設計立地の比較優位に関する試論

開催日 2007年7月24日
スピーカー 藤本 隆宏 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長/ハーバード大学ビジネススクール上級研究員)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

「開かれたものづくり」

私は「ものづくり」の概念を広く捉えることが重要だと考えています。

「ものづくり」で語られる対象を、たとえば「伝統的職人技が活きる製造業の匠の世界」に限ってしまえば、それはせいぜい日本全体で100億円程度の規模の話で終わります。しかし製造業全体を含めれば、それは100兆円規模の話になり、さらに非製造業を巻き込めば500兆円の話になります。私たちが考えるのはこの500兆円の話です。

ものづくりの鍵は「もの」ではなく「設計」にあります。ものづくりとは「ものをつくる」ことではなく設計者の意図を「ものにつくりこみ」、それをお客様に届けることです。これは簡単にいえば、設計情報に付加価値が宿るという考えです。

たとえばここに水が入ったガラスのコップがあるとします。私がそれをガラスではなくコップとして認識するのは、背後にある設計者の意図を感じているからです。たまたまくぼみのある石に水が入っていたとしても、私はそれを石として認識し、コップとしては認識しません。コップをコップたらしめているのは、あくまでコップの背後にある設計者の意図です。「財・サービスの本質は設計情報にある」という考えがここから導きだせます。

設計情報を創造(開発)し、転写(生産)し、発信(販売)し、お客様に至らせるという良い流れを作る。そしてお客様に満足いただき、売り上げを上げ、経済成果を得る。これが「開かれたものづくり」です。

ものづくり技術とは固有技術(生産現場での溶接、塗装等。サービス業での接客ノウハウ等)をつなげ、設計情報の流れをつくる技術です。この技術は異業種間で共有できる汎用技術であり、どんどん開放すべきものです。さもなくば、現場のイノベーションは停滞または減速してしまいます。

競争力と組織能力を多層的に捉える

競争力には市場で製品が評価される能力を競う「表の競争力」と、生産性やコストを競う「裏の競争力」があります。さらに競争力を「選ばれる力」と捉えるならば、製品が製品市場で選ばれるために獲得するのが「表の競争力」、現場が経営層によって選ばれるために獲得するのが「裏の競争力」、企業が資本市場で選ばれるために獲得するのが「収益力」、となります。現場は経営者に選ばれなければ取りつぶされてしまいます。取りつぶされないためには能力を構築しなければなりません。これが能力構築競争につながります。日本の企業は、能力構築競争は一所懸命にやりますが、戦略力の面で弱い傾向にあります。いわゆる「強い工場、弱い本社」の構図です。日本の10年が失われた原因もここにありました。

アーキテクチャ――設計情報の切り分け方とつなぎ方

アーキテクチャとは製品に要求される機能を、製品の各構造部分(部品)にどのように配分し、部品間のインターフェイスをどのようにデザインするかを決定する基本的な設計思想を指します。アーキテクチャは、「機能」と「構造」のつながり方が機能完結的なモジュラー(組み合わせ)型と、つながりが連立方程式のようになっているインテグラル(擦り合わせ)型に分類できます。

連立方程式の解をみんなで探るのが得意という意味で、日本はインテグラル型のアーキテクチャなのであり、長期雇用、長期取引が気心の知れたチームで問題解決するという点で有利です。一方、それぞれが機能完結的に設計したものを後から結びつけるのが得意な米国はモジュラー型のアーキテクチャです。インテグラル型アーキテクチャの国には一部欧州、もしかしたらタイやベトナムも含まれるのではないかと考えています。中国はモジュラー型アーキテクチャです。

アーキテクチャはさらに製品の構成で、クローズド(囲い込み)とオープン(業界標準)に細分類できます。特殊部品で構成されているのはクローズドインテグラル製品で、自動車やゲームソフトがこれに含まれ、日本が強い分野です。業界標準の部品で構成されているのはオープンモジュラー製品で、パソコンやインターネット、新金融商品や自転車がこれに含まれ、米国や中国が強い分野です。この他、社内共通部品で構成されているのがクローズドモジュラー製品で、メインフレームや工作機械、レゴがこれに含まれます。

アーキテクチャの比較優位――設計立地から国際展開を考える

このようにそれぞれに得意技が違う中で、日本は環太平洋における唯一の擦り合わせ大国として、組み合わせ製品を輸入し擦り合わせ製品を輸出するという形で、中国との間でバランスを保っています。

ポイントは擦り合わせを要所に仕込むことです。擦り合わせ一辺倒になると、過剰設計・過剰コストになりやすいので要注意です。また、擦り合わせで勝負するには、ものづくり組織能力があることが前提となります。事前にモジュラー型のものをつくる努力をしなければ、コストで負けます。そうした努力をした上で作られた擦り合わせ製品が日本の強みなのであり、最初から擦り合わせ製品を目指すという順番の取り違いをしないように注意すべきです。

アーキテクチャ比較優位の超ミクロ的基礎――設計プロセス論の観点から

設計とは機能と構造から成る連立方程式を解くことです。最初に、今ある因果関係の情報を最大限に使って初期値を出します(第1段階)。そこから先は試行錯誤で最適値まで持っていきます(第2段階)。日本はこの第2段階は得意なのですが、第1段階で科学的技術や知識を疎かにする傾向があります。開発をする前に科学的知識を集めてよく考えるのが米国式だとするならば、日本式ではまず行動にでることが重視されます。

日本はチームワークが得意なので、初期値から最適値へ短時間で至ります。そういう意味で日本は「ウサギ」です。ただ、下手をすると馬鹿なウサギになってしまいます。欧米は利口な「カメ」です。自動車のように誰がやっても初期値に大きな違いのでない、あるいは科学的知識をそんなに必要としない製品であれば、日本は勝てます。しかし、ツーアクションで最適値に達するモジュラー製品では差が出ません。超ハイテク製品で、複雑性が増すと、日本の競争力は落ちる傾向にあります。

比較優位の原則からいえば、モジュラー製品であれば開発リードタイム競争、設計費競争で日本と米国は引き分け、擦り合わせ製品では圧勝する筈です。この場合、モジュラー製品が米国に、擦り合わせ製品が日本に残ります。ところが、科学的知識を疎かにしてしまうと、初期値を取り違えてしまいます。そうなると、いかに速い日本でも、熟考の末、初期値を適切に選んでいる国に勝てません。このように科学的知識が要求される極端な擦り合わせ製品では日本が負ける恐れもでてくるのですが、ここで日本が負ければ大きなダメージを被ります。ですので、日本は擦り合わせ製品でこそ、科学を重視して負けないようにしなければなりません。ところが今、日本の擦り合わせ製品は複雑さを増しています。これは危険な状況です。たとえば、現代の自動車には数百個のチップが埋め込まれ、ソフトウェアのステップも1000万を超えています。複雑化する人工物の設計という問題をいかに乗り越えていくかが、今後10年間の自動車産業で注目すべき点です。

イノベーション論

イノベーションが起きれば付加価値生産性が向上して、少子高齢化の中でも日本の経済成長率2~3%は可能という議論がよく聞かれますが、そこには現場論が抜けています。

画期的技術がイノベーションなのではありません。経済効果あってのイノベーションなのです。イノベーションが固有技術に偏れば、技術の離れ小島ができるだけで、経済価値は生まれません。イノベーションにとって固有技術とものづくり技術はクルマの両輪の関係にあるべきです。巨大イノベーションにも偏るべきではありません。産業の創造と成長は大小多数のイノベーションに支えられています。産業の枠を超え、知識移転のエージェントとしてものづくりイノベーションを積み重ねていく「ものづくりインストラクター」の育成には、国の取り組みとしてそれなりの予算配分が必要なところです。ある産業のイノベーションを他の産業で活用することの経済成果の方が、ナノテク等の画期的技術からでてくる経済成果よりはるかに大きいからです。サービス産業の生産性、付加価値性を米国並にするためにITを導入するにしても、使いこなせなければ意味がありません。各企業がITを使いこなすには、まず使う現場自体が強いものづくり能力を構築することが先決です、ものづくりインストラクターは大きな役割を果たします。

質疑応答

Q:

組織能力の地域的違いはどこからでてくるとお考えですか。

A:

少し乱暴な類推になりますが、日本の組織能力には「不足の体験」が大きいと思います。共通の文化的下地があることは確かですが、その下地の上に、ある歴史的な経験、簡単にいえば、人が足りない、ものが足りない、カネが足りない中で高度成長してきたという経験を共有した企業が、進化しながら組織能力をつくり、それが産業集積となってきたのではないでしょうか。そうした経験を通して人やものやカネを大切にするメンタリティーが育まれ、長期雇用、長期取引の慣習へとつながったと考えています。

社会そのものをなるべくモジュラー的な構造にして、擦り合わせ的なものは減らすというのが移民の国、米国です。魅力的な賃金で優秀な人材を集めて一気に逆転攻勢できるような製品で強いのが、財閥解体無き財閥の国、韓国です。内陸との格差、つまり内陸からの無制限供給を極めてうまく利用した労働集約的な国が中国です。東南アジア諸国連合(ASEAN)は、中国に比べ労働者の定着率が良いという意味で擦り合わせ型ではないでしょうか。インドもモジュラー型のバンガロール以外は、産業資本的な地域が多いです。日本が擦り合わせ製品で組んで仕事をするには、インドは良いパートナーになるかもしれません。アピール合戦を300年続けてきた欧州は、デザインやブランドといった「表の競争力」で競う擦り合わせ製品に強いでしょう。

歴史的積み重ねを共有し、同じような能力構築環境で競争してきた企業の間に似たような組織能力が蓄積されるというのが、今の私たちがみている組織能力の偏在という現象ではないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。