「知の構造化」学術俯瞰マップ

開催日 2007年3月9日
スピーカー 松島 克守 (東京大学大学院工学系研究科教授)
モデレータ 坂田 一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局政策企画官)

議事録

今日の世界においては、知識の総量が爆発的に膨張しつつある。専門分野が深化し、細分化する一方で、従来の学問体系では対応できない複雑な問題に対応するため、異分野間の連携の必要性が高まっている。松島克守東京大学教授は、膨大な知識を構造化する1つの手法として「学術俯瞰マップ」を作成した。松島氏は、このマップは、最もホットな議論が行われている分野がわかるなど学術知識を俯瞰できるだけでなく、膨大な経営情報の俯瞰的理解など政策や経営戦略の視点からも非常に応用範囲が広いと指摘した。

膨大な知識を活用するには「知の構造化」が必要

松島氏は、情報や知識の量が急増する中で多くの人が、情報に溺れ、知識に飢えているという現象が起きているという。松島氏は、検索エンジンサイトで「CSR」を検索すると、日本語サイトだけでも220万件、ウェブ全体では2800万件のヒット件数がある等の例を上げ、情報量が多すぎて全体を把握することが困難で知識を有効に活用できない状況を指摘する。

学問分野においても、従来の学問体系では対応できない複雑な問題の増加に伴い、異分野間の横の繋がりを見る必要性が増大しているが、一方で、研究領域の細分化が進み、同じ学問領域でも他の分野で何が起きているか把握できず、深刻な問題となっている。松島氏は、1999年のH-2ロケット8号機の打ち上げでは、ロケットの設計者に、より丈夫な材質に関する知識がなかったことが原因で打ち上げが失敗に終わった事例を紹介し、学術界、産業界ともに、膨大な知識を統合し、活用することが必要であると説明した。

このような状況を踏まえ、松島氏は、学問分野における知の深化が進む「第1種基礎研究」から、社会、産業のニーズに対するソリューションへと繋げるためには、科学知識の統合によるイノベーションという「第2種基礎研究」が必要であるという、元東大総長で現産総研理事長の吉川弘之先生の説を紹介し、さらに其の知識の統合の作業が、現東大総長の小宮山先生の推進する「知の構造化」であることを紹介し、現代における「知の構造化」の必要性を強調した。

引用分析による学術知識の全体像の把握

知の構造化の手法として松島氏は、専門家による作業と情報科学を利用した分析の組み合わせを提案する。専門家は、意味を踏まえて知識を俯瞰することはできるが、爆発的に膨張する知識量を処理することはできない。一方、コンピュータは膨大な量を記号処理することは可能であるが、意味を理解できない。よって、コンピュータによる大量処理、具体的には学術論文のテキスト分析、または引用分析を行い、専門家がその結果を整理、可視化することで、知識の統合を行っていく。

今回松島氏は、論文の引用分析による「知の可視化」を紹介した。引用分析を使うことで、それぞれの研究結果がどのようなつながりの中で生まれてきたのかを知ることができ、学術分野全体の知識の関連を把握することができるという。松島氏は、web of science(引用文献データベース)から“sustainab*”をキーワードに検索してヒットした2万9392件の論文データを用い、最新のネットワーク分析手法(Newman法)により、結果を分野ごとにクラスタリングした。松島氏は、「“サステイナビリティ”を選んだのは、非常に学際的な分野で、さまざまな分野からのアプローチで研究が進んできたが、全体像が把握されておらず、サステイナビリティ研究をサイエンスとして確立することが重要な課題と考えるからである」と述べた。

分析の具体的な手法は、まず、各論文を点で表し、引用関係にある論文同士を線で結ぶ。さらに論文内容の分野に基づいてクラスターを形成し、枠で囲みグループ化することで、その位置関係と引用関係(線)の頻度から異分野同士の知識の交流が「学術俯瞰マップ」として可視化されることになる。

「俯瞰マップ」は経営戦略など幅広い分野で活用可能

松島氏は、“サステイナビリティ”の引用分析における上位15のクラスターを取り上げ、実際にマップ化したデータを紹介しながら、農学、水産学、環境経済学、森林学など、各クラスターの位置関係と論文の引用頻度(線)を分析した。引用関係を表す線がたくさん出ている点(論文)は、多く引用されている論文であり、その分野のハブ論文であるといえる。また論文数や引用関係の多さは、その分野の議論の盛り上がりの大きさを示しているといえる。

松島氏は、マップから、クラスター間の重なりはあるものの、ほとんどのクラスターが広く四方に散らばることから「同じサステイナビリティ関連の研究でも、各分野がそれぞれの研究を展開しており、知識が統合されているとはいえない」ことを指摘した。

また、このマップの活用法として、使用する引用文献データの範囲を期間で区切りながらマップ化することで、それぞれの時期においてemergingな分野がどこなのかを見ることができる、と松島氏はいう。

さらに、このマップによって、学術知識の俯瞰、知識表現のモデル定式化、技術ロードマップの作成、知識のポータルサイト等への利用が期待できると松島氏は述べた。また学術分野のみでなく、経営戦略の視点からも、膨大な経営情報を俯瞰的に理解し、社内情報の価値化、R&D戦略や市場分析、またそれに基づくマーケティング戦略等にも生かすことができ、さまざまな応用分野への活用の可能性を秘めていると述べた。

質疑応答では、「この俯瞰マップを、現在のemergingエリアを見つけるだけでなく、今後の注目分野の発見やアジェンダセッティング等、将来の研究活動へのインセンティブを発掘するツールとして使用することはできるか」という質問に対し、「俯瞰マップの各クラスターに論文の平均年齢を入れることで、その分野が本当に新しいemergingエリアかを見極めることができる。また、そこに研究補助資金が流れているかを判断することで、今後の研究活動助成のツールとして使用できる。マップによる全体像の可視化で、各モジュールをつなぐ研究領域はどこか等を計量的に見つけることも可能であり、いろいろな目的に応用できる」と述べた。

(2007年3月9日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。