事業再生アプローチと今後の課題

開催日 2006年7月7日
スピーカー 安東 泰志 (フェニックス・キャピタル(株)取締役相談役、(株)ホライゾン・ホールディングス代表取締役)
コメンテータ 石井 芳明 ((独)中小企業基盤整備機構新事業支援部資金支援課長代理・前経済産業省経済産業策局産業組織課長補佐・RIETI前コンサルティングフェロー)
モデレータ 細谷 祐二 (RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

「村上ファンド」問題をきっかけに、投資ファンドが論議になっている。投資ファンド経営者として、投資家の立場から事業再生に取り組んできた安東氏は、セミナーで「成熟した企業を投資家から募った資金で買収し、株主権を背景に経営に対し積極関与すると同時に自ら汗もかき事業再生に貢献する役割を担うことが重要」と述べ、企業や事業の再生に関わるファンドの重要性を力説。今後の投資ファンドの方向性に関して、安東氏は日本の産業再編成などに軸足を移すことが必要、と指摘した。

成熟した企業を買収し事業再生するバイアウト・ファンドが増加

安東氏によると、投資家から募った資金をファンド・マネージャーがまとめて運用し利益をあげる投資ファンドには、さまざまな形態がある。このうち、最近は、非上場・非公開企業だけでなく、既存の成熟した上場大手企業に投資するバイアウト・ファンドが日本で定着している。

特に経営不振企業の価値向上、企業や事業の再生を目的に企業買収し、株主権を背景に経営に関与、事業改善を行ったうえで企業売却などを行う事業再生ファンドが急速に増加している。

その場合、買収対象先の企業の資産やキャッシュフローを担保とする負債を多用するLBO、現経営陣も資本参加するMBOなどの手法を使って企業買収し、その後、財務面でリストラクチャリングを行ったり、新経営陣を送り込んで再生させる方法もあるという。

外資系大手などに加え地銀と協業の地域再生ファンドの設立も

安東氏自身も、事業再生ファンドに関わってきたが、バイアウト・ファンドが日本で認知され始めたのは、政府系金融機関の日本政策投資銀行がバイアウト・ファンドに直接投資を行ってからのこと。ファンドの主体は独立系、銀行系、証券系の日本企業に加え、カーライル、リップルウッドなどの外資系大手もいるという。

また、銀行から見た投資機能の必要性について、安東氏は、「銀行が株主権の行使によって経営者にプレッシャーをかけつつ経営改善を図り、同時に主体的に産業再編成にも関与することが必要な時代になっている」と述べた。

ただ、銀行法上、銀行本体や関連会社で一般事業会社の株式を50%以上確保するのは不可能。それどころか、銀行による5%超の株式取得そのものが銀行法および独禁法上の5%ルールに抵触するので無理。このため、銀行としては信頼できる独立系の投資ファンド運営会社に、自らの取引先企業のガバナンスを委ね、メインバンクとしての役割を果たすという協働作業も考えられる、と安東氏は述べている。

産業再編成を主導する「インダストリアル・パートナー」の活用を

安東氏は、自らが関与したフェニックス・キャピタルの運営ファンドの投資スキームについて、取引先の資本ニーズに対応した第3者割り当て増資、取引先の事業再編成や本業回帰ニーズに対応するためのLBOやMBOの活用、債務の株式化を通じた企業再生への対応などの事例を紹介した。

また、フェニックス・キャピタルの事業再生の考え方として、事業を動かしているのはヒトであり、現場のヒトが持つ知識やノウハウ、これを「暗黙知」と呼ぶが、これらを丁寧に汲み取って共同化、表出化(明文化)して、マーケットのベンチマークと照らし合わせて検証していくことが重要であると述べた。

安東氏は、今後の投資ファンドの方向性に関して、1)事業の「再生」から「再編成・成長」に軸足を移すことが必要になってくる、2)日本の産業再編成を主眼に置き、流通業や製造業などの「インダストリアル・パートナー」が主導する体制にする、3)株主や債権者、従業員などのステークホールダーへの貢献をCSRという形で明確に意識する、4)海外投資家向けのファンドも用意し、投資においては外―内、内-外のM&Aのスムーズな実施もリードし円滑な資本移動に貢献する、5)これまでにも増して、金融機関などとの利害相反を排除する――という点がポイントになると指摘した。

今後の投資ファンドの課題について述べる中で安東氏は、事業再生ファンド成功のキーファクターとして、1)売り手ニーズの正確な把握、2)金融機関や投資先との信頼関係の醸成、3)機関投資家などからの過剰な情報開示要求に対する規律と協調、4)官民の協調に関して、官は民の補完役であることを確認しあい、特に官に対しては市場のルールづくり、利害調整のジャッジ役などを求めることが重要と述べた。

有限責任事業組合というLLP制度は新しい事業再生スキームに

最後に、安東氏は、有限責任事業組合というLLP制度に道が開かれたことについて、「事業再生ファンドの新しいスキームになり得る。組合員の出資金額の範囲内での有限責任となり、しかも構成員自治原則があること、そして何よりもパススルー税制という事業体レベルでの課税がないことが特徴で、投資ファンドはこの制度利用を考える必要がある」と述べた。

このLLP制度について、コメンテータの石井氏が「2005年8月にスタートし、国内で1000件の設立がある。共同事業をやりやすいように制度化されたものだが、欧米で先行しており、日本で増えるのではないか」と述べた。また海外のLLPとの大きな違いとして、日本では、名義貸しや資金拠出のみというパッシブな参加や脱税などの制度の乱用を防ぐために、組合員が必ず意思決定、また業務執行に参加することを義務付けた、協同事業要件が定められていることを説明した。

セミナー後の質疑で、安東氏は、産業再編成を主導するインダストリアル・パートナーの役割を強調したことについて、流通分野の百貨店の連携を実現した専門家の事例などを引き合いに「産業や企業の現場で経験を積んだ専門家が定年退職後に活用され、産業再編成の担い手になる時代だ」と述べた。

(2006年7月7日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。