忍び寄る国際経済危機~英国からの検証~

開催日 2006年8月10日
スピーカー 小松 啓一郎 (日本貿易振興機構(ジェトロ)ロンドン・シニアフェロー/コマツ・リサーチ&アドバイザリー代表(英国))
コメンテータ 入江 一友 (日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部長)
モデレータ 川本 明 (RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

「9.11」同時多発テロから5年たった今年8月、英当局が米国行き旅客機を同時爆破するテロ計画の容疑者として21人を緊急逮捕する事件が起こった。英国を拠点にリスク分析を行う小松氏は、特に「9.11」以降、国際経済は、経済的要因に加えて、安全保障、国際政治という新たな観点を取り入れずに分析することはできないとして、複眼的な情勢分析を行い、世界中で急拡大する格差のうち、何よりも機会にチャレンジする意欲を奪う機会格差に関して対策の手を打たないとテロが続き、国際経済を危機に陥れると警告した。

国際経済を危機に陥れるリスクが高まる現実に問題意識を

小松氏は、セミナーの冒頭、「9.11」以降、原油価格の高騰や戦後最大の規模に膨らみ続ける米国の財政・貿易赤字、欧州中央銀行の金融引き締めの行き過ぎといった懸念材料だけでなく、安全保障がらみでも産油国などでの内戦やテロの激化懸念、主要国におけるテロ再発脅威、緊張を高めるイラン・北朝鮮の核問題など、国際経済を危機に陥れるリスクが高まっている、との問題意識を持つことが重要、と述べた。

「国際情勢に影響する各種のリスク要因に関して、日本や米国、英国に有利か不利かかかわらず、それを事実(ファクト)として見つめることが必要」とし、現実のファクト分析をしっかり行うことが必要と強調した。

「失われた10年」克服の日本経済、欧州では「日本ゆで蛙」論も

それを踏まえ、小松氏は、主要国やアジア太平洋地域の経済の1990年代後半から現在までの特徴的なトレンドをどう見るか、分析結果を述べた。

日本経済に関しては、「失われた10年」の間にも、80年代前半の経済成長率を単純に延長した平均成長率は1.4%になり、これは2年で南ア連邦、3年で香港、4年で韓国、10年で2つ半の韓国をつくるGDP規模で、英国では、この間、日本経済が悪いといいながら、見方を変えればそこに機会があると考えて官民挙げての対日投資促進キャンペーンを続けた、と紹介した。

小松氏は、「経済が大変だということは、そこにチャンスがあるということでもあり、チャンスは裏を返すとリスクでもあるという見方が肝要である。うまくいっている時でも最悪のケーススタディを行い、それでも生き残れる対策を立てておく準備が、個人、企業、国家にとって必要である」と述べた。

今年の世界および日本経済の回復の中で、日本では日銀も含め強気発言が出てきた際に、欧州では、安全保障、国際危機を全く度外視した日本の景気強気論に対し、釜の中で茹で上がるまで熱さに気づかない蛙になぞらえた「日本ゆで蛙(カエル)」論もあったという。

欧米と日本で「歴史の大転換期」認識に相違、危機対応にも違い

このあと小松氏は、欧米と日本では近・現代史の大転換期に対する捉え方が異なり、それが危機対応への違いともなっていることを明らかにした。

小松氏によると、日本社会では、戦前と戦後は第二次世界大戦を境にしており、戦後が依然として続いている一方、欧米社会では、19世紀型の社会からの区切りとなった第一次世界大戦後、第二次大戦そのものは絶対的な社会変化をもたらさなかった。ところが、その後、欧米では、「ベルリンの壁」崩壊による東西冷戦の終結による冷戦後の社会、さらに「9.11」同時多発テロを経た9.11後の社会へと2つの歴史転換点を経て社会ルールを根本的に変えつつあるのに対し、日本には欧米社会が次の次に行っているという危機感がなく、そのため日本が危機への対処という点で立ち遅れる可能性もある、という。

機会格差を是正する対応を

小松氏は、英国を含む欧州で一般的に挙げられている懸念材料として、トップに鳥インフルエンザ、次いで主要国における大規模なテロ再発の脅威、次いで油田地帯に近い場所での内戦やテロの激化(エネルギー安全保障についての懸念)を挙げた。さらに、安全保障面との絡みで、第2、第3の「9.11」の脅威は去っておらず、それを防ぐためにかかる膨大なコスト自体が新たなリスク要因になりつつあると指摘した。また、原油価格高騰の影響に加え、米国の財政・貿易赤字、ハリケーン等を始め世界経済への懸念材料は目白押しであるという。

小松氏は、テロが生じやすいリスクに関して、問題の本質は、世界的に貧富の格差が急激に拡大していることであり、中でも機会に対するチャレンジを奪い取る機会格差に関して、しかるべき手を打っていかないと、貧困層がますますテロの温床になるリスクがある、と警告した。

そして、経済ファンダメンタルズという単眼的な視点からではなく政治・経済という新たな複眼的な視点から現実を見直す発想の転換が必要な時代になっている、と結んだ。

特定の国との距離を開け自ら情報収集・分析能力をつけることが必要

この後、会場から、「機会格差をなくす努力が大事としても、単純な富の再配分や援助を続けても効果がない場合もある。いい方策がありえるのか」「日本はリスクにどう対応していくべきか」という質問があった。

小松氏は、前者に関しては「まずは問題の存在を認め、世界中から知恵を集めて解決しようとする希望を示すことが重要」と述べた。また、後者には、「日本が超大国の米国とつくことで孤立するリスクも出る。世界の情勢を見ながら一定の距離を開けることも大事で、その判断のためにはインテリジェンス(情報)が重要だ」と情報収集や分析能力を高めることがリスク回避の1つだ、との見方を示した。

(2006年8月10日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。