M&A法制をめぐる最近の動向

開催日 2007年2月22日
スピーカー 野村 修也 (中央大学法科大学院教授)
モデレータ 中原 裕彦 (経済産業省経済産業政策局経済産業政策課課長補佐(企画担当))

議事録

M&A関連の話題がマスコミを賑わしている。敵対的な株式の公開買付(TOB)も出てきて企業防衛のあり方が盛んに論議されるようになっている。こうした中で、中央大学の野村修也教授が新会社法や金融商品取引法などの新たな法的枠組みによって生じた変化と買収防衛策の現状等を分析し、TOB規制を巡る政策が錯綜していると指摘、この点の整理がまず必要であると提言した。

新会社法により多様なM&Aが可能に

新会社法は、2006年5月から施行されたが、M&Aの対価柔軟化の部分は、本年5月からの施行となった。それは、対価柔軟化に伴う買収の増加に対し、買収防衛策に関する意思決定を株主総会で行うための期間が必要との経済界の要請があったためと野村氏は解説した。

M&Aの手段には、大きく分けて、合併、株式交換・株式移転、会社分割の3つがあるが、この枠組みは新会社法の下でも変わらない。変更点の1つは、従来の会社分割のパターンの中の「人的分割(注1)」の制度の廃止だが、新会社法では現物配当が認められるため、株式を配当することで人的分割が実施できる。また、新会社法では、これまで分散していたM&Aの手続きを第5編に一括して規定した。

従って、大きな制度改革はないが、重要なポイントは対価柔軟化で、従来株式に限定されていたM&Aの対価として現金や親会社の株式なども認められるようになり、合併当事者のさまざまなニーズに対応できるようになった。即ち、対価の柔軟化により合併等の合意形成を促し、これまで実現できなかった多様なM&Aを可能にしていこうという考えである。

対価柔軟化に伴う問題への対応も

昨今話題になっている「三角合併」も対価柔軟化により認められるもので、合併で消滅するA社の株主は従来であれば存続するB社の株式をもらうところを、対価としてB社の親会社であるC社の株式を受け取る。B社は、合併の対価に使用する場合には、従来は出来なかった親会社株式の保有が自己株式取得規制の例外として可能となった。このC社が外国企業である場合、日本法人の子会社B社を通じて日本の法人を傘下に収めることが出来ることになるため、その影響等を考慮して施行に1年の猶予が設けられたのである。

また、対価柔軟化によって生ずる少数株主の排除の問題(たとえば、合併の対価が現金の場合には現金をもらって排除される少数株主は合併のシナジーによる将来の株価上昇の恩恵に与れないなど)については、株式買取請求権の条文を「公正な価格」へと修正することで、新会社法では少数株主への一定の配慮を行った。

金融商品取引法の中でTOBの手続きを整備

2006年6月、証券取引法が改正され、投資性の強い金融商品を幅広く対象とする横断的な制度の整備を目指した「金融商品取引法」が成立した。この中で、TOBの開示制度については、抜本的な改正というより、世の中で起こった一連のM&A関係の出来事に対応する整備が行われた。具体的には、株の時間外取引を利用した買い占めなどの「奇襲攻撃」、「株主に熟慮の機会を与えない買収」、新株予約権の発行や公開買付中の株式分割などを使った「過剰な防衛策」、他社が公開買付中に公開買付によらず市場で株を買い増すなどの「アンフェアな株式争奪戦」などへの対応である。

今回の改正では、市場外取引と市場取引の組み合わせによるTOBの回避を防止するため、3カ月内の取引を「一連の取引」とみなしてTOBを強制するなど「奇襲攻撃の抑制措置」が講じられた。また、買収対象となった会社に"意見表明報告書"の提出義務を課し、そこに買収者に対する質問が記載されている場合には買収者に"対質問回答報告書"の提出義務が生ずるなどの「株主の熟慮を可能とする措置」も設けられた。さらに、買収対象の会社が株式分割等を行った場合には、買付価格の引き下げがある旨を予め買付条件に付しておけば、公開買付者は、買付価格の引き下げが出来るなどの「株式分割による防衛と公開買付の条件変更」も盛り込まれ、より公正なTOBの手続きのルールが整備された。

TOB規制を巡る政策が錯綜-現状の整理が必要

2005年5月、経済産業省と法務省は買収防衛策のあり方に関する「指針(注2)」をとりまとめた。新会社法およびこの指針を支えとしてさまざまな検討の結果、現在は、「信託型ライツ・プラン(注3)」と「事前警告型防衛策(注4)」の2つの買収防衛策のスキームが生き残っている。前者の場合は信託銀行への高額な手数料が発生するため、昨年6月の株主総会では多くの企業が後者の防衛策を導入した。しかし、今後、事前警告型防衛策の発動による新株予約権の発行に際して裁判所がどういう判断を下すのかは不明であり、また、買収者が金融商品取引法の手続きに則って慎重に買収を進めた場合、何を事前警告する必要があるのかという問題も生じている。

米国では、TOB規制自体はニュートラルで買収手段を多様化・自由化し、州毎の会社法レベルで買収防衛策を規定している。法務省は、いわばこの米国型で会社法の改正、「指針」の策定を行った。一方、金融庁は、TOB規制はどうあるべきかとの観点から、TOBの手続きルールを決めてあとは買収防衛はやってはいけないという最も強力な規制を有する英国型で、金融商品取引法のTOBのルールを策定した。野村氏は、「この2つの全く異なるモデルをベースとした規制の中で実務が翻弄されている状況にある。実務者の間では、買収防衛策の有効性への不安から、課税面や株主総会における特殊決議の要求などの新たな手段での三角合併の規制とか、防衛関係企業など国の利益に関わる企業のM&Aは国会がチェックできないかなど、外資規制論も噴出している。先ずは現状の整理が必要と考える」と指摘した。

質疑応答では、最近のマネジメント・バイ・アウト(MBO)を取り巻く動きについて、「現在のM&A規制でMBOの問題は避けて通れない。経営者が買収に加担することで利益相反関係が生ずるため、適正な情報開示が行われない場合には少数株主が被害を受けることもあり、実際に既に訴訟も起きている。MBO規制を望む意見も出ているが、MBOは、のれん分け、中小企業の事業承継、事業再生などで有効な手段であり、買収防衛の局面におけるMBOをどう考えて行くかが問題だ」と述べた。

(2007年2月22日開催)

脚注

  • (注1)A社が事業を分割してB社を新設又は既存のB社が当該事業を吸収する際、A社にB社株を発行させてA社株主がB社株を取得する仕組み
  • (注2)「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」[PDF:128KB]経済産業省・法務省
  • (注3)信託銀行に平時に発行した新株予約権を預かってもらい、発動要件を満たす事態となれば、その時点の株主に新株予約権を分配する仕組み。但し、この新株予約権は、敵対的買収者(たとえば、持ち株比率が20%超の株主)には行使させないといった差別的行使条件が付される。
  • (注4)新株予約権は発行しないが、予めこういうことをしたら新株を発行するという手続きを株主総会などで決めておき対抗措置とするもの

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。