国際宇宙法政策の動向と宇宙産業振興の可能性

開催日 2007年12月18日
スピーカー 青木 節子 (慶應義塾大学総合政策学部教授兼政策・メディア研究科委員)
コメンテータ 飯田 陽一 (経済産業省製造産業局宇宙産業室長)
コメンテータ/
モデレータ
小寺 彰 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院総合文化研究科教授)
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議事録

宇宙の商業利用に関する国際宇宙法の動向

国際連合の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)がこれまで作成した宇宙関係条約は5つに過ぎず、1979年に月協定が採択されたのを最後に拘束力を持つ条約は採択されていません。

しかし勧告的意義を有する法文書(ソフトロー)は、1980年代以降も採択されています。このように宇宙分野でソフトローが増加する理由の1つとしてCOPUOS加盟国の増加を挙げることができます。COPUOSの加盟国数は現在67カ国で、これだけの数の国の間でコンセンサスを形成するのは困難、あるいはほぼ不可能ともいえます。また、条約ができるとしても、発効するまでの期間、法が存在しない状態が生まれる可能性も否めません。そのため、勧告的意義を有するに過ぎないとしても、科学技術の進歩や新しい知見に迅速に対応することが重要で、専門家が技術的事項を扱う分野においては、国連総会決議や各国宇宙機関間のガイドラインなどのソフトローが政策的選択肢として選ばれる傾向が強まっているのです。

~国際宇宙法の基本原則~
主要な宇宙活動国すべてが加入する4つの条約(「宇宙条約」「救助返還協定」「損害責任条約」「宇宙物体登録条約」)を中心とする国際宇宙法の基本原則は以下のようになります。

  1. 宇宙活動の自由と共通利益原則。
  2. 国家による領有禁止。
  3. 天体の平和利用原則。
  4. 宇宙空間での大量破壊兵器配置禁止。
  5. 宇宙飛行士は「人類の使節」であり、必要な援助を与える義務がある。

以下は宇宙の産業化、商業利用に関係する基本原則です。

  1. 政府機関、非政府団体を問わず、宇宙活動の国家に対する国際責任集中。
  2. 宇宙物体に起因する事故損害については「打ち上げ国」(後述)が損害賠償義務を有する。
  3. 宇宙物体の管轄権と管理の権限(後述)は宇宙物体の登録国が行使する。

(※「宇宙物体」は当面、次のように定義されている。「『宇宙物体』には宇宙物体の構成部分並びに宇宙物体の打ち上げ機及びその部品を含む」。人工物として宇宙に導入されたものであればスペースデブリも「宇宙物体」に該当すると一般に了解されている)。

~「自国の活動」の範囲~
国家が国際的責任を有するとされる「自国の活動(national activities)」には、自国領域内での活動(領域)、自国民の活動(国籍)、自国の宇宙物体内部での活動(準領域)が含まれます。「自国の活動」の範囲としては、私人の活動も国家の活動と同一視されるため(上述原則6参照)、国家は「許可と継続的監督」により「自国の活動」が国際宇宙法に合致することを保証する義務を負っています。

~「打ち上げ国」の定義~
打ち上げ国は損害責任条約第1条で「宇宙物体の打ち上げを行ない、又は行なわせる国」、「宇宙物体が、その領域又は施設から打ち上げられる国」と定義されています。ここでいう打ち上げを「行なわせる国」(打ち上げ委託国、打ち上げ調達国)については、条約採択時は「国家の責任で正式に他国に委託して打ち上げを行なった場合」が想定されていましたが、民間企業の参入により定義が不明確になりつつあります。

~管轄権と管理権限~
「管轄権」は領域性に基づく国家の権限(主権類似だが主権の包括性は欠く)、「管理」は正当な法的権限の有無に関わらず国家が行使する物理的な力と解釈できます。この理解の下では、「管轄権」を持つと通常は「管理」も有することになります。他国の衛星の管制を担うなど、「管理」を行使しても「管轄権」は有さない場合も想定されますが、米国法では、このような場合にも米国法の適用を主張する場合があります。

~宇宙物体に起因する損害責任~
宇宙物体の地上落下に起因する損害と宇宙物体の衝突に起因する宇宙空間での損害は、それぞれ、「打ち上げ国」が無過失完全賠償責任と過失責任を負うことになっています。地上損害に関しては物理的損害に対してのみ損害責任が発生します。この場合、損害責任条約に基づき、国家間交渉により、解決を図る方法もありますが、国内裁判での解決を図ることも可能です。損害責任条約では被害国と被害者の関係や、加害国と打ち上げ業者の関係は規定されておらず、自国で任意に規定を作る(作らない)ことができます。

~COPUOS法小委での最近の討議~
商業利用の発達を受けて、最近、COPUOSでは2つのソフトローが作られています。そのうち前者は、「打ち上げ国」概念についてで、2004年に国連総会決議となりました。多国籍企業の打上げや公海上の打上げなど商業打上げの増加に伴い曖昧になりがちな損害責任の所在を明確化しようとする試みで、勧告要旨は以下の通りです。

  1. 国内法による「打上げ国」概念の明確化。
  2. 関係国間での協定締結し、「打上げ国」となる場合を明確化。
  3. 軌道上の衛星所有権移転時の登録や責任配分についての報告。
  4. 類似の国内法による「打上げ国」概念調整。

2004年からは宇宙物体登録についての討議も始まり、2007年に国連総会決議が採択されました。宇宙物体登録条約では、複数の「打上げ国」の中から、協議により「打ち上げ国」を1つに絞り、その国が国連登録をすることによって、衛星に管轄権と管理を行使する、と定めています。しかし、前述のように、「打上げ国」自体が不明確な場合が増加したこととともに、打上げ後、宇宙空間にある衛星の所有者が変更することが頻繁になり、どこの国が衛星に対して自国法を適用すべきなのかが、国際的に必ずしも明瞭ではなくなりました。また、宇宙関係条約の権利義務を受諾しない国際組織の所有する衛星も少なくありません。そのため、「登録国」と「打上げ国」、さらには、「自国の活動」に責任を有する「関係当事国」(appropriate state party)の関係を再構成して、宇宙活動の責任の所在を明確化しようと努めたものです。 勧告要旨は以下の通りです。

  1. 自国領域から打ち上げる外国(人)所有の衛星をどこが登録するかは共同で決定する。
  2. 上記の場合、自国の打ち上げ提供業者に衛星所有者と協議して「関係当事国」を決めるように助言させる。
  3. 共同打ち上げ時に衛星やロケット等を別個に登録する。
  4. 国際組織の責任体制を構築する、等。

2008年からは4年の期間で国内宇宙法に関する情報交換を行なうことになっており、その過程で国内法を制定する国が増加することも見込まれます。

宇宙基本法案の意義と課題

日本では2007年6月20日に宇宙基本法案が議員立法として衆議院に上程されています。国内宇宙法制定の主要な目的は、宇宙の平和利用の解釈変更と宇宙産業の保護・育成にあると考えられます。

法案第14条では「我が国の安全保障に資する宇宙開発を促進するため、必要な施策を講ずるものとする」と定めています。世界標準の考え方は、宇宙の平和利用とは自衛権の範囲内の軍事利用を含むものであり、「平和利用」=「非侵略利用」と考えられてきました。一方、日本のユニークな解釈として、宇宙条約を批准した当初から国会審議では宇宙の平和利用とは「非軍事利用」であるとの考えが繰り返し強調され、1969年にはこの解釈が国会決議となりました。しかし、通信・放送衛星の利用が日常的なものになるに従い、自衛隊の衛星利用を避けて通ることができなくなりました。そのため、1985年以降は、利用が一般化している衛星と、それと同様の機能を有する衛星を自衛隊が利用することは、国会決議に合致した宇宙利用と認めるという政府統一見解がとられるようになっています。

また、第35条第2項では「国際社会における我が国の利益の増進及び民間における宇宙開発の推進に資するよう」宇宙基本法制定後速やかに宇宙活動法を制定することを定めています。ここからも日本が宇宙の産業振興化を図り、非軍事利用の縛りから脱却しようとする方向に進んでいることが読み取れます。

宇宙先進国の宇宙政策と宇宙活動法

米国の宇宙政策(2006年)は、「民間部門と競わず、実行可能な最大限度まで民間の能力と役務を利用する」と規定します。また、政府が直接資金援助をするのではなく、商業利用を促進し得る国内法を制定することで産業競争力を確保する旨を明記しています。

欧州の宇宙政策(2007年)では、「選択した領域での世界的なリーダーシップ」を目指すとされ、競争力のある欧州宇宙産業の戦略的重要性が強調されています。宇宙産業の競争力強化を目指した公的資金の投入決意も表明されています。自律的な宇宙利用ができないと欧州として独立できない、さらには世界における欧州の地位低下にもつながりかねないという認識の下で、欧州独自の測位衛星システムGalileoや地球観測システムGMESの計画が推進されています。

中国は宇宙の平和利用を訴え、総合的国力を増進させ宇宙科学の分野で最先端の国になるために宇宙活動を行なうとしています。有人宇宙の成功は、2000年の宇宙白書で予定されていたより早い時期に成功しました。月への有人着陸も2006年の宇宙白書が想定しているよりも早い時期に実現する可能性も浮上しています。どちらの宇宙白書でも特に途上国との地域宇宙協力の成果について詳述されています。ブラジル、ナイジェリアやベネズエラといった資源大国に対する衛星提供はしばしば「資源外交」といわれますし、2006年に条約が発効した(それ以前から実質的活動あり)アジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)も、アジアでの宇宙覇権とともに中国にとって宇宙市場を提供する場になっていると推測できます。特に最近では小型衛星の市場開拓に力を入れているようです。国内宇宙法としては宇宙物体登録管理弁法(2001年)や商業打ち上げ弁法(2002年)が制定されています。

リモートセンシング画像配布についての国連総会決議(1986年)では、一次データ・処理データが作成され次第、「無差別に、かつ合理的な費用で」被探査国がアクセスを保証される権利を持つとの原則が定められています。これは当初被探査国が主張した情報主権や優先権を否定して、リモートセンシングを行なう国の活動の自由を優先した規定です。その後、さまざまな国際組織がデータ普及の政策を打ち出していますが、部分的であっても公的資金の投入により作成された画像は、地球の環境保護や世界の公益に貢献させるため、速やかに画像を広く提供するという公益性重視の傾向が強まってきています。同時に、企業の作成するリモートセンシング画像に関する国内法や政策では、米国法やカナダ法に規定されるように、「無差別原則」は消え、「合理的な費用」での提供という規則のみ定着しつつあるようです。

米国法によると、米国のリモートセンシング衛星運用免許申請義務者の対象は広く、米国市民でなくとも米国と実質的連関を持つ者や、私企業のリモートセンシングを支援する米国法から実質的な利益を受ける者は、擬制的米国市民として、米商務長官に免許申請をする義務が課されています。

米国はリモートセンシング衛星打ち上げに際しての要件として、商業宇宙打ち上げ法に基づく、ロケット打ち上げ許可に加えて以下を定めています。

  1. 連邦通信委員会から周波数を獲得していること。
  2. リモートセンシング政策法に基づいて衛星運用免許を得ていること。
  3. 武器輸出管理法や輸出管理法に基づく国務省、商務省、国防総省による輸出許可を得ていること。

米国以外の国も同様の規制を敷いており、これらは日本の宇宙活動法を検討する際の参考になると思われます。

宇宙産業促進についての課題

宇宙産業は市場原理に馴染みにくい分野です。商業利用が最も進んでいる米国でさえ顧客の中心は公的部門ですし、軍事的価値が高く、汎用性が高いことから安全保障や輸出管理の問題となりやすい産業分野でもあります。日本の場合は「非軍事利用=平和利用」とする限りは汎用性が高い産業の多くの部分に手を出せない状況が続くでしょう。

宇宙産業はまた、途上国にとっていっそう有益な宇宙技術を提供する公共性の強い部門であり、宇宙技術の提供は、外交の交渉力強化に利用されることもあります。

このような宇宙の特色を考えると、企業の自由な活動として宇宙産業を発展させることは不可能であり、国家が主導的に、特殊な市場としての制度設計を行うことが必要といえるでしょう。

質疑応答

コメンテータ(飯田氏):

宇宙産業が官需中心で発展する中、国家として宇宙の商業化にどう関与していくのかが日本の宇宙産業政策の考え方の出発点になると考えています。
また、宇宙技術については軍事中心で技術が蓄積され、それが商業開放されるというのが基本的な国際潮流となっているようです。技術の進歩に伴い軍事と民生の境界が薄くなる中で、宇宙技術を国内政策でどう管理運営していくのかが今後の宇宙政策の課題です。

Q:

各国が自国法で自国民に対する責任範囲を確定する中、日本として宣言すべき、あるいは検討すべき内容にはどのようなものがありますか。

A:

外国企業に対する透明性を高め商業利用を活発化させるためにも、「打ち上げ国」概念に関する日本の立場を明確にする必要があります。自国企業が外国衛星を外国から打ち上げる際、日本が「打ち上げ国」となるべきかは一概に決めることはできませんが、想定される状況をさまざまなケースに細分化して検討しておく必要はあります。また、私企業の衛星が落下して、政府が外国に対して損害賠償を上限無しで払わなければならない時に、あるいは私企業が射場等の政府財産に対して損害を与えた場合に、企業にどの程度求償すべきか、企業と政府の間の責任分担範囲をどう定めるかも検討すべきだと思います。外国法によって不利な責任を負わないように日本企業を保護し、必要に応じて政府が責任を引き受けることができるような規定を整備することで産業を補助する必要もあります。この点で米国の企業保護策は参考になります。

Q:

国際宇宙法の基本原則の1つである「天体の平和利用原則」で「ほぼ非軍事を実現」するとされているのは、条約上認められた限定的軍事利用があるという意味での「ほぼ」なのでしょうか。また、利用や技術の一般化は軍事利用を認めるにあたっての十分条件にはなると思いますが、必要条件ともなるのでしょうか。

A:

条約の禁止事項が「例示列挙」か「網羅主義」かについて解釈はわかれますが、私は後者であるという説を支持します。宇宙条約第4条では軍事施設・防備施設の設置、軍事実験、軍事演習を禁止しています。「ほぼ非軍事を実現」といったのは、具体的に禁止されていない事項については、「非侵略」利用としての平和利用に合致する限り、天体上でも軍事利用できるという解釈に基づくものです(例:地上での軍事活動を天体から監視する施設を国連が保有する場合)。

宇宙の平和利用については、原子力利用並みの非軍事を要求したのが国会決議の趣旨で、特に80年代前半までの国会審議では、国際法上の軍隊が利用の主体となると軍事利用であるという議論になっていたように思われます。この流れから、日本では、利用や技術の一般化は十分条件であるだけでなく、必要条件ともされるという理解が出てきていると考えます。それが正しい解釈であるかについては、ご指摘の疑問はその通りだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。