平成19年度エネルギー白書について

開催日 2008年6月23日
スピーカー 寺家 克昌 (経済産業省資源エネルギー庁総合政策課エネルギー情報企画室長)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

「平成19年度エネルギー白書」では原油価格の高騰と地球温暖化問題の2つをメインテーマに議論を深めています。

原油価格の高騰問題

原油価格は1999年を底に2004年頃以降、急激に高騰しています。白書では、その要因を、ファンダメンタルズと、それ以外のプレミアム(原油先物市場への投資・投機マネー流入による価格増幅の可能性等)の2つに分けて整理しています。

<ファンダメンタルズ要因>
世界の石油需要はBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)等の新興経済国の経済発展により増加傾向にあります。国際エネルギー機関(IEA)は2005年に40億トン程度であった世界の石油消費量が、2030年には56億トン程度にまで増加するとの見通しを立てています。さらに、過去15年の石油需要の増減を地域別にみてみると、中国と米国の2カ国が世界全体の需要増の半分を占めていることがわかります。

供給面では、石油輸出国機構(OPEC)の余剰生産能力は、1980年代には日量1000万バレルを超える時期が数年ありましたが、1980年代後半に急激に落ち込み、1990年代以降現在までの期間はおおよそ日量200~400万バレルと低水準で推移しています。

原油価格については、ニューヨーク先物市場でのWTI原油の価格が世界的な価格の指標になっています。このことから、米国のローカルな需給状況が世界の原油価格に影響している面もあります。石油製品にまで細分化してみると、ガソリンや軽油等の需要が高まっており、需給のミスマッチが見られます。

このように需給ファンダメンタルズはタイト化しており、この傾向は今後さらに強まるという見方があります。

地政学的リスクは将来の石油供給に対する不安感を高め、原油価格に影響を与えます。そうしたリスクとしては、近年では2003年のイラク戦争があり、その他局所的な紛争で供給途絶となったケースもありました。

足下の原油価格に影響する要因としては、原油生産コストの上昇があります。確かに、アラブ首長国連邦、アルジェリア、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビアの生産コストは低いですが、こうした国々では国営石油会社が権益管理をしているため、資源ナショナリズムの要素が強くなり、経済原理が必ずしも機能しないため、高油価だからといって安い石油の大量生産に直結する仕組みとはなっていません。

<プレミアム要因>
商品インデックスに対する運用残高は2004年以降、年間300億ドルのペースで急増しています。このインデックスには原油は加重平均して3割程度、組み込まれています。こうしたインデックス投資を通じた原油先物市場に対する投機・投資が増える背景としては、世界的に資金が余剰になる中で、株式・債券といった伝統的資産では利益が上がらないため、運用先としての商品ファンドへの注目が高まり、そこに運用資産の一部が振り向けられている状況があると考えられます。この商品インデックスへの投資と歩調を合わせる形でニューヨーク原油先物市場の建玉も急拡大しています。

このように、原油が金融商品となり、そこにマネーが流れ込む傾向が強まり、原油市場と金融市場の連関性が高まっています。

ドル安の進行と原油価格の上昇もしばしば指摘される点です。両者の因果関係は必ずしも明確ではありませんが、ドル以外の通貨国の投資家にとってドル建て原油価格が割安になるため原油への投資が増えること、OPEC諸国にとってドル建ての原油収入が目減りするため、価格上昇へのインセンティブが高まること等の理由から、ドル安が進めば原油価格が上昇するとの指摘はあります。

定量分析によると、2007年後半の原油価格90ドル/バレルのうち、需給ファンダメンタルズで説明できるのが50~60ドルで、30~40ドルがプレミアムと試算しています。

原油価格高騰のエネルギー需給構造への影響

<需要面>
原油は経済活動に不可欠なエネルギーであり、需要の価格弾力性が低いことから、若干の価格上昇では需要への影響は必ずしも大きくありません。ただし、中長期的に継続する大幅な価格高騰は、原油の需要を抑制し、中長期的に省エネや原子力・新エネ等への転換を一層加速化させる可能性は高いといえます。

日本のエネルギー多消費の素材4業種(製紙業、窯業・土石製品工業、化学工業、鉄鋼業)では、近年の原油価格の高騰を受けて、一段と燃料転換が進み、石油依存度が低下しています。原油価格高騰で大きな打撃を受けている農業ではヒートポンプ導入、漁業では小型漁船搭載エンジンを4サイクルに転装、飲料業では燃料転換の加速化といった取り組みが出始めています。民生分野では灯油やプロパンガスから電気等への転換が進んでいます。運輸分野ではハイブリッド自動車や軽自動車の販売が2003年以降加速しています。

<供給面>
原油価格高騰を受けて、非在来型石油の開発が世界的に加速しています。たとえば、オイルサンドは過去に類をみないペースで開発が進み、1990年から2006年にかけて生産量はほぼ倍増、今後、2020年にかけてさらに4倍増になると見込まれています。

原子力回帰の動き(原子力ルネッサンス)が世界各地でみられています。米国は30年振りに新規原発を30基以上建設する計画を立てていますし、英国も新規原発を推進するスタンスを公表しています。中国は2020年までに原発容量を現在の800万キロワットから4000万キロワットに増加させる計画です。

バイオ燃料の生産量は、近年、ブラジル、米国を中心に増大しています。石油メジャー各社もバイオ燃料戦略を発表しています。ただし、バイオ燃料分野では食料との競合を回避する必要があり、その点で、今後はセルロース系エタノール製造技術開発が重要となります。

太陽電池の累積導入量は世界全体で急増していますし、石炭液化についても中国、インドネシア、南アフリカでプロジェクトが動いています。その他の代替燃料としては、中長期的には、メタンハイドレートへの期待が高まっています。

原油価格高騰への対応策

原油価格高騰への対応策の基礎となるのはファンダメンタルズの改善です。これは必須の課題です。消費国は省エネや石油代替を進めるべきですし、産油国は開発生産投資をしっかりと行ない、余剰生産能力を確保すると共に、そういったメッセージを市場に発信する必要があります。こうした取り組みはプレミアムの沈静化にもつながります。

そのプレミアムについては直接的アプローチは難しいのが現実ですが、現在、IEAが中心となって、各国の石油需給や在庫のデータを整備して、タイムリーに公表する取り組みが進められています。今後ともこうした取り組みで市場に冷静な行動を促す必要があります。

地球温暖化問題

北海道洞爺湖サミットを来月に控え、先般のG8エネルギー大臣会合等さまざまな会合で温暖化問題についての国際交渉が本格化しています。

<短期的取り組み>
政府は京都議定書上の第一約束期間(2008~2012年)における温室効果ガス基準年比マイナス6%目標の確実な達成に向け、改定「京都議定書目標達成計画」を閣議決定しました。同計画の下で、特に民生・運輸分野での省エネ対策が強化されます。

<中期戦略>
「ポスト京都議定書」の枠組みに関しては、日本は以下の3つの原則を提唱しています(「美しい星50」)。

  • 主要排出国がすべて参加し、世界全体での排出削減につながること
  • 各国の実情に配慮した柔軟かつ多様性のある枠組みとすること
  • 省エネ等の技術を活かし、環境保全と経済発展を両立すること

そしてそのためには、セクター毎の効率水準や有効技術を明らかにし、セクター毎に比較・検証可能な形で削減を進めるセクター別アプローチが有効であるとしています。同アプローチを活用すれば、セクター毎にどういった技術を取り入ればどの位のCO2削減のポテンシャルがあるかが計算できて、それを積み上げることで国別総量削減目標を算出することが可能となります。また、セクター毎に各国の技術水準が明らかになるので、有効な技術を持つ国から、そうした技術を必要とする国への効果的な技術移転が可能となり、世界全体のCO2削減に寄与できるメリットもセクター別アプローチにはあります。

さらに、セクター別アプローチでは、全分野の合意を待たずとも、効果が大きく、実現可能なセクター(例:世界のエネルギー起源CO2排出量の約52%を占める石炭火力、鉄、セメント、道路輸送の4セクター)から優先的に取り組みを始めることも可能です。

中国やインドでは既にセクター別の目標設定等を掲げたエネルギー政策が進められていますが、そうした政策との親和性が高いセクター別アプローチには、途上国の参加が得られやすいというメリットもあります。

日本のエネルギー技術水準が世界最高であることはIEAのデータからも明らかとなっています。たとえば日本の先進的な石炭火力発電のエネルギー効率を米国、中国、インドに適用すれば、年間合計13億トンのCO2削減効果が実現できるとの試算もあります。これは日本一国分の年間排出量にほぼ匹敵する量です。

<長期戦略>
2050年までに世界全体の温室効果ガス排出を半減するという長期目標を実現するには、大幅削減が可能な革新的技術の開発が不可欠です。そこで経済産業省では今年3月に「クールアース-エネルギー革新技術計画」をまとめ、その中で長期的にCO2大幅削減に寄与する21の技術を選定し、各技術について2050年までの技術開発のロードマップを提示しました。ある試算では、これら「21」の技術で、半減に要する削減量の約6割がカバーできるとされています。

質疑応答

Q:

バイオ燃料分野では、食料と競合しないセルロース系エタノール製造技術開発が重要とのことでしたが、農業生産者の観点では、食料用生産とエネルギー用生産のどちらがより大きな収入をもたらすかが重要なのだと思います。セルロース技術の開発が問題解決につながるとは思いませんが、いかがでしょうか。また、セクター別アプローチが各国に受け入れられない理由は何だとお考えですか。そうした国を説得する際にどのようなロジックを使うのかも合わせてお聞かせください。

A:

白書ではあくまでエネルギー政策、すなわちエネルギーの安定供給の観点からバイオ燃料を捉えています。石油代替としてバイオ燃料の割合を増加させる場合、食料安全保障とのバッティングを回避する必要があります。そうなると、食料を原料とするもの以外にセルロール系のものから作られるバイオ燃料にしていかないと、近い将来、エネルギーの安定供給の観点からバイオ燃料が制約を受けることになります。

セクター別アプローチについては各国に受け入れられていない訳ではありません。確かに、昨年のハイリゲンダムサミットの段階では日本の提唱するセクター別アプローチについての理解が今ほど深まっていなかったのかもしれませんが、先般のエネルギー大臣会合等、最近の国際会合ではセクター別アプローチの有効性について各国の理解は大きく得られつつあります。来月の北海道洞爺湖サミットでも何らかの形での成果が得られるのではないかと考えています。

日本では「長期エネルギー需給見通し」で、各産業分野でのエネルギー消費量を算出し、それを積み上げ、全体としてのエネルギー消費・需要を割り出し、将来のCO2排出量を予測する取り組みを進めてきましたが、こうした取り組みを各国に説明することで、セクター別アプローチの有効性に関する理解は深まっていると思います。

Q:

石油供給源について脱中東路線が逆戻りして、中東依存度は石油危機以前よりも高まっていると思いますが、お考えをお聞かせください。また、セクター別アプローチにはセクターを越える技術革新を阻害する要素があるのではないでしょうか。

A:

確かに石油供給の中東依存度は日本では9割となっています。これは、非OPEC諸国の原油生産量がピークを迎えていること等々の理由によるものだと思います。今回の白書ではこの点を分析していませんが、供給源の多様化は今後一層力を入れていかなければならない分野です。実際、2年前に経済産業省が発表した「新国家エネルギー戦略」でも、資源外交を駆使して供給源の多様化を図ることが強く打ち出されています。以来、首脳・閣僚級レベルであらゆる関係国との資源外交が展開されています。

セクター別アプローチは燃料構成をセクター内で固定化することを前提にはしていません。クリーンなエネルギーへの転換は各セクターで積極的に図るべきです。中長期的にはそういった燃料転換は可能ですが、足下では、セクター別のエネルギー効率や技術は各国でかなりの差があります。そうであれば、日本があるセクターで持っている技術を、必要とする他の国に移転することによって短期間で効果が得られますし、セクター別アプローチであればそうした技術移転も円滑に行なえるようになります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。