夫婦関係満足度とワーク・ライフ・バランス:少子化対策の欠かせない視点

開催日 2006年9月15日
スピーカー 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学社会学部教授)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター兼研究調整副ディレクター)
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議事録

ワーク・ライフ・バランスには、人々が柔軟に働ける社会を形成するという側面と、柔軟な働き方を通じて家庭生活や個人の生活の満足度が高められるようにするという側面がある。米国を中心に活躍する山口一男教授は、後者に着目して前者をみる視点から、ワーク・ライフ・バランスは夫婦関係満足度や妻の出生意欲に大きく影響すると報告し、男性の働き方やワークシェアリングの見直しなどの具体的方策を提言した。

働き方と生活のバランスの根本的見直しが必要

「仕事と家庭の役割の両立度を社会的に高めないと晩婚化、非婚化や少子化に拍車をかけるような結果を生む。人生の満足を得るには、多くの選択肢から自分にあった選択ができることが重要だが、日本の実情は、選択の自由が狭められ、働き方と生活のバランスが著しく崩れている。より柔軟な働き方を可能にすることと経済的生産性関係の根本的見直しが必要」と山口氏は指摘する。

オランダや英文圏諸国(米、英、豪)のように、女性が柔軟に働ける職場や労働市場の環境が調えば、就業率の増加が出生率を下げる傾向が大きく弱まる。北欧諸国では、育児休業や託児所充実など育児と就業が両立しやすい環境を整え、急激な少子化傾向に歯止めをかけた。日本は、これらの面で大きく立ち遅れている。

妻の出生意欲を増すものは「夫婦関係満足度」と「夫への信頼度」

山口氏は、妻の出生意欲が出生率に大きく影響すると説明し、妻の出生意欲を増す要因について、「夫婦関係満足度」が高いと第一子目と第二子目の出生意欲が増すこと、妻の心の支えになる人としての「夫への信頼度」も出生意欲を増すこと、夫の経済力信頼度は第一子目の出生意欲を増すが、第二子目以後の出生意欲には影響しない、との分析結果を紹介した。また山口氏は、一子目を産んだ後の育児負担による夫婦関係満足度の低下が、第二子を産む主な障害となっていることを指摘した。

夫婦関係満足度で最も重要なものは「共に過ごす大事な時間」

「夫婦関係満足度」の決定要因は何かを明確化するため、山口氏は予備分析を行い、雇用者と専業主婦に共通して、妻が夫と過ごす大切な時間の中で結婚満足度に影響を与える生活活動は、休日の「くつろぎ」、「家事・育児」、「趣味娯楽・スポーツ」、平日の「食事」、「くつろぎ」の合計5つの活動であったとの結論を紹介した。

さらに山口氏は、複数時点の追跡データがとれる有配偶女性1117人を対象に統計分析を行い、その結果、夫婦関係の満足度に重要な影響を及ぼすものは、ワーク・ライフ・バランスの特徴である「重点共有生活活動(前述の5つの活動)」、平日の夫婦の会話時間、夫の育児負担割合などであり、一方マイナスの影響を及ぼすものは「結婚継続年数」、「第一子の出生」、「夫の失業」などであったと報告した。

夫への信頼度には「心の支え」が「経済力」の3倍重要

妻の夫婦関係満足度は、夫が心の支えとなっているかという信頼度と、経済的信頼度によって約7割が説明できる。山口氏の分析によれば、心の支え信頼度へのプラスの影響は「主要生活活動数(前述の5つの活動)」、「平日の夫婦の会話時間」、「休日の共有生活時間」、「夫の育児分担割合」の順になっている。

一方、夫への経済力信頼度については「夫の収入」、「主要生活活動数」、「平日の夫婦の会話時間」、「世帯の預貯金・有価証券額」の順にプラスの影響が大きく、経済的な信頼度についても、夫と過ごす時間や会話などお金で買えない価値も重視されていた。

ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた具体策

結論として、山口氏は、よりよいワーク・ライフ・バランスの実現には「職場の勤務や、労働市場の柔軟性といった制度面だけでなく、夫婦の家庭での過ごし方に変革が必要で、平日に食事やくつろぎの時間を共有することなど、生活に心の支えとなる『質』を与えることが大事」と指摘した。

また、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた具体策として、(1)男性の働き方の見直し、(2)ワークシェアリングの見直し、(3)男性の育児参加の促進の3点について議論を行った。まず、世界でも類を見ない夫の帰宅時間の遅さについて、帰宅時間を早めることが必要不可欠であるとし、それに伴う収入減少効果は、お金では買えない夫婦関係満足度の上昇によって容易に補えるとして、夫の月収が10万円下がった場合と平日の夫婦の会話時間が1日平均16分増加すること、或いは、休日に妻が夫と大切に過ごしていると思える生活時間が1日平均約1時間増加することなどが同等であったとの分析結果を紹介した。

また、日本では景気の低迷時に解雇者を出さない手段として導入されてきたワークシェアリングは、本来、労働需要の拡大期に1人当たりの労働時間を増やさず、雇用者を拡大して働く人にゆとりある時間を与え、多くの人が質のよい雇用を分かちあえるもののはずだが、日本では、正社員と非正規職員との格差があるためにうまく機能していないとし、短時間正規勤務の増大と格差減少の重要性を指摘した。

さらに、第一子目を出産後に夫婦関係満足度が大きく低下するのは、核家族社会の中で妻がたった1人で未経験の育児に立ち向かう精神的負担の問題が大きく、第一子目の妻の否定的な育児経験を減少させるには、男性の育児休業の促進、育児期の父親の帰宅時間を早めること、「主要生活活動」を夫婦で共有できることが重要であると指摘した。

男性にも育児経験の喜びを

会場からの質疑では、男性の育児参加について「男女で育児能力に差はない。自分がそうだったが、育児は実際に経験してみないと喜びはわからない」と指摘した。また、官庁をはじめとする職員の長時間残業について、「米国では長時間勤務は非能率的である証拠であり、自律的タイムマネジネントが大切である」と述べた。

(2006年9月15日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。