政府債務の持続可能性と今後の財政運営:ワインスタイン論文を検証する

開催日 2006年4月28日
スピーカー 土居 丈朗 (RIETI前ファカルティフェロー/慶應義塾大学経済学部助教授)
モデレータ 小林 慶一郎 (RIETI研究員)
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議事録

国の債務を解釈するにあたっての基礎――ネットとグロスの違い

わが国の政府債務は未曾有の額に達していますが、その解釈をめぐっては未整理の部分も見られます。歳出・歳入の一体改革は、小泉内閣の総仕上げの改革として取り組まれています。どの程度の歳出抑制や増税が必要なのかという点は、最終的には政治が決着をつける問題です。しかしどの位の規模で歳出削減が可能か、増税が必要かという議論をめぐっては、必ずしも衆目が一致するような指標がありません。

ここでは、拙稿「政府債務の持続可能性を担保する今後の財政運営のあり方に関するシミュレーション分析―Broda and Weinstein論文の再検証―」(配付資料2), RIETI Discussion Paper Series 06-J-032(2006年4月)をもとに、その結果を紹介しながら議論したいと思います。

もっと根本的に、現在の財政状況は深刻なのか否かという点でも意見の違いがあります。これは、政府債務をグロスで見るか、ネットで見るかで様相が異なります。

グロスの政府債務、つまり政府保有の金融資産を相殺消去しない形で負債を国民総生産(GDP)と比較するとします(プレゼン資料p.3)。この場合、経済協力開発機構(OECD)の統計で日本は160%に達し、先進国でも最高水準です。このことから財政状況が悪いと解釈されます。

一方、日本政府が多数所有する金融資産に注目し、これを相殺消去した場合、ネットの政府債務が算出されます(プレゼン資料p.4)。この見方では日本の債務はイタリアより低い水準となります。日本政府は金融資産を保有しているため、債務を抱えているからといって深刻視することはないという意見があります。

グロスとネットをどのように考えるかは重要なポイントです。

国の負債の具体的な考え方 ―― ネットとグロスの違いを考慮して

国民経済計算(SNA)で中央政府、地方政府、社会保障基金の3公共部門から構成される一般政府の資産・負債の規模を見てみます(プレゼン資料p.5)。資産として含まれるのは金融資産のみで、不動産などの実物資産は含まれません。SNAでは、財政投融資、つまり政府による特殊法人に対する融資は公的金融機関の扱いになっており、一般政府には入っていません。つまりSNA に基づく議論では、財政投融資との相殺により、政府の負債額が減少するという議論は成り立ちません。財政投融資の問題は個別に議論すべきです。

国の債務総額から、国の資産を引いたものがネットの債務で400兆円(対GDP比80.7%)となります。将来の年金、医療など社会保障給付が明らかでない場合、あるいは考慮に入れない場合は、将来の財政負担と整合的な政府の債務規模は、グロスの政府債務が妥当です。将来の社会保障給付を推計して考慮に入れれば、将来の財政負担と整合的な一般政府の債務規模は、ネットの政府債務と将来の社会保障負担推計値を足し合わせたものと等しくなります。

簡単な数値で考えてみます(プレゼン資料p.8)。最初の期に社会保障基金が社会保険料を20とりました。これは将来の年金給付に充てます。社会保障基金は、このうち15を国債として運用し、5は株式として運用します。中央政府の支出は1期目に60とします。これを全部国債でまかなう場合、社会保障基金が前述のように15引き受けるとすれば、残りの45は国民に国債を売って調達しなければなりません。2期目では社会保障基金には株式運用の5が還元され、中央政府から国債15が償還され(利子率、収益率は簡素化のためにゼロとします)、合計20戻ってきて、20給付します。一方国は借金60の返済のために税金を徴収します。

1期目末に、中央政府と社会保障基金を合わせた一般政府の債務は、グロスベースで60、ネット・ベースで40(国債から積立金の20を引く)となります。しかし積立金の20は、将来年金を給付するための積立金であり、借金返済の原資ではありません。借金返済に使えば、年金給付債務が新たに発生します。結局20は将来税金で徴収しなければなりません。

以上の計算に基づいて厳密に考えれば、一般政府の負債は、中央政府の国債60と社会保障給付債務の20も加わって80となります。これが一般政府のグロス債務です。

ただし社会保障給付債務の20は、社会保障給付の積立金20と相殺することが可能です。相殺後の60が一般政府のネット債務です。

現実の世界に当てはめると、年金給付債務の認識が鍵となります。将来の年金給付債務がしっかり認識されているならばネットでの議論(ここでの60)が可能となります。認識されていない場合には、グロスで議論することが(ここでの80)妥当となります。

ワインスタイン論文を理解する上での注意点

シカゴ大学のクリスチャン・ブローダ教授とコロンビア大学のデービッド・E・ワインスタイン教授は2005年、日本の財政政策に関する論文を発表しました("Happy News from the Dismal Science: Reassessing the Japanese Policy and Sustainability"。以下「Broda and Weinstein (2005)」)。この論文ではネットの政府債務に基づき、将来推計を出しています。このために「政府債務はネットで理解してよい」という部分のみが一人歩きの形で理解されています。しかし同論文は、先ほど簡単な数字に置き換えて考えた将来の社会保障負担をしっかりと認識した上でネットで計算しているのです。将来の財政負担を考慮せずにネットで政府債務を計算し、債務は大きくないと解釈するのは乱暴な議論です。将来の財政負担、社会保障債務がよく判らないという立場を取る場合には、より慎重にグロスの債務で計算、認識するのが妥当です。

Broda and Weinstein (2005)の検証に当たり、もう1つ注意を要する点は、中央政府と地方政府の金融資産です。地方政府は財政調整基金などの金融資産を保有しています。これはバブル時代など、税収が大きいときに、将来の政府支出に充当するために基金として積み立てる仕組みです。これはまさにバッファーです。地方政府は借金も負いながら、バッファーとなる資金も積み立てているのです。しかし財政調整基金は借金返済のための資金ではないと認識すべきです。

一方中央政府には、負債の一部である政府短期証券との見合いの資産があります。外国為替資金特別会計において、為替介入の際に、政府短期証券を原資に円売りドル買いをして運用している米国債がこれに当たります。政府短期証券の借金を返済したい場合には、米国債を売ればいいのです。しかし政府短期証券以外の部分の負債については、債務削減のための資産利用は慎重に考える必要があります。財政運営上のバッファー資金を使って相殺することは不適切という議論も成り立つからです。

日本の一般政府の債務を対GDP比の割合として計算する場合、ネットの債務でも、政府資産売却収入を償還財源に充てる場合と充てない場合では、直近の数値で約30%の違いが生じます(プレゼン資料p.11)。拙稿での検証作業では、これが将来の財政運営にどう影響を及ぼすかという点も考慮して議論しています。

Broda and Weinstein (2005)の要約

同論文は、将来の政府支出の推移を、将来の人口推計を基にしながら割り出し、これを用いて現在の負債額と将来の政府支出の原資となりうる税収を計算しています。端的にいうと、分析初期(スタートライン:2002年)の政府債務対GDP比が「n年後」(約100年後)に再び実現する財政運営をするにはどうすればいいか、どの程度の税率(政府収入対GDP比)を設定すればいいかということです。

Broda and Weinstein (2005)では政府収入対GDP比を35%程度まで上げれば財政は持続可能とした上で、その場合の純政府債務対GDP比は最高で160%強で、金融市場における公債消化に疑義を生じさせない水準であるとしています。

Broda and Weinstein (2005)の検証にあたっての視点

同論文では、この政府収入対GDP比35%を、わずかな努力で実現する合理的範囲内の税率の伸び幅と示唆しています。しかしこれは1990年代当初、バブルの余韻が残っている頃の税収水準です。90年当時の税収を得るというのは、さほど容易ではないというのが私の立場です。

さらにBroda and Weinstein (2005)を的確に検証するためには、前述の、政府債務の計算方法を考慮に入れる必要があります。加えて、同論文が採用している人口推計も検討しなければなりません。同論文では日本の国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」のうち、中位推計を利用しています。しかし、同研究所の人口推計のうち、これまで最も現実に即していたのは、低位推計です。

またBroda and Weinstein (2005)では2002年を分析初期として、政府債務対GDP比を検証していますが、2002年から2005年にかけて、債務残高は上昇しています。この上昇分を織り込んだ場合の財政負担も検討しなければなりません。

Broda and Weinstein (2005)では次の3つのケースを想定しています。

ケース1:高齢者向け政府移転(社会保障給付)1人当たり支出額が実質GDPと同率で増加。高齢者向け政府移転と利払費を除いた若年世代(64歳以下)向け政府支出は、1人当たり支出が若年世代1人当たりGDPの伸び率(実質GDP成長率-若年人口成長率)と同率で増加する場合。

ケース2:高齢者向け政府移転、若年世代向け政府支出ともに、1人当たり支出額が実質GDPと同率で増加する場合。

ケース3:高齢者向け政府移転、若年世代向け政府支出ともに、1人当たり支出額が就労者(15歳以上64歳以下)1人当たりGDPの伸び率(実質GDP成長率―就労人口成長率)と同率で増加する場合。

以上に加えて、私は独自にケース4として、前述の社会保障給付が抑制可能な場合を以下想定しました。

ケース4:高齢者向け政府移転は高齢化修正GDPの伸び率で増加。若年世代向け政府支出は、1人当たり支出額が就労者1人当たりGDPの伸び率(実質GDP成長率-就労者人口成長率)と同率で増加する場合。

このケース4は、うまく社会保障給付を抑制できた場合、どの程度の税率引き下げが可能かを見た検証です。後に紹介するシミュレーション結果で、歳出削減を先に実施する(増税を後にする)ことを想定したケースです。ただし、これは社会保障給付の抑制を意味し、現実の政治では受け入れられにくい想定です。しかし、この想定に基づく税率引下げ効果は検証する価値があります。

追試によるBroda and Weinstein (2005)の検証

Broda and Weinstein (2005)が参照したOECDの資料で、日本の政府収入と支出を見てみます(プレゼン資料p.18)。 2005年の収入は31%です。Broda and Weinstein (2005)が財政持続可能としている税率は34.5%で、バブルのピーク時に相当する数字です。しかし、90年代に減税が実施されたため、それ以前の税収を回復するには、経済がたとえバブル時代並みに回復したとしても、再び増税が必要となります。

次に利払費を除く支出を、上記の4ケースに照らし合わせてみます(プレゼン資料p.20p.21)。高齢化が進む中、ケース1では政府支出が2020~2030年代にかけて若年・高齢者合わせて対GDP比で40%に達する可能性があります。ケース2では37%ぐらい。ケース3ではピーク時に50%まで達すると予想されています。社会保障支出を抑制したケース4では他のケースより大きく下がり35%以下となります。

Broda and Weinstein (2005)は、実質経済成長率2%、金利4%という想定で議論しています。結果からいうと、この経済成長率を3%、1%としても、必要となる税率に大きな変化はありません。

拙稿での追試では、2100年には2002年の初期時点の政府債務残高水準に戻るというBroda and Weinstein (2005)の議論に一致する結果がでました。しかしその水準に到達するまでの途中経過が同論文と異なる数値となりました。同論文では純債務残高は最大値で160%どまりという見方ですが、拙稿での追試では300%近くという異常ともいえる水準に達しています。これには政府支出の計算の仕方の違いなども反映されています。これと比例して拙稿での追試では、プライマリーバランスの対GDP比も21世紀後半には10%前後の水準を毎年実現しなければ、政府債務残高水準の初期水準への回復は不可能と計算されます。Broda and Weinstein (2005)の議論通りに税率を設定したとしても、政府支出次第では、以上の現象が観察され、実現の可能性に疑問が残ります。

さらに中央・地方政府の金融資産売却収入を償還財源に充てられない場合を想定してみます(プレゼン資料p.28)。成長率と利子率の差が2%の場合、1%弱の政府収入対GDP比の上昇が必要となります。これは消費税率に換算すると、2%程度となります。つまり今後約100年間にわたり、この水準を維持しなければならないのです。金融資産売却収入を利用できないことを考慮に入れると、政府収入対GDP比はケース4で36.3%程度になります。今の税率の対GDP比は31%のため、5%ポイント程の上昇が必要となります。多少の自然増収も含めた数字ですが、租税負担の増加は避けられません。

さらにBroda and Weinstein (2005)の議論で、人口推計を低位推計に替えるとどうなるかを見てみます。21世紀後半になると、人口減少が進み、政府支出がその分減ります。このため低位推計の方が、楽観的な結果が得られます。

アップデートケース

Broda and Weinstein (2005)で初期時点とされる2002年を2005年に替えた「アップデートケース」では、直近の財政悪化が織り込まれ、対GDP比で1%弱の政府収入の増加が追加的に必要となります。

政府資産の売却収入を償還財源に充てない場合に2005年をスタートとする「アップデートケース」の政府収入対GDP比を見てみます(プレゼン資料p.38)。成長率と利子率の差が2%で上記ケース2の場合には、2100年33.7%とかなり低い値になります。社会保障の給付を抑制するケース4の場合には、36.8%で、今の水準から5%強あげていかなければならない水準です。

政府資産の売却収入を償還財源に充てないアップデートケースの場合の、政府債務対GDP比の途中経過を見てみます(プレゼン資料p.39)。2005年には109%程度です。ピーク時には130%と、それほど悲観的ではない水準です。問題は、その時に確保しなければならないプライマリーバランスの黒字です(プレゼン資料p.40)。21世紀後半には、毎年確実に3%前後の黒字が必要となります。前述の36.8%という政府収入対GDP比が維持できれば、この黒字水準も実現可能です。しかしこの税率が政治的に維持可能という保証はありません。プライマリーバランスの黒字が実現しても、景気対策などによる減税は控える節度が政府に必要となります。

次に増税先送りのケースを見てみます。これを前述のケース4に当てはめれば、歳出削減が先で増税が後という説明となります。実質成長率2%、利子率4%で、増税を2010年から開始すると、ケース4で政府収入対GDP比が37.5%となり、前述の36.8%からさらに1%弱上がります(プレゼン資料p.47)。つまり増税を5年間先送りにすると、租税負担はこの程度強まるということです。消費税率に換算すると、2%ポイント引き上げて増税しなければならないことになります。私個人の意見は、37.5%という水準が実現不可能とは思いません。しかし税率引き上げがマクロ経済に及ぼすダメージは大きいとみられます。しかも、37.5%を今後約100年にわたり維持しなければならない計算です。結論としては、わずか5年間増税を先送りにしたために、消費税率換算で余分に2%ポイントも高い税率を約100年維持し続けなければ政府債務は持続不可能、というのは割が合わないと考えられます。そういう意味で歳出削減と共に、増税のタイミングを遅らせないことが必要と考えられます。

質疑応答

Q:

3点質問があります。第1に、社会保障・人口問題研究所の推計では人口が2050年に現在の2/3、2100年には1/3になります。生産も消費も比例して減少すると思われる中、GDPが今のまま上がっていくという議論は理解が難しいのです。第2に、人口減は負担減につながるかもしれませんが、高齢化も同時に進行します。その問題はどのように織り込まれているのでしょうか。最後に、政府支出の議論では、一般会計のみが対象となっていますが、300兆円程とされる特別会計はどうなっているのでしょうか。

A:

第1に、人口減少に伴う経済成長への影響はあります。今回の検証ではこれをフィードバックする推計方法はとっていません。ただし代替的な手段として、経済成長率を人口減少に合わせる意味で長期的に1%と設定した場合などのシミュレーションをしています。しかしその場合に生じる差異は、コンマ数パーセント程度。1%弱にも満たない幅です。これを見ると、成長の低下が租税負担の増減にもたらす変化は大きくないといえます。
第2に高齢化の問題ですが、人口の大幅減は予想されるものの、人口構成は劇的な変化は予想されません(配布資料2のp.43)。21世紀後半に人口構成は安定します。65歳以上の割合は微減します。つまり高齢化の影響は劇的に表れるわけではありません。人口そのものの減少の影響は21世紀後半に支配的になります。
最後に、「一般政府」という概念は国の一般会計と特別会計を共に含んでいます。道路整備特別会計なども一般政府に含まれるのです。ただし前述の通り、財政投融資、つまり金融活動向けの特別会計は公的金融機関の扱いとなります。

Q:

前述の質問で出た、成長率が1%、2%になった場合にも税収はあまり変わらないというのはなぜなのでしょうか。
次に、2000~2005年の税収がかなり落ちているというお話でしたが、2006年には急激に回復しているという指摘があります。さらに企業が過去の損害を清算している段階ですが、これが完了すれば税収は劇的に増えるという予想もありますが、どう思われますか。

A:

最初の質問については、GDPの増加により、税収のみならず支出の増加がもたらされます。政府支出はGDPに連動する形で想定されているのです。この想定には批判意見もありますが、Broda and Weinstein (2005)の議論に従い、この想定を採用しました。その上で、GDPの増加が収支双方の増加につながることから逆算して、GDPの変化が税収に変化を及ぼさないと考えています。
次に税収の増加ですが、OECDのデータ上では、2005年から2007年まで対GDP比で約1%予想されています。さらにその後どのくらい上がるかは、日本経済の底力にかかっています。ただしGDPの1%というのは約5兆円に相当します。このため税率構造の変化なくしては、2007年以降、さらに2~3%増加することは難しいと思います。

Q:

Broda and Weinstein (2005)の追試で、純債務の増減にかなりの差異が生じました。同論文で最高値が160%とされたものが、土居先生の追試では300%近くに達するということでした。これは国内の投資家だけでは支えきれない水準の債務と見られます。海外投資家による日本国債の保有も想定されます。市場動向によっては取付け騒ぎに発展しかねない状況も考えられます。160%から300%への変化の要因としては、どのようなことが考えられますか。

A:

原因の1つは、政府支出の将来推計のとらえ方の違いです。もう1つは収入と支出のタイミングの違いです。今回紹介した4つのケースでは、高齢者向け支出がそれぞれ異なります。そのことが支出合計の違いとなって表れます。支出と収入のタイミングが異なるため、私の推計では支出の方が先にかさみ、債務が増えます。しかしそれ以降は支出が減り、設定の税率で債務の返済が進みます。たくさん借りて、たくさん返すという構図になるわけです。これが追試の結果に反映されました。ただしこれはあくまで理論であり、実際の金融市場や政府政策で、300%の純債務が受け入れられるか否かという問題は、また別に検討すべきことです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。