IMFの世界経済見通し(2007.春)

開催日 2007年4月25日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 木村 秀美 (RIETI研究員)
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議事録

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全般的見通し

国際通貨基金(IMF)は2006年まで続いた好調な世界経済は今後2007~2008年にかけても続くとみています。世界経済の予測成長率は2006~2007年の5.4%から2007~2008年の4.9%へと多少低下していますが、全般的には世界的な潜在成長力の水準に向かってソフトランディングで収斂していく望ましい形になっているとみています。

2007年春の見通しで2006年秋の見通しと異なるのは先進国が下方修正されている点です。下方修正の大半は予想以上に激しかった米国景気の減速で説明できます。欧州経済は大変好調で、日本経済も良好です。エマージング諸国では特に中国とインドが高い成長を示し続けています。成長率が上方改定されたインド経済には若干の加熱懸念があり、経常収支赤字も増加傾向にある等、リスクを抱えている印象があります。

2006年秋の見通しでは、米国の住宅投資や原油価格の先行きに関する不確実性を背景に、2007年の世界経済成長率が3.25%以下に落ちる可能性は15%程度あると予測されていました。現時点では金融安定性のリスクがやや高まっていますが、リスク量は全般的に縮小しており、欧州やエマージング諸国の成長による上方リスクが拡大しています。その結果下ぶれリスクはかなり低下しています。

米国経済見通し

米国経済の成長率見通しは2006年11月時点ではエコノミストによって予測値に幅がありましたが、2007年3月時点ではこの幅が狭まり、2.4~2.5%をピークに、見方が統一される方向に向かっています。これは、住宅部門の落ち込みの深さとそれが経済全体に与える影響についての見通しにコンセンサスが生じてきたためだと考えられます。IMFの予測値は2.2%で、3月時点での平均値よりもやや悲観的です。商業不動産投資、機械設備投資、ソフトウェア投資は、機械設備投資とソフトウェア投資が最近やや弱含みであるものの、全般的には比較的堅調に推移しています。

米国経済成長で最も懸念されるシナリオは、住宅投資の落ち込みが賃金や消費に波及し、経済全体の足を引っ張るというものです。過去の例をみると、景気後退と賃金低下は同じパターンで起きています。よって、賃金の伸びが落ちないのは、景気が一時的な踊り場状態にあるためと考えられ、直近の3~4四半期のパターンはこうした状況と似ています。米国家計には住宅資産を担保とした借り入れを消費に回す傾向があるため、住宅価格の下落が経済にどう影響するかが懸念材料とはなりますが、家計純資産はピークに近い水準にあり、借入額平均には余裕があるので、大きな懸念にはならないとみています。

米国経済成長の中心的シナリオは、2%台前半の落ち込みの後再び回復するというものですが、この落ち込みから世界経済はどのような影響を受けるでしょうか。従来、米国経済のサイクルは世界経済のサイクルとかなり一致していましたが、今回は米国の減速に対して世界はむしろ加速しています。これはプラス要因です。しかしこうした状況は今後も続くのでしょうか。

米国経済の世界経済に対するウェイトは一定で、一部の指標では高くなっています。国内総生産(GDP)は購買力平価(PPP)ベースでは少し落ちていますが、市場価格評価のGDPでは3割で、米国の輸入が世界の輸入に占める比率は2割程度まで上昇しています。そうした中で米国経済が落ち込んだときどうなるか。過去30年のパターンを見てみると、米国経済が不況に陥ると世界経済は押しなべて減速しています。しかし今回のように米国固有の事情で経済が一時的に減速し、踊り場状態にある場合は世界経済への影響は限られたもので、むしろ成長が高まる場合も観察されています。

アジア経済見通し

対米輸出が非常に大きなウェイトを占めるアジア各国の経済は、2000年のITバブルの崩壊時には総じて減速しましたが、最近5年間で中国以外の国の対米輸出依存度は低下しています。他方、対中貿易依存度は急増しています。これは中国が組み立て加工の最終基地になっているためで、最終的にはやはり中国経由で対米輸出が進んでいるのだという考え方もありますが、こうした見方にははたしてどの程度の信憑性があるのでしょうか。IMFが『地域経済見通し』で行なった分析では、2003~2004年頃から中国では同一産業内での輸入額と比べて輸出額の伸びが圧倒的に高くなっており、垂直的統合が国内で進んでいることを示しています。つまり中国経由で米国へいたるリンクは薄くなっているようです。マクロでみても、2004年頃までは中国の対欧米輸出が増えればアジア各国からの中間財や資本財の輸入は増えていましたが、2005~2006年では、対アジアの貿易赤字は、中国の貿易黒字が拡大しているにも関わらず、縮小しています。これは大きな変化です。

国際金融資本市場の安定性

2007年4月発表の『グローバル・ファイナンシャル・スタビリティ・レポート』では国際金融資本市場の安定性に関する定量分析を初めて取り入れています。

信用リスクの変化で顕著なのは、米国のサブプライムモーゲージです。2006年にはサブプライムローンの延滞がかなり早い時点で発生し、スプレッドが急上昇しています。これが引き金となって、昨年5~6月に続き、今年2~3月にかけても市場が揺れ動き、ボラティリティが高まりました。価格変動が大きくなりリスクが高まると、ハイリスク資産にカネが流れなくなり、経済の足かせとなる可能性があります。

世界の金融市場でもう1つ注意を要するのは、欧米、とりわけ欧州でプライベートエクイティによる合併と買収(M&A)や、それに対するレバレッジドバイアウト(LBO)への融資が急増している点です。企業業績は総じて良好ですが、マネジメントバイアウト(MBO)やプライベートエクイティのバイアウトをかける段階で大きな負債が生じている。この負債に銀行や証券会社が相当融資していることを考えると、景気が悪化した場合の影響が憂慮されます。

高騰していたアジアの株価は2~3月に市場での調整過程を経て低下しました。これは健全な調整といえますが、一方で調整が調整にとどまらず、本格的な市場低下につながる可能性も皆無ではありません。そうした意味でマーケットリスクは国際資本市場の安定性に関する1つのリスク要因とみなされます。このような時期には、キャリートレードでの調達通貨の金利は上昇し、目標通貨では大きく低下します。従って、金融市場のボラティリティが高まると、為替を含めさまざまな資産価格が大きく変動し、世界経済に悪影響を与える可能性もあります。

世界的不均衡

米国の経常収支赤字が7%に近い状況が続く中、サウジアラビア、中国、日本等の国々の間で不均衡が起きています。これを放置していると、米ドルの大幅な下落や米金利の上昇といった望ましくない形で解消を迫られるリスクが高まります。

最近では米国の財政赤字が縮小したり、中国が為替を柔軟化したりするといった動きはみられますが、為替リスクは低下していません。また、米ドルレートは調整されていますが、日本や中国といった黒字国での調整は進んでいません。特に円は歴史的低水準で、中国の元は対ドルでは多少、切り上がっていますが、ユーロ等の上昇により、実効レートでは殆ど変化していません。

『世界経済見通し』では国際収支調整で為替レートがどういった役割を果たすのかの検討も行なっています。

米国の経常収支の対GDP比は6~7%、石油を除いても4%程度あり、これを仮に2~3パーセントポイント低下させるには通常いわれているような価格弾力性を前提にすると為替を5~6割変動させなければならないことになり、よって為替の調整は国際収支調整の現実的な対策ではないという議論がありますが、『世界経済見通し』ではこうした見方の論拠となる計量経済学的な計測にはバイアス(アグリゲーションバイアスとバーティカル・インテグレーション・バイアス)があることを指摘し、除去した価格弾力性の値を計算しています。それによると、GDP比1%程度の調整は為替が7~8%動けば可能で、15~20%の為替変動で相当大きな調整ができる見通しを得られます。

とはいうものの、米国経常収支のファイナンシングにリスクが存在し続けるのは事実で、インフローも海外直接投資(FDI)から債権へとシフトしており、リスク選好が変化すると大きな変動につながる可能性はあります。

その他リスク要因

石油価格には供給側の制約や地政学的な要因により大幅な変動が生じる可能性があります。90~100米ドル/バレルになる可能性も1~2割程度あると市場は見ています。

石油価格の低下の影響でヘッドラインインフレ率は下がっていますが、世界的な需給ギャップの縮小を反映して、コアインフレ率はじりじりと上昇しています。

グローバリゼーションが労働供給に与えた影響をマクロで捉えるため、各国の労働力人口を輸出比率でウェイトし、世界経済に参画している労働者の総和の推移を調べてみると、1980年から25年間で約4倍に増加しています。急増しているのは中国をはじめとする東アジア、東欧、ロシアです。移民を含めた労働力供給の増加は、先進国経済にどのような影響を与えたのでしょうか。グローバリゼーションにより先進国では雇用も賃金も上昇を続けていますが、GDPに占める労働分配率は、特に単純労働力を必要とする部門で低下しています。

労働分配率低下の原因としてグローバリゼーション以上に大きいのは技術革新です。これは労働市場の弾力化を図る等、政策を変更することでオフセットできます。

IT設備の蓄積が進む米国は他の欧州諸国と比較して技術革新の影響が少なく、労働分配率低下の幅が小さくなっています。このことから、IT関連技術の蓄積は短期的には労働分配率を低下させるものの、中長期的には労働生産性を引き上げ、労働分配率を高める効果があるとIMFは考えています。

日本の特徴はグローバリゼーションの効果が殆どみられない点です。これは日本が移民をあまり受け入れておらず、顕著な輸出価格の上昇もみられなかったためです。

質疑応答

Q:

日本の労働分配率を低下させているのは、具体的にはどのような政策でしょうか。

A:

社会保障費用等により、企業が労働者に支払う労働費と労働者が受け取る賃金の間にタックスウェッジと呼ばれるギャップが生じますが、このタックスウェッジにより労働費が上昇し、労働需要が低下しています。また、失業給付も有意な影響力を与えています。

Q:

米国経済で住宅投資以外のリスクはありますか。また今後、潜在成長率予測が低下する可能性はありますか。

A:

住宅投資以外で懸念しているのはインフレリスクです。市場の予測ではインフレリスクを重視する連邦準備制度(FED)が金利を下げるとみています。設備投資が弱くなっている点もリスク要因として考えられます。
潜在成長率については、2007年前半まで住宅市場のマイナスが続いた後に上向き始め、2008年第4四半期に潜在成長率(約3%)に戻ると考えています。ただし最近は予測より大きなマイナスを示しています。

Q:

ヘッジファンドについてどのようにみていますか。

A:

アジアではヘッジファンドへの否定的見方が強いようですが、ヘッジファンドは近年、機関投資家による一般的な金融投資手段になりつつあり、ヘッジファンドの提供する金融技術は金融のメインストリームとなっています。ヘッジファンドの規制議論に関しては、IMFは保守的姿勢を保っています。というのも、ヘッジファンドが金融技術により市場の効率性を上げていることは事実ですが、他方で不透明感もあり、リスクがどこに集中しているかが判別しにくい等、リスク要因にもなっているからです。問題は、ヘッジファンドがつぶれた時、融資をしていた金融機関に損失が生まれ、その結果、システミックなリスクが生まれることです。このため、ヘッジファンドに融資している金融機関でカウンターパーティのリスク管理を確実に行なう必要があります。具体的には、金融機関が市場関係者から情報収集し、融資先の財務内容を十分把握しつつ、こうした活動を金融監督当局がしっかりと監視することでリスクを低減させるのが正統な手法ではないかと考えています。いずれにせよ、当局を含め市場関係者がヘッジファンドの理解をさらに深めることは重要で、IMFとしても理解促進のためのセミナーを開催したりしています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。