通商白書2006 『持続する成長力』に向けて ~グローバル化をいかした生産性向上と『投資立国』~

開催日 2006年6月29日
スピーカー 白石 重明 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

「もはや戦後ではない」のフレーズで知られる昭和31(1956)年の経済白書からちょうど50年。東大法から旧通産省入りし、プリンストン大留学や経企庁出向などの経歴をもつ白石重明企画調査室長が、日本経済が転換点を迎えた中で「洞察力の優れたリポート」(田辺副所長)をまとめた。

3つの変化に直面する日本

今年の白書の前提として白石氏はまず、日本経済はいま3つの大きな変化に直面していると指摘する。1番目は本格的なグローバル化の進展。2番目はアジアの台頭、とくに対中国観には脅威論と特需論があり、そろそろ軸足を定める時期を迎えている。そして国内においては少子高齢化の進行による労働力や貯蓄率の減少が起こるというのが3番目の変化だ。

半世紀前の転換点を象徴した白書の論点が、実は戦後復興を終えた日本がその後どのような成長軌道を目指すべきかだとされていたように、白石氏は「いまや世界第2位の経済力を持つ日本は、この3つの大きな変化の中においては、これまでの延長線上では成長を持続できないだろう」という仮説をたて、新しい道を示している。その中で、大きな特徴となっているのは、従来からのGDP至上主義ではなく、「国民のためにどれだけのお金を使えるかが重要だ」として「国の可処分所得(GNI)」の視点を持ち込んだことにある。つまり、GDP成長と、海外投資の収益からなる所得収支の拡大を合算したGNIをいかに伸ばしていくかを、主眼に置いていることだ。

着実な成長とリスク要因

マクロ的な現状分析にあたる第1章「国際経済の動向と構造変化」では、結論からいうと「世界経済はリスクをはらみつつも着実な成長を遂げている」と白石氏は結論づけている。成長の源は消費を拡大してきた米国など先進国経済で、東アジア諸国・地域やBRICS諸国は一段と存在感を高めている。

一方、リスクとしては、(1)インフレリスクが高まり、場合によってはオーバーキルも起こりうる「山の尾根を歩くような危険な状態」(白石氏)にある、(2)米国とアジアの間で、経常収支不均衡がさらに拡大して、ついに調整に入る可能性がある、(3)原油高が世界経済にボディブローのように効いてくる――ことが挙げられるという。

アジアは世界の成長センター

「『アジア・ダイナミズム』と国際事業ネットワークの形成」と題した第2章では、日本をはじめ世界から資本投入が進むアジアの分析が行われている。白石氏は、中国やASEAN4を中心に直接投資の受け入れが高成長の原動力となり、それがまた投資を呼ぶという好循環で、アジアは「世界の成長センター」となり、2015年には世界のGDPの29.4%を占めるという試算もある。

そのアジアを舞台に日本企業は、研究開発は国内で行いながら、製造工程は国内とアジアに立地させている。しかも「工程を分割する垂直型ではなく、国内外とも一貫生産を行う水平分割が増えている」(白石氏)という。これに伴い、日本とアジアの間では自動車などに見られるように連関関係は減少しているが、アジア域内では中間財を中心に連関関係が増加し、「アジア域内で事業ネットワークが形成されている」(同)と見る。

さらに白石氏は、第2章で注目すべき点として、国際事業ネットワークの形成は、ミクロで見ると海外進出企業の生産成長率は向上し、マクロで見ても一国の経済成長を押し上げているので、「いわゆる空洞化論のアンチテーゼといえる」と語った。また、中国経済については(1)投資の過熱(2)不良債権問題(3)格差拡大(4)人民元の引き上げ――などに留意する必要もあるとした。

GDP成長とGNIの拡大

その上で、第3章は「『持続する成長力』のために取り組むべき課題」を掲げている。国際事業ネットワークを形成しやすくするには、貿易・投資の自由化、法律や税制の調和、為替や金融システムの安定性の三要素は欠かせない。さらに、白石氏は(1)生産性向上につながる対内直接投資の増加を図る、(2)労働の「質」向上のため、国内人材の育成、能力のある女性や高齢者の就業促進、高度な海外人材の活用――が重要と指摘している。

ここまで論じた白石氏は結びで、その日本が「持続する成長力」を備え、「可処分所得」を増加させるためには、GDP成長に加え、所得収支(海外資産からの収益)の拡大が必要だと述べる。日本はこれまで経常収支の大きな黒字で対外資産を増やし、その結果として所得収支も増えるという「単線的」構造の下での所得収支の伸びを記してきた。

一方、英米は経常収支は赤字で対外純資産残高が減少しても、対内投資と対外投資の拡大の中で利ざやを生み出す「複線的」構造を持っているというのだ。日本も少子高齢化による貯蓄率の低下、経常収支の赤字化、対外投資の取り崩しが起きれば、英米と同じ立場に追い込まれかねない。

対外資産収益率の向上を

日本が「複線的」構造に立脚した「投資立国」を目指すには、どうすればいいのか。対内投資の拡大に加えて、白石氏は対外資産収益率を英米と比較して、以下の3つの課題を挙げている。それは(1)日本のポートフォリオは証券投資、特に米国債などに偏っている、(2)投資地域が、相対的に収益率の低い米国やEUに偏っている、(3)収益性のいい直接投資比率が低い――の3つだ。

白石氏は、実業面ではアジアネットワークは進展しているので、この3つのポイントを逆転させれば収益率は上がると指摘する。つまり(1)証券投資から直接投資へ(直接投資には既存企業の経営支配権を得る形を含む)シフトする、(2)アジア地域への投資を増やす、(3)直接投資の収益率を上げる、――べきであるという。その際、「日本の金融機関は収益性の向上に努力するべきだ」と強調する。

2030年経常収支の対名目GDP比2.9%も可能

以上のような白書の提言が実現できれば、「所得収支の伸びによって2030年でも日本の経常収支の対名目GDP比率は2.9%を達成できる」と白石氏は語った。

(2006年6月29日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。