行政の経営分析―大阪市の事例をもとに

開催日 2006年9月7日
スピーカー 上山 信一 (慶応義塾大学教授)/ 井下 泰具 (大阪市市政改革室改革推進部事業評価担当課長)
モデレータ 久武 昌人 (RIETI前上席研究員/経済産業省経済産業政策局調査統計部参事官)
ダウンロード/関連リンク

議事録

大阪市では2005年より、大阪市が直面する3つの危機を克服するため「ピンチをチャンスに」という関市長のかけ声の下、徹底した情報開示を前提にした事業経営の根本的な見直し改革に着手した。市長を本部長とする市政改革本部をおき、外部委員と、職員とが協力し、経営分析の手法を導入した分析と見直しを行った。外部委員の中心メンバーである上山信一教授と、改革推進部の井下泰具課長が、これまでどんな手法で改革を推進し、どんなことがわかったのかについて、事例を中心に紹介を行った。

経営的視点から市の事業を分析

大阪市の事業は予算約4.4兆円、職員は約4.7万人の規模である。市はまず、市の事業のうち、予算が大きい、民間で同様のサービスを提供している、権限が強い、局を代表するものなどを中心に68ユニットを抜き出した。行政評価の1つではあるが、従前のような事務事業という細かいレベルや政策といった抽象的なものに対する評価ではなく、バス事業や環境事業といったタンジブルなもの、人と予算を1つの塊でとらえた点が特徴である。

分析のプロセスとしては、まず、担当の職員から「その組織がどんな仕事をしているか、スタッフの人数や職種、予算規模や種別といった初歩的な質問に答えてもらい、整理する」(上山氏)。次に、民間や他の政令指定都市との間でコストや生産性面でのパフォーマンスを比較、課題点の抽出を行った。課題の解決については、期限を切った行動計画を策定し、広範な議論が必要なものは今後への問題提起とした(上山氏)。

市営バス事業の非効率な要因を抽出

市の公営バス事業は、職員の給与が高く、支出総額275億円の約6割にあたる175億円を人件費が占める一方、収入面では運賃収入が137億円で、残りの半分を行政費用で補っていた。だが運賃収入は10年で約3分の2となり、今後も赤字が続くことが予測されたほか、路線別収支をみると、短距離のコミュニティバスはほとんど採算が取れていないこともわかった。

この状況を関西の民間バス3社や他都市の公営バスと比べたところ、「公営は需要量では恵まれているが、走行キロ当たりの支出が突出して多いことが効率の悪さにつながっている。改善の余地は大」ということがわかった。さらに公営バスの民間バスと比べた非効率の要因を、非合理的運営、高い給与水準を含めた公務員人事、および敬老パスや地域のネットワークとして必要な路線の維持などの行政コストとに分け、それぞれの対応策を整理した。大阪市には優れた地下鉄・バスのネットワークがあり、現在、これらの経営形態の検討を進めている。なお、年収1000万円超の運転手の数を半分に減らし、手当も見直した(井下氏)。

ゴミ処理事業の強みと弱みを明確化

市は、事業系ゴミの収集や産廃の収集・処分は民間に任せているが、家庭用ゴミについては市が収集処分を行っている。事業予算698億円の大半は税等でまかなわれているが、収集にかかる支出が全体の半分と多い。分析では、大阪市は他都市に比べ、処理処分原価は低いが収集運搬では、小型車輌による各戸軒下収集を行っており、また収集作業では間接作業に時間がかかっているなど、全体に非効率で高コストになっていることがわかった。

ただし大阪市では、10ある焼却工場の体制が80年代初めまでに整っているほか、埋立て処分地を有し、全市にくまなくネットワークされた安定した収集・処理体制ができている。事業の効率化、適正処理の観点からは、収集運搬処理処分を一連の流れで捉えるべきと考えており、独立行政法人化等の経営形態について検討を進めている(井下氏)。

チームワーク、情報公開、市長のリーダーシップが改革を推進

市では現在まで改革本部が関与し30近い事業の分析を進め、記者会見やオープンフォーラムで情報を公開している。上山教授は「情報公開を徹底してきた。これなしに改革の道はありえないとの信念で進めてきた。分析結果はすぐに発表・発信してしまう。これが1年半の改革のエンジンである」と強調。そしてその実現に重要なのが関係者のチームワークと強調。現場にやる気をもってもらいデータを提供してもらう。そして内部チェック機関が分析を手伝い、外部委員が納税者の視点から質問する。この3者が議論を重ね、実現可能かつ大胆な案を探る。そしてこのチームを市長が強いリーダーシップで牽引したと上山氏は指摘した。

質疑応答で、評価基準をどこにおくのかとの問いに対し上山氏は、市民や経営者など外部の常識的判断を重視と回答。が、具体的には(1)ベンチマークとして民間・他都市と比較を行う段階、(2)事業運営がビジネスモデルとして経済合理性に適っているかを評価する段階、最後に、(3)政治的配慮と都市戦略への意味合いを考える段階がある、と述べた。

また、市職員のモチベーションを保つ秘訣については、「最初の半年は大変だったが、早い段階で情報を出すことで吹っ切れるようになった」(井下氏)「自治体の場合、最後は地域への愛情と使命感があるので地域の将来像が描けるようになれば明るく進められる」(上山氏)との回答があった。

(2006年9月7日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。