地域づくりを考えています。

Q:

JR東海のリニア新幹線が2025年に開通すると、東京-名古屋間が40分、大阪-名古屋間が20分で結ばれることになります。そうしたインフラ整備を念頭に置いた長期的視野が地方開発にも必要ではないでしょうか。

東海・北陸自動車道に対する地元の受け止め方はいかがでしょうか。

A:

東海・北陸自動車道によって新潟へのアクセスは格段に良くなりましたが、経済的効果はそれ程大きくないかもしれません。高速道路の役割は地方都市の活性化と地方流通の円滑化の2点に尽きると思いますが、そう考えると日本の高速道路が有料――しかも今のような料金設定――であることには正直疑問を感じます。

といいますのも、日本の商業風景からは地方の「顔」がまったく感じられないからです。名古屋でも、周辺地域でも、それ以外の地方都市でも、リーシング型の大型スーパーによって同じような店が並び、同じような品揃えがされています。対照的に、米国では高速道路を1時間も乗るとまったく違った商業風景が見られます。魅力的な商品を出せば遠隔地からでも人が来るため、同じブランドの店舗でもまったく異なる品揃えがされています。高速道路がすべて無料だからこそ見られる現象だと思います。逆に、たとえ高速道路が整備されても、有料のままですと同様の効果は期待できないと思います。ただ、有料でも少なくとも観光振興にはつながるでしょう。

今後50年の見通しですが、中部経済産業局が進めている「グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ(GNI)」の発想が具体化すれば、本当にすばらしい地域開発につながると思います。名古屋駅周辺はビジネス、栄駅周辺は文化芸術・商業を中心に展開していく。それ以外に、金沢や福井もそれぞれの特性を活かしたまちづくりをしていくでしょう。そうして各自治体が独自の地域政策を進めた上で、それらを線でつないで「面」にしていけば、地方の活性化につながると認識しています。本来は地域政策が交通網整備の前に来るべきだと思いますが、中部地域ではどうも逆のパターンになっているようです。そのような今の名古屋市・愛知県の進め方では向こう50年の展望はそれ程見えてこないと思います。だからこそ、経済産業局のGNIに期待するところが大きいといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。