EUの経済統合の進展と拡大がもたらす日系企業へのインパクト

開催日 2007年2月14日
スピーカー 堀口 英男 (立命館大学国際関係学部客員教授/(独)日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部事業推進主幹(欧州、ロシア担当))
モデレータ 入江 一友 ((独)日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部長/前RIETI総務ディレクター)
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議事録

拡大するEU経済

欧州の市場規模は、欧州連合(EU)加盟国27カ国に欧州自由貿易連合(EFTA)を合わせれば5億400万人に達します。この経済圏は北方経済圏へとつながり、北方経済圏の延長線には中央アジア経済圏があり、さらには黒海沿岸経済地域がこういった経済圏とつながろうとしています。一方、北アフリカでもマグレブ諸国がEU各国と自由貿易協定(FTA)を締結する等、交易関係や技術・政治・経済交流を深めています。このようにEUは加盟国以外とも経済関係を強化し、新国境政策を展開しながら動き始めました。

27カ国の統一事項

EUには以下の統一事項があります。

(1)関税率、通関手続き等の統一化:EUでは1968年に原加盟国6カ国の間で関税同盟が結ばれ、関税同盟は現在でも域内全域で履行されています(EU未加盟のトルコとEUの間でも1995年に一部農産品を除く特殊な形で関税同盟が成立しています)。

(2)ユーロ導入による、為替変動リスクの廃止および決済の共通化:EU内の中小企業が輸出する際に障害となる為替変動リスクは統一通貨(ユーロ)で排除できるようになりました。

(3)国境の廃止:国境検問所はありますが、EU加盟国間では簡単に出入国ができるようになっています。物流も同様で、国境は実質的にはなくなりつつあるといえます。

(4)基準、認証の共通化:統一的安全基準で企業の生産効率は高まっています。また1995年に北欧諸国が加盟して以来、EUは特に環境政策に重点的に取り組んでいます。

一方、統一が進んでいないのは次の2点です。(1)税率。唯一、付加価値税で標準税率の下限を15%と規定(上限は25%とする目標値)していますが、それ以外の税の税率はばらばらであるのが現状です。 (2)年金のポータビリティ問題。各国で異なる年金制度がヒトの自由移動の足かせとなっています。日本の基礎年金にあたる部分ではほぼポータビリティが成立していますが、企業年金にあたる部分では成立していません。したがって、たとえばフランスからベルギーへ赴任する場合は、フランスで年金を精算し、所得税を払った上でベルギーに転居する必要があります。こうした制度を廃止する動きとして現在、任意年金に注目が集まっています。多国籍の保険会社を中心に年金のポータビリティを高める動きです。

企業にとってのEU市場

25カ国体制時のEUの国内総生産(GDP)総額は約9兆6000億ユーロで1人当たり2万ユーロとなります。企業にとっては非常に魅力的な市場です。1992年には単一市場が形成され、域外からの投資が喧伝された結果、米国企業を含む域外企業はこぞって欧州への投資を活発化し始め、日系企業も1980年代末から1990年代初頭にかけ欧州展開を活発化しています。旧東欧諸国がEU加盟を果たすまでの約10年の間にこうした国々も各国とFTAを締結する等の標準化が進められ、日系企業も旧東欧諸国をEU準加盟国として位置付け、1990年代後半からはこうした国々に対しても徐々に投資を拡大していきました。

巨大な市場規模と高い購買力は域外企業にとって欧州へ投資する意義となります。域内にはコストの低い旧東欧諸国が含まれるため、生産効率を高める目的で、コストの高低に応じて生産、研究開発、販売を域内で分業する体制が進んでいます。

EUはロシアや北アフリカ諸国、バルカン諸国といった近隣の域外諸国とも経済交流を深めています。ロシアとの間ではFTAは締結されていませんが、EFTAとEUで形成されているような経済領域がロシアとEUの間で構想されています。ロシアとEUは今後も経済関係を強化させていくでしょう。EU進出日系企業はEUとロシアのフレームワークを活用しながらロシア展開を図ることができるので、EUとロシアの関係には注視する必要があるでしょう。同様に、EUと中南米や、EUと北アフリカ地域のフレームワークを活用しながらこうした地域に事業展開することもできるでしょう。

EU東方拡大の意味

東方拡大については、拡大が域内全域に影響を及ぼすことを考えるならば、約1億人の新規市場ができたという観点ではなく、EUが4億8000万人の市場へと膨れ上がったという観点の方が重要だと思います。日系企業もそうした全体的視点を持って生産から販売にいたるトータルなオペレーションで的確なEU市場展開を図るべきです。

人材育成は欧州企業が抱える大きな課題です。現在は優秀な人材を奪い合う状態で、人材の絶対的不足が生じています。中・東欧諸国の物流インフラ整備は鉄道、道路、送電網等を含め徐々に改善していますが、西側と比較すればまだ改善が必要です。

EUにおける日系企業

欧米企業と日系企業の違いは何でしょうか。欧州企業の場合、たとえばEUで新しい法律が制定されたとすれば、関連情報がすぐに欧州企業に流れる仕組みになっています。米国の場合もベルギーのブリュッセルにある米商工会議所が専門委員会を通してきめ細かいEU政策対応を図っています。このように欧米企業は情報を確実に収集できる仕組みを整えています。ところが1990年代初頭の日系企業はこの点で後手に回っていました。ただし最近では日本のロビー団体がブリュッセルで活動し始めていますし、欧州委員会側も欧州統合の1つの要素として日系企業を評価し始めています。事実、個々の法案が策定される段階で日本のロビー団体や工業会が公聴会に活発に招かれるようになっています。EUが西欧地域に比べ、市場経済化の歴史が浅く、数値の上でも経済格差が存在している旧東欧に拡大する現在、欧州企業だけでは拡大の負担を担いきれないため、米国企業や日系企業に負担を分散させるスタンスがあるのでしょう。

また、1980~1990年代初頭の欧州の一部の国には日系企業の投資を選別する傾向がありましたが、そうした傾向は1990年代末から一変し、現在、日系企業の投資は歓迎されています。日系企業も情報を収集するといった段階から欧州委員会に明確に意見具申する段階へときています。こうした動きは強化すべきで、欧州委員会からも新しい法案の策定にあたっては日系企業からもさらに積極的に意見を聞きたいという声はあがっています。そうした際、電子メールによる欧州委員会の担当者へのコンタクトは、企業にとって意見表明のための非常にシンプルかつ効果的手段となります。もちろん電子メールに限らずいろいろな手段でコネクションを作り、コミュニケーションを密にすることは今後も重要となるでしょう。

現時点では日系企業と欧米企業とはまったく同等の存在だと私は考えています。ただし違いもあります。たとえば、運転免許証については、日本人はEU加盟国の市民とは異なり、域内転勤の場合、最初の赴任地で取得したEUモデルの免許証を他の加盟国で継続的に使用することはできず、再度取り直す必要があります(駐在ではなく短期滞在や旅行の場合は使用可能)。これはEU加盟国の市民の場合、自国の免許証(EUモデルの免許証)で域内において短期、長期を問わず使用が可能ですが、一方非EU加盟国市民は、加盟国毎の二国間協定に準拠しているからです。つまりこの点でEU加盟国国籍の駐在員と日本国籍の駐在員の間で制度的対応に違いが生じています。

なおEUの東方拡大は、日系企業にとって日本からの物資輸送経路の短縮へとつながります。かつては日本から中・東欧の生産拠点に物資を輸送する際にはスエズ運河、地中海より北海に出て、ロッテルダム港やハンブルク港から陸路でハンガリー、ポーランド、チェコ方面につながるという経路を辿っていましたが、バルカン地域や黒海地域の国々がEUに加盟もしくは加盟交渉を開始したことで、地中海からアドリア海あるいは黒海を経て、中・東欧諸国に物資が運べるようになり、1週間程度のルート短縮――つまりは大幅なコスト削減――ができるようになりました。

日本はかつて、低コストの中・東欧に生産拠点を置き、そこから西欧諸国に製品を輸出する形をとってきましたが、中・東欧諸国の1人当たりGDPの伸びを受け、こうした国々を製品の販売先とする新たな市場開拓の動きも現れつつあります。

EUのルールが今後、域外の地域に与える影響は看過できません。EUのルールを活用しながら、EUが強いといわれる環境、製薬、化学等の分野で、欧州拠点を強化させながらグローバル展開を試みる日系企業は増えつつあります。これは新しい動きです。

日系企業は単に現地化する段階からEU経済に貢献する段階へと発展してきています。2005年6月のEUサミットでの議長総括では極めて異例な形で日本への言及がなされました。日本の研究開発努力が評価され、日欧企業間でハイテク分野を中心とした技術交流を推進すべきだという点が強調されたのです。日系企業の利点は、もっと欧州委員会、あるいはEUにアピールされるべきです。廃電気電子機器リサイクル(WEE.E)指令の策定にあたっては、原案作成の段階で日本のロビー団体が欧州委員会に意見を提出し、その意見は成案に反映される形となっています。日系企業は今後も、自分たちの考えを伝えるこのような努力を継続していかなければなりません。

質疑応答

Q:

日本が温暖化ガス削減の取り組みで先進的なEUから遅れていることについてどうお考えですか。

A:

環境の変化から深刻な打撃を受ける北欧諸国を加盟国に抱えるEUでは京都メカニズムが活用され始める以前から環境政策が強化されていました。今後もEUは強含みの展開を続けるでしょうし、現地日系企業にもCO2排出基準の順守が求められます。そういった意味でも環境政策への対応は日系企業の大きな課題となります。一方で、現在の環境基準は厳しすぎるとの声も現地企業からはあがっており、そうした基準と企業の生産活動との調和は考慮すべき点となるでしょう。

Q:

欧州進出企業は「メイド・イン・EU」の日本製品を製造することで貿易摩擦を解消する方向に進むと思いますか。また、EUは円安というよりはむしろユーロ高で日本への輸出競争力が落ちていることに苛立ちを感じているのでしょうか。

A:

最初のご質問に関しては、かつて1960~1970年代、欧州は日本の輸出基地となっていました。現在では日系企業は「メイド・イン・EU」の製品を域内の市場で販売する形をとっています。日本からの対欧輸出は1980~1990年代に減少していますが、それは現地生産の増加によります。こうした現地生産がうまくいき、日系企業は欧州でのプレゼンスを高めていった訳です。2つ目のご質問に関しては、あくまで個人的な見解ですが、EUと日本の間には、EUと米国の間程の経済・貿易パイプが無いため、さほど大きな苛立ちは無いのではないかと思います。

Q:

ユーロ高は日系企業の投資意欲を損ねるのではないでしょうか。

A:

企業ではEU統合の進展とはまったく別次元でグローバル化が進展していると思います。企業はEU統合の要素よりもむしろ世界的経済の動きを見据えているというのがポイントです。日系企業の投資意欲については、ユーロという統一的経済圏の市場で現地調達が活発に行なわれるようになれば為替リスクは減少するので、EU圏内でのビジネスでは問題は無いと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。