日本の中小・ベンチャー企業のサービスモデル革新の実現に向けて(事業・機能・グローバルな市場の新視点から見た先進事例)

開催日 2008年2月5日
スピーカー 三本松 進 ((独)中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー/一橋大学商学部客員教授)
コメンテータ 高田 伸朗 ((株)野村総合研究所社会産業コンサルティング部長)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

19年度先進事例22ケース

理解を深めるために、最初に22ケースの概要を説明。
本報告では、サービス産業内における先進事例の22ケースを(1)人的・施設提供サービス、(2)事業所支援サービス、(3)IT系サービス、(4)物財販売サービスの4つに分類して分析。

  1. 人的・施設提供サービス 計5社: やさしい手(株)、キュービーネット(株)、(株)公文教育研究会、笹屋ホテル、(株)サンフォーレ
  2. 事業所支援サービス 計10社: (株)メディヴァ、コンサルソーシング(株)、営業創造(株)、(株)グローバル・パッセンジャー、(株)三枝協、オーテック(株)、スターウェイ(株)、イー・トラック(株)、(株)ウム・ヴェルト・ジャパン、(株)タカギ
  3. IT系サービス 計6社: メディアラボ(株)、GDH(株)、ヴァイタス(株)、(株)ドリコム、(株)インフォマート、ビジネスオンライン(株)
  4. 物財販売サービス1社: 小売サービスの(株)フレスタ

サービス経営の「仕組化」

サービス産業においては、サービスモデルをベースとしたサービス供給システムにおける提供機能の連鎖の体系の全体最適化が優位性形成の鍵となります。つまり、組織間の壁を串刺しにして部分最適を全社最適にする「仕組化」が重要です。

最近では特にIT導入による仕組化が言われていますが、サービスモデル革新により生産性向上を実現するためには、フロントオフィスでの顧客満足向上とバックオフィスでの効率化・自動化との統合的な両立が必要です。

そうした「仕組化」の典型例として、病院での統合型の電子カルテ導入が挙げられます。病院では待ち時間の長さがよく指摘されますが、京都洛和会音羽病院は電子カルテ・オーダーシステムを通じて、患者の流れ、データ、診察・オーダーの流れを同期化した結果、診察前後の待ち時間の大幅短縮を実現しました。これまでは各工程(予約、受付、診察、検査、入院、投薬処方箋引渡し、会計)が縦割りかつ独自のルーティーンで進められていて、看護師がカルテを運ばなければ次の工程に進めない仕組みでしたが、統合型電子カルテ上でこれらの処理が同時に行えるようになったことで、その間のボトルネックが解消したのです。また、従来のデータ運搬業務がIT化されたことで、看護師は患者ケアに集中できるようになりました。

また、似たような例として、笹屋ホテル(報告ケース7)は、旅館の付加価値が顧客感動にある点に着目、特に女性従業員のサービス(フロントオフィス)機能を充実させる観点から、館内ITシステムの導入の前に、業務体制の見直しに着手しました。たとえば食事の場合、バックオフィス業務である搬送を女性従業員以外の担当にする等、女性従業員の業務を顧客感動にかかわる部分(ここでは食事サービス)のみに特化した結果、よりきめ細やかな接客が可能となり顧客満足が向上しました。

サービス経営の課題

以上の例から、企業の組織能力(最適化されたルーティーン)こそが競争力の源泉と考えますが、それに関連して、以下の主要な経営課題があります。

  1. 品質と顧客満足の向上
  2. 生産性向上(稼働率、単位サービス当たりの生産性、IT導入)
  3. マーケティングとブランド形成
  4. 顧客接点のマネージメント
  5. 東アジア・グローバル経営
( そのうち3点のみ記述 )

生産性向上には、需要サイドと供給サイドの個別対応による稼働率向上が第一です。持続的な生産性向上のためには、フロントオフィスでの顧客満足向上によるアウトプット増加とバックオフィスの効率化・自動化によるインプット減少を統合的に行なう必要があります。IT化もそうした「仕組化」が前提となっています。

顧客接点のマネージメントでは、接客術による顧客感動に加えて、サービスプロセスにおける付加価値形成の選択(機能削除によるコンパクト化・低価格路線か、範囲の経済を活かした高付加価値路線)も重要な要素となります(例:ビジネvsラグジュアリーホテル)。

東アジア・グローバル経営では、サービス貿易から現地子会社を活用、地域本社設立、本社の第3国への移転までの6段階を経る道筋を考えていますが、その際、経営の現地化が重要です。

サービスモデル革新アプローチ: 中長期的な市場成功の要因

新サービスの事業化には、着想、サービスモデル形成、新サービス開発、開業、安定成長への取組の5つの手順が必要で、これらに沿った経営的な対応は中長期的な市場成功の要因である。これらについてはベンチャー企業論が参考になります。

1.着想
(1)空白の市場を探索して、新提供機能化(2)環境変化に対応して本業の見直しを図る、の2つに大別され、(1)の例としては機能の組み合わせ・創造、機能の削除やコアサービスへの特化が、(2)の例としては業務改革による提供機能維持・強化が挙げられます。

2.サービスモデル形成
差別化に向けた仕組だけでなく、収益性の確保のため規模の経済、範囲の経済、スピードの経済、集中化と外部化の経済、囲い込みの経済の5つを視野に置いたサービスモデルを構築します。

3.新サービス開発
サービスモデルを事業設計図(供給システム、組織・業務)に落とし込みます。
具体的には、業務分析を経て、各業務体系を再構築・再設計して、マーケティング、顧客接点、品質、生産性、ブランド、コスト・資金の6点について全社最適化を図ります。
先述の通り、フロントオフィスの顧客満足とバックオフィスの効率化の同時実現が優位性形成、特に生産性向上の鍵を握りますが、このためには、ITの持つ機能である情報共有と複数業務のリアルタイム・同期・並列処理能力を活用できます。

4.開業
サービスの詳細設計図を個別地点の従業員に落としこんで開業し、事業拡大、新製品開発能力を構築する。

5.安定成長への取組
従業員満足から顧客満足、顧客ロイヤルティ獲得、売上拡大に向けての取組が必要。

全体最適化とは

ここでいう全体最適化とは、個別企業内では、各業務における顧客・データ・業務の流れを見える化・同期化し、個別の部分最適な業務処理から、部門間の壁を串刺しにした仕組を構築して、複数業務のリアルタイム・同期・並列処理を実施することです。そのためには、組織間での顧客情報共有の徹底と組織横断的な業務の設計開発が必要です。また、複数企業が提携する場合は、外部資源活用の意義(規模の経済や提供機能の補完的形成)を明確にして、連携における、補完性、適合性、コミットメント(WIN-WIN)が重要になります。

イノベーションによる生産性向上、新産業創造

サービスモデル革新には、個別の生産性向上に加えて、プロダクトイノベーション、プロセスイノベーション、経営方式のイノベーション(フランチャイズ等)といった要素があります。持続的な生産性向上を実現するためには、こうした要素を組み合せて、フロントオフィスとバックオフィスの革新を統合的に実施することが必要と考えられます。

さらにサービス産業におけるイノベーション形態として、機能削除によるモデル創造の事例が多く見られますが、そこで規模の経済(フランチャイズ化、等)を実現して成功した例が高速ヘアカットチェーンやマクドナルドであり、これらは新産業創造の例でしょう。たとえば、サービス内容を簡素化した高速・低価格ヘアカット業態を創造し、国内だけでなくシンガポール、香港、タイにもフランチャイズ展開するキュービーネット(株)(報告ケース5)は、ヘアカットサービスに時間ビジネスの価値を見いだした成功例といえます。

全体フレームワーク構築

社会環境の変化に対応したサービスモデル革新の全体フレームワークとして、(1)イノベーターによる提供機能革新(プロダクト)、(2)業務プロセス革新による提供機能の強化(プロセス)、(2)従業員満足・顧客満足向上による安定成長の3つを考えています。これらの全体フレームワークを反映した先進の22事例を冒頭に紹介しました。

コメント

高田氏:
サービス産業を俯瞰しながらビジネスイノベーションについて検証すると同時に、サービスモデル設計から実際の供給・拡大までの一連の流れを整理した報告だったと思います。三本松氏はサービスモデル革新・イノベーションをプロダクト、プロセス、経営方式・マネージメントの3つに分けて考える視点を提示されましたが、ここにも無形の商品をリアルタイムで提供する産業であるが故の顧客接点マネージメントの難しさが示唆されています。

サービスモデル革新に関しては、科学的・工学的アプローチとして、製造業で培ってきたノウハウを活かせる部分も非常に多いと思いますが、同時にサービスモデル全体を見極めながら具体的手法を詰めていく視点も非常に重要だと思います。

野村総合研究所では昨年末に『2015年の日本』(東洋経済)を出版し、本格的な人口減少と東アジア経済圏の形成が予測される中、日本にとって「開国」、特にサービス産業のグローバル化がキーワードとなる考えを示しました。実はサービス産業でも日本社会特有の「ガラパゴス化」現象が指摘されていますが、それを打破するためにも、自分から未開拓市場に進出して基準を作り上げ、日本発ブランドの強みを活かしていく視点が必要だと思います。

質疑応答

Q:

本日の報告内容に加えて、以下の視点も重要と考えます。
・地域の視点。殆どのサービス業は地域に根ざしたものであり、旅館(鶴雅、加賀屋、等)の例からも、地域と一緒に発展する事業モデルこそ成功の源であると思われます。
・飽きさせない仕掛けづくり。いくら革新的なサービスを打ち出しても、それを持続ないし持続的進化させる仕組みがなければ、顧客はいつか離れてしまいます。芸能界と同様に、新サービスを動的・進化的に発展させる、リアルタイム・プロデュース力が問われると思います。
・サービス輸入の視点。東アジア進出とは逆に、外国のサービスを積極的に取り入れて、国内産業の革新を図る視点も必要かと思われます。

A:

地域との一体開発性については、今後検証していきたいと思います。
サービス輸入も重要ですが、人口減、将来の経常赤字懸念を解消するためにもサービス輸出が重要と考えます。

Q:

工学的アプローチはむしろ米国の方が適用しやすく、徹底した丁寧さが求められる日本の場合は特殊かと思われますが、そのあたりはいかがでしょうか。日米の違いはどうですか。

日本の製造業は工学的アプローチで先進的な試みをしていますが、サービス業ではなぜそれがなされないのでしょうか。

A:

国内でも成功している会社では、6つの最適化(マーケティング、顧客接点、品質、生産性、ブランド、コスト・資金)とフロントオフィス・バックオフィス効率化の両立が実現しています。違いとしては、日本の方がフロントオフィスの顧客感動の面で優れていますが、バックオフィスの効率化については米国の方が一歩リードしています。また、顧客感動にしても、米リッツ・カールトンのような成功例もあり、体系的研究はむしろ向こうの方が進んでいるかもしれません。

サービスで工学的アプローチがとられていない理由として、大学で体系的に教えられていないことと、成功者の発見や経験知が企業秘密化されることが指摘できます。

コメンテータ:

日本では顧客の要求にすべて応えようとする傾向がありますが、米国では提供者・顧客の双方である程度線引きをしている印象です。そうした意味で、米国の方が工学的アプローチを適用しやすい提供商品が多いのではと思います。

Q:

現時点の成功例を数多く収集する「ヨコ」のアプローチも重要ですが、過去から現在を系統学的に分析してパターン化し、未来予測をする「タテ」のアプローチについては研究されていますか、もしくは何かお考えはありますか。

A:

過去と現在でいえば、報告で取り上げた22社のうち約10社がWeb/ASPを駆使してモデル革新を実現していることは、極めて大きな変化軸だと思います。今年のASP大賞を受賞したビル管理のASPサービスを見ても、空間処理とサービスとASPの連動が進んでいまして、そうした意味での進化形は十分予測できます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。