日本人のこれからの資産形成

開催日 2006年12月4日
スピーカー 松本 大 (マネックス証券株式会社代表取締役社長CEO)
モデレータ 川本 明 (RIETI研究調整ディレクター)

議事録

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松本氏は、外資系証券での経験を活かして30代でオンライン証券会社を立ち上げた、時代の先を読むことで有名な若手ビジネス・リーダーの1人。セミナーでは、今後、日本人の資産形成手段が長期的に預貯金から投資商品へと向かうことが予想される中で、日本経済のためにもベンチャーへの出資促進を始め各種のベンチャービジネスの活性化策が求められること、さらに、日本の資本市場が、世界各国の市場と比肩して健全に機能するためには、政界・行政・マスコミ関係者に、株主や海外機関投資家まで視野に入れた資本市場への配慮が必要であることを松本氏は強調した。

今後の個人の資産運用はリスクマネーへ

セミナーの冒頭、松本氏は、日本人の資産形成をめぐる状況が大きく変わってきていることを指摘。これまで日本のGDPは円高の進行とあいまって世界標準でみると大きな成長を続け、日本人であれば世界的な購買力という点で個人資産も同時に成長してきた。しかし、日本の人口が減少に転じ、少子高齢化がすすむ中で、これまでの右肩上がりの経済を前提とした、円預金を原資とした間接金融、年金・退職金による老後の安全保障というモデルも最早終わりを告げている。今後、長期的に世界水準で日本のGDP規模が相対的に低下していけば、円預金と年金・退職金だけでは親の世代と同じような豊かな老後生活を送るのは難しくなる。

従って、松本氏は、今後の日本人の資産運用は、「成長する国への外貨投資、またはエクイティに対する投資に進まざるを得ないだろう」と指摘する。さらに、今後、個人金融資産に占める株式型の資産割合が上昇していく過程では、現在の日本の個人投資家のように自分の判断で個別株の銘柄を選別するタイプだけではなく、米国の個人投資家のように委託運用する人々が増え、投資信託やSMA(Separate Management Account)などの資産運用サービスの活性化が予想されると述べた。

個人のリスクマネーを生産性向上に活用するための政策が必要

松本氏は、これまで預貯金を通じて戦後の日本の経済成長を一貫して支えてきた個人の資金が海外に流出することを国の観点から見ると、円安を進行させるという問題があるとともに、「むしろ、国策的には、個人のリスクマネーが国の生産性向上に活用されるような方向で使われることが望ましい」と述べる。そして、ダーウィンの進化論を事例に、「企業も社会も、多様なチャレンジと淘汰のプロセスがなければ衰退していく。米国が医療やITなど現在さまざまな分野で世界をリードしているのは、多様なチャレンジを促し、ベンチャーが経済の”ジャンプ”のきっかけになったからだ」とベンチャービジネスの意義を強調した。

失敗する確率が圧倒的に高いベンチャーを振興するためには、国全体で政策として支援を推進し、ベンチャー出資に対する税制優遇措置など税制上の戦略的配慮があっても良いのではないかと松本氏は提案する。

ただし、国が振興策としてベンチャーファンドを作って投資することには反対で、「リスクから遠いところにいる国にリスクマネーを任せるのは間違っている。そこは民間に任せむしろ、公的部門は、ベンチャー企業にとって一番の負担である、会計・監査、税務、法務などの管理部門のインフラを作って提供するなど、得意とする分野で支援ができるのではないか」と述べた。

さらに、松本氏は、「見本となるような起業家の成功モデルの出現、社会的に起業家が尊敬される日本の風土づくり、ベンチャー企業経営者のモラルに対する牽制の工夫などに関する全体的なデザインがあってしかるべきだ」と指摘した。

金融・投資・資本市場に対するリテラシーの向上が急務

松本氏は、2003年12月の金融審議会の報告に言及しつつ、「何が21世紀の日本のリーディング産業になるのか不透明な状況下では、戦後続いた資本不足の時代には有効であった、政府が奨励して集めた個人貯蓄を少数の政策担当者が選択的に集中投下する集中型間接金融は、もはや資金の最適配分に適さない。今後は“資本市場”を活用し、より多くの人が参加することで、より早く、より効率的に最適な資金配分がなされるようにしていかなければ、これからの経済に対応できない」と述べ、そのためには市場中心の金融システムの再構築が必須であることを説いた。

また、世界同時株高の今年、なぜ日本は株安なのかという要因について、日本経済や企業収益の状況に比し株価が下がっている現実を冷静に分析すべきだと指摘し、「米国では、市場に影響を与える事項については、投資家等利害関係者の意見も事前に聴取し、予測可能性を高めるプロセスを踏むが、日本では、そのような市場に対する配慮が全くない。株主や海外の機関投資家など世界の市場関係者に対してもきちんと説明責任を果たすことが必要」と述べ、このためには、マスコミ・行政・政治家を含めた金融・投資・資本市場に対するリテラシーの向上が急務だと強調した。

行政は民間との情報交換のルートの構築を

質疑応答では、「資本市場を活性化するためには、何をどういう優先順位でやればよいか」という質問に対し、「まず、理解がないところに正しい施策は打てない。米国には、revolving doorという行政と民間の人事交流のしくみがあるが、日本の場合は金融機関のトップが必ずしも金融に一番詳しくないということもあるので、行政が何らかのルールの下でマーケットとの情報交換の仕組みを作るしか方法はないのではないか」と述べた。

(2006年12月4日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。