2006年版中小企業白書『時代の節目』に立つ中小企業-海外経済との関係強化・国内における人口減少-

開催日 2006年5月15日
スピーカー 花木 出 (経済産業省中小企業庁事業環境部調査室長)
モデレータ 植杉 威一郎 (RIETI研究員)
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議事録

日本社会・経済の変化と中小企業

2006年版中小企業白書では、日本経済を取り巻く環境が単なる景気回復現象以上に大きく変容しているという認識が示され、中小企業が従来とは異なるスタンスで発展に取り組む時期が到来していると分析しています。明治以降、特に戦後の日本経済は北米市場を中心に輸出主導型の発展を遂げてきましたが、1990年代以降、東アジア経済が頭角を現し始め、国際的な経済関係が変化し始めました。とりわけ中国が大きく発展する中で日本の今後に対する関心は高まっています。2006年版中小企業白書ではそのような国際関係の変化が中小企業に及ぼす影響を分析しています。

日本の人口は2005年、2万人減少に転じ、労働力人口は1995年から減少しています。このように人口構造が変化する一方で、フリーターの数が200万人規模になるなど人々の働き方も変容し、女性の就業率は諸外国と比較して依然低い状況にあります。2006年版中小企業白書ではこうした社会の変化を踏まえ、日本の今後の方向性に関する課題を特定しました。

景況分析

2006年版中小企業白書では景況について、「景気の回復が本格化する中、中小企業の業況も緩やかに改善を続けている」と分析しています。日銀短観の業況判断(DI)の推移を見たところ、景気の拡大局面は2006年3月時点で50カ月続いています。中小企業のDIの水準は大企業と比較すれば若干見劣りするものの、業種別に見ると、機械系などは大企業と比べても遜色ありません。全般的に見ても回復傾向は続いているといえます。

また、中小企業の将来に対する期待(期待成長率、設備投資等)は高まっています。消費者の需要曲線にも変化が見られ、足許の景気拡大局面には余力があるとの指摘もあります。一方、今回の景気回復局面では地域や業種によるばらつきが若干目立ちます。このばらつきは、企業規模が小さくなれば非製造業あるいは内需型製造業のウエイトが高まるという業種構成に帰着すると分析されています。

日本経済全体で「3つの過剰(債務・設備・雇用)」が解消され、経済がデフレから脱却する時期が間近であるとの見方があります。中小企業でも債務の削減は続いていますし、設備投資も非常に活発です。借入原資も銀行借入が増えています。雇用については大企業よりも中小企業の方が逼迫してきています。総じて、中小企業の収益性はバブル崩壊以来最高水準(1980年代後半水準)にまで回復してきているといえます。

2006年版中小企業白書では2001~2004年の事業所・企業統計で開廃業の動向を示しました。統計の性質の違いはあるものの日本の開業率3.5%は米国の10%程度と比べれば低水準です。しかし、経年的に見ると、1990年代前半以降底打ちからの回復傾向にあります。一方、廃業率は金融危機で中小企業が厳しい状況に立たされた1990年代後半で5.6%であったのに対し2001~2004年では6.1%と増加傾向にあります。原因を分析した結果、個人事業主が高齢化し、引退の時期を迎えている点が浮き彫りとなりました。

中小企業の金融動向について資金調達構造を見てみると、小規模企業になるほど資金調達を借入に依存する傾向が強くなっています。最近ではいわゆるクイックローンが増加していますが、中小企業は金融機関に対し「資金供給の安定性」を最も強く求めています。金融機関の側でも従来の土地・資産・財務データに加え、技術力や経営者の資質を重視する傾向が強まっていると分析されています。

東アジア経済との関係深化と中小企業の経営環境変化

中小企業であっても海外に事業所を構える事例が増えています。1980年代半ばくらいまでは海外投資は儲けのある企業が行うことでした。しかし1990年代以降、この傾向は大きく変わり、収益が減少している企業、国内事業だけではじり貧である企業が海外投資に踏み切るようになったのです。現在では、海外での事業活動が中小企業にとって一般的なものとして普及しつつあるといえるでしょう。

中小企業の多くは海外進出により売り上げを増加させていることがヒアリング調査で明らかになりました。具体的には、海外で新規取引が増加した、国内では2次下請けから1次下請けになった、現地で外国企業との取引が可能となった、といった意見が多く寄せられました。また、低付加価値工程・製品は海外で、国内では新製品研究や販売強化といった高付加価値化に注力するといった棲み分けも効果的になされているようです。中小企業の海外進出は人材育成の面でもメリットが大きいことも分かりました。

東アジアに進出している企業の進出目的を進出時点と現在とで比較した結果、単なるコストダウンや取引先への追随から市場開発へと目的が変化していることが分かりました。

一方、中小企業が現地で直面する困難もあります。人材・労働面、インフラ・事業環境面、制度・商慣行・行政面で地域別にどういった特徴があるかをアンケートで調査しました。中国進出企業からは労務管理の難しさが多く指摘されました。インフラが未整備で、現地での良質な資材・原材料の調達が難しいという点、法制度の問題や、代金回収が難しいという点も多く挙げられました。

国内の基盤産業は国際化からどのような影響を受けているのでしょうか。電気・情報通信機械器具を中心に「投資の国内回帰」が起きています。国内回帰の背景には、優れた基盤技術を持つ、ものづくり中小企業があるとされています。2006年版中小企業白書ではこの、ものづくり中小企業の分析を行いました。結果、産業全般で取引構造がメッシュ化していることが明らかになりました。たとえば白物家電の場合、10年前は売上上位3社が全体の売上の8割を占めるという状況で、特定の取引先と強い関係を築く企業が多く見られました(35%程度)。しかし現在ではこうした企業は10%を切るレベルにまで減少しています。

東アジア製品の国内市場流入による競合を感じている企業は5年前の41.6%から現在の61.4%へと着実に増加しています。東アジア企業に対する技術力が優れていると感じている企業は5年前は89.6%、現在は83.3%と大きな減少はないようです。しかし今後5年を視野にいれた場合、この数字は63.1%にまで減少すると予測され、技術力のキャッチアップが今後顕在化する可能性が示唆されています。投資の国内回帰を支えるものづくり基盤中小企業の技術力が今後5年の間に大きく変化する可能性があるということです。中小企業庁としては、「中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律案」(いわゆるサポイン法)等で対策を講じる必要があると認識しています。

ものづくり基盤中小企業を対象に東アジア諸国に対する技術的優位性を業種別に調査し、こうした企業が市場競合をどの程度感じているかも調べました。結果、日本の基盤技術としては鋳造・鍛造・圧延・熱処理・金型などが強く、組立・実装は技術的に追いつかれている傾向が強いことが分かりました。基盤技術産業を取引先別に自動車・生産設備グループと家電・IT機器グループに分けて比較すると、市場競合の面で大きな違いが観察されました。違いの原因としては、業種による生産構造の違いがあります(例:自動車はすりあわせ型で他の企業の急激な参入が困難)。両グループともに、技術力の面で優位性があると答えた企業は5年後の競争力も維持できるようです。たとえば自動車・生産設備グループで技術的優位性を持つ企業のうち、現在、東アジアに対して市場競合を感じない企業は35%、5年後でも28%あります。家電・IT機器グループでも同様に東アジアに対して市場競合を感じない企業は現在で21.4%、5年後でも18.5%までしか落ちません。東アジアとの市場競合が今後激化する中で、技術的優位性を持つことは中小企業にとって非常に重要であることが改めて確認できました。

では技術的優位性はどこから生まれるのでしょうか。アンケート調査では、新技術の研究開発に注力している企業の方が、従業員の技能開発に注力している企業や、最新設備の投入に注力している企業よりも、技術力・競争力の面で優位であることが明らかになりました。

地域産業集積に関しては、集積タイプに関係なく、集積地域内での売上、大口取引先への依存度は減少しています。集積内で活躍している中小企業とは、集積内で得られる新しい情報を重視している企業や、集積内で連携企業を見つけ、活用している企業です。情報と連携が鍵となると分析しています。

少子高齢化・人口減少社会における中小企業

55歳以上の中小企業経営者のうち、事業を引き継がせたいと考えている経営者は96.4%と高い数字ですが、そのうち後継者が決まっていないと答えた経営者は49.4%に上ります。後継者が決まらなかった場合、合併・買収(M&A)による事業継承を検討している経営者は12.8%、廃業を検討している経営者は4.8%でした。一方、自分の代で廃業したいと考えている55歳以上の中小企業経営者は3.6%ですが、そのうち債務超過でない企業は2.1%となっています。つまり後継者の不在が廃業を検討・決意する大きな要因となるわけです。こうした状況を踏まえ、2006年版中小企業白書では、中小企業において事業承継が今後とも引き続き大きな問題となると指摘しています。

今回の調査では後継者不足が特徴的結果として浮かび上がりました。M&A件数は少しずつ増加していますが、まだまだ心理的抵抗を持っている経営者も多いようです。一方で、後継者のいない小規模企業がM&Aで事業承継に成功した事例はあり、こうした事例は増加傾向にあります。この点でM&Aに対する心理的ハードルを払拭するのが重要といえるでしょう。中小企業のM&A市場では売り手が従業員の雇用保障を重視する傾向があります。この傾向をうまくPRして、効果的な事業承継が可能になるような市場形成が必要になると考えています。

若年者について2006年版中小企業白書では、若年正社員の割合が低下しており、少子化に拍車をかける可能性があると指摘しています。新卒の正社員率は64.6%(現在の30歳代後半世代では85%)で、いわゆるフリーターと呼ばれる非正社員が2割に達しています。今後、現在の新卒者が30歳代前半にさしかかるにつれて、正社員の割合が増加するかが重要なポイントとなりますが、中小企業庁の算定ではその割合は大きく増加しないという結果が出ています。フリーターと正社員とでは年収で大きな格差が生まれるため、配偶者や子どもがいる人の割合もフリーターでは正社員と比べて少なくなります。つまり、フリーターの増加は少子高齢化の加速化という意味で問題となります。

育児のための経済的基盤の強化には女性の就業が有力な選択肢になります。しかし、女性が育児と仕事を両立させるのは依然として難しいようです。出産1年前に就労していた女性の43.5%は出産前に離職しています。出産して育児休暇を取得して辞めるケースも多いため、最終的に就業を継続する女性は1/3にも満たないのが現状です。

少子高齢化が進む中では、若年者が正社員になりやすい、あるいは正社員から離職しない環境を整備することが重要になります。加えて、女性が育児と仕事を両立できる環境も重要です。

フリーターについては3割程度の企業がマイナス評価をしていますが、実際にフリーターを採用した企業を調査してみると、企業規模にかかわりなく7~8割の企業が、元フリーター社員に満足していると回答しています。むしろ、対人関係能力においては元フリーター社員の方が新卒社員よりも優れているとのことです。「人柄」が採用の決め手となっている中小企業にとっては、フリーターの増加は活用のチャンスともいえるでしょう。

正社員が離職する理由を分析した結果、「採用後の育成方針」に関して企業側と若年者側でイメージのギャップが生まれていることが明らかになりました。さらに、定着率が高い企業と低い企業を対象に企業の取り組みをアンケート調査したところ、「若年者を成長させるための取り組み」や「風通しの良い職場づくり」を進めているか否かが定着率に影響を及ぼしていることが分かりました。中小企業は若年者の再挑戦をさらに応援する必要があるということです。

女性正社員1人当たりの子どもの数は企業規模が小さくなるほど大きくなります(大企業で0.42人、中小企業で0.92人)。しかしこれは、企業規模が小さい企業に勤めている人ほど子どもを多く生むというわけではありません。むしろ、企業規模が小さくなるほど40歳代以上世代の割合が高くなることによります。中小企業は育児制度が未整備という指摘が多く聞かれる中でこうした結果が出たということは興味深いです。確かに制度面では大企業の方が進んでいますが、中小企業の多くは育児と仕事の両立に柔軟に対応しているようです。たとえば、中小企業になるほど一定期間休業しても昇進・昇格等に長期的な影響が出ることは少ないですし、育児と仕事の両立がしやすい中小企業の特徴としては、職住近接、職場に子度をつれてこられる環境、女性の登用をめぐる多様性なども挙げられます。こうした取り組みは結果的に人材面でメリットを生んでいます。

まちのにぎわい創出、新たな地域コミュニティの構築と中小企業

中心市街地の人口増減と販売額の増減を、郊外と比較しました。過去5~10年の間、中心市街地では人口・販売額ともに減少しており、まちのにぎわいを回復することが今後の人口減少社会で重要であると考えられています。具体的な方策としては、商業施設だけでなく、公共施設も含めた集客機能(都市機能)の市街地への集約が重要となります。また、経済産業研究所(RIETI)が行った調査では中心市街地への大規模店の参入により周辺小売店の売上が増加することが確認されています。中小の小売店の売上が伸びることで周辺サービス業の売上が増加する傾向も分析されています。このような総合的な取り組みでまちの活性化を進める必要があります。

モデレータ:
中小企業白書の分析の範囲内でも地域産業集積論は現状ではうまくいかないと思います。ものとサービスを国内と海外で捉えた場合のキーワードは組織能力(人材育成)だと思います。優位性分析で自動車とITを2つのグループに括っておられましたが、海外進出企業は優位性に基づき進出するグループと、優位性が等しい国々へ顧客を求めて進出をするグループとに分けられます。今年度の中小企業白書ではこうした視点も必要になるのではないでしょうか。また、今年度の中小企業白書ではサービス経営が大きく抜けていると思います。来年度の白書に含められる点ではないでしょうか。
現在、グローバルなサプライチェーンで企業の社会的責任(CSR)が大きな注目を集めています。中国市場でも欧米企業に対してはグローバルスタンダードを先取りした厳しい取引条件が展開されつつあります。日本の中小企業は商工会議所でCSR問題に取組んでいますが、どちらかというとネガティブ(外圧的)な対応になっており、中国進出は大きなリスクだという説もあります。この辺りは中小企業が次に取り組むべき課題といえるでしょう。
若年者問題との関連でいえば、インターンシップの導入や、地域密着型の若年者取り組みなどの面で中小企業が大きな役割を果たしています。そうした意味で、少子化対策への取り組みや若年者問題への取り組みで中小企業が活躍できる場があると期待していますが、政策支援も含め具体的なイメージはありますか。

スピーカー:
まず、サービス業が抜けているというご指摘はその通りです。ただこの分野は分析が難しく、多様であるため政策適用が難しい部分でもあります。
CSRについては、CSRよりもより広い意味で知財経営を本文で取り上げています。リレーションシップバンキングが大きく発展する中で中小企業が自分の会社がどういう会社で、何を目標にしていて、社会に対しどのような貢献ができるのか、あるいはどういうメカニズムが稼ぐノウハウを築いているのか、といった点を社会に発信するならば、結果的に金融機関が知りたいことともマッチするのではないかと考えています。2006年版中小企業白書でもこの点はコラムで扱っています。
若年者問題については、中小企業庁としては成功事例のPRを行っています。商店街での子育て支援も行っています。今回の白書では、中小企業が制度面で遅れている点ではなく、柔軟な対応で問題を解決している点に注目しました。やり方は中小企業に任せ、結果として成果を生み出した企業にビッグボーナスを与えるという政策が成り立つことを示唆するデータも手にすることができました。このボーナスを何にするのか(雇用保険?税制優遇措置?)といった議論が今後活発化することが重要だと思います。

質疑応答

Q:

公共施設の設置でにぎわいが増しつつあるとありますが、具体的に何をもって「にぎわい」とされていますか。

A:

これは自治体に対するアンケート調査の結果によるものであり、「にぎわい」は自治体の判断に基づいています。従来、中心市街地の活性化といえば、中小小売店の売上増加を意味していました。集まってきた人が快適に過ごせるようなコミュニティビジネス(「にぎわいビジネス」)を振興する必要がある、というのが今回の白書でいいたかった点です。住民の満足度・充足度を高める必要がある、ということです。

Q:

集積内で付加価値が高まったり、雇用人数が増加したりしているところはほとんどないと思います。中小企業全体も衰退傾向にあるという印象を持っていますが、こういった印象は間違いでしょうか。
日本は欧米諸国に比べ、中小企業が占める比重が高かったわけですから、廃業が多く開業が少ないのは、他の先進国に近づくプロセスとも解釈できるのではないでしょうか。
設備投資のレベルが増加しているという点について、中小企業の状況を語る際には自己資本に対する利益率といったデータを重視すべきではないでしょうか。

A:

産地の元気がないというのはご指摘の通りです。しかしその中でも自動車産業に関連した産地は比較的良い傾向にあります。
米国では開・廃業率ともに10%程度といわれています。これと比較すると日本の開・廃業率は低い水準ですが、日米では統計の取り方が大きく違う点を考慮する必要があります。廃業率上昇の根底には人口構造の変化があると見ています。
自己資本に関しては、中小企業の場合、たとえば銀行からの借入であっても固定資本的に、単純な借入とは異なる場合や、親族からの借入である場合などがあり、自己資本を見極めるのが難しい状況があります。

Q:

米国では開業してうまくいかなった場合でも、開業前と同じ条件で会社に戻れるといわれています。ところが日本にはそういう風土がありません。米国の場合は開業率が高く、かつ女性が出産後も再就職で戻ってくるので子どもの数が増加しています。ここがキーポイントだと思います。こういった日米間の違いはどうして生まれると思われますか。日本では企業に対する忠誠心を重視しすぎているので、最近の困難に直面しているのではないでしょうか。

A:

日本の開業率は低いが、開業希望率は決して低くはないというデータがあります。希望の実現を阻むバリアを分析する必要はあります。たとえば、大卒者の方が開業実現率は低いといわれています。大卒者の場合、ある程度の仕事を手にしており、開業によるリスクを取っても採算に合わないことがその理由として挙げられています。開業時の資金手当ての調達が困難であることが開業率の上昇を抑制しているとの分析もありました。国民公庫が昨年、開業の分析で日米比較を行った際、文化的差異と雇用流動性の違いが指摘されていました。日本では開業を目指す世代が減少しているとの分析もなされていました。開業を阻むバリアを取り除く上で雇用の流動性は政策対応が可能な分野だと思います。

Q:

コミュニティビジネスは中小企業基本法の定義から外れているのですが、コミュニティビジネスの政策的示唆は何なのでしょうか。

A:

非営利組織(NPO)は確かに中小企業基本法の対象外ですが、個別事業では対象に加える動きはあります。
政策的示唆については、業種別の技術開発の動向を研究する研究会で具体的方向性を提示しているようです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。