EUの経済統合の進展と拡大がもたらす日系企業へのインパクト

開催日 2007年2月14日
スピーカー 堀口 英男 (立命館大学国際関係学部客員教授/(独)日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部事業推進主幹(欧州、ロシア担当))
モデレータ 入江 一友 ((独)日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部長/前RIETI総務ディレクター)
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議事録

日本貿易振興機構(JETRO)で欧州、ロシアにおける事業推進に携わる堀口氏は、EUの経済統合の進展と拡大について、日系企業は、巨大なEU市場の全体的なオペレーションにおいて最適な対応を図っていくべきであると指摘し、欧州経済への日系企業の貢献がEU側にも評価される中で、日系企業はEUに対してより一層積極的に意見を表明していくことが今後の課題であると提言した。

EUを核に近隣経済圏も含めた巨大市場の広がりは魅力

堀口氏は、現在EUは、加盟27カ国、人口4億8000万人、参加国平均の1人当りGDPは約2万ユーロという高い購買力を持つ大規模な市場であること、またロシア、バルカン、黒海沿岸、北アフリカ等の周辺諸国との経済関係は拡大と深化を続けており、EUを軸とした巨大な市場の広がりが形成されていることを明らかにし、EUの市場としての魅力の高まりを強調する。

EU市場は、関税率、通関手続き等の統一化、共通通貨の導入、国境の廃止、安全基準や認証の統一化等、単一市場の整備が進み、域内における企業の生産効率を高める制度が整いつつある。一方、付加価値税に目標枠を設けている以外、各国の税率がバラバラであること、企業年金などの年金のポータビリティが未整備であること等、企業や人の移動を妨げる要因になる問題も残っていると堀口氏は述べた。

EUにおける日系企業への評価の高まり

EUで新しい法律が制定される場合、欧州企業にはすぐにその情報が伝わる。また、米国の商工会議所も、専門家を抱え、欧州委員会との意見交換を実施し、頻繁にポジション・ペーパーを発表するなど、欧州企業と同様に積極的な活動を行っているが、欧州進出が盛んになった80年代末から90年代初頭の日系企業の情報収集力は、欧米企業の後手にまわっていた。

しかし、近年の日系企業について堀口氏は、「最近は、日系企業の働きかけがEUの電子・電気機器廃棄物に関する規制の条文に取り入れられた等の実績もあり、ロビー活動を行い、きちっと意見を言う段階にきている。EU側も日系企業のプレゼンスを評価し、新法案の作成に際しては日本のロビー団体や商工会議所にも意見を求めるなど、日系企業もEU統合のプロセスにおける1つの要素として位置づけられるようになっている」という。これは、日系企業の現地化がEUへの貢献となるまでに発展していること、EU側が日本の民間企業の研究開発を評価し、日欧企業間で技術を中心とした交流を図りたいと望んでいること、また、欧州企業だけでは支えきれない東方への統合の拡大に伴う負担を米系や日系の企業にも求めているためである、と堀口氏は分析した。

EU域内への投資のメリット

堀口氏は、EU域内への投資の意味について、いくつかのポイントを指摘する。まずは、関税のない、高い購買力を持つ4億8000万人市場へアクセスできるということ。また、中東欧の加盟により地域間格差の広がるEUでは、生産、R&D、販売を域内で分業することで、コスト削減が追求できること。さらに、EUでは構造基金による低開発地域向けの助成措置を行っており、人件費が低い地域におけるインフラ整備が徐々に進み、事業を行う企業にとって好条件が存在すること。また、EUと近隣域外地域との経済交流の深化によって、たとえば、EUに進出した日本企業が、ロシアでのビジネス展開を行う際に、EUとロシアのFTAなどEUの通商政策のフレームワークを活用できる、などのメリットがあると堀口氏は述べた。

東方拡大後のEUの全体的な構図への対応が重要

堀口氏は、EUの東方への拡大の意味について、「新規加盟の中東欧1億市場の創設というより、むしろ合計4億8000万人の巨大な市場全体に関心を持つべきである」と指摘する。それは、中東欧の新規加盟によって、旧15カ国3.8億人の市場の中でもいろいろな動きが起こっているからで、たとえば、これまでEU域内の生産基地という位置づけであったスペインでは、1990年代の高い経済成長やEUの構造基金により内需を拡大して企業にとっての国内市場の魅力を高めようとの新たな動きに繋がっている。また、新規加盟のコストの低い地域を加えた場合、生産、R&Dを含めどういうオペレーションを考えるべきか、巨大市場全体の中で最適な対応を図っていくべきだと堀口氏は述べた。

また、問題点として、新規加盟国における人材(エンジニア、営業、会計部門)の絶対的な不足が生じており、人材育成が大きな課題となっていること、徐々に改善しているものの中東欧の物流インフラの整備が必要であることを指摘した。

日系企業は、EUを活用した世界戦略も

堀口氏によると、今や域内の日系企業は、そのオペレーション内容から日本の企業であると同時に“EU企業”といえるわけだが、日本人駐在員には非EU市民としての制約が課され、たとえば域内で勤務先を移動した場合、滞在許可や労働許可証の再取得に加え、自動車免許証も各国毎に法的手続きを取らねばならないという問題があるとした。

一方、EUの東方拡大によるプラスの影響としては、日本からの物流ルートが、スエズ運河からアドリア海、或いは黒海を経て中東欧の生産拠点に至る一週間は短いルートが可能となったこと、また、かつて低コストのため生産拠点であった地域において、1人当りGDPの上昇から新たな消費者市場が形成されてきていること、等を挙げた。

さらに、EUの政策やルールが近隣諸国、ロシア、中国などにも影響を与えていく可能性に言及し、環境、製薬、化学等EUのルールが先行する分野において、欧州の拠点を強化し、EUを活用して世界戦略を展開していくことも考えられると堀口氏は提言した。

そして、「一昨年のEUサミットの議長総括では、日本の研究開発が高く評価され、技術を介在して日欧の企業間交流の促進を図りたいとの異例の日本への言及がなされた。今後は、日本企業の技術やその他の良い点をもっと欧州委員会に対して伝え、意見具申をしっかり行っていくことが大きな課題だと考える」と結んだ。

質疑応答では、「JETROは現地の商工会議所の事務局長を務めるケースが多いが、現地の政府との関係強化などの取り組みをどう評価するか」との質問に対し、「日系企業の支援はJETRO事業の柱の1つとなっている。米国商工会議所は本国と繋がっているが、日本は別であり、どういう形でロビー活動を行うかが課題であるが、たとえば、チェコなどでは、年に1度、日系企業が首相に直接、意見具申する機会があるなど関係が強化されている」と述べた。

(2007年2月14日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。