集積型産業発展――中国・温州と重慶の事例

開催日 2006年6月13日
スピーカー 大塚 啓二郎 (国際開発高等教育機構主任研究員)
モデレータ 木村 秀美 (RIETI研究員)
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議事録

中国やベトナムはじめアジア、アフリカで、多数の小規模企業による産業集積が生まれている。開発援助の分野で人材開発と研究に取り組んでいる国際開発高等教育機構の大塚氏は、これらの諸国における産業集積の実地調査を踏まえ、「国や産業が異なっても、成功している産業集積の発展のパターンは驚くほど類似している」という。大塚氏はそのパターンを分析し、産業集積の発展における多面的革新の重要性を強調した。

産業集積は製品や労働市場の機能を高め、革新と模倣の機会を拡大

産業集積とは、類似ならびに関連する財を生産する多数の企業が密集している地域のことをさす。集積には、大企業中心の城下町型と途上国でも多く見られる「中小企業」型の2つがあるが、大塚氏は後者を分析した。

集積の利益について、アルフレッド・マーシャルは「情報のスピルオーバー(模倣)」、「企業間分業」、「熟練労働市場の発達」の3点をあげたが、大塚氏はさらに、「商人と製造企業の取引費用の節約」と「多様な人的資本の集積」により既存の資源をうまく利用しなおす「新結合」の可能性の増大を加え、産業集積は革新と模倣の機会を拡大する、という。

発展のカギは産業集積が量的拡大から質的向上の段階に進むこと

大塚氏が実際に踏査したのは、アパレル関係では日本の備後、フィリピン、バングラデシュ、ナイロビ等、オートバイ関係では日本の福山市と中国の重慶、機械関係では台湾、中国・江蘇省、温州、その他ガーナの金属加工やアディスアベバの靴などである。

そこから大塚氏は内生的産業発展のモデルを抽出し、発展段階を「始発」「量的拡大」「質的向上」の3段階に分けた。「始発」段階では、1)創始者の登場、2)生産方法の確立が行われる。続いて、「量的拡大」に入る過程で、3)追随者の台頭、つまりは創始者の模倣が始まる。ここで、4)低級品を中心にした量的拡大があり集積の効果が出る。しかし過剰生産などで値崩れが起き、5)利潤の減少という状況に追い込まれる。

そこで、量的拡大だけでは限界があると「質的向上」に踏み出す企業が登場する。それが、6)多面的革新の段階だが、ここで競争についていけない企業の淘汰が進む。そして多面的革新を通じて、7)質的競争が激化する中で、大企業が生まれ、輸出も可能となるに至る、という。

大塚氏は「アフリカなどは、5)の段階で止まってしまっているが、アジアのさまざまな国で産業発展が進んでいるのは、6)の多面的革新によって、質的向上という次の段階に踏み出せたからだ」と述べた。

集積発展のキーワードともいえる多面的革新について、大塚氏は、1)まず製品の質を上げる、2)よいものを高く売るための企業イメージの改善、ブランドの確立、独自の販路開拓、3)質の高い製品を作るための長期下請けの確立、4)生産規模の拡大、非革新的企業の吸収、5)輸出市場への進出、というプロセスを説明した。この局面では、マネジメントの改善が重要であり、学歴の高い企業家が活躍するという。

多面的革新に成功した温州と重慶

次に大塚氏は、中国の温州と重慶における産業集積のモデルを紹介した。このうち温州は、もともと貧しい寒村地域のため多くの住民が国内外へ移住したが、これら移住者が商人となって各地に「温州市場」をつくったほか、地元に戻り、アパレルや靴や弱電などの労働集約的な製品を生産する集積地を形成していった。当初、温州製品は不良品やガラクタが多いとされたが、80年代以降、検査機を購入するなどして質的向上を図る一方、市当局が市場や工業区を建設したことなどから集積が拡大、多面的な革新を通じて、巨大企業が誕生するまでに発展した。

一方、重慶はオートバイ生産の産業集積の例で、当初は低所得階層向けの低級品からスタートしたが、国営企業とホンダやヤマハとの合弁による生産開始がきっかけで90年代中頃から質的向上期に移行した。やがて民間企業が、産業集積を利用した企業間分業と国営企業の優秀な技術者や経営者を引き抜くことによって力をつけ、ビッグ3と呼ばれる独立型民間企業が生まれ、国有企業を凌ぐまでに成長した。R&D支出も企業成長の重要な決定因となっており、質的競争の激化を示唆している。

産業集積の発展には技術だけでなく経営能力の向上が不可欠

大塚氏は、これらの産業集積の成功例に共通するパターンを踏まえ、集積の質的向上には海外から技術を吸収することに加え、経営者能力の向上、そのための教育がカギとなっているとし、量的拡大の末期から質的向上に移行できないでいる集積を、トレーニングによって支援することは有効だと指摘した。従って、集積の育成段階における政府の役割として、従来型の技術支援だけでなく経営者向けのマネジメント向上の支援が重要であると述べた。

また、会場からの「一般的に途上国政府にとって市場の状態を把握するのは難しいと考えられるが、産業集積が質的向上に移行するタイミングを見極めるわかりやすいメルクマールはあるのか」との質問に対し大塚氏は、小企業が500社から1000社と多数集まっていれば、量的拡大の最終の段階にあるといえる、そこがわかれば、多面的革新支援のタイミングだと説明した。

(2006年6月13日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。