通信分野を対象とした競争評価の概要

開催日 2007年11月13日
スピーカー 今川 拓郎 (RIETIコンサルティングフェロー/総務省情報通信政策局総合政策課調査官)
モデレータ 鍋島 学 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部政策課課長補佐)
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議事録

競争評価の概要

【背景1】
通信の世界では1985年に電電公社が民営化され、市場が自由化されて以来、規制緩和が進められてきました。当初は参入規制や料金規制等の事前規制がありましたが、現段階では事前規制は概ね撤廃され、事後規制の世界に移っています。そうした中、制度の見直しに不可欠となる市場のデータをきちんとフォローできるかが課題となっています。

そこで競争評価が重要な役割を担うようになります。特に通信市場は刻々と変化するため、規制当局が定常業務として市場の動きをフォローする必要があります。

【背景2】
通信市場では2つの大きな構造変化が急速に進展しています。第1の変化は「固定から移動へのシフト」です。固定電話と移動体電話の契約数は2000年を境に逆転しています。第2の変化は「ブロードバンド化、IP化へのシフト」です。ブロードバンドの契約数は現在では2700万件を超え、IP電話も1500万件を超えるにいたっています。こうした急速な変化を踏まえながらの市場分析が必要であり、ここでも競争評価が重要な役割を担います。

【背景3】
平成18年に総務省が発表した「通信・放送分野の改革に関する工程プログラム」では「NTTの組織問題について、市場の競争状況の評価等に係るレビューを毎年実施する」とされています。こうした競争評価は諸外国でも実施されており、特に欧州連合(EU)では競争評価(市場分析)が制度として確立しています。欧州では市場分析の結果、有効競争が有ると判断された場合には規制は原則撤廃され、逆に、有効競争が無いと判断された場合にはSMP事業者(支配的事業者)に対し「アクセス指令に基づく規制」や「ユニバーサルサービス指令に基づく規制」といった規制がかけられます。日本については、そもそも支配的事業者が存在するのかを規制当局自らがその業務の一貫として、すなわち競争評価を通して分析する必要が出てきたという訳です。

【対象】
競争評価は2003年度に始まり、これまでに「固定電話(IP電話を含む)」、「移動体通信(WLANを含む)」、「インターネット接続」、「法人向けネットワークサービス」の4領域を対象とした予備的分析が行なわれてきました。2006年度からはこれら4領域を定点的に毎年評価することになり、加えて、事業者から公募したテーマを基に対象を絞り込んで行なわれる戦略的評価も実施されています。

【手順】
「基本方針の策定→実施細目の決定→情報収集→市場画定→競争状況の分析→評価結果のとりまとめ→政策への反映」というのが競争評価の一連の手順です。

まず「基本方針」で全体的な指針を定めた後、「実施細目」で評価対象や収集情報を具体化します。

「情報収集」の後に実施される「市場画定」、すなわち市場範囲の定義付けは、実は学術的には非常に難しい作業です。たとえば携帯電話事業者AとPHS事業者Bがあるとします。携帯電話とPHSは代替性の高いサービスなので両者は市場を共有する、すなわち市場は1つと捉えれば、支配的事業者として規制がかかる可能性が有るのは事業者Aのみとなります。ところが両者を別々の市場と捉えるならば、事業者Bも規制の対象となる可能性が出てきます。こういった観点からも、市場をどう画定するかは非常に重要なプロセスになり、現時点では「需要の代替性」が市場画定の重要な判断基準になっています。代替性が大きければ同一市場と判断され、代替性が小さければ個別の市場と判断される仕組みです。

「競争状況の分析」では、市場動向を把握した後、定量的指標(シェアや市場集中度(ハーフィンダール指数=HHI)、事業者数、料金、利益水準等)の分析と、定性的要因(不可欠設備の有無や従来の競争状況等)の分析を行ない、市場支配力を評価します。この市場支配力については独占禁止法的には規制適用の対象となりえますが、競争評価では市場支配力の「存在」と「行使」を区別して考えています。たとえばある事業者が固定電話市場で9割のシェアを持っている場合、競争評価ではその市場構造を基に、当該事業者に市場支配力が「存在」すると評価されますが、だからといって市場支配力が「行使」されているとの評価に直結する訳ではありません。この「存在」と「行使」の考え方については、独占禁止法の専門家との議論を踏まえて導入した分析枠組みですが、異論が有る点も付け加えておきます。

「政策への反映」については、日本の競争評価はEUのように市場支配的事業者を決定するプロセスとしてビルトインされたシステムにはなっていません。競争評価は規制とは別に分析され、それをどう取り入れるかは政策的判断になっています。とはいえ、平成17年に実施した競争評価では移動体通信で競争制限的な協調が生まれている可能性が指摘され、そうした指摘は携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)制度の導入等に反映されてきました。

なお、競争評価に対しては有識者10名で構成される「競争評価アドバイザリーボード」が中立的かつ専門的な見地から助言する仕組みとなっています。このほかにも、意見募集や公開カンファレンスが多数開催される等、競争評価では透明かつオープンなプロセスが重視されています。

2006年度の競争評価結果の概要

【定点的評価】
2006年度の定点的評価では先の4領域の評価に加えて、ネットワークがメタル回線から光ファイバ回線に移っていく過程でどういった競争の変化が起きているのかをみるためにマイグレーション分析を実施しました。

固定電話領域では「固定電話(加入)」、「中継電話」、「050-IP電話」、それと参考に「0ABJ-IP電話」に細分化して評価しました。移動体電話領域では「携帯電話」と「PHS」をまとめて1つの市場としました。インターネット接続領域では「ADSL」、「FTTH」、「CATVインターネット」をブロードバンド市場に一括りにしつつ、同時に、上記3つを部分市場として評価するアプローチをとりました。インターネット接続領域ではISP市場も評価しています。法人向けネットワークサービス領域では「新型WANサービス」と「専用サービス」の2つを個別の市場として捉え評価しました。

結果、通信市場はいずれも高度に寡占的で、特に固定電話(加入)、FTTH、専用サービス等での市場集中度が高く、これら市場ではNTTグループのシェアがいずれも6割を超え、NTTグループの存在感が圧倒的であることが明らかになりました。

ブロードバンドではADSLからFTTHへの移行(マイグレーション)が進んでいますが、特に、NTT東西のインターネット接続サービス(ADSL、ISDN等)の利用者は、同じNTT東西のFTTHに移行する傾向が強いことがわかりました。この傾向は、今後FTTHへ移行することを希望する利用者により顕著にみられます。マイグレーションによってNTT東西への市場集中が進みやすい環境にあるとの一定の示唆がここから得られます。

FTTH市場での契約回線数の事業者別シェアをみてみると、NTT東西が2006年12月末現在で67.5%を占め、直近データではこの数字は70.2%にまで上昇しています。ここでもNTT東西の市場集中度が急速に高まる傾向が観察されます。事業者別シェアを集合住宅市場と戸建・ビジネス市場に分けて分析をしてみると、前者ではNTT東西のシェアが除々に増加し、55.5%(2006年12月末現在)、後者でも、ここ2年でNTT東西のシェアが上昇傾向にあり、76.4%(同)となっています。地域ブロック別では、電力系事業者が参入している地域――特に近畿等の西日本――でNTT東西のシェアは5~8割にまで低下し、競争が活発化している状況が読み取れます。

【戦略的評価】
1.事業者間取引が競争状況に及ぼす影響に関する分析
卸売市場(物理網)を対象とした評価を試行的に実施したところ、メタル回線のみではNTT東西のシェアは99.9%、光ファイバ回線のみでは78.6%という結果になりました。光ファイバ回線では、特に西日本で設備競争がやや進展しているようです。

2.隣接市場間の相互関係に関する分析
固定電話市場、インターネット接続市場、移動体通信市場での利用者の事業者選択について、同じ事業者またはグループのサービスを選択する傾向が確認されました(固定電話で事業者Aを選択する利用者の多くはインターネット接続でも事業者Aを選択する等)。

3.MNP制度導入による競争状況の変化に関する分析
MNP制度導入後、市場集中度の減少幅は拡大し、MNP制度導入前後で携帯電話契約数の純増(減)数や解約率の傾向が大きく変動したことがわかりました。またMNP制度導入決定後に各種割引や低料金プラン等が登場し、競争が促進され、利用者の利益が向上したと総括されています。料金水準も制度導入決定後に低下しています。

質疑応答

Q:

市場支配力の「行使」とはあくまでも外部要因から考えられるものであり、事業者の戦略や意思といった内部要因からではないということですか。また、「存在」と「行使」の概念は通信業界以外の業界にも適用できるのでしょうか。

A:

市場支配力の有無は構造的要因からみています。つまり、市場シェアや参入障壁、不可欠設備の有無といった主に外形的な要因から当該事業者が市場支配力を持つ可能性が高い場合には、市場支配力が「存在」しているとみなされます。当該事業者や競争事業者の企業行動を詳しく分析するのは「行使」が評価される際です。なお、定量的な指標として市場シェアに関心が集まりますが、市場シェアと企業行動は内生的な依存関係にあり、市場シェアが高いから市場支配力があると論じるのはおかしいという見方が有るのも確かです。

本日お話したアプローチは発展途上で、必ずしもベストなアプローチではないのかもしれませんが、不可欠設備を持つ事業者が存在し、そうした事業者に対し非対称規制が適用されているネットワーク産業のような産業では、こうしたアプローチも使えると思います。逆に、非対称規制の無い競争的産業では「存在」と「行使」を区別する意味が無い場合も有ります。

Q:

通信事業では制度が競争環境を作り上げていると捉えることもできます。となると通信事業法のパフォーマンスの良し悪しも評価の結果には反映される筈ですが、これを企業の評価とどう分離し、政策に反映させていくのでしょうか。

A:

制度や政策の評価は市場の状態を分析する定点的評価にはなじまないので、別のアプローチでみていかなくてはなりません。そこで、競争評価では戦略的評価を用意し、規制や政策がどのように機能しているのか等の評価も柔軟に行なえるようにしています。たとえば、戦略的評価で行ったMNP制度の導入による競争状況の変化に関する評価は、競争評価というよりは政策評価としての色合いが濃く、制度そのものの有効性をみることができました。

Q:

サービスベースの競争は消費者にどのようなメリットを与えるのでしょうか。

A:

メタル回線のように設備競争が無い場合は、サービス競争は価格低下やサービスの多様化といったメリットを生み出します。

他方、光ファイバ回線のようにある程度設備競争が有る場合、話は複雑になります。光ファイバ回線を例に考えると――もちろん前提条件に解決すべき点がいくつか有るため、これを結論として断言することはできませんが――設備競争というよりもサービスベースの競争がより強まる程、実勢価格ベースでの小売料金はその分安くなる傾向が見られるようです。ただ本来は、設備競争が進展する程、料金が下がるというのが望ましい関係です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。