日本株式市場見通し:『カタリスト待ち』

開催日 2007年6月18日
スピーカー キャシー 松井 (ゴールドマン・サックス証券(株)マネージング・ディレクター/汎アジア投資調査部門統括/チーフ日本株ストラテジスト)
モデレータ 川本 明 (RIETI研究調整ディレクター)

議事録

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キャシー松井氏は、日本株の調査、投資戦略の構築にかかわって今年で17年になる。セミナーでは、日本株に関し世界の株式の中での位置づけ、マクロとミクロの観点からの考察、現在の局面から見たその魅力や課題について述べた。産業の再編、企業の合理化などにより、日本企業のROEが改善すれば日本の株式市場は活性化するだろうとの見解を示す一方、企業価値を高めることを怠り日本株に魅力がなくなった場合には、中国やインドなどに投資家の関心が移るリスクがあると述べた。

株式とエネルギー関連コモディティをグローバルな投資で推奨

ゴールドマン・サックス証券では、各地域の期待収益率予測を集め、推奨する資産配分を示している。それによると今年は、株式とエネルギー関連コモディティで期待収益率が高い。背景として世界の経済成長率が2007年で4.5%を見込め、中国などBRICsを含めた潜在成長率が今年と来年で3.5%を上回る見通しであることを挙げた。

さらに株式市場にとってのプラス材料として、インフレ率が加熱していない点を指摘。コストが安いBRICsでのアウトソーシング等の高まりが世界的インフレを抑えているという見解を述べ、この高成長・低インフレのシナリオは、しばらく続くという見通しを示した。

日本株は個人消費の低迷がマイナス要因

ここ数年は、世界の株価が新高値をつけても、日本株は出遅れる。その点について、松井氏は、住宅市場の影響により米国の個人消費が減速した際も、アジアや欧州経済の好調な内需が世界経済を牽引した。ところが日本経済は個人消費の伸びが芳しくなく小売販売額も伸びがゼロ近傍。背景には雇用者所得の伸びが高くないため、個人消費増につながらないといった問題があった、という。

ただ、日本の失業率が9年ぶりに低い3.8%に下ったことで、今後、雇用をめぐる需給のタイト化で賃金増につながる可能性があることや、また、土地価格が回復に転じていることから、資産インフレが少し出てくれば、個人消費が増加する要因になるだろう、という。

利上げと株価はプラスの相関関係へ

企業の設備投資の強まりや失業率の改善などで日本経済が本格回復してくることを受け、債券市場関係者の間では、日銀の利上げタイミングが年末から今夏に繰り上がる可能性がある、との見方が広がっている。エコノミストの間でも8月ごろ、そして来年初めごろもう1回引き上げて1%台へという見方である、という。

内需の持続的な成長が確認できれば、日本の利上げは金融政策の正常化と評価する。通常は株式にとって利上げはマイナス要因だが、デフレ脱却という局面においては、金利が上がることは景気回復が加速する状況にあると見ることができ、プラスに相関する、という。

日本株ROEは改善しているものの依然低い状態

松井氏によると日本株の株主資本利益率(ROE)の2007年度予想は、ゼロだった2001年に比べて10.4%まで上昇が見込めるほどの大幅な改善であるが、日本を除くアジアの15.3%、米国の19.7%、欧州の16.7%に比べると依然低い状態という。

財務レバレッジが過去に記録した3.5倍に戻り、当期利益率が4.5%程度に改善すれば、ROEは15%台へと改善する。このポテンシャルが日本株の魅力といえるのではないか、そしてこのポテンシャルが実現されるかという展開にこれから注目が集まるだろう、という。

一方松井氏は、アジア企業の3割強、欧州企業の4割強からみればまだ低いものの、日本企業の配当性向が19%から27%まで回復してきていることを評価した。アジア企業の配当利回りが3%あるのに対し、日本企業が1%程度で低い点については、日本は成熟経済に入っており、これから配当性向がどこまで上昇するかが重要なポイントと述べた。

日本企業のROE引き上げにはM&A拡大が重要

日本の株式市場はいまだに外国人投資家の売買代金の割合が高い状態であるが、日本の個人投資家が日本経済の先行きにどこまで自信を持てるかという点が変化のポイントである。他方、それら個人投資家には外債・株投資でハイリスク・ハイリターンを好む傾向も見られ、日本企業がリターンを生まなければ、日本の株式市場に戻ってこないであろうことを指摘した。

日本株の魅力を高めるためにはROEの改善が重要であるが、これについて松井氏は、産業再編成、企業の合併・買収(M&A)の拡大、合理化の必要性を指摘した。昨年は世界的に3.5兆ドル規模のM&A取引があったが、そのうち日本企業のかかわりはわずか3%だった。外国人投資家は日本企業に企業価値があると見ており、M&Aを拡大し同時にしっかりとしたガバナンスを行えば内外の投資家から評価は高まる、という。

日本企業の350社強が買収防衛策を導入しているが、短期的な対策はコーポレートガバナンスを後退させることになりかねず、最終的には株価を上げる努力をすることが有効だという。

最後に松井氏は、日本経済のリスクに言及し、成長性が感じられなければ日本株の魅力がなくなり、中国・インドといった成長国に資本が配分されてしまう懸念を示した。成長性の向上には先に述べた事業再編等に加えて、女性の労働力向上も重要なポイントとし、「日本は貯蓄大国だから問題ないとの見方もあるが、50年後も今の状態でいいのか考える必要がある」と結んだ。

質疑応答では、日本でM&Aを加速させるトリガーになるようなものがあるか、という質問に対して「欧米でもポイズンピルのような敵対的買収防衛策を導入する企業が多いが、米国では意外に実行しない企業がほとんど。むしろ、買収提案があったときに株価が上昇し株主にとってプラスに働く場合もあり、防衛策を実行するかどうか社外取締役などが株主利益をフェアに判断する環境が整っている。企業を取り巻く競争環境がより一層厳しくなることが起爆剤かもしれない」と述べた。

(2007年6月18日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。