機関投資家の行動バイアスとファンド・マネージャーのインセンティブ

開催日 2007年7月9日
スピーカー 首藤 惠 (早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)
モデレータ 小宮 義則 (経済産業省経済産業政策局産業資金課長)

議事録

年金基金などの機関投資家が最近、議決権行使など活発な株主行動で存在感を高めている。一方その資産運用を担うファンド・マネージャーの投資活動が、ガバナンスに則したものになっているかといった課題も出てきている。首藤氏はセミナーで、日米独の機関投資家調査にもとづいてファンド・マネージャーの行動バイアスにどういった差があるかなどの研究結果を報告するとともに、日本の機関投資家や資産運用産業の課題を提示した。

機関投資家に期待される役割とは

首藤氏によると、わが国では株式所有の機関化が顕著で、非銀行金融部門が伸びている。個人金融資産をみても、保険・年金の残高が1965年と比較して10%近く上昇している。
日本の株式所有の機関化は今後も進展するだろう、と首藤氏はいう。

その中で、機関投資家に期待される役割は3つあり、効率的な長期資産運用を行う「運用代理人」の役割に加えて、投資価値を高めるという観点から投資先企業をモニタリングする「代理株主」、マーケットにおけるプレゼンスを高めるため情報を装備して市場に参加する「代表的プレーヤー」の役割だという。

年金運用をめぐって複雑なエージェンシー問題

首藤氏は年金運用をめぐりエージェンシー問題があることを指摘した。

年金基金には受益者や拠出者、さらに母体企業からプレッシャーがかかる一方で、年金基金自体が受託機関の運用会社に資金運用を委ねる立場にある。ところが受託機関内部ではファンド・マネージャーが経営者から正当に評価されているかといった問題や、受託機関である運用会社の多くが証券や保険など系列金融機関の傘下にあって経営の独立性が低く、本来高度技能をもつ専門職であるべきファンド・マネージャーがグループ内の人事に左右されて専門家として育たないといった問題などが潜在的にある、という。

さらに顧客の獲得をめぐる競争が影響してファンド・マネージャーの資産運用行動の歪みを生んでいる可能性がある。たとえばインセンティブとの関連で、一時しのぎの運用パフォーマンスを見せたり都合のいい情報だけを提供したり、または非難されないように同調行動をとるといった問題が起きる。その結果、機関投資家の資産運用に近視眼的行動、群れ現象、過度のリスクや損失の回避行動といった歪みが生じ、ファイナンス理論から期待される効果と相反する可能性がある、という。

日米独3カ国比較調査から見えてくる日本の機関投資家の課題

首藤氏は2003年から2004年にかけて日米独の3カ国で行った共同調査結果を紹介し、機関投資家ファンド・マネージャーの行動バイアスにどういった差があるかを明らかにした。それによると日本のファンド・マネージャーは、近視眼的な行動、群れ行動、リスク回避バイアスのいずれについても米国、ドイツに比べバイアスが大きいうえ顧客のプレッシャーにも弱い、という。

こうしたことを踏まえて、首藤氏は、日本の機関投資家には運用サイドの課題として、基金運用の独立性、運用会社の代理人としての経営理念(端的には何をめぐって競争しているのか)、そして組織のあり方(ファンド・マネージャーのインセンティブ・システムや、専門的能力の育成や評価)を挙げた。

インセンティブ報酬と行動バイアスの関係

首藤氏自身が行った分析は大きく分けて2つあり、ファンド・マネージャーの行動バイアスに努力水準がどういう影響を与えるか、努力水準にインセンティブ構造がどういう影響を与えるか、である。

その結果、運用努力の向上は行動バイアスを縮小する傾向であることがわかった。一方、賞与は時間投入で見たファンド・マネージャーの運用努力を引き出す上では有効だが、賞与水準と運用成果は必ずしも連動しない、また運用成績評価への不満が大きいほど労働時間が長いなどの現象が見られ、現行の賞与制度は過剰労働を生み出し、動機付けとしては不十分であり、運用成績評価基準を再考する必要があると述べた。

日本の資産運用産業にとってのインプリケーション

最後に、首藤氏は、日本の資産運用産業の課題について、(1)行動バイアスを縮小するにはファンド・マネージャーの運用努力を引き上げる内部のインセンティブ構造に注目すべきこと、(2)短期的には成績評価と連動するインセンティブ報酬の再検討が必要、(3)長期的視点に立った専門能力・技能の育成・評価・処遇の再検討が必要、と述べ、機関投資家のガバナンス行動を有効にするためには、ファンド・マネージメントの独立性と専門能力の育成が不可欠であり、そのための経営組織・制度環境整備が望まれると結んだ。

セミナー後の質疑では、日本で機関投資家などに見られる投資視野の短期化といった動きはやむを得ないと見るか、という質問に対し、「市場に多様な投資家が参加することは望ましい。短期的な視点から企業の経営に圧力をかけるという投資家も出てきたこと自体は、日本の市場にとってプラスと思う。企業はそうした投資家につけこまれない経営を意識しなくてはならない。問題は、そういう投資家だけに市場を牛耳られてしまい、企業の評価が揺さぶられること。それに対抗する長期的な視点で行動する機関投資家が日本の市場に必要と考える。本来のプロフェッショナリズムを持った機関投資家が出てきてほしい」と述べた。

(2007年7月9日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。