地域自立の産業政策 -循環・信頼・連携による創造的な地域発展を目指して-

開催日 2008年2月25日
スピーカー 小磯 修二 (釧路公立大学地域経済研究センター長・教授)
コメンテータ 中西 穂高 (RIETI上席研究員)
モデレータ 横田 俊之 (経済産業省地域経済グループ地域経済産業政策課長)
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議事録

都市部と地方の経済格差が広がり、政府の財政環境がますます厳しくなる中では、政府の財政支援に頼る形での地方の成長には限界が生じます。そうした状況下でも地方が成長し続けるためには、地方で生まれた人や地方に住みたいと考える人がそこでしっかりと生活をしていけるための基盤整備が不可欠となります。とりわけ重要となるのが、地方の創造的な知恵と工夫に基づく雇用創出と産業振興です。本日はそうした地方の取り組みについて、2つの事例から考えてみたいと思います。

研究活動の事例1:観光産業研究

ここでは主に次の2点にテーマを絞って話をしてみたいと思います――(1)地域が自主的に動き出すには、科学的、実証的な分析と分かりやすい情報提供が必要(地域研究の重要性)。(2) 長期的な視野での地域発展の可能性が理解されることによって、挑戦への意欲と新たな地域内連携が生まれる。

どの地域でも観光による地域の発展には大きな期待が寄せられています。しかし実際問題として、観光が自分たちの地域の持続的・自立的発展につながるのかを聞いてみてみると、必ずしも明確な答えが返ってくる訳ではありません。事実、観光地をプロモーションしてもそれが地域の発展につながっていない例は数多くあります。私はここで、観光政策を産業政策の一部として展開し、それを雇用創出や産業振興につなげていくことこそが地域の発展にとって重要なのだと考えます。

従来の観光政策では「集客」を重視する発想が中心となっていました。もちろん多くの観光客が訪問することは大事なことですが、これからの観光政策ではそれに加えて、より包括的なシナリオ――地元での観光消費を地元の産業が受け入れることで地域に安定的な雇用が生まれ、地域の発展につながるというシナリオ――を打ち出すことがさらに重要となります。

そこで私たちは釧路・根室の広域を対象に、観光客の消費実態を調査し、観光消費額を計算しました。単に数字をはじき出しただけではなく、観光消費がどの産業に波及しているのかも調べました。結果、波及効果は旅館や飲食店で確認されたほか、商業、金融・保険・不動産、漁業といった産業でも幅広く確認されました。私たちはこのデータを基に、明確な定義が難しい「観光産業」の議論で本当に注目すべきは、観光消費の恩恵を受けているこうした産業なのだ、ということを分かりやすく情報発信しました。

また、「域内総生産に占める各種産業の付加価値の割合」も主要産業別に調査しました。そうしたところ、2000年度推定値では割合が10%と最も高かった建築・土木の数字が、現在では5、6%程度にまで減少しています。一方、観光産業をさらに掘り下げて、「域内総生産に占める観光産業の付加価値の割合」を地域・国別にみてみると、釧路・根室は2.3%(日本全体では2.2%。消費の多い滞在型観光を実現した沖縄は7.0%)であることがわかりました。私たちはこうしたデータを示しながら、「釧路・根室の今後20~30年を見据えたとき、建築・土木に依存した産業構造を転換していくために、仮に観光産業の規模を倍にすればそれを基幹産業にして地域の発展を目指すことは可能だ」といった議論を進めました。

私たちはさらに、観光消費は「来訪客数」だけでなく、「消費単価」と「域内調達率」の3つの要素が合わさって決まるという点を示し、「消費単価」と「域内調達率」を上げるためにどういった戦略が必要かの議論も続けました。

こうした議論はいろいろな変化を生みました。

たとえば、かつては釧路で水揚げされたサンマの大半は他の地域に下ろされ、地元で消費されることはほとんどありませんでした。ところが域内調達の重要性が認識されるようになったことで、今では釧路のサンマが地元でブランド化され、地元で販売されるようになっています。生産者、流通業者、料理人等の関係者が一緒に話し合う場が増える等、産業の取り組み姿勢にも変化が生まれています。

摩周湖周辺での乗用車規制の賛否両論を巡る議論でも変化はありました。摩周湖周辺では排気ガスが大きな環境問題となり、乗用車の規制を求める声が地元で大きくなりました。一方で客離れを懸念する地元のホテル・旅館の中からは当然、これに反対する声も出ます。そこで観光客の意識調査をしたところ、乗用車規制を容認する観光客の割合は8割を超えることが明らかになりました。それだけではありません。容認派の観光消費を調べてみると、反対派よりも多く消費していたのです。私たちはこうしたデータを地元に発信し、地域で議論する仕組みを整えました。そうすると、それまでは乗用車規制に反対していた人々の間にも「それであれば少しやってみるか」という挑戦の意欲が芽生え、町全体で連携しながらこの問題に取り組んでいく姿勢が強まり、昨年夏には規制実験が実施され、今年も本格的な取り組みが実施予定です。

研究活動の事例2:ベンチャー企業

次に紹介するのは地域の環境問題と向き合いながら自分たちの手で雇用創出・産業振興を実現させた大学発ベンチャーの事例です。

このベンチャー企業のある標茶町は釧路平原の45%を有する町ですが、いくつかの環境問題を抱えていました。まず、標茶町には東洋一ともいわれる唐松林がありますが、間伐の際に生まれる木の廃棄物の処理が問題となっていました。また、標茶町は酪農地帯です。冬に牛に食べさせる草はプラスチックロールに巻いて発酵させますが、このロールは1年経つと廃棄物となり、その量は年間200トン近くにまで上ります。これをどう処理するかも問題となりました。

このベンチャー企業の事業目的はこうした廃棄物を資源として有効利用することです。初期投資5億円の環境再生ビジネスを起ち上げた結果、人口9000人弱の町で20人の新規雇用を生み出すことができました。また設立の背景には、このままでは地域の経済は立ち行かなくなるという地元の人々の切実な思いもありました。これは今後の産学連携スキームを考える上で重要な点です。従来の産学連携のスキームは、大学の持つ高度な技術を民間の企業がうまく活用することで国の産業発展につなげていこうというものですが、そうした政策スキームは地方にはなかなか当てはまりません。むしろ地方の産業発展では、地元のニーズを取り入れた産学連携スキームが必要となります。

資金調達では大変な苦労がありました。多くの政策支援制度があるとはいっても、基本的には、自己資金・事業経験・担保の無いベンチャー企業にお金がでる道は殆どありません。そこで何とか資金を集めることができないかと知恵を絞り縁故私募債という社債を発行したところ、地元の個人の投資家から1億円の資金を募ることができました。地元の銀行がお金を貸してくれなくても、自分たちの地域の将来を考え、リスクを負ってでても資金を提供してくれる人は確かにいるのです。この他、中小企業金融公庫から2億円の融資を受けることもできました。自分たちの生活する地域の将来を考える支店長が自らの決済で融資に踏み込んでくれたのです。そうなると地元の民間金融機関も融資してくれるようになり、目的の5億円の資金を集めることができました。

ここで強調したいのは、地域にお金はあるという点です。あるのだが、それが地域内で循環せずに外にもれてしまっているのです。今後の地域産業を考えていく上では、地域で稼いだお金は地域内で循環する仕組みや制度、政策が必要となるのではないでしょうか。地方に資金需要は無いとの指摘もありますが、そもそも資金需要とは作り出していくものです。小さな町の中小企業が金融機関から融資を受けるための事業計画を一緒になって作り出していくのが、金融政策のあり方だと私は考えます。金融政策と連携した産業政策を展開しない限り、地域の状況は変わりません。

また、道州制の議論が活発化していますが、地方分権は非常に大きな課題です。このベンチャー企業は間伐材を中心とした廃木材と、農業用プラスチックのような廃プラスチックを原料とした高品質・高強度の木質プラスチック複合材(WPC)を開発しましたが、国立公園ではWPCの使用がまだ認められていません。地球環境にも優しく、二酸化炭素の削減にも貢献する製品なのに、です。雇用についても同じです。地域で本当に必要とする人材のきめ細かなマッチングをハローワークだけで実現することは可能なのでしょうか。地方自治体が関与できる道があってもいいのではないでしょうか。

地域の自立的な発展に向けて

以上2つの事例を踏まえ整理すると以下のようになります。

(1) 地方が発展していく可能性は十分にある
ただし与えられた政策に頼るだけでなく、地域発の発想による創造的な取り組みが必要です。
(2) 地方自ら考える力を
地方と都市部の一番の格差は人材です。質の高い人材との連携で地域自らが考える力を得る仕組みが必要です。
(3) 地域の資源を見つめ直し、地域の中で向き合う仕組みを
(4) 分権の流れを有効に受け止める戦略を
現実的なニーズに基づいた発展シナリオを地方の側から主張していくべきです。

コメンテータ:
地方での観光やベンチャーへの注目は近年確かに高まっています。ところが多くの地方ではそれがうまく回っていません。それは、観光の場合だと、本日のお話でもあったように集客面にばかり目がいって、観光客が地元でどのような消費をしているのか、観光をベースとした地場産業をどう育てていけるのか、そのための商品開発はどうすべきか、といった観点が抜けてしまっているからだと思われます。また、観光政策は国土交通省、産業政策は経済産業省や総務省といったように、中央での政策展開がばらけた形になっているのも、観光が地域の中で発展していく上での制約要因となっていると考えられます。

ベンチャー関連の政策でも地域間で大きなアンバランスが観察されます。資金調達も解決すべき大きな問題です。東京発ベンチャーとは違い地方のベンチャーは上場にはつながらないので、政策評価的にはリビングデッドの形になり、見かけはぱっとしないのかもしれませんが、実際は地方での雇用創出や経済強化でかなり大きな役割を占めています。今後は、地域の資金循環を高めていくという観点からのベンチャー政策、あるいは地方の牽引力となるようなベンチャー企業の育成支援が国の側にも求められてくるのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

地方の資源は農林水産だと思いますが、地方が良質な労働力の確保で問題に直面する中、外国人労働者を農林水産業分野で活用できるような制度設計を真剣に考えるべきなのではないでしょうか。また、欧州で観光を重視している国の「域内総生産に占める観光産業の付加価値の割合」はどうなっていますか。

A:

地方の担い手としての外国人労働者の活用に関してはご指摘の通りです。現に、北海道の漁業の現場は多くの中国人が担い手となっています。水産加工業もそうです。こうした外国人には3年間の研修期間があるのですが、彼らはこの期間に日本語が話せるようになり、多くは日本人と同じように、あるいはそれ以上に前向きな意欲を持って勤勉に働きます。こうした外国人を研修後、正社員として採用したいという声もきかれます。過酷な労働条件を担える日本の若者が減少する中で、日本の食の現場が現実として外国人に支えられているのであれば、そういう人たちを日本の労働力として位置付ける道筋がもう少しあってもいいのではないかと思います。

「域内総生産に占める観光産業の付加価値の割合」の統計整備は世界観光機関(WTO)を中心に進められています。スペインやフランスといった欧州各国も取り組んでいますが、本日の話の資料をまとめた時点では国際比較が可能な適切なデータがありませんでした。いくつかの数字は出ていますが、「付加価値」を導き出す計算の根拠にばらつきがあるため、比較材料として用いることはできません。いずれにしても、観光統計を整備して将来的には比較できるようにしていこうという動きはあります。

Q:

地産・地消は国内での貿易が滞り、地方が一番困ることになるのではないでしょうか。また、地産・地消の取り組みに役所が介入するのには違和感があります。さらに、地方政策を論じる際には他の国の取り組みも参考にする国際的視野が必要なのではないでしょうか。

A:

地産・地消の取り組みは自給自足を目指すものではありません。必要なのはバランスです。グローバル化の流れにより消費者の視線も生産者の視線も外に向かう中で、消費者と生産者がもう少し連携をしていけば地方は強くなります。地産・地消や産消協働は地域の脆弱な構造に対する1つの代替的な考え方です。もちろん、国内貿易にせよ、海外貿易にせよ、外からの資金を持ち込むことは重要です。しかし同時に、自分たちの地域をしっかりと見つめて、自分たちで地域の力を増していくという視点も、これからの地域政策では重要になってくるのではないでしょうか。
欧州連合(EU)でも構造基金等でしっかりとした地域政策を展開していこうという流れはあります。日本とEUとではやり方こそ違いますが、地方の発展にはある程度の政策的支援が必要という点では共通の認識にあるのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。