日本経済のゆくえ

開催日 2007年9月21日
スピーカー 水谷 研治 (中京大学大学院教授)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

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政治に求められる長期的視点

政治家は国民の信任を得なくてはなりません。国民の信任を得るには国民の願いを叶えることが重要となり、景気の回復はいつの時代も国民が政治家に要望する第一項目となっています。しかし政治家にとっては同時に、長期的視点で施策を講じることも極めて重要となります。長期的に利益を生み出すには短期的に苦い薬を飲まないといけない場合もあるでしょう。副作用もあります。ところが政治が混乱すると、将来のことはともかく、今、国民の人気を得なければ政治を行なえないという考えが生まれてしまいます。これが現在の日本の政治情勢です。

米国の貿易赤字に支えられる日本

さて、日本を含む各国の経済は米国にモノを買ってもらっている、つまり直接的にせよ、間接的にせよ、米国に輸出できていることで随分と支えられています。各国経済がどれだけ潤うかは米国がどれだけ余分に買ってくれるかによるといっても過言ではなく、世界は米国の借金、8000億ドルの赤字で大いに繁栄できていると捉えることも可能です。

米国が60年間かけて貯め込み、一時期には世界最高の3600億ドルにまで達した対外純資産は年々減少し、現在ではマイナス2兆3000億ドルにまで落ち込んでいます。米国は借金を返すといっていますが、返すということと、実際に返せる能力があるのかは別問題です。確かに日本の景気は回復しています。ただ私は昨年暮れあたりに頭を打ったのではないか、現在は若干の中だるみの状況にあるのではないかと考えており、そうした状況で米国が8000億ドルの赤字を解消するために買うのを止めれば、日本の輸出産業は大打撃を受けることになります。中だるみどころではすまなくなります。そこで景気を下支えする必要が出てくる訳です。

景気を押し上げる政府の赤字

景気はモノが売れないから悪くなる訳で、モノが売れれば景気は良くなります。モノが売れればもっと作らなくてはいけなくなるので、雇用は増え、国民の懐も暖かくなり、またモノを買うという循環で景気は回復します。大切なのはモノを買ってもらうようにするための「きっかけ」です。モノが売れないのは国民の懐がさびしいからと考え、それでは懐を暖かくしましょうというのが、減税措置です。政府が公共投資等を通して買うことも可能です。このようにして政府が税収を減らし支出を増やす、つまり赤字を抱えることが景気を押し上げる1つの方法です。その意味では、赤字を上乗せした分だけ景気は良くなります。

そうなると景気回復を維持するには赤字を増やし続けなければなりません。政府の赤字は40年以上続いていて、もはや抱えられる赤字の額は限界に達しています。政府が大きな力で余分に買えば、通常はモノが無くなりインフレになります。インフレになると国民生活が打撃を受けるので、国民は政府に「無駄遣いをするな。赤字を減らせ。そうしないとインフレが収まらない」と訴えるようになります。ところが供給余力が極めて大きい日本ではインフレではなく、大デフレに陥っています。政府がこれだけの赤字を抱え余分に買ってもまだモノが余る程の供給力です。ですので、現時点では財政の赤字を増やせば増やすほど景気が良くなります。ただ、それにはモノが余り続けるという前提が必要です。

私はこのモノ余りが将来にわたりずっと続くとは考えていません。

モノ余りが終わったとき

米国のモノ余りは約50年続いて終わりました。日本は本格的にモノが余り始めて30年以上経っています。いつまでもモノ余りが続かないのは産業が空洞化していくためです。日本も海外から買っている限りインフレにはなりません。莫大な資金――その量は米国程度ではありません――を持つ日本には買う力があります。その資金をもってすれば今後最低10年間は左団扇で暮らすことができます。その間、本質的なインフレにはなりません。インフレになるのはカネを使い果たした後です。しかもそのときにはモノは無くなり、国の借金の金利支払いだけが残る、つまり悪性インフレに陥ると予測しています。

金利は借金が少ない段階では小額ですが、金利がどんなに低くても借金が増えれば金利も大きくなります。今、国の借金は540兆円程度です。長期国債で考えた場合、金利は通常は6%程度、540兆円で6%の金利といえば32兆円です。では金利の支払いに充てる収入はどれ位あるのでしょうか。今年度予算は税収53兆円、税外収入4兆円の合計57兆円です。ここから地方への割り当てる地方交付税約15兆円を差し引くと国が使える残りのカネは42兆円程度となります。このように現時点でも金利の支払いは十分に大変ですが、10年先はどうでしょうか。

10年後の日本

借金が年間20兆円規模で増加し続けた場合、10年後の借金は200兆円増えた740兆円になります。そうすると金利は約45兆円になります。では収入はいくらでしょうか。政府は収入が10年で倍増したこれまでの経験に照らし収入も増えていくと考えているようです。しかし過去の収入の増加の背景には右肩上がりの経済成長がありました。

状況はこれまでとは違います。

日本経済の成長は1993年度、戦後初めて下がりました。その後、再び上がり、1997年度をピークに下がりました。その後また上下して現在は年率1%の規模で回復しています。この年率1%の景気回復は何を意味するのでしょうか。これは、日本の景気が最悪の状態にあったときの4分の1以下の成長率です。その程度の成長率でも「上昇」といわざるを得ないのが現状なのです。米国の貿易赤字や政府の財政赤字等、これだけいろいろな押し上げ要因があってこの程度の成長率しか達成できない日本経済が過去の成長率を取り戻すと考えるのは難しいでしょう。

悪性インフレの病。大手術は喫緊の課題

これだけ大きな借金を抱えたままでインフレになれば悪性インフレになります。これが後々の問題です。後々の問題が分かっているのなら今から処方箋を書いて大手術をしなければなりません。それが財政の再建です。財政再建とは赤字を解消することではありません。黒字にすることです。赤字を減らせば景気は相当悪くなりますが、支出を徹底的に減らすだけでは赤字は無くなりません。そこで増税が必至となります。増税は景気にさらに打撃を与えます。その結果、日本の経済水準は相当下がるでしょう。しかしそれは止むを得ないことです。今までの景気が無理をして押し上げられてきた、ある意味では非常に恵まれた状態にあったのです。米国の恵みはいつ無くなるか分かりません。是正は日本自身で図るべきです。そのときには景気は相当な勢いで下がるでしょう。

問題はそうした危機的状況が今すぐに起きるものではないという点です。

これが冒頭申し上げた現在の政治情勢につながります。本来なら強力な政権が長期的な視点に立って「大手術を実施する」と号令をかけなければいけないのに、実際は増税が来年以降に細々と実施されるのが現状です。「細々に」ということは、増税が長期的に続く可能性を示します。場合によってはインフレに巻き込まれる可能性も強くなります。

本来は米国が現在の状態にあるうちに大手術を実施するのが望ましかったのですが、今はもう間に合わないかもしれません。これが私たちが遭遇する大きな問題です。

質疑応答

Q:

財政支出が景気に与える影響に関連して、家計が将来の増税に備えて購買を控える判断を下せば、財政赤字の増加は逆に景気引き下げ効果をもたらすとも考えられます。家計はどの程度合理的判断を下すとお考えですか。

A:

ご指摘の可能性はあると思いますが、現実はそうはなっていません。

家計は消費を続けています。それは減税は行なわれても増税が行なわれていないからです。むしろ日本では減税に減税が繰り返されてきた訳で、そうなると家計は増税の可能性は認識しても、それが実際に行なわれるとは本気で考えなくなります。

景気が良くなったのは、企業が合理化を進めたからです。合理化とは平たくいえば「しわ寄せ」です。最終的なしわは従業員に寄り、ボーナスは減ったまま、給料は減ったまま。景気回復の恩恵は企業から家計にまでは及んでいません。一方、家計は多くの場合、子供の成長等により自然増します。従って貯金が増えるというのは、現実ではないのではないかと思います。平均2000万円の資産を個人で残せるのは、国が赤字を抱えどんどん余分に払って吸収をしていないからです。そうした中で金融資産が膨れ上がるのは当然です。この連鎖は今後も続くと思います。

景気が回復すれば家計にも余裕がでてきますが、わずか1%程度の成長率では家計には影響は及びません。個々の家計は決してそれ程豊かではないのではないというのが私の認識です。

Q:

日本の国債金利負担を国内総生産(GDP)でみると、日本は世界一低い水準です。国債の信用度は世界一で、国債は市場で健全に消化されています。日本の財政は本日お話にあった程は危機的ではないのではないでしょうか。

A:

日本は金利を借入で負担しています。金利が今の水準で永遠に続けば、つまり現在の大デフレが続けば問題は無いでしょう。ところがインフレになると様変わりします。本格的なインフレになれば金利は8%を超え、悪性インフレになれば10%を超えます。私はモノ余りが無くなる時代は来ると考えています。仮に国内でモノが無くなっても今後10年は輸入するだけの莫大な貯蓄があるので、その間は本格的なインフレは到来しないでしょう。しかし当面問題が無いが故に、借金が累積していきます。そうして金利が普通の状態に戻った途端に借金地獄になります。悪性インフレの到来です。

問題が表面化するには相当の時間がかかるでしょう。しかし表面化したときでは手遅れです。状況は今すぐに手を打っても間に合うか、間に合わないかというきわどいところまできてしまいました。手術は大至急必要です。景気回復には政府の財政出動が必要です。

Q:

日本は現行水準よりもう少し円高に持っていくべきなのでしょうか。あるいは円安の水準でこのまま輸出競争力を維持すべきなのでしょうか。合理的解はどのあたりにあると思われますか。

A:

為替は本来経済力を反映します。「経済力=購買力」という考えもありますが、私は必ずしもそうではないと考えています。歴史的に、経済力の強い国の為替相場は強いですが、購買力の面では必ずしもそうではありません。むしろ経済力は、輸出できるだけの良いモノを作る能力に反映されると思います。良いモノが作れれば国内の消費者は外国製品を買わなくなります。従って輸入が減り、輸出が増え、黒字になります。私はこの黒字が経済力の絶対的評価だと思います。

儲けた以上に海外に投資して資金不足に陥るというのが日本の現状です。余ったカネを海外に投資するのは、国内で投資しても採算が合わないからです。現在続いているドル買い・円売りの状態は海外への投資が回収できなくなれば、一変します。ドルの暴落です。現在の状態が長く続いているからそれが適正だとは限りません。むしろ現在のドル相場、円相場は異常です。私は適正相場は110円よりもっと低いと思います。大切なのはその水準にどう持っていくかです。怖がって現在のままでいくと適正水準はどんどんと下がり、落差は大きくなります。飛び降りるのが恐いので先送りが続くというのはいつも起きていることですが、今回の先送りはかなり長引いているのではないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。