中小企業のIT利活用戦略とITコーディネーター

開催日 2006年5月31日
スピーカー 松島 茂 (法政大学経営学部教授)
モデレータ 宮本 武史 (RIETI上席研究員・通商産業政策史編纂ディレクター)

議事録

ITコーディネーターとは

ITコーディネーターはIT化を進める企業(ユーザー)と情報機器やソフトウエア、システムを販売する企業(ベンダー:大手コンピューターメーカー等)の間に立って仲介(コーディネーション)を担う職種で、営利目的を持たない第三者的な立場から、どのようなシステムがそれぞれのユーザー企業に適しているかを助言します。

A社の事例

A社は電子ビーム、レーザを使って多品種少量の部品加工を行う資本金8500万円、従業員数95名の企業です。1977年に創業以来、Co2レーザ加工、YAGレーザ加工等、レーザ技術の先端を常に取り入れ続けてきました。現在では高額の加工機器を約50台備える工場にまで成長しています。加えて、周辺企業約40社で構成されるグループ企業のコーディネーターとしても活躍しています。

同社は最初からこのようなコーディネート機能を備えていたわけではありません。1977年の創業当時は大手電機メーカーZ社の下請け企業として金属加工の仕事を受託していました。こうした中、1985年のプラザ合意以降、円高が進み、Z社は量産体制を海外に移転させるようになりました。同時にZ社は、下請け企業への委託手配を効率化の観点から外注することとしました。この委託手配業務、すなわちコーディネート機能を請け負ったのがA社というわけです。

A社は業務をレーザ加工に集中させ、それ以外の業務は周辺企業に委託するようになりました。このように周辺企業と連携をとりながら製造を受託し、レーザ加工技術を中核に製造過程をコーディネートするようになりました。こうした発展を通じてA社は取引先を大幅に増やしています。現在、主要取引先は100社に上り、定常的に発注がある取引先は300社、単発の発注企業を含めると2500社がA社と取引を行っています。

高額なレーザ機器を多数揃えるA社が利益を上げるには稼働率を高めなければなりません。さらに機器は多種類にわたるため、それぞれの稼働率を平均的に上げる必要があります。急ぎの仕事に対しても迅速に対応できるよう50台のレーザ機器の稼動スケジュールを効率的に把握する必要もありました。A社は企業戦略としてIT化を進めることで機器の稼働状況を常に把握し、仕事を効率的に割り当てるという難しい問題を克服しました。

A社の情報化投資は取引先だった大手Z社のオフィスコンピュータ(オフコン)導入で始まりました。しかし標準的オフコンでは受注案件を稼働状況に組み合わせて処理することは困難でした。その後試行錯誤を経て、スケジュールと具体的な作業指示を入力する入力機が各機器に備え付けられるようになりました。これをネットで連結させて集中管理するという仕組みです。調査の結果、情報投資を適切に進め、この仕組みを完成させる上でITコーディネーターの助言とアセスメントが重要な役割を果たしたことが明らかになりました。

A社のコーディネーターはZ社の元社員でさまざまな機器のネットワークを構築するノウハウを持っていました。退職後、このノウハウをA社のITコーディネーターとして活かし、最新のネットワークをA社に構築しました。

A社は現在、工場を2カ所保有しています。工場が1つの場所に集中していればネットワークの必要性はこれほど大きくなかったかもしれません。しかし実際は企業規模が大きくなるにしたがい工場の数も増え、情報ネットワークの構築が不可欠となりました。このように2つの離れた工場を駆使するA社にとってはネットワークの構築が拡大戦略の成功基盤となったのです。

主要取引先の情報システムとのインタフェース整備がA社が今後取り組むべき課題です。継続的な取引先300社からは設計図等の情報がコンピューターを通じて入って来ます。このデジタル情報をA社の設備に展開する作業が現在発生しています。さらに主要取引先100社については、それぞれ各社独自の端末で対応していますが、この端末からデジタル情報をA社設備に自動転送することはできません。そこで中間作業として再処理をするのですが、そこでミスが発生する可能性があります。この断絶をいかに解消し、直接的な連結を実現させるかが今後の課題です。また何十台にも上る端末数をいかに減らすかも課題です。最終的には単一化が望ましいのですが、それを実現するシステムは現時点では未構築です。

A社の展開は日本経済の大きな潮流の中で意義付けることができます。キーポイントは、製造業で進む量産体制の中国、東南アジア諸国への移転です。国内の製造業に残されたのは、量産以外の分野、つまり日本でタイムリーに生産して届けなくてはならない製品です。海外で量産する場合でも、金型や試作設計、研究開発機能は日本に残っている場合が多いようです。こうした需要の変化が製造業に大きな変化をもたらしました。A社の場合、当初はZ社の下請けとしてそれなりの需要が成立していました。しかしZ社は量産部門の大半を海外移転し、Z社の国内取引先である中小企業は従来の経営では生き残れなくなりました。A社はこうした危機を察知して変化したシンボリックなケースです。A社は試作に特化し、多様な注文に対しては企業連携を組むことで対応しました。その上で中核技術(レーザ加工技術)は最高レベルを維持するという戦略をとったのです。そこで戦略成功の鍵を握ったのがデジタルネットワーク技術というわけです。

G社の事例

G社の主力事業は自動車、家電製品、電気製品等に欠かせないワイヤハーネスの製造です。G社はワイパーやバックミラーを電気で動かす自動車が稀であった時代に、ワイパーと電気系統を結ぶワイヤハーネスを量産していました。しかし量産が進むにつれ大手自動車メーカーは自社で製造処理するようになり、さらに量産製造拠点の海外移転が活発化したことと相俟って、G社の受注件数は大きく減少しました。

こうした変化の中、G社は量産品ではなく試作的なワイヤハーネスの製造に特化していきました。同時にワイヤハーネスの種類が急増したことを受け、材料となる電線や器具の種類を増やす必要に迫られました。さらに多種の電線や器具の管理も新たな課題となりました。

G社が使用する米大手コンピューターメーカーX社の情報システムは量産対応型であるため、現在G社は自らのニーズに適応した機能の模索を続けています。これが成功すればより多くの材料や器具を駆使しながら多品種少量のワイヤハーネスを効率的に製造することができるようになります。

まとめ

日本企業が国内で量産に対応していた時代がしばらく続いた後、大きな変化が押し寄せました。大手企業と1対1でつながる、従来の中小企業のあり方が存続不可能となったのです。そこで廃業の危機に直面した中小製造企業の中から、それまで蓄積した技術や経験を活かしつつ、新たな展開や成長を模索する動きが出始めました。多品種少量製品を効率的に製造するには取引先の拡大が不可欠となります。

A社の戦略展開では自分の身の丈に合う情報システムが不可欠となりました。G社の場合も多様な材料の確保や在庫管理には、自社ニーズに合致した情報システムが不可欠となります。そこで、ユーザー企業とベンダー企業を結びつけるITコーディネーターが求められるようになったのです。

折しも、大企業で情報・経験を蓄積した団塊世代のIT技術者が定年を迎え、社会に排出されることになります。こうした人々の中からITコーディネーターの予備軍が輩出されることが期待できます。ここで敢えて「予備軍」という言葉を使うのは、大企業出身の技術者が中小企業のITコーディネーターの機能を即座にこなせるとは限らないからです。しかし彼らの技能や経験は十分に活用できるものですから、中小企業のニーズに対応するための訓練を積む機会さえあればITコーディネーターとしての成長も期待できるはずです。

日本の中小製造業が国内で生き残るには多品種少量システムへの移行が必要となります。そこで重要なのがIT技術で、IT技術を個々の中小企業のニーズに的確にマッチングさせるにはコーディネーターが不可欠となります。そしてそのコーディネーターの予備軍として挙げられるのが大手企業を退職した技術者というわけです。

質疑応答

Q:

中小企業経営者のITに対する関心を高めるにはどうしたら良いとお考えですか。また、サービス等の非製造業部門で多品種少量化がITの導入につながった事例があればご紹介頂けますか。

A:

最初の質問に関して、あるITコーディネーターが「経営戦略ありきのIT技術だ」と指摘していたのを思い起こしました。これは非常に重要な点だと思います。経営戦略が明確になれば、戦略実現に必要なIT技術や情報システムがおのずと明らかとなるということです。
今回の調査では、IT技術の導入で成功していると思われる会社ほどITコーディネーターやIT技術の役割をあまり意識していないという興味深い実態が浮き彫りとなりました。こうした企業の経営者にとってはIT化やIT技術の導入はあくまで道具の1つにすぎないのです。ここに本質的な意味を読み取ることができます。つまりIT技術の普及を狙う場合、IT技術のありがたさを実感してもらうことよりも、IT技術を道具の1つとして認識してもらうことの方が効果的なようです。
加えて、中小企業のITへの関心を高めるには、現状の経営状況で良いのか問題提起をし、変化が必要なのかを自問してもらうことから始めるべきです。そうするとIT技術なくして変化は不可能ということが、おのずと見えてくるはずです。
上述のA社にしてもG社にしても、成長への意欲と、現状に対する危機意識があったと思います。積極的な戦略展開を望んだ結果としてIT技術が必要となったのです。
後半の質問に関連して、オフィス家具製作会社のD社の事例を紹介いたします。従来の卸売りルートを失ったD社は新たな活路を開拓する必要に迫られました。そこでD社はホームページで自社製作のオフィス家具を紹介し、直接受注をすることにし、この戦略は成功を収めました。D社の場合、2重の情報化が成功の鍵となったようです。1つは消費者との間での情報化、つまり効率的受注に結びつくようなホームページを展開すること。もう1つは、その結果ランダムに発生する注文に対応できる生産システムを構築することです。2番目の情報化については自社工場の情報化に加えて、自社工場で対応不可な注文は下請けに委託し、一品生産のような注文は自社で対応する体制を整えました。
消費者と直接結びつくインターネット経由のビジネスでは発注がランダムに起きることになります。これはサービス業でも必ず発生する問題です。重要なのはこのようなランダムな発注に対し固定的な供給能力をいかに確保できるかです。旅館業で考えるなら、宿泊施設は固定的なわけですから、空室をいかに売るかがビジネス効率をあげる上で勝負所となります。具体的には消費者に情報を効果的に提供しながら消費者を空室にマッチングさせる。供給体制としては派遣社員やアルバイトを適宜導入することである程度の弾力性を持たせることができます。臨時労働力の投入については製造業の生産体制に関する問題と共通する要素があると思います。

Q:

ITコーディネーターの究極の目的は中小企業のIT化にあるのではなく、経営の合理化・効率化や、競争力の強化だと思います。だとすればIT化はプロセスの一部、または手段と考えられます。そういった文脈でITコーディネーターはどのような役割を担うのでしょうか。また、ITコーディネーターはどのように究極の目的を実現し、ひいては日本経済の活性化に貢献することができるのでしょうか。

A:

ITコーディネーターというのは1つの職種、資格です。中小企業診断士と兼ねてこの資格を保有している人もいますし、大手ITベンダーの営業社員がITコーディネーターの資格を保有することもあります。こうした意味では弁護士のように完全に独立した職種とはいえないでしょう。
ご指摘の通り、ITコーディネーターを採用して成功するか否かは明確な経営戦略が打ち出されているかにかかります。経営戦略実現手段としてのITシステムには一度システムへの投資をすると、そのシステムに伴う限界もついてまわるという固有の特色があります。つまり投資するシステムで経営戦略の幅が決まってしまうということです。あるシステムを一旦導入すると、その影響は長期にわたります。ですからどのようなIT投資をするかは企業の戦略の大枠を決定する、あるいはビジネスモデルを規定することになる重要な要素となります。だからこそITコーディネーターは非常に重要な役割を担うといえます。
ITコーディネーターのような中立的立場の人材はベンダーと経営者の間に立って価格効果に対するアドバイスを的確に行うことができます。また経営戦略に必要なIT機能についても営利目的の混ざらない助言ができます。企業経営者でIT技術に精通している人は稀です。特定のITシステムにより発生する経営の束縛を認識している経営者はさらに稀です。その部分を補い、かつ売り手でも買い手でもない中立的立場を取れるITコーディネーターの役割は非常に大きなものです。
後半の質問に関してはA社の事例から考えることができると思います。A社の提携企業には弱小企業や町工場も多く含まれます。A社がコーディネート機能を身につけ、他企業と提携しながら成長する過程で、こうした弱小町工場も戦略の一翼を担い、日本経済の成長を支えてきました。A社の転換がなければこうした弱小企業が消滅していた可能性もあります。これは日本の製造業の足腰を弱めることになります。逆に町工場を効果的に組み入れたことで筋肉質な足を作ることができました。私はこれこそがIT技術が日本経済にもたらす効果だと考えています。

Q:

今回調査された10社のうち3社の失敗事例も教えてください。

A:

経営戦略を立てる前にIT技術の導入に踏み込んだ企業が失敗事例として挙げられます。こうした企業ではIT投資が経営に活かされることがなく、さらにITコーディネーターとベンダーが兼業となっているケースも多く見られました。

Q:

系列の崩壊に伴い中小企業の間で新たな連携が必要となっていると思います。この新たな連携体制で既存の大型案件に対応できるとお考えですか。それとも営業して新たなビジネスチャンスを探す必要があるのでしょうか。

A:

IT化による中小企業の連携は直接的なものではありません。A社はレーザ加工技術を一環とする受注を一手に受け、レーザ加工技術以外のサービスを他社に委託しています。結果的に関連企業が増え連携が形成されるわけです。
大手企業からの発注システムの最大の問題は発注者と受注者が閉鎖的ネットワークでつながるクローズドシステムにあります。また現在は複数の発注先に対応するには複数の端末が必要ですが、1台の端末で複数案件受注できるようになると、取引関係のネットワーック化が進むかもしれません。こうしたプラットフォームの開発や運用の需要が高まるかは今後の展望を見守りたい興味深い点です。

Q:

ITコーディネーターと中小企業を結びつける具体的な場を教えてください。

A:

商工会議所や中小企業基盤整備機構等が出会いの場を形成する上で尽力しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。