コモディティ化による価値獲得の失敗・デジタル家電の事例

開催日 2006年5月11日
スピーカー 延岡 健太郎 (RIETI前ファカルティフェロー/神戸大学経済経営研究所教授)
コメンテータ 横尾 英博 (経済産業省商務情報政策局情報通信機器課長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

デジタル家電産業の問題点

デジタル家電の分野では、優れたイノベーションを利用した素晴らしい製品が市場に導入されていますが、十分な利益に結びついていません。これは、技術経営(MOT)が取り扱うべき最重要課題です。自動車産業はデジタル家電産業と比較してイノベーションが頻繁にでているわけでもないのに、多大な利益を上げています。電機メーカーの付加価値創出は自動車メーカーよりも大きく劣りますが、商品開発能力の観点から考えれば本来はこのような差は出ないはずです。

デジタル家電産業ではモジュール化が進んでいます。モジュール化された製品は、その成功度が高ければ高いほど、すぐに真似されてしまうというジレンマがあります。日本企業が新製品を打ち出しても、モジュールが流出し、他地域の付加価値に転換されてしまうのです。これでは開発をやめたほうがよいということにもなりかねません。

現在、電機産業の営業利益率は全体的に上向きですが、これは主に好景気の影響を受けたもので、利益が出にくい状況は今後も続くと考えられます。日本の電機メーカー各社は、デジタルカメラや薄型テレビなど、良いものをつくるという側面では大きな成功を収めていますが、それが利益に結びついていません。価値が獲得できていないのです。顧客が喜ぶ良いものをつくっているにもかかわらず技術が流出しているという状況をかんがみれば、短絡的には、価値獲得には特許取得による技術の独占が最も有効です。こうした考え方を受け、知的財産権のブームが起きていますが、この手法には限界があります。顧客が喜ぶサービスや製品をいかにしてつくるかという視点も重視されていますが、DVDプレーヤーなどの例からは、こうした視点は利益に結びつかないことが分かります。利益が出ない理由の1つは急激な値下がりです。良いものをつくっても利益が出ないという状況を改善する必要があります。

デジタル家電のコモディティ化

デジタル家電のコモディティ化は、モジュール化、中間財の市場化、顧客価値の頭打ち、という3要素に誘発されています。モジュール化とは、パソコンのように組み立てが容易で、誰が製造してもある程度の性能を維持できる状態のことです。しかし、モジュール化されれば即座に製造可能となるわけではありません。中間財(モジュール)の市場化が進み、システム統合(擦り合わせ)が市場化されて初めて製造可能となります。また、デジタル家電では、自動車とは違い、主要機能のみを対象とした競争が進んでおり、顧客価値の頭打ちが見られます。iPodのように、顧客が機能以外の価値を見出せる製品は利益を出すことができますが、こうしたデジタル家電製品はほとんどありません。

モジュール型とインテグラル型

モジュール化は、インターフェイスが簡単で、組み合わせればそれなりの性能が出るという特性と、部品がオープンかつ標準化されているという特性を持っています。携帯電話、DVD、デスクトップパソコンの3製品は完全にモジュール化され、価値を獲得できていません。デジタルカメラや薄型テレビでも、モジュール化がさらに進めば付加価値の創出は不可能になります。モジュール化が進むのは、部品や擦り合わせを市場化し標準化すればコストを低減できるからです。

一方、自動車はモジュール型とは対極の状態(インテグラル型)を維持しています。エンジンの新規開発には1台あたり1000億円もの投資が必要となるにもかかわらず、自動車メーカー各社は別々にエンジンの新規開発を行っています。また、自動車メーカー各社はシートも独自に開発しており、シートは何千種類にも細分化されています。こうした開発コストはすべて自動車価格に組み込まれています。エンジンやシートをモジュール化し標準化すれば、自動車の価格は半分になります。このように、インテグラル型で製造するとコスト高となるため、通常の製品はインテグラル型を維持できません。自動車の場合は例外で、インテグラル型にするためのコスト以上の価格で売れるためにモジュール化する必要がありません。インテグラル型のビジネスモデルにおいては、日本企業は圧倒的な強みを持ちます。

デジタル家電も、コストをかけカスタマイズされた設計にすれば、優れた商品にはなります。しかし、コストの上昇が顧客が支払う価格に見合わないため、付加価値にはなりません。デジタル家電をインテグラル型にできなかった背景には、顧客価値の頭打ちがあります。

携帯電話は付加価値が高いのではないかと考える人は多いようです。しかし、世界の平均的な携帯電話のコストは5000円以下なのに対し、日本の平均的なコストは2万5000円です。日本以外では、携帯電話はモジュール化された製品です。携帯電話やパソコンは汎用モジュールを誰でも入手できるため、資金さえあれば誰もが即座に製造できます。こうした背景もあり、中国には携帯電話のメーカーが100社以上あります。

部品のモジュール化が発生するのはメーカーが部品を販売するからです。部品メーカー各社は部品を販売せざるを得ないのです。このように、デジタル家電産業にはコモディティ化が発生するメカニズムが内在しています。一方、電機各社では、半導体を共通化し、社内で製造した部品は外販せずに社内で使用する垂直統合の試みを行っています。しかし、それでも社内ですべてを使うことはできません。半導体は大量生産が不可欠な製品なので、販売しなければ効率的な工場を建設できず投資も回収できません。

日本の大企業では全社的な戦略の欠如が問題となっています。半導体事業部が社内の他事業部にコストを教えないといった例や、部品事業部が新製品を社内の他事業部に発表する前に中国に販売しているといった例もあります。ただし、垂直統合を利用しているキヤノンは例外で、擦り合わせに成功しています。日本企業の強みは最終製品と部品の双方を販売していることだといわれますが、これを活かす戦略やマネージメントが欠如しているため、この点が逆に弱みになっている例も多く見られます。

日本企業と各国企業の役割分担

「リファレンスデザイン」とは、半導体メーカーが顧客に提供する、半導体を搭載した製品の設計図のことです。リファレンスデザインを提供することで、顧客の開発効率は向上し、その結果、メーカーは半導体の販売数を増やすことができるようになります。リファレンスデザインを提供するのは日本のメーカーとは限りません。たとえば台湾のメディアテックは、徹底的な設計図を提供しDVD用のチップセットを販売しています。

日本企業はパソコンについても精力的に擦り合わせを指導してきました。現在、ソニーやNECなどは開発のみを自社で行い、詳細設計や製造の多くを台湾のOriginal Design Manufacture(ODM)に依頼しています。日本企業がODMに徹底的な擦り合わせの指導を行った結果、ノートパソコンの世界シェアの80%は台湾製が占めるようになりました。しかし、台湾企業は同時に、半完成品(ベアボーン)を中国企業に販売しています。日本企業が苦労して指導したノウハウや技術は間接的に中国企業に流出しているのです。優秀な技術者が高品質の製品を生み出しても利益が出ないため、日本の技術者は疲労し意欲も下がるという状態が続いています。

こだわり価値と自己表現価値

モジュール化には、デザインルールが決まるためにイノベーションが活性化するという側面と、コストが安くなるという側面があります。当初はモジュール化によりイノベーションが急激に進みます。しかし、顧客がそれ以上の性能を望まなくなると顧客ニーズの頭打ちが始まり、標準化により誰でも製造できるようなコスト競争が発生します。

パソコンの場合、追加費用を出してまで特別な性能を求める顧客は多くありません。大部分は量販店で最も安い製品を探します。一方で、ヒュンダイ製とトヨタ製の自動車はほぼ同じ仕様であるにもかかわらず、顧客は50万円以上高いトヨタ製を購入する傾向にあります。自動車産業では顧客ニーズの頭打ちがない状況が維持されていますが、デジタル家電産業では顧客ニーズの頭打ちが起きています。これはデジタル家電産業にとって問題です。

デジタル家電のBusiness to Consumer (B to C)モデルでは、機能を方程式にあてはめると自動的に価格が計算されるような製品は必ずコモディティ化します。コモディティ化していない製品は、機能以外の価値を持っています。自動車などの製品がコモディティ化しない要因としては、こだわり価値(マニア性、芸術・工芸性)と、自己表現価値(ステータス性、ファッション性)が挙げられます。

製品のマニア性の度合いは、マニア雑誌の有無により判断することができます。たとえば、デジタルカメラや自動車に関するマニア雑誌は存在しますが、薄型テレビに関するマニア雑誌はありません。デジタルカメラや自動車にはマニア性を求める顧客が存在するということです。

自動車はなぜコモディティ化しないのかについて、一橋大学の武石教授の説明は面白いものです。歴史上、自動車業界に重要な貢献をした人物が2人います。1人はヘンリー・フォードで、安価な大衆向けの黒一色の自動車を大量生産する方式を採用しました。この大量生産方式が続いていれば、現在でも黒い自動車しか存在せず、機能のみが自動車の選択基準となっていたはずです。もう1人は中古車市場をつくりあげたアルフレッド・スローンで、価格の下がらない仕組みを構築し、自動車は成功の度合いを表すというステータス性の概念を生み出しました。スローンは、自動車をファッションとしてとらえるという考え方を人々に植えつけたのです。こうした経緯を経て、自動車はこだわり価値と自己表現価値の双方を満たした製品となりました。

利益創出

トヨタ自動車は、「ものづくりの神様」と称えられていますが、これには多少抵抗を覚えます。トヨタ自動車が利益を生み出しているのは、ものづくりの能力に長けていることに加え、上記のような自動車の特徴の恩恵を受けているからです。

ある企業で聞いたはなしでは、比較的大きな利益を出しているのは大型の薄型テレビの台だそうです。この台は10万円もするのですが、薄型テレビの購入者の9割以上が購入しています。見栄えが良いからという理由で購入した薄型テレビも、この台がなければ見劣りがするからでしょう。これは、家電がステータス性やファッション性に着目したことの成功例であり、こうした側面はさらに前面に押し出すことが重要です。

では、どうすれば利益を出せるのでしょうか。デジタル家電については3つのモデルを考えることができます。1つ目は、日本企業の得意とする、モジュールとアッセンブルの組み合わせです。このモデルはモジュールの外販の戦略が難しい問題です。戦略的な問題の克服と顧客価値の創造が課題です。2つ目は、モジュールのみというモデルです。多くの優秀な部品メーカーはこのモデルで利益を出しています。ただし、強い部品を持っているにもかかわらずインテルのような一大企業にはなれないのが問題です。戦略を持つプラットフォームリーダーとなり、アッセンブラーの上に立つことができれば、さらに利益を上げることができます。3つ目は、アッセンブルのみという、中国企業が低コストで行っているモデルです。船井電機などに見られるように、日本企業でも実施できるモデルです。アッセンブルの段階では、iPodのような意味的価値を創造することができます。

アッセンブルにおいて付け加えられる価値を高め、アッセンブルとモジュールの双方の擦り合わせに付加価値を加えられれば、デジタル家電も自動車と同じように利益を上げることができます。

コメント

コメンテータ:
1つ目のモジュールとアッセンブルの組み合わせというビジネスモデルでは、何が中核部品となるのかを見据え、適切な戦略をとることが重要です。たとえばキヤノンは、画像処理エンジンなどの中核製品は外販していません。部品メーカーや装置メーカーが積極的に外販することについてどう思われますか。米国の半導体業界では、ファブレスまたはライトファブ、あるいは台湾の製造専門会社を使うというビジネスモデルを採用する動きがあります。経済産業省では、半導体業界と共にこうしたビジネスモデルを模索しています。

2つ目のモジュールのみというビジネスモデルでは、プラットフォームとなる部品をいかに製造できるかが課題となります。

3つ目のアッセンブルのみのビジネスモデルでは、商品コンセプトの創造力が重要です。日本ではiPodのようなコンセプトを創造できる人材が欠如していると思います。低コストオペレーションは日本でも実現できるはずです。日本企業は差別化や高付加価値製品に目を向けがちですが、コスト低減のための施策も重要です。


スピーカー:
中核的な部品を外部に販売しないというのは難しい戦略です。競争力がない限り利益を出せない部品市場では、自社の事業部に販売する前に社外に最新製品を販売するくらいの気力がないと、成功はありえません。強みを持つ部品を外部に販売するからこそ、量販店で売れる最終製品から利益を得られることがあります。ライトファブやアウトソースを行うと、こうした日本企業の強みが弱体化するおそれがあります。

家電の中核部品であるシステムLSIのメーカー各社は、1社単独では政治力や戦略力を持たないにもかかわらず、互いに協力しようとしません。こうした状況が続けば、日本企業は家電のシステムLSIのプラットフォームリーダーにはなれないでしょう。プラットフォームリーダーとなりその地位を長年維持するためには、トヨタ自動車のように外部の多数の企業をマネージメントする能力も重要です。

インテグラル型の垂直統合モデルを残すためには、価値の創出が必要です。デジタル家電においても、自動車と同様、産業全体としての価値創出に重点を置くことが重要です。

質疑応答

Q:

自動車が家の外で使われるのに対し、家電製品は家の中で使われます。家電製品でも、携帯電話やiPodなど外で使われる製品は、それなりの付加価値を持っています。家の中で使われる家電製品に付加価値を加えることは難しいのではないでしょうか。
日本企業は今後、価値獲得の可能性を実現する3つの選択肢からどれか1つを選ぶようになるのでしょうか。または複数の選択肢をバランスよく選択するのでしょうか。

A:

デジタル家電メーカーは、「自動車では安全性が重視されるから」、「自動車は屋外で使うから」などの言い訳をします。では、家の中で使うPDPは10万円もするのになぜ売れるのでしょうか。言い訳をする前に努力すべきです。
方向性が定まらないまま中途半端に事業を展開している企業が多いのが問題です。特に大企業は製品に合わせて異なる戦略をとらなくてはなりませんが、いろいろな要素が絡むので戦略を徹底するのは容易ではありません。企業各社は、何を狙いどのような戦略をとるのかを決めるべきです。各企業や事業部がそれぞれの得意分野で力を発揮すれば良いと思います。

Q:

デジタル家電メーカーは、市場価値に対し高すぎる期待を持っており、Sカーブに沿って製品を普及させる意志が弱かったようです。200万円の大型テレビが永遠に売れると考えていたのではないでしょうか。率先してSカーブを駆け上がる覚悟でコストを下げる取り組みがなかったのはなぜですか。
特に日本の半導体メーカーには、製造技術を最大限に磨き、技術に対して大きな自信を持っている企業が多く見られます。それを「良い技術」と称していますが、結果として高コストになっています。製造技術はそこまで磨かずに、検査技術をより積極的に取り入れるという割り切った考え方も可能だと思います。米国や台湾ではこうした考え方が主流のようです。デジタル家電メーカーや半導体メーカーは、コスト管理について思い違いをしているのではないでしょうか。

A:

日本企業は一般的にコスト軽減には注力していますが、それ以上に価格を下げ、薄利でシェアを獲得する戦略をとっているために失敗しています。
製造技術についてある程度妥協するという考え方は、長期的には日本企業のためにはならないと思います。利益に結びつかないからといって技術レベルを下げるのではなく、技術を価値に結びつける努力が重要です。この方法は、一般的な経営学の観点に照らせば間違っているかもしれません。しかし、日本企業が持つ、ものづくりへは最大限の努力をするという大きなエネルギーを沈静する必要はないと思います。欧米企業は、一定の利益を出すために必要な能力を検証する方法を採用しています。しかし、日本企業にとっては、まず徹底的に力をつけ、それを戦略的に価値に結びつけて利益を生み出す取り組みのほうが適切なのではないでしょうか。差別化が難しい中、約10年の年月をかけて固有の強みをつくりあげないと競争はできません。

Q:

トヨタ自動車は、製造に加え販売の力も強いと思います。自動車産業では、ディーラーはメーカーの影響力の下に販売活動を展開しています。一方、デジタル家電の場合は、販売は量販店任せで、量販店が主導権を握っています。顧客価値を顧客にアピールするためにも、流通網を管理する必要があると思います。

A:

デジタル家電製品のバリューチェーンの中では、さまざまな機種の機能が比較でき、安いものを買えるという点に最大の価値があります。量販店はこうした付加価値を提供しています。デジタル家電製品では差別化が十分に行われていないからこそ、顧客にとってはこうした付加価値が重要なのです。たとえばデジタルカメラの購入を検討するとき、顧客は全機種を比較できる店舗に行きたいと考えます。一方、自動車については、顧客は通常、最初から買いたい製品を決めています。デジタル家電製品でも差別化に成功すれば、アップルのように専売店を設けることが可能になります。

Q:

コスト低減とは、モジュールとアッセンブルのコストをそれぞれ低減することだと思います。しかし実際にはこれらのコストに販売間接費が上乗せされます。日本企業の間接費を中国などの外国企業と比較分析したことはありますか。日本企業は間接費が高いので利益が少ないのではないですか。

A:

日本の大企業のコストに占める平均販売間接費の割合は約25%ですが、中国企業では約10%です。日本企業では、社員のスリム化が困難な場合も多いと思います。日本企業は間接費が高いので、たとえ中国企業と同様の工場を実現できても、それだけではコスト低減にはなりません。

Q:

自動車とデジタル家電では流通の仕組みが違います。量販店が価格決定権を握っているという事実は、デジタル家電製品の価格低下の大きな原因といえるでしょう。一方で、高齢化に伴いデジタル家電製品をセッティングできない人が増えています。これは系列店や街の小売店にとっては復活の機会となるのではないでしょうか。

A:

まちの小売店が良いサービスを提供しても、ユーザーが量販店に支払う以上の金額を払うとは考えられません。ユーザーが高くなったコストを賄うくらいの価値を創造できれば、こうした販売網を取り返すことはできます。デジタル家電メーカー各社は、量販店をうまく利用しながらマージンを下げる取り組みを行っています。米国では、メーカー側が在庫を管理するなどして力関係を変えようと努めていますが、コスト以上の大きな価値をつくりあげるアイデアは見えていません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。