ワークライフバランス社会の実現に向けて

開催日 2007年1月19日
スピーカー 大沢 真知子 (日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター兼研究調整副ディレクター)
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議事録

少子高齢化が進む日本にとって雇用創出、出生率回復、持続可能な社会保障制度の構築は重要な命題となっている。大沢氏は、労働者のニーズに応えた多様な働き方を社会が受け入れ、最終的に個人生活の豊かさと同時に、日本経済全体へもプラスの影響をもたらすワークライフバランス(WLB)の実現を提案する。しかし実現には難しい面もあり、環境の整備、マインド、会社のあり方の変革が必要であると指摘する。

非正規労働者の増加はなぜ起きたのか

雇用調整の研究を進めていた大沢教授は、90年代の労働市場において、特に若年層の非正規労働者が増加していることに着目、日米欧の計10カ国における非正規労働力に関する国際会議を開いた。88年と98年の非正規労働比率の増加の比較では、「全体のトレンドとして、多くの国で非正規労働比率は増加傾向にあり、不安定な雇用形態の労働者が増えている」と指摘する。

この増加を説明する要因として大沢氏は4つの要因に注目。第1に、多様な就業形態を求める労働者が増えたという労働供給側の変化、第2にサービス経済化の進行による産業構造の変化、第3に経済のグローバル化におけるコスト競争による賃金コスト削減、第4に社会保障、税制度や解雇規制など、社会制度の影響をあげている。

その中でも特に大沢氏が強調するのが経済のグローバル化と社会制度の影響という需要要因。これまでは社会保険の適用に労働時間や所得などの要件が設定されているために、それが「労働供給」に与える影響に関する研究等が数多く行われてきた。しかし、経営環境が厳しくなってきた今、社会保障や税制度における適用除外の要件が、非正規労働者を増やす要因の1つになってきた、と「労働需要」の観点から非正規労働者の増加の原因を分析する。

非正規社員の需要要因

正規社員とパートタイマーの賃金(女性のみ)を推計して比較すると、正規社員の賃金が勤続年数に比例して増加するのに対し、パートの賃金はほぼ横ばいに近く、賃金格差が拡大する結果が得られた。大沢氏は、「この賃金の差が実際に生産性を反映しているかが重要だが、日本の場合、パートのうち3割は正規社員と同じ勤務時間、また職務内容などの観点から厳密に見ても5%は正規社員と全く同じ職務をこなしているのが現状」と述べた。日本の「正規社員」、は、残業、配属転換などの拘束性の下で働くことが求められる一方勤続とともに賃金が上がる。他方、そのような働き方をしない非正規労働者は低い処遇に甘んじている、と大沢氏は指摘。そこから、「非正規社員の問題とは、すなわち正規社員の問題といえるのではないか」と述べた。

大沢氏は、さらに日本の正規社員は、社会保険、福利厚生の適用において非正規社員との格差が制度的に許容されていると述べ、非正規職員の増加は、ワーキングプアなどさまざまな社会問題につながる要因となり、結婚率や出生率にも影響を与えている、とデータにより指摘した。

多様な働き方の選択肢により経済のグローバル化へ対応

非正規社員の増加の原因として大沢氏は、経済のグローバル化が進む中、日本は非正規社員の雇用を増やすことでコスト削減を実現し、競争に対応してきた側面を指摘する。今後人口構造の大きな変化に直面する日本が、これからのグローバル化の変化にどう対応すべきか、という問題に対し、「働き方の柔軟性が必要」と大沢氏は述べ、その方法としてWLB実現により、正社員の働き方を変える方法で、「労働者のニーズをかなえる形で働き方の柔軟性を確保し、多様な人々がそれぞれの権利を認められて働ける社会を実現することが重要」、と述べた。

WLBは女性だけでなく社会全体としての問題

大沢氏はアンケート調査結果から、日本では仕事と育児の両方を重視する男女は多いが、現実とはギャップがあることを指摘し、「日本の社会制度は、女性に専業主婦かキャリアウーマンかを選択させた。実際に6割の女性は両方を両立させることを望んでいるがその多くは専業主婦を選択してきた。これは女性の就業選択の多様性に社会制度が追いついていないためであるが、彼女たちは政策によって現在の選択を変える可能性が高く、WLBはこの60%の女性をターゲットにしている」と述べた。またWLBを考えるときの重要なポイントとして、単に女性だけの問題ではなく、短時間労働に対する希望のアンケート結果から、男性も含め社会全体において、介護、学習活動、社会活動など多様なニーズが存在することを紹介した。「WLBは単に女性の少子化対策という位置づけではなく、もっとダイナミックな日本経済発展の戦略として位置づけることができるのではないか」、と大沢氏は主張する。

大沢氏は、WLBの導入のコストと効果について、ヨーロッパの調査結果を紹介し、WLB導入コストに対する経営者の評価は、全くかからない、最小限という回答が、アンケート結果の75%にも上ったこと、また導入の効果に対する回答では、「従業員がハッピーになった」が50%、「パフォーマンス向上」が21%、「社員定着率アップ」が38%、であったと述べた。

ITと格差社会、WLBの実現への提言

格差社会の問題に関し、大澤氏は、米国のエコノミストとの議論を紹介し、「ITの導入は、使いこなすスキルを身につけキャリア形成をしていく労働者と、職を失う労働者とを生み出し、両者の格差が拡大したと米国のエコノミストが指摘していた。日本ではIT技術の発展の中で、新技術が、生活の質の向上や多様な働き方を実現させたりする上でまだ十分に活用されていないのではないか。ITリテラシーの格差が地域間格差や将来的な国民間の経済格差、教育問題にもつながる可能性についての議論がもう少しあっても良い」と指摘した。

大沢氏は、日本でもWLBを浸透させていくために必要なこととして、税制、社会保障制度の改正により、適用に雇用形態間の差を設けない、また改革の方向性として、経営者側のインセンティブを高めることが重要であると指摘した。

個人の職務責任の明確が鍵に

質疑応答では、「現在議論されているホワイトカラーイグゼンプションについてWLBの観点からどう考えるか」、という質問に対し、「日本では、個人の職務責任が明確でないため、生産性を上げて短時間で仕事を逐えてもさらに仕事を増やされるだけではないかとの危惧があり、職務を明確にする必要がある。米国やフランスのように勤務時間規制の導入も良いのではないかと考える」と答えた。

(2007年1月19日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。