日本水産業の抜本的構造改革について

開催日 2007年2月6日
スピーカー 小松 正之 ((独)水産総合研究センター理事(開発調査担当))
モデレータ 川本 明 (RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

小松氏は農林水産行政に携わった経験を活かし、今も現場で日本の水産業再生に取り組む専門家。小松氏は、日本の漁業が生産量、就業者数、漁船建造数など、どの指標をとっても衰退の一途をたどり、加工や流通を含めた水産業で見ても危機的状況にある現状を説明、そして欧米主要国が水産業の構造改革や再生に着手している中で、漁業国としての日本も抜本的な構造改革が求められていると指摘、中長期的なパッケージ戦略政策の必要性を強調した。

世界的な水産物需要の伸びと日本の漁業の衰退

世界の漁獲量・養殖生産量は、1950年の2000万トンから現在までに1億5000万トンまで増加し続けてきた。しかし、これは特に中国の漁獲量の異常な伸びが全体を押し上げているからで、それを除けば事実上80年代後半以降の世界の漁業生産量は頭打ち状態にある。FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations)の資料によると、現在主要な漁業資源の約75%が過剰漁獲かその前段階の満限漁獲の状態にあり、この比率は上昇傾向にある。科学雑誌サイエンス誌に「2048年には世界中で魚が食べられなくなる恐れもある」との記事も出たほどであるという。

しかし、世界における水産物の需要は、BSE、鳥インフルエンザ発生や健康食ブーム、台湾や中国などの所得増他の影響により増加し続けていることを小松氏は指摘。そこで今後は日本への魚の輸入量が減少していくことが考えられるという。

一方で、日本国内の漁業は衰退が続いており、小松氏は、日本漁業の現状をピーク時と比較し、生産量と生産額はピーク時に比べ半減、漁業就業者数は20%にまで減少し、その半数は60歳以上と高齢化が進んでいること、漁船建造数は5%以下になっていることを指摘した。現在、食用魚介類の自給率は57%で、半分を輸入に頼っており、「今後日本の水産業の衰退と輸入量の減少が進めば、食用水産物の確保が難しくなってくる状況も考えられる」と小松氏は言う。

乱獲を防ぐ漁獲計画が必要

小松氏は、水産資源の悪化について、キチジの漁獲量の推移を例に紹介。1961年には1万5000トン近くあった漁獲量が、2003年には1327トンまで激減した理由として、成長を待たずに体長の小さい内に乱獲してしまう点をあげ、日本の漁獲計画の整備の必要性を指摘した。「キチジの体長と単価は比例するが、現在のキチジの漁獲量の90%は体長15cm以下の小型の状態で漁獲しており、その漁獲金額は全体の1%にしか満たない。収入にも貢献しないのに、漁獲し続けるのは問題」と説明した。

また、同様の例として、マサバについても、現在の資源量は低い状態で、保護しながら漁獲しなければならない状態であるのに、未成魚の多獲により資源回復が拒まれてきたことを指摘し、「たとえばノルウェーの場合、資源管理をしながら漁獲を行い、市場での価格形成もきっちりできている。資源がある時にあるだけ漁獲してしまい、市場のことも資源量も考えていない日本の現状は問題がある」と述べた。

海洋生態系の変化など広い視野からの対応策が必要

さらに小松氏は、海洋生態系の変化という観点からも、日本の漁業の問題点を指摘。海洋には潮の流れにより生存する魚種の交代のサイクルがあり、30年から50年の周期で繰り返すサイクルに合わせた計画的な漁業が重要であることを説く。「日本の漁業従事者は、価格が高いために、数の少なくなった魚を漁獲しようとするが、豊富な資源のあるものを漁獲し、少ない種の回復を待つ、海洋環境を考慮した戦略を取るべきである」と提言した。

また、水産行政の観点から、マイワシ、サバ、サンマ等の魚において、政府が設定する漁獲可能量の基準に生物学的許容漁獲量が反映されておらず、両者の乖離が乱獲の進む要因の1つにもなっていることを指摘。「漁獲可能量の基準には、漁業従事者の意見に加え、流通、加工、国民一般のニーズなども制度に組み込んでいく必要がある。科学的根拠に基づいた漁獲基準の設定により、資源の安定供給が可能になることを認識すべきである」と説いた。

中長期的な水産業のパッケージ戦略策定を目指して

以上を踏まえ、小松氏は、日本の水産業の衰退、日本周辺海域の資源悪化、外国からの輸入減少などが進み、日本人は国産品も輸入品も水産品が食べられなくなるという事態を防ぐためには、日本の水産業の構造改革・再生への根本的な対策が必要であるとし、法律・資源管理マインド・予算などの全面的な改革の必要性を指摘した。

具体的には、自らも参画した日本経済調査協議会の水産業改革委員会による緊急提言を紹介。1つめに、水産資源を日本国民共有の財産として明確に位置づけること。これにより漁獲すれば漁師のものというマインドからの乱獲を防ぐ。2つめに、漁業従事者数の減少、水産業の多様化、他国との競争力という観点から、漁業者以外の水産業への参入を規制する水産業関連法制度の抜本的見直しと、産業全体の中長期的なパッケージ戦略の立案の必要性。その内容は、(1)海域、資源ごとの漁獲量の設定、乱獲気味の現状を踏まえた、減船、休漁、漁船の近代化、新船建造や雇用対策などによる漁獲努力量の削減・再配置に関する包括的ビジョンの構築、(2)科学データを根拠とした資源管理と厳格な取締り・罰則の徹底、(3)個別・地域別の漁獲割当て制度の導入など。3つめに、漁港建設などの公共事業予算を水産業の戦略的な抜本改革向け予算にシフトする、というもの。

小松氏は、「水産業先進国のニュージーランドやアイスランドでは漁業管理面で制度化が進んでいる。またEUも水産業政策に関しては過剰漁獲能力の削減のために減船や休漁と補償をパッケージにし、一方で取り締まりや罰則の強化なども踏み込んでやっており、学ぶことが多い」と述べた。

後継世代へ抜本改革の必要性を説得したい

質疑応答では、「緊急提言はもっともな内容だが、日本の水産業界に浸透していくのか」との質問に対し、小松氏は、「漁船漁業向けの2つめの提言は、従事者が外国の事例等にも精通しているため受け入れられるのではないかと考えるが、1つめの水産業への参入のオープン化は、漁業権が権利化しているだけに抵抗が強い可能性はある。しかし、現状のままでは水産業の将来はないという現実を、後継の若者たちに説得していくしかない」と述べた。

(2007年2月6日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。