通商白書2006 『持続する成長力』に向けて ~グローバル化をいかした生産性向上と『投資立国』~

開催日 2006年6月29日
スピーカー 白石 重明 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

3つの変化に直面する日本

日本経済は現在3つの大きな構造変化に直面しています。第1は本格的なグローバル化の進展。グローバル化はわれわれが身近な生活でその影響を感じ始めるレベルにまで達しています。第2はアジアの台頭。とりわけ中国の台頭に関するこれまでの議論は、その時々の日本経済の状況や、議論を進める人の属する産業に影響を受け、脅威論と特需論の両極端を往復してきました。そろそろ議論の軸足をしっかり定める時ではないかと思います。第3は少子高齢化。労働力や貯蓄率の減少等さまざまな経路で経済に影響を及ぼします。

通商白書2006の導入部分では、こうした変化の中でどのように経済成長を持続させるかという問題意識を国際経済の文脈で論じていくという立場を述べています。その際、経済成長について、GDP成長に所得収支の拡大を加えた国の「可処分所得」=GNIの成長としてたことが1つの特徴となっています。

資料5Pでは、国内総生産(GDP)成長における生産性向上の重要性が示唆されています。GDPに寄与する生産性、資本、労働の3要素のうち、資本は生産性の高いところにひきつけられていく傾向が強まっています。また、労働面では日本人は米国人より1人当たり換算で長時間働いていますが、1人当たりの生産性が米国人より劣っており、その改善が重要です(資料6P)。このように日本のGDP成長にとって生産性の改善は重要なポイントとなります。グローバル化を活かして、いかに生産性を向上させるか、さらに具体的にいえばアジアをいかに活用して生産性を向上させるか、所得収支をいかに拡大させるかが通商白書2006のモチーフになっています。

着実な成長とリスク要因

通商白書2006は国際経済の動向に関し、「着実に成長しつつもリスク要因も多数出てきた」との見方を示しています。国際経済を牽引しているのは米国の消費で(資料7P)、アジアの存在感も増大しています(資料8P)。

一方リスクとしては、第1にインフレリスクがあります。通商白書2006の作成された5月時点で「われわれは山の尾根を歩いている」と喩えることができます。一見、好調なのですが、インフレと世界景気の減速という左右両側の谷に、いつ落ちても不思議ではないリスクをはらんだ状態にあります。

第2の重大なリスク要因は国際的な経常収支不均衡の拡大です。世界経済を牽引してきたのは、借金をしてまで外国から物を買う米国の消費です。これで経済は活性化しますが、同時に米国は膨大な赤字を抱えるに至っています。資料12Pの図に示されている通り、ほとんど米国一国が経常赤字を膨大させ、日本、中国、そして最近ではオイルマネーに潤う中東諸国がこれをファイナンスする形になっています。

米国の国際収支不均衡は調整局面に入らざるを得ないという見方が強まっています。その場合考えられる経路としては、(1)ドルの減価、(2)米国住宅市場の減退と消費の減少、(3)米国の財政赤字改善――が挙げられ、いずれの場合も世界経済に悪影響が及ぶことは不可避です。経常収支不均衡拡大のリスクの本質は、米国が破綻することではなく、不均衡是正の調整過程に入った場合に、その入り方とスピードによって世界経済にどのような影響を及ぼすか注視が必要ということです。

3つ目のリスク要因として原油高が挙げられます。現在の原油高は、供給側のショックや懸念の高まりを原因とする過去のオイルショックとは異なり、好需要や好景気を背景に起きているものなので、今のところ大きなパニックは生じていません(資料15P)。ただしショックに見舞われなくても、徐々に顕在化するボディーブロー的影響はあります。原油高を解決する方法の1つは、産油国による上流投資の促進です(資料17P)。しかし現在はそのためのインセンティブが欠落しています。原油高がアジアの好景気に支えられる中で、たとえば中国の急成長が腰折れすれば投資が無駄になるという懸念があるためです。同時に資源ナショナリズムの動きが強まる中、外資の投資が拒まれる状況もあります。

さらに好景気な消費国は高値の原油も購入可能なため、省エネ投資がおろそかになっています。通商白書2006では、政府開発援助(ODA)で省エネ投資の支援をするのではなく、日本の省エネ技術を「売る」ことを提唱しています。省エネ推進のためには安すぎる電気料金の是正も必要です。

さて、原油高で増加が想定されるオイルマネーが産油国に留まったままでは国際経済は停滞します。オイルマネーの一部は貿易赤字解消を理由にEUとの間で還流しており(資料18P)、残りの部分は欧米の金融機関を通じて金融資産投資という形で日本の株式市場や米国の市場に流れていると通商白書2006は分析しています。日本の株式市場の一時の上昇局面では、相当のオイルマネーが寄与していたといわれています。

しかし分析可能だったのはオイルマネーの3割で、残りの7割は行方不明の状態です。想定し得るのは、たとえばケイマン諸島等を国籍とするヘッジファンド等に流入し、運用されている可能性です。国際経済へのオイルマネー還流は歓迎すべき動きですが、重要な資金がこのように情報開示義務のない投資先で運用されているのだとすればそれは問題です。

世界の成長センターとしてのアジアと日系企業の動向

通商白書2006の第2章はアジアに焦点を絞っています。アジアの高成長には資本投入が安定的に大きく寄与しています。投資の重要なプレイヤーが日本です。生産拠点としてアジアを見ると、パソコンの場合96.9%がアジアで生産されています(資料20P)。マーケットとして見ても中間層の人口が今後拡大すると予測され(資料21P)、こうした経済活力はインド、ベトナム、オーストラリアといった広義のアジア諸国にも拡大しつつあります(資料22P)。

通商白書2006は日本企業のあり方も焦点の1つとして分析しています。資料23P上のグラフは日本の製造業がアジアに進出する場合のパターンを示しています。研究開発は国内で行い、製造は日本とアジア両方で行うというパターンが明らかになりました。製造工程をアジアに出す方法に着目したのが資料23P下のグラフで、自社の製造ラインをそのままアジアに持ち出す「水平展開」の割合が2000~2003年に急速に伸びています。これに伴い、国と国との間の生産誘発効果である産業連関効果は、日本と東アジアの間で、特に自動車等で減少しています(資料24P上)。連関効果が頭打ち状態にある電気機械について見ると、「日本から半完成品や部品を出してアジアで最終組立て」というパターンが減り、「アジアから半完成品や部品を出して日本で最終組立て」というパターンが逆に増えています。アジア全体の連関効果は、電気機械では日本との関係と異なり一貫して増加しています。

また、産業内貿易がアジアで活発化しています(資料25P上)。注目すべきは、特に中間財、つまり部品を中心として産業内貿易が増えているという点です。このことは、産業内貿易が消費者の嗜好ではなく生産者側の論理で増えていることを示唆しています。これはアジアが全体として生産基地化してきていることを示しているようです(資料25P下)。

日本とアジアの間で行われる双方向の輸出入の原動力となっているのが日本企業による水平展開への投資です。これはアジア市場の重要性が増してきたために、アジア市場で売るものをアジア市場で作るという動きが強化されつつあることの反映と考えられます。

資料28Pでは日本企業によるアジア進出の効果を検証しています。アジア進出企業の6割は生産性向上を実感しており、今後生産性は向上すると予測を立てている企業も含めるとその割合は8割となります。さらに海外進出度が高い産業分野ほど生産性向上率も高いという相関関係が観察されます。資料28P下のグラフでは海外進出による資源の再配分が一国の経済を押し上げていることが確認されます。このように国際事業ネットワークの形成は生産性向上に役立つものであり、これらの分析はいわゆる空洞化論のアンチテーゼといえるでしょう。

資料30Pからはサービス業のアジアにおける事業展開を分析しています。物流業では製造業日系現地法人へのサービス提供が、小売業では拡大する現地市場の獲得がそれぞれの進出動機となっています。いずれの場合も中国への進出が最も多いのが特徴的です。情報サービス業で注目されるインドへの進出は実態では進んでいません。インドの強みとされる英語を話せる人材が日本にとっては必ずしも利点とはならないからです。一方中国では日本語を話せる人の数が増えており、このことが日本企業の進出を促進させています。

中国はコスト面で圧倒的に有利という考え方がこれまで一般的でしたが、最近はその傾向が薄らいでいます(資料35P)。たとえばエンジニアの賃金では、上海よりバンコクの方が低水準です。公共料金についても中国は絶対的に低水準とはもはやいえません。オフィス賃貸料を上海と横浜で比較すると、坪単価では横浜の方が安いのが現実です。最近では中国よりASEANの方が投資収益率が高いとされています。

為替問題では中国当局はバスケット制を採用しましたが、少なくとも結果だけ見るとドル参照の度合いが強すぎるといえます。今後、米国をはじめとする各国からの圧力がさらに強まり、中国の人民元は一層柔軟性を増さざるを得ないと考えられます。国際金融のトリレンマからすると、「金融政策の自由」、「国際的資本移動の自由」、「為替の安定」のすべてを同時に確保することはできません。中国が健全に経済を発展させるにはいずれかを犠牲にする必要があります。先進国は通常、「為替の安定」を犠牲にして他の2つを取りますが、中国がこの道を進めば人民元の値上がりにつながり、そうなれば中国進出の日本企業は事業計画を大幅に転換せざるを得なくなる可能性もあります。

ビジネスコスト距離

資料41~42Pにアジアの「ビジネスコスト距離」を掲載しています。1980年代と現在を比較すると、第1のポイントとして、アジアは小さくなったことに気付きます。1980年代に福岡に支店を置くことは、現在シンガポールに支店を置くコスト感覚にほぼ等しくなっています。第2に縮小は均一には進んでいません。シンガポールとシドニーへの距離が大幅に縮まった一方、中国やベトナムについては依然改善の余地が見られます。第3のポイントは、企業誘致を巡る日本の地方都市とアジアの諸都市の競争がこれから本格化するという点です。通商白書2006には示されていない第4のポイントもあります。東京に各都市が近寄ってきたのは日本の努力の結果というよりは、各都市でインフラ整備や構造改革が進んだためといえます。これが第4のポイントです。

対内直接投資の拡大

製造業において買収・合併(M&A)外資系企業の業績向上は我が国平均を上回っています(資料48P)。ただしもともと業績向上を見込める企業がM&Aの対象となり得るという点には注意を要します。もっとも、この点を考慮しても、シナジー効果は期待できると考えられます。

日本への対内直接投資比率が低水準にある理由としては、(1)日本のコストの高さ、(2)手続きの煩雑さ、(3)優良企業が多く競争が激しい――の3つが挙げられます。対策としては第1に、人件費の高さを相殺するようなインフラ整備等を通じて日本の立地の優位さを追及することが考えられます(資料51P)。たとえば米韓に遅れをとったとされていたブロードバンド事業でも、日本の料金は現在世界一の安さとなっています。第2にサービス業での規制緩和の推進が考えられます。われわれが期待しているのは医療・福祉、水道等公共サービス分野です。水道事業については最近の法律改正により、オペレーション管理の民間企業委託が可能となりました。しかし日本国内にはこうした分野に経験がある企業はほとんどありません。水道事業に実績のある海外企業にとってはビジネスチャンスとなる可能性があります。

人材の育成と活用

高等教育修了者の日本への流入、日本からの流出は共に小さく留まっています(資料52P)。高等教育機関の学生1人当たり支出が諸外国と比較して必ずしも大きくないこと、さらにニートやフリーターの増加に伴い生産性の低下が懸念されることが、この問題を解決する上での阻害要因となっています。女性や高齢者の活用が進んでいないという問題や、大量の定年退職者が発生する2007年問題もあります。こうした課題を克服するには労働市場の柔軟性が不可欠です。

投資立国

2005年度では、日本の所得収支は貿易収支を上回り、GDP比でみると対外投資先進国である英米と同程度まで拡大しています(資料58P)。日本の所得収支はこれまで「単線的」構造の下で伸びを示してきました。つまり経常収支の大きな黒字で対外資産を増やし、その結果として所得収支も増えるという構造です。しかしこの構造には限界があり、少子高齢化による貯蓄率の低下、経常収支の赤字化、対外投資の取り崩しが起きれば所得収支は拡大せず、むしろ減少する可能性すらあります。これを克服するためには、英米のような「複線的」構造に転換する必要があります。経常収支は赤字で対外純資産残高が減少しても、対内投資と対外投資の拡大の中で利ざやを生み出す構造です。

ただしこの方法には逆ざやの懸念が伴います。実際、日本の海外資産収益率は英米を下回っています(資料61P)。その理由としては、(1)証券投資への偏重、(2)投資先の欧米偏重、(3)直接投資の収益率の低さ――が挙げられます。直接投資は製造業中心であり、金融やコンサルタント業の進出が低迷していることで収益率上昇が抑えられていると考えられます。収益率を上げるには以上の3つを覆すこと、すなわち(1)証券投資から直接投資へ(直接投資には既存企業の経営支配権を得る形を含む)シフトすること、(2)アジア地域への投資を増やすこと、(3)直接投資の収益性を挙げること――が必要です。

質疑応答

Q:

幅広い職種を含むサービス産業の生産性の低さを克服するには何が必要とお考えですか。

A:

まず金融業に関して、日本が世界の金融センターになる可能性がバブル時代にありました。どうしてその可能性を逃したのかを議論をした上で日本の国際金融センター化を進めるべきです。エネルギーセクターにはエネルギーの効率利用に関して多くの蓄積があるので、それを強みにさらに積極的に海外進出を図れると思います。小売業も相当規模で海外進出しており、しかも最近では需要開拓型の進出が進んでいます。現地需要開拓の成功が循環として機能すれば小売業の生産性向上が期待できます。
なお、そもそも日本のサービス業は本当に生産性が低いのかという点については再検証の必要があります。私個人としては、生産性統計に零細小売業を含めることの妥当性を検討すべきと考えています。日本で提供されているサービスの度合いや質を考慮した場合、現在指摘されているほどサービス業の生産性は低くないとも考えられます。

Q:

通商白書2006での「生産性」は「労働生産性」ではなく「全要素生産性」ですか。全要素生産性はどのように上昇させることができますか。

A:

原則的に「生産性」は「全要素生産性」を指しています。労働生産性を指す場合には都度、「労働生産性」としています。
全要素生産性の上昇に関しては、通商白書2006では「企業が海外進出するのは利益の最大化を図るためだが、限界費用と限界利益のカーブ一致点は個々の企業により異なるため、具体的な海外進出策の構築は個別企業が取り組むべき課題」という見解を示しています。もちろん進出前提となる諸条件には政策的影響を及ぼすことは可能ですし、環境整備により海外進出が促進される可能性もあります。しかし状況や採用すべきビジネスモデルは企業ごとに異なることには変わりありません。

Q:

採用すべきビジネスモデルは企業ごとに異なるという点に関連して、製造業では日本モデル確立の努力が進んでいると思いますが、金融業等を含めて総体的には英米型モデルを参照にすべきなのでしょうか。

A:

日本の製造業は強いので、自ら信じる道を進めば良いと思います。発展の余地がある金融業等については見習うべきモデルは諸外国にも存在すると思います。

Q:

日本は対外直接投資の収益率が低いだけでなく、国内企業の収益率も低迷しています。その理由は日本国内のキャピタルコストの低さにあるのではないでしょうか。低金利政策は国内外を問わず資金の無駄遣いを事実上容認する結果となったのではないでしょうか。

A:

その通りだと思います。だからこそ貯蓄が有効に活用される道筋を考え、提示する必要があると思います。

Q:

インドが一般にいわれるほど高く評価できない理由をお聞かせください。

A:

各種試算を通じても、インドが中国に伍する市場に成長する可能性は見えません。インドの利点とされる英語能力も上述の通り日本にとっては完全な利点とはなりません。賃金の安い国はインド以外にもあり、日本からの地理的距離の大きさも問題となっています。将来への先行投資という観点からはもちろんインドの重要性は否定されるべきではありませんが、直ちに中国にとってかわるというものではないということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。