日本株式市場見通し:『カタリスト待ち』

開催日 2007年6月18日
スピーカー キャシー 松井 (ゴールドマン・サックス証券(株)マネージング・ディレクター/汎アジア投資調査部門統括/チーフ日本株ストラテジスト)
モデレータ 川本 明 (RIETI研究調整ディレクター)

議事録

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世界における日本株――マクロの視点から

ゴールドマン・サックスの2008年までの世界経済予測では、予測期間中、4%台の成長率は維持されると見込んでいます。ブラジル、ロシア、インド、中国のBRICs経済を含む世界経済の潜在成長率は約3.5%と私たちは考えていますが、2007年と2008年の成長率はこれを大きく上回る勢いです。株やコモデティにとっては非常に望ましい環境です。

インフレの落ち着きも株式市場のプラス材料となっています。過去の景気循環では成長率とインフレ率は比例関係にありました。しかしここ数年はBRICsの好調な経済も一因となる形で成長率が高まってもインフレ加熱は抑えられています。リスク資産にとって理想的なこの状況は当面続くと考えられます。

これまで、日本株の相対パフォーマンスは世界の景気動向と強い相関関係を保ってきました。しかしここにきて、日本の株価が好調な世界景気から乖離し伸び悩むという現象が顕著になってきました。欧州や中国では活発な内需が国内総生産(GDP)を牽引しています。一方、日本ではGDPの57%を占める個人消費の伸びは、たとえば小売販売の指標で見るとほぼゼロとなっています。日本企業(上場企業ベース)は5期連続で最高水準の利益を記録していますが、賃金の伸びは小さく、このことが個人消費伸びの足かせとなっています。フィリップスカーブを見る限り、失業率がさらに減少すれば日本でも賃金インフレは起こりますが、実際そこまで失業率が減少するかは、見極めが必要というのが投資家のスタンスです。土地価格は回復基調にあり、資産インフレに個人消費の押し上げ効果が現れてくるだろうと考えています。

日本の金利上昇にプラスの効果があるのかマイナスの効果があるのかは、機関投資家の間でも意見は分かれています。一方で、日本の景気は65カ月連続の拡大局面にあります。土地価格は14年ぶりに上昇に転じました。企業業績も5年連続で拡大しています。これらの点を踏まえ、私たちは内需の持続的拡大が確認できる限り、金利の段階的引き上げは、金融政策の正常化措置として、プラスの効果をもたらすと考えています。たとえば、金利の上昇は消費を喚起し、金利収入を増やします。銀行も利ざやが非常にうすい状態から抜け出し、収益性を若干ながらも拡大させることができるようになります。

世界における日本株――ミクロの視点から

企業の自己資本利益率(ROE)は株価に直接影響する最重要指標です。日本株のROEは2001年のゼロから大幅に改善し、今年度は約10%になると予想されていますが、それでも米国株の約半分ですし、アジア株は日本株のROEを約50%上回っています。

そうした中、日本株の魅力を増し、ROEを引き上げるには何が必要でしょうか。日本企業のROEが欧米企業の水準に及ばないのは、1つに産業再編が遅々として進まないためです。プレイヤーが多すぎる産業界で合併や合理化が進めば、ROEもグローバルスタンダードに近づくでしょう。バランスシートの効率性、たとえば財務レバレッジの低さも日本企業のROEが欧米と比して低迷する原因の1つとなっています。日本企業には資産を有効活用してROE向上の取り組みを加速化させて欲しいところです。

日本企業の配当性向が上昇基調にあるのは評価できますが、ここでもやはり欧州企業やアジア企業の上昇率には及びません。日本企業の配当利回りの低さは外国投資家も指摘する通りで、配当性向の今後の上昇幅は日本株を評価する上での1つのポイントとなっていくでしょう。

自社株買いの増加は良い方向に向いています。ただ、多くの日本企業が自社株買いを行なう一方でエクイティファイナンスを続けていることは海外投資家の批判の対象となっています。欧米企業は合併・買収(M&A)に加え、マネジメントバイアウト(MBO)などで自社株を市場から完全吸収し、株価を高めています。日本企業でもエクイティの「増加から吸収」への方向転換がなされることに期待しています。

1988年以降の日本の財務レバレッジの平均値は3.5倍で、現在は約2.7倍です。当期利益率が2009年までに4.0~4.5%となれば14~15%台のROEも可能となります。2003年以降、海外投資家を中心に行なわれてきた日本株への数十兆円規模の投資は、ROEが現在の値から4~5割改善する可能性への賭けとも読み取れます。

日本株売買の主体の6割は外国人投資家です。韓国でもかつては外国人投資家が高い割合を占めていましたが、2~3年前からは国内個人投資家や機関投資家の割合が増加しています。海外投資家は日本がいつ自信を取り戻すのかに注視しています。海外では日本人はリスクテーキングに消極的との印象もあるようですが、実際は必ずしもそうではないようです。ハイリターンを狙って米国債のみならず、BRICs株やニュージーランド債等にまで投資の幅を広げる日本人の数は増えています。

日本の貯蓄は現在1500兆円ともいわれていますが、その内訳を見てみると1990年台初頭のドイツやイタリアと似ており、大半は現預金や保険が占め、株や投資信託が占める割合はごくわずかです。ドイツやイタリアでは1990年台半ばの不況で金利が1桁にまで落ち込みましたが、企業が懸命にリストラを進めた結果、ROEが構造的に上がり、株価は上昇に転じています。このようにして株の魅力は高まり、現在では家計金融資産に占める投資信託や株の割合はかなり大きくなっています。日本でも株や投資信託そのものの魅力が高まれば――そしてそのためにはROEを十分に高めることが必要です――日本株への回帰が起こるだろうと思います。

2007年の3つのテーマ――「M&A」、「中国関連の日本株」、「ウーマノミクス」

ROEを上げるにはM&Aの拡大が不可欠です。2006年のM&A取引は世界全体で3.5兆ドル規模となりましたが、このうち日本企業が関与した割合はわずかに3%です。とはいうものの、日本でのMBOは件数、金額共に最高水準に達していますし、競争激化による国内産業の再編にも注目が集まっています。

日本人はアクティビストを「物言う株主」として特別視しますが、資本主義経済で株主が「物を言う」のは当たり前のことです。アクティビストは日本企業の潜在的価値を見抜いた上で、その価値を顕在化させるべく改善提案を行なっているにすぎません。このようにして高まった企業価値は、年金生活者等にも利益をもたらします。

適正なガバナンスを行なう企業には今後ますます多くの資金が内外投資家から流れ込むでしょう。株価を引き上げることは最終的には会社の存続につながるにも関わらず、M&Aを警戒する多くの日本企業はポインズンピルを導入して株価を引き下げています。

建設機械、鉄鋼、海運、貿易等の分野で中国関連の日本株への関心が高まっています。もちろん中国経済失速のリスクはありますが、中国は北京オリンピック後でも少なくとも8~10%台の経済成長は望める国ですので、こうした中国関連日本株への注目は中・長期的にさらに高まっていくことでしょう。

諸外国と比べ日本の女性労働力比率は依然として低い水準にとどまっています。男女の労働力ギャップが縮まればGDP水準の向上にも寄与することは調査結果からも明らかです。また、外に出て働く女性の数が増えれば、子育て、介護、家事といったサービスへの需要も高まります。こうしたサービスを提供する企業にとってウーマノミクスは注目すべきテーマです。

今後の課題

世界経済が成長していく中で日本株のみが低迷するのはなぜか、海外投資家が注目するところです。今後、投資対象としての日本株の魅力を高めるためには、成長性を向上させる必要があります。人口が減少する日本では、資本の生産性を高めることが重要となります。海外投資家は日本の女性労働力向上策のほかに、移民政策にも強い関心を示しています。

ガバナンスの問題もあります。ある調査によれば日本企業のガバナンスレベルは対象49カ国のうち38番目の低さです。株主ありきの企業という意識を定着させることが日本にとっての今後の大きな課題です。日本株の魅力が消失すれば中国やインドといった経済成長が著しい国に資本は流れていってしまいます。いくら現在の日本が貯蓄大国であっても50年後、100年後のことはわかりません。日本に資本を呼び込むには何が必要か、国民1人ひとりが真剣に考えるときがきていると思います。

質疑応答

Q:

日本企業が財務レバレッジを引き上げる具体的なインセンティブはどこにありますか。

A:

既に多額の負債を抱えている企業が財務レバレッジを引き上げるのは現実的ではないと思います。しかし日本の上場企業の中には潤沢なキャッシュフローがあり、株式公開を継続する意味が失われている企業はたくさんあります。株主にとっては企業が資産をキャッシュで預かり続ける限り銀行にお金を預けるのと変わりありません。このような企業はキャッシュや現預金を有効活用しているとはいえません。従って、預かった資金の有効的・効率的活用がレバレッジ引き上げのインセンティブとなります。日本では時価総額が純現預金、純資産を下回る企業もありますが、企業が資本市場の厳しい目に晒されている海外ではこうした事例は希少です。急成長産業でない限り利益率の飛躍的向上は難しいことを考えるなら、財務レバレッジの引き上げ以外にROEを高める手段は無いと思います。

Q:

M&Aの拡大とガバナンスの強化を加速させるトリガーは何ですか。また、M&Aやガバナンスをとり巻く環境について、欧米諸国と日本で何が大きく違うのでしょうか。外国人投資家は安倍政権の構造改革に関心を寄せていますか。寄せているとすれば、どこに着目していますか。

A:

欧米でも多くの企業はポイズンピル等の買収防衛策を導入しています。しかし、買収提案に対し防衛策を実際に発動させたケースは、少なくとも私が知る限り、米国ではありません。これは、防衛策の発動回避が株主利益につながると社外役や委員会が公正に判断しているからだと思います。欧米では競争の激化がM&Aの促進要因となっています。東欧諸国等での資本の自由化を背景に活発な経済競争が繰り広げられる欧州金融業界では規模の大小に関わらず再編が進んでいます。日本でも今後、アジア市場、また人口減少に伴い需要が縮小する国内市場で競争の激化が見込まれます。これこそが、M&Aの起爆剤となります。

10年前と比べれば日本のM&A関連法制整備はかなり進んできたといえますが、それでも少数株主の利益がないがしろにされる例や、株主総会の一斉開催で議決権行使が難しくなる例は現在でもあり、解決すべき実務的問題は残されています。

外国人投資家も安倍政権が進める構造改革には注目しています。具体的には、競争力を強化するためにどのような産業構造にしていくのか、税の問題はどうするのかという点に着目しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。