産業財産権の現状と課題 ~我が国企業に求められる知的財産戦略の深化~

開催日 2007年7月25日
スピーカー 木原 美武 (特許庁審査第2部首席審査長)
モデレータ 清川 寛 (RIETI上席研究員)
ダウンロード/関連リンク

議事録

出願と審査を巡る動向

2006年に日本の特許庁が受け付けた特許出願件数は40.9万件で、前年比4%減でした。うち34.7万件が国内からの出願で、残りが海外からの出願という内訳ですが、国内からの出願が35万件を切ったのは1996年以来です。日本企業が技術流出の防止を意図して、発明を特許出願するのではなくノウハウとして秘匿する手法を選択するケースが増加している傾向にあることが国内出願件数低下の背景の1つとして考えられます。また、グローバルな活動をするには海外でも権利を取得する必要があるとの認識が強まり、国内のみの出願を抑え、海外展開を図る動きもその背景の1つにあります。

米国特許庁が2006年度に受け付けた特許出願件数は世界最多の41.6万件で、その内、海外からの出願の割合は47%です。それに対し、日本特許庁の場合、その割合は15%にすぎません。米国重視の傾向が世界的にまだ根強いことがここから理解できます。中国特許庁が2006年に受け付けた特許出願件数21.0万件のうち、日本からの出願は3.3万件です。日本企業が、米国に次いで2番目に多く特許出願する国として、中国が欧州に取って代わった格好です。

特許協力条約に基づく国際出願(PCT出願)とは、一言で説明すれば、1つの出願をすることで全加盟国(134カ国)に出願したのと同様の効果をもたらすというものです。もちろんその後に各国への指定言語による明細書等必要書類の提出や各国での審査の必要はありますが、それでも、PCT出願はグローバルに特許出願するための1つの効果的な方法となっています。この制度の活用は日本企業の間でも広がり、日本特許庁が受け付けているPCT出願件数は1997年の5000件程度から2006年の2.6万件へと急増しました。

日本では特許出願をしただけでは審査の対象とはなりません。権利を獲得するには審査請求をする必要があります。2001年10月までは特許出願をしてから審査請求をするまでの猶予期間(審査請求期間)が7年ありました。その後、審査請求期間は3年に短縮されました。今は旧制度の下での請求期限と新制度の下での請求期限が同時に訪れているため、審査請求が急増し(これは「請求のコブ」と呼ばれています)、審査請求件数は、2005年で39.7万件、2006年で38.2万件となっています。

これに対応するために特許庁では2004~2007年度に任期付審査官を392名増員(各年度、前年度比約100名増)させました。また、登録調査機関への先行技術調査の外注件数は19.7万件に達しています(前年比約1万件増)。このような体制強化により審査着手件数は29.3万件に増加しています(前年比20%増)。請求のコブを乗り越えるまでの間は、審査順番待ち期間の短縮化は困難な状況にある(2006年の待ち期間は26月)ものの、その後は「2013年の審査順番待ち期間11カ月」という目標に向け、その短縮化が進む予定です。

意匠登録出願は毎年4万件前後で推移していますが、2006年は2年連続の減少で3.7万件弱となりました。意匠登録件数が多い業種として、電機メーカー、事務用品メーカー、アルミサッシ製造メーカー等があげられます。意匠法改正に伴い本年4月の出願から意匠の権利期間が20年へと延長されることになったこともあり、意匠出願件数は今年増加に転じると予測しています。

商標登録出願は毎年13万件台で安定しています。ところで、従来、小売業者は取り扱う商品毎に商標権を取得することとなっていたため、ショッピングカート、買い物袋、店員の制服につける商標は商標法の保護対象外となっていました。しかし商標法改正で本年4月からこれら商標も小売業に係る役務商標(サービスマーク)として保護対象となったため、今年は商標登録出願が増えると予測しています。

特許庁には審査部の上位に準司法的な位置づけの審判部があり、審査結果に不服の場合は審判部に審判請求できます。特許の拒絶査定不服審判の請求件数は年々増加していますが、審判請求率は20%程度でここ数年横ばいです。審判で審査の結果が覆るケースは1997年には5件に4件の割合でしたが、2006年には4割強に減っています。この現象は、特許取得の可否に対する予見性向上として分析できます。

出願動向の国際比較

PCT出願件数は全世界的に増加傾向にあり、2006年には14.5万件でした。PTC出願制度を活用する出願人で最も多いのは米国企業で5万件弱、次いで日本企業で2.7万件弱です。日本の他に韓国や中国の出願人の伸びも大きく、日中韓の3カ国で世界全体のPTC出願の4分の1が占められるにいたっています。

日本、米国、中国、韓国、欧州の5カ国・地域の特許庁(五大特許庁)の特許出願状況を見てみると、米国への出願が最も多く、中国への出願も大きく増加しています。韓国からの出願は中国への出願が日本への出願を上回っています。

中国、インド、ロシアといった新興国への特許出願動向では、中国の特許出願における日本からの特許出願の占める割合は18%(2位)であり、欧米からの特許出願に比べて大きな割合を占めていますが、インドでは4%(5位)、ロシアでは2%(6位)を占めるのみです。米国は中国以外にもインドとロシアへ積極的に出願しています。日本企業にとっては海外における知財戦略の裾野の広がりが弱いことが課題です。

意匠では模倣品問題への対策として各国から中国への出願がなされることもあり、中国における意匠出願件数は20万件を超えています。ただし中国は無審査国なので、権利としては安定しません。日本から中国への意匠出願件数も急増傾向で、2006年には4500件を超えました。日米欧の意匠登録状況を比較すると、米国から欧州への意匠登録件数は、自国への意匠登録件数に近い規模となっています。他方、日本から米国および欧州への意匠登録件数は、自国への意匠登録件数に比べて非常に小さい規模にとどまっています。これは、デザイン戦略に力をいれる欧州企業に対し米国企業が欧州で意匠権を押さえる動きとして解釈できますが、日本はこうした動きにも乗り遅れています。これは日本が抱える別の課題です。

商標でも模倣品問題への対策として各国から中国への出願がなされることもあり、中国における商標の出願件数は67万件にも達し、世界全体の商標出願の総数の3割以上を占めています。日本から中国への商標出願も多く、2005年には1.2万件を超えました。米国はすべての国に満遍なく多くの商標出願をしています。

日本の知的財産活動の実態

日本の企業や大学の知財活動の実態を把握するためのアンケート調査から、2005年度、企業や大学の知財関係者は5万人を超えており、それに特許庁職員、知財関連業務を行っている弁護士、弁理士、また彼らをサポートしている特許事務所等の職員、先行技術調査サービスに従事している者等を加えると、日本の知財人口は7万人を超えると推定されます。知財活動費(訴訟経費は含まない)は2005年度で9200億円でした。その内、職務発明等に係る補償費は前年度比6.4%程度増の160億円弱で、増加傾向にあります。国内での特許権所有件数の半分は未利用な状態です。それでも1995年度の利用率33%からは向上しています。

大学の国内特許出願件数は2005年まで右肩上がりでしたが、現在は出願奨励から出願選別への移行期にあるため、2005~2006年にかけては横ばいです。その一方で海外での特許取得は活発になっています。2006年のPCT出願上位500中に、日本の大学は7大学がランクインしています。出願人を大学に限定すれば京都大学が、トップのカリフォルニア大学、2位のマサチューセッツ工科大学(MIT)に続く3番目に多い出願件数となりました。大学が保有する特許権の利用率も増加傾向にあります。これは、大学からの技術移転が進んでいると分析できます。

分野別にみた知的財産活動の現状

日米欧の三極に同じ内容を出願している特許出願の件数(2002年)を分野別に比較すると、電子部品・半導体、表示・音響で日本の出願が突出しています。他方、欧米の出願が突出しているのは、医薬品、バイオ、遺伝子工学で、日本はこれらの分野で欧米に後れを取っています。環境分野での日本の出願件数は欧米を上回っています。

日米欧全体での意匠出願を分野別に比較すると、日本は電気・電子機器や土木建築用品で抜きん出ています。一方、欧州のうち、たとえば、イタリアは製造食品・嗜好品、衣服・身の回り品での意匠出願割合が高くなっています。ここから、意匠出願には各国産業の強みや弱みが反映されるとの分析が可能です。

世界9カ国(日、米、英、独、仏、スイス、伊、中、韓)の商標出願を分野別に見ると、全体的にサービス部門(役務)で件数が増えています。他方、国別にみると、中国では製造分野の商標出願が多く、サービス分野では少ない傾向にあります。この傾向は日本にも若干当てはまります。

日本の知的財産戦略の現状と課題

特許が拒絶査定される最大の理由は、出願以前に同じ発明が公知となっているか、または出願した発明が公知の発明から容易に着想される発明と判断されるためです。審査官は一般に既に公になっている文献を拒絶理由通知において提示しますが、そうした文献が公になったのは特許出願がなされる平均2.9年前です。従って、研究開発から特許出願までの期間を1年と仮定すると、拒絶査定された特許のうち72%については、研究開発開始時点で公知の発明があったことを発見できた筈です。研究開発を始める前に、特許電子図書館(IPDL)で無料公開している特許情報等を有効に使えば無駄な研究開発投資を回避できます。その意味でも、研究者等による特許情報の有効活用は日本が抱える課題の1つです。

日本企業の海外特許出願の基礎となった出願(グローバル出願)の特許査定率は、全出願の特許査定率よりも8%程度高い値を示しています。これは、海外へも出願する案件とその他の案件との間に、先行技術調査等、知的財産管理の実務に差がある、所謂ダブルスタンダードとなっているといえ、国内のみへの出願に対するてこ入れが求められます。

日本の国内出願のうち海外にも出願している割合は22%で、米国の44%、欧州の66%と比べると低率です。やはり日本ではまだグローバル展開が弱いといえます。

拒絶理由通知に対し出願人が何の応答もしない出願が、2006年には6.9万件ありました。これは特許庁に出願、審査請求してから不要な出願だったことに気付く件数といえます。審査請求時における知財部門と事業部門との意見交換の不足がここでの課題です。

日本の技術貿易収支は、2005年度には主に自動車工業を中心とした輸送用機械産業分野に支えられる形で1.3兆円の黒字となりました。しかし実際は日本の自動車企業が米国で特許を取得し、米国の子会社が本社にライセンス料を支払うという取引が多く、こうした親子会社間の取引を除くと2005年度の技術貿易収支は赤字になります。ですので、グローバルな技術貿易にもさらに力をいれていかなければなりません。

政府の取り組み

こうした課題に対し特許庁では「知財戦略事例集」を作成し、知財戦略、事業戦略、研究開発戦略を三位一体で推進する際に有効な事例を提示しています。この事例集には600の事例が掲載されており、その中には100の失敗例も盛り込み、発明を創造する段階からの知財部の関与手法、発明を有効活用可能な「使える」特許としていく方法やノウハウとして秘匿する方法、海外への出願国の選択手法、取得した特許の活用法等を紹介しています。加えて、知財担当執行役員(CIPO)の設置、標準戦略との連携、人材育成、報奨、他の知的財産権との関係についても掲載しています。

デザイン戦略については、2点提案しています。1つは、製品をシリーズ化する場合、時代と共に変化するデザインの中で、そのシリーズに共通するキーとなる特徴的なデザインを部分意匠や関連意匠制度を有効に活用して権利化しておくという戦略です。もう1つは、商標権、著作権等他の知的財産権も有効に活用して総合的に保護していく手法です。

特許庁では早期審査制度を実施しています。これは、一定の条件(製品化しているなど既に実施している場合、海外に出願中で国内でも早期に権利取得したい場合等)を満たすケースに迅速に対応するための制度です(ファーストアクションまで2~3月)。また、昨年7月からは米国との間で、相手国の特許審査結果を相互利用して権利化を迅速にする「特許審査ハイウェイ」という試みを始めています。更に、本年4月から韓国との間で、そして7月から英国との間でも特許審査ハイウェイを開始しました。

2004年からは、審査着手前に出願を取り下げれば審査請求料を返還する制度を開始し、特に昨年8月9日から1年間に限り、審査請求料を全額返還することとしています。

質疑応答

Q:

我が国の国際展開の後れは、知財戦略の後れというよりも、国際化そのものの後れによるのではないでしょうか。各国との戦略の違いがあれば教えてください。

A:

全世界的に特許出願数が増す以前の1990年代、日本企業が中国等に活発な技術支援を行なっていた当時、米国企業は既に中国等に特許出願を活発に行っていました。米国企業に、より先見の明があったことはデータでも裏付けられています。日本のインドに対する特許出願件数をみても、米国と比較すれば桁違いに低い値です。海外戦略を失敗させないためには、市場のある場所(国)、自社のみならず他社が生産する場所(国)等、どこで権利を押さえるのかということが重要になります。知財戦略事例集に掲載された失敗例でも多いのはこの点です。

Q:

中国での模倣品問題の一因が電子図書館の技術情報公開にあるという話もあるのではないかと思います。この問題にどのような対策を講じていますか。

A:

電子図書館による公開は世界各国で行われていることであり、日本独自のものではありません。また、特許の明細書には、細かいノウハウ部分は書かない(書かれていない)ので、IPDLからの情報だけで技術を模倣できるかは疑問です。かつて外部からロボットアクセス等の不正なアクセス手法で大量に広報を抜き取る傾向が見られたこともありましたが、現在では不正なアクセス手法に対する対策が講じられ、不正アクセス数は激減しています。

ところで、ノウハウ化した技術の特許権を他社が取得しても、他社の特許出願の前から実施の準備をしていたり、実施をしたりしていれば、引き続きその技術を実施できることを認めた現在の先使用権制度を見直し、実施準備や実施の有無を自己実施権付与の要件から外し、発明が完成していたという事実をもって自己実施権を認めればどうかという意見もありました。それにより、(他社を排除できなくても)自己実施さえできればよいということを目的とした特許出願がなくなり、日本にとって不利益となるような技術公開が防止できるのではないかという考え方です。しかし、この意見に対しては、自己実施権が強くなり、結果として特許権を弱めることとなるために産業界から強い反対があり、また国際的にも、フランス、ベルギーのみにある特異な制度あること、さらに、そもそも、発明の完成はなされたものの実施(利用)されておらず、公開もされていない状態の発明、すなわち何ら産業の発展に寄与していない、また、寄与するかどうかも分からない状態の発明に対して実施権を与えることは特許制度の目的自体に反する、等の問題もあって、審議会等の場でも、採用すべきではないという結論に至ったものです。

技術は企業を離れた研究者からも国外流出します。また、失敗した事例のデータ等の製品化されなかった技術の流出は、他企業の省力化が可能となる意味でも深刻ですが、これに対しては技術流出したかどうかを知ること自体が困難です。こうした点にも企業は対策を講じる必要があります。このように、技術流出問題はあらゆる角度から考えていかなければならないと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。