日本外交・安全保障政策のアウトリーチ -『自由と繁栄の弧』・日豪・日印・日NATO関係について-

開催日 2007年4月23日
スピーカー 神保 謙 (慶應義塾大学総合政策学部専任講師)
モデレータ 小林 慶一郎 (RIETI研究員)
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議事録

「・・・『普遍的価値』について、我が日本は、もはや口ごもりません。以上が、『価値の外交』に関する資格宣言、ならびに決意表明であります」(麻生太郎外相講演、2006年11月30日)

「戦後我が国は、外交の基礎を3本の柱(日米同盟、国際協調、近隣アジア諸国の重視)で支えてきました・・・今これに4本目『自由と繁栄の弧』を加え、我が国の進路は一層明確になります」(麻生外交演説、2007年1月26日)

日本外交の新機軸

「価値の外交」と「自由と繁栄の弧」は麻生太郎外相が2006年11月に行なった政策スピーチで日本外交の新機軸に据えられ、平成19年版『外交青書』でも「新たな日本外交の柱」として位置付けられています。「価値の外交」とは民主主義、基本的人権、法の支配といった「普遍的価値」を中心に据えた外交を指し、そうした外交を展開する地政学的な場として「自由と繁栄の弧」を形成することが新たな日本外交の柱となったのです。民主主義の先導者としての米豪印、欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)との緊密な協力の下で、「自由と繁栄の弧」の帯は今後も拡大していくものとされています。

「価値の柔軟性」や「価値の相対性」を特徴としてきた日本の外交で、ここにきて「価値」に関する主張が強まったのはなぜでしょうか。自由主義諸国との連帯や民主化は日本が常々主張してきたことですが、私は大きな転機は天安門事件にあると考えています。天安門事件後のロンドンサミットで日本はいち早く、対中制裁措置の段階的解除を決定し、経済的関与政策を進める等、中国にかなり柔軟な姿勢で臨みました。しかしこうした日本の姿勢はG8での孤立化につながるのではないかとの懸念が政府内に広がり、援助国の政変に対する対応基準を導入すべきとの議論が活発化しました。

そうした中、1992年に決定された「政府開発援助(ODA)大綱」では政府開発支援の4番目の原則として「民主化促進と市場経済導入の努力および基本的人権と自由の保障状況に留意する」ことが打ち立てられました。これはまさに天安門事件の影響と考えられます。その後も、さまざまな国際会議の場で、普遍的価値への言及が目立つようになっています。こうした動きの背景にはどういった考えがあるのでしょうか。大きく3つのカテゴリーで考えてみたいと思います。

日本外交の「グローバルな関与」

1つ目のカテゴリーは日本外交のグローバルな関与を担保するという政策的意図です。

1兆円超の規模にあったODA予算が、7000~8000億円規模にまで縮小される過程で、日本外交のグローバルな関与に関する論理が組み立てにくくなっています。特に東南アジア諸国が無償・有償資金協力の対象国から卒業して、ODA支援国が中東、アフリカ、東欧へとシフトする中、グローバルな関与は日本がこれらの地域に外交を展開していく上で重要な論理となります。

また、「新防衛大綱」(2004年12月)では日本の防衛・安全保障政策の柱に「国際安全保障環境の改善」という考えが新たに付け加えられています。国際テロリズムや、大量破壊兵器・ミサイルの拡散等、日本にとっての「脅威」は空間をグローバルに横断する概念として捉えなければいけない時代に突入したという認識がここで示されています。小泉純一郎元首相は国連平和維持活動(PKO)協力法の従来の論理(自衛隊員の安全確保を条件に、停戦合意が結ばれ平和5原則がある地域で国際貢献する)を転換し、イラクの危険地域にも自衛隊を派遣し復興支援を提供する方針を政府の宣言政策として明らかにしました。背景にあるのは次のような考えです。「イラクを放置すればイラクは破綻国家になり、テロリストの温床になる。そうなれば、日本を取り巻く環境が悪化する」。国際安全保障環境の改善が日本の安全保障に直接結びつくという考えです。日本のグローバルな関与が日本の平和と安定にとって重要なアジェンダとなるというのが、「新防衛大綱」の論理です。

さらに日米同盟の観点から日本外交のグローバルな関与を見てみると、2005年2月の日米安全保障協議委員会(「2プラス2」)で「共通戦略目標」が合意され、両国がグローバルに取り組むべき目標が特定されています。グローバルパワーとしての日本を再定義することが、日米同盟の下でのグローバルな政策協調への投資となるという考えは麻生演説でも繰り返し述べられています。

日本から地理的に離れた国は、遠くに離れれば離れる程日本の関与が利害中立的になるため、そうした国には日本が積極外交を展開するニッチが存在する、という考えも日本外交のグローバルな関与を裏付ける考えとなっています。対外援助の縮小や国際平和協力における日本の相対的地位の低下等により資源は限られてきている。外交は大きな声で展開しなければならないというのが日本の外務省の共通問題意識です。

「戦後外交からの脱却」の肯定的表現

「価値の外交」の台頭を説明する2つ目のカテゴリーは戦後外交からの脱却を肯定的に受け止める姿勢です。こうした姿勢は国益論の台頭と受容に大きく関係します。対外政策がどのように国益につながるのかを説明する責任が常に問われている状況が日本を雄弁にさせているというのは皮肉な効果です。安倍晋三首相の「主張する外交」や「美しい国」は、国家の誇りに関する自己表現です。麻生外相は「バランスのとれた自画像の獲得」という表現を使っていますが、外に出せるような誇らしい自画像があるかという自らに対する問いが「価値の外交」には含まれています。

中国の台頭との「競争」

3つ目のカテゴリーが台頭する中国との競争です。経済政策面ではハイレベルな経済連携協定(EPA)に価値を置き、この価値を共有する国々との連携に親和性を見いだすという考えです。地域政策面では「理念の共同体」を目指し、ASEAN+3でも、東アジアサミットでも日本は宣言に「共通の価値」や「普遍的価値」という言葉を盛り込む努力をしています。これは、中国を含む拡大ASEANに民主化を波及させることを目指すものです。そうした意味で、対ASEANにおける「価値の外交」は、対中政策において大変重要な位置付けにあります。グローバル政策面では、2005年以前は日本の国連安全保障理事会常任理事国入りには全会一致の支持が得られるであろうという見方が大勢でした。しかし、2005年を境に相対的パワーバランスが変化し、日本の安保理常任理事国入りへの支持が低迷しています。ここでテコ入れをしない限り、国際機関での日本の発言力低下は必至となる。こうした状況があって日本は「価値の外交」を声高に主張しなければならなくなったというのが私の分析です。

問題提起

麻生外相が外交演説で「自由と繁栄の弧」を日本外交の第4の柱として打ち立てたのと同じ日に行なわれた安倍首相の施政方針演説では「自由と繁栄の弧」という言葉は一切使われていません。国会という重要な場でコンセプトが不統一であるというのは政策が地に足を付けていないことを意味するのではないでしょうか。

「自由と繁栄の弧」に含まれる国々の民主化の度合いはさまざまで、民主国家同士での協力といってもすべての国が歩調を合わせると考えるのは難しいことです。それでは民主化があまり進んでいない国をどのように「自由と繁栄の弧」に結びつけていくのか。現時点では「国情に合わせて支援していく」、つまりケース・バイ・ケースで判断をする以上の話にはなっていません。

「自由と繁栄の弧」に含まれる国と含まれない国の違いは何でしょうか。「『自由と繁栄の弧』は開かれた自由な構想で、どの国が含まれていて、どの国が含まれていないかはここでは大きな問題ではない」という見方が外務省関係者から聞かれますが、構想、フォーラム、枠組み、地域機関、国際機関にどの国を含めてどの国を含めないかは外交のイロハにとって非常に重要となります。この点で議論が煮詰まっていないのが現状のようです。

何よりも最大の問題は「自由と繁栄の弧」と対中戦略との間に接続性が欠如していることです。日本が「価値の外交」で目指す米国との親和性と、日本の対中政策の間には重大な齟齬が生じかねません。2005年9月にゼーリック元米国務副長官が「中国は責任あるステークホールダになるべきだ。中国はもはや関与政策の対象ではない。中国は自ら地域秩序を作り、グローバルなルールを作るプレイヤーになったのだ」との考えを示したように、米国の対中政策は中国を1つのプレイヤーとして枠組に取り込む方向に進んでいます。6カ国協議や、安保理での対北朝鮮決議案の採決で中国が果たす役割からもこのことは明らかです。アーミテージ元米国務副長官でさえ、「アーミテージレポートII」で「中国との協力範囲を広げていくことが安全保障戦略では重要であり、日米中の協調関係強化が重要」という見方を示しています。こうした点からも、日本の現在の対中政策のあり方、特に「戦略的互恵関係」というゼロサム的考えは日本外交の大きな問題へと発展する可能性があります。「価値の外交」の外交理念は未だ乏しいといわざるをえないのが私の現時点での判断です。

質疑応答

Q:

米国の中国に関する「責任あるステークホールダ論」と、日本が目指す中国との「戦略的互恵関係」の間にはどのような齟齬が生じるのでしょうか。

A:

日中関係については小泉政権下で首脳会談はおろか共通の外交アジェンダを議論することすらできない状況が続きました。このような大きな外交ブランクを経た現在、日本外交の資産と中国外交の資産をどのように活用して協調的北朝鮮政策を展開させるのか。さらには将来の東アジア外交を考える際にどのような共通認識で中国と日本は地域枠組を作っていくのか、といった点で日本外交にはゼロサム型の発想が強いのではないかと思います。もちろん、先の温家宝総理訪日時に発出された日中共同プレス発表では、両国がエネルギーや環境の分野で二国間協力を強化させると同時に、地域やグローバルな分野でも協力を深化させていく考えが示されていますが、実際の協力内容は詰められていないようです。日本と中国は中央アジアについてどのような協力関係を構築するのか。対印政策ではどこまで協調するのか。イランはどうか。アフリカはどうか。課題は数多くあります。地域分野、グローバル分野で協力・協調しなければならない点、地域・グローバルのカテゴリー以外でヘッジしなければならない点が整理されていないとの印象もあります。一方、米国の整理の仕方を見てみると、北朝鮮政策や対テロ政策での協力に関する取り組みでアジェンダは相当整ってきたように思えます。

Q:

PKOや国際平和協力で日本にどの程度の関与が求められているのかを考える際に考慮すべき促進要因や制限要因があれば教えてください。

A:

日本の国際平和協力のあり方は何を最終目標にするかによってまったく異なります。安保理常任理事国になる必要も無く、ミドルパワーで良く、近隣地域により目を向け、グローバルな安全保障は二の次に置かれるべきだ、特に自衛隊定員も厳しく、資源も予算も限られている、という発想の下では、PKOの政策課題としての優先順位は低くなります。一方、中国が国際安全保障協力を積極的に展開する中で、日本はグローバルパワーとして安保理での発言権も維持したいし、G8でもしっかりとした交渉力を持ちたい、グローバルな協調体制をアジアでも導きたいと考えるのならば、互いの痛みを共有できる関係を欧州ともアフリカとも構築する必要があります。ただしその際には資源的制約を考えなければなりません。100万人単位で海外派兵できる中国の人民解放軍と日本の自衛隊では規模が大きく異なりますし、予算面や法律面での制約もあります。そういった際、日本独自の安全保障協力としてNATOやEUのアウトリーチ活動にうまく目を向ければ良いのではないかと考えています。日本のグローバル関与を考える際には効果的な部門を絞り込み、かつ日本の外交・安全保障にかかわりのある分野を選択していくことが重要になると思います。

文中の肩書きはセミナー開催時のものです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。