ワシントンから見た日米関係

開催日 2006年4月10日
スピーカー 多田 幸雄 (CEPEX理事長)
モデレータ 木村 秀美 (RIETI研究員)
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議事録

CEPEXの概要

センター・フォー・プロフェッショナル・エクスチェンジ(CEPEX)は「次世代の知日派」の育成を目指す組織です。将来が期待される若い米国人や日本人の教育、研修、就職を支援し、ハイレベルな国際交流を図り、いわゆる「国際ハローワーク」の役割を担うことを目的とします。

2005年11月12日付の朝日新聞でCEPEXの活動が紹介されました。記事の題は「次世代の知日派育成本格始動、官民学NPOが共同で取り組み」。本文は「先細りする米国の若手知日派を育成していくため、NPOと官民学が一体となり、日本に関心のある若い米国人の専門教育や就職を支援する活動が本格化した」。以下、次のように続きます。

「日本に関心のある若い米国人の専門教育や就職を支援する活動が本格化している中で、帝京大学が手始めに2006年4月から、JETプログラム(外国青年招致事業)の修了者を全額学費免除で受け入れることを決め募集を始めた。2006年9月以降、協力する大学や民間企業がさらに広がっていく見込みで次世代の知日派作りへの期待感が高まっている」

「1つの問題意識として、米国の知識階層では、台頭する中国への関心が急激に強まってバブル経済崩壊後の長期低迷からなかなか抜け出せない日本への関心は薄れ、知日派は減るばかりだ」

「そんな米国の現状に危機感をもった日米の有志が2005年、非営利団体「センター・フォー・プロフェッショナル・エクスチェンジ(CEPEX)」を立ち上げ、知日派の育成に乗り出した。日本の専門家になろうとしても就職先は減っていくため、有望な若手は中国を専門分野に選ぶ傾向が強い。そこで日本に関心を持てば留学もでき知識を活かして研修を受けて職業につながっていくような環境を整えていくことにした。こうした呼びかけに最初に応じたのが帝京大学だ。初年度は英語教育のアシスタントとして2~5人を受け入れ、成果に応じて増やしていく構えだ」

「JETプログラムを受け入れているのは地方の中学や高校が多いため大学院を修了した若手は、大都市圏にある民間企業や研究機関、官公庁で研修が受けられるように経済同友会などへも働きかけており、受入れを前向きに検討する企業も出てきた。米国への帰国後は日系企業への就職まで手伝っていく計画だ」

CEPEX発足の動機

全米で登録されている非営利組織(NPO)の数は170万に昇ります。うち80万は501c3(非課税対象となる米国政府公認非営利組織)の適用を受け大規模な活動を展開しています。日本でNPOといえばボランティアのような形も多いですが、米国では社会の多方面で政府や企業、大学に代わってさまざまな活動を行っています。最近では日本でも経済界からNPO支援の動きがあり、経済同友会からの要請で米国事情を調査する過程で、自分たちでも何かできないか考えたのがCEPEX設立のきっかけです。

日米関係においてCEPEXはどのような役割を果たせるか。2つの候補が出ました。1つは大学・高等専門教育や公共政策の分野、もう1つは日米関係の担い手育成支援の分野です。今、米国の知日派として活躍しているのは、ケント・カルダーさん、マイク・モチヅキさん、エド・リンカーンさんなど、ベビーブーマーと呼ばれる世代の人達です。日本への留学経験を持ち研修も受けた彼らは日米通商摩擦の時代から20年近く就職に困ることはありません。これに比べて、彼らに続く世代を取り巻く状況には寂しいものがあります。今ワシントンで日本のことをやろうとしても食べていけないのです。やり続ける魅力もありません。問題・課題がなく、将来性もないのです。こうした中、日本のことをやろうとする人が減っています。第一線で活躍している研究者でさえも、さまざまな機関を渡り歩かなければならない厳しい現状があります。このような状況を何とかしたいというのが私の問題意識でした。

日本人研究者の間でも、ワシントンで公共政策や国際関係論を勉強した後に、現地に残りたいと希望する人は多数います。しかしそのような希望を実現できる機会は多くありません。日本に帰国しても活躍の場は限られています。加えて日本国内の大学数がここ15年の間に約550から約700校に膨れ上がる中で学生人口は減少しています。今後5年で相当数が淘汰されると予想されています。そこでこうした状況に何らかの働きかけができないだろうかと考えるようになりました。

実態調査

このような問題意識に基づき、一昨年の冬から最初のNPOを設立する5月までの期間、月に1度の実態調査を行いました。2月には米国から日本へ留学する学生や日本への留学経験者の調査を行いました。3月にはブルッキングス研究所、米国戦略国際問題研究所(CSIS)、外交評議会、スティムソンセンターなどシンクタンクを、4月にはジョージタウン大学やジョージワシントン大学などの高等教育機関を対象に調査を実施しました。NPO関連ではマンスフィールド研修プログラム、日米学生会議、日米協会、そしてトヨタ、日立など財団を持つ大手企業などからも意見を集めました。国務省、国防総省、米国通商代表部、議会スタッフや、日本貿易振興機構(JETRO)ニューヨークセンター所長からも話を伺いました。マスコミにも活動を紹介し取り上げてもらいました。世界銀行、国際金融公社(IFC)、米州開発銀行、国際通貨基金(IMF)、多数国間投資保証機関(MIGA)からも意見を聞くことができました。こうした中で収斂してきたことが現在のCEPEXにつながっています。

実態調査でみえてきたこと

日米間での交流プログラムや招致プログラム、セミナー、シンポジウムなどは、外務省、国際交流基金、経済産業省、財務省などさまざまな機関ですでに数多く実施されていることが分かりました。問題はこうしたプログラムやセミナーに参加しても就職にはつながりにくいという点です。

中国では日本をはるかにしのぐ規模で対米交流が行われています。米議会議員が日米議員交流で年に10人訪日するとすれば、中国は約100人程度の議員を招待していると考えられます。韓国や台湾でも状況は同じで、日本周辺諸国での周知プログラムは今や日米2国間交流を大きく上回る勢いで実施されています。日米関係の地盤沈下が起きているとでもいえるでしょう。

そこでCEPEXでは就職支援に力を入れることにしました。キーワードの1つは官民学NPOの協働・連携です。企業や官庁といった縦割り組織では難しい横断的な活動を目指しました。

たとえばJETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業=The Japan Exchange and Teaching Program)は外務省や文部科学省、総務省など複数省庁の管轄にあるため、これを束ねて1つの事を達成するのはなかなか困難です。JETプログラムの参加者はプログラム修了後の就職機会で問題を抱えていました。元は地方自治体の国際化が目的なので、派遣先は地方が中心です。そこで派遣先地域についての知見は豊富で日本語に堪能でも、日米関係については十分な知識を持っていません。また実務経験もなく、即戦力にならないため企業は採用を躊躇します。たとえば、ワシントンで需要があるのは、ある程度の日米問題意識を持ち、経済指標も読め、調査も実施できるような人材です。JETプログラムの参加者は派遣先の地域に関する豊富な知識を得て、日本語に堪能になっても、そこから先に進むことができていない場合があります。CEPEXがJETプログラム参加者を大都市圏に集めジョブトレーニングを実施すれば、彼らの就職口も広がると思います。ワシントンの政策決定の分野でもより深い知識や問題意識を持つ人材が求められています。東京で研修を受ければ米国大使館や在日米国商工会議所の会員米国企業、経済産業研究所(RIETI)などで経験を積む機会もあるでしょう。そうした機会を通じて将来ワシントンで大きく成長する人が現れるのではないか。そうした期待を胸にプログラムを起ち上げることにしました。

5回の実態調査を経てNPOの設立に着手しました。CEPEXの活動内容を日本語で表すと「日米高等教育研究交流就職支援共同機構」となります。それをCEPEXとしたのは米国人の助言でした。これから何かチャレンジングなことをする際に、それが「戦略的」で「高等」であることは当たり前の話で、わざわざ名前につける必要はない。むしろ、誰もが一度で覚えてくれる、そしてIT時代なのですぐにホームページに辿り付ける名前が良いとのこと。従って、今回の最終決定要因はWEBアドレスが取れるかどうかでした。ちなみにCEPEX.ORGです。今回の話のもう1つのキーワードになりますが、小規模NPOとしてはマスコミを大いに活用する必要があると考えました。CEPEXでは積極的に日英プレスリリースを行い、日米のメディアでも関心を集めています。去年の5月には米国でNPOとして認可され、現在は501c3の非課税措置を申請中です。501c3の適用を受けるには顧問弁護士や顧問会計士の採用が条件となります。CEPEXではフレディマック(連邦住宅金融抵当金庫)の公認会計士などの第一線で活動する人々の支援を得ることができました。

CEPEXに対する反応

CEPEXは既存の日米交流団体から脅威として受け止められることもありました。一方で経済同友会、経団連といった経済界からは研修や就職の面でできるだけ協力したいとの考えを聞くことができました。3週間前には外務省の谷内正太郎事務次官との面談の機会を頂きました。そこで6月末に予定されている小泉純一郎首相の訪米の際に、次世代日米リーダー育成をテーマとして取り上げて頂ければ、ワシントンから是非支援したい旨をお伝えしました。

質疑応答

Q:

日本への関心が低下しているとありましたが、日韓関係や日中関係となると関心は高まるようです。日本への関心を高めるための切り口を変える手はないでしょうか。在日米軍の中には将校クラスの人を含めて日本に好意を持つ人達も多いようです。CEPEXのプログラムでもこうした米軍関係者を活用する手はないでしょうか。在日経験のある米軍関係者から日本研究の学者が輩出された歴史の経緯もあります。

A:

知日派になった米軍関係者をフォローするプログラムは必要だと思います。問題は誰がそうしたプログラムを担うかです。CEPEXとしては、10年期限のビジネスモデルを提案しており、活動している間に次々と似たようなモデルが米国各地や日本でも広まって、さまざまな担い手によって継承されることを目指しています。米海軍との仲立ちということであれば「海の友情」という本もあるように、海上自衛隊関係者に託す手も考えられるでしょう。CEPEXでは米国の小学校や高校を対象とした活動も行っています。ワシントン周辺地域で日本語を教える高校は13校あります。日本語を学習する学生の多くは将来的にもさまざまな分野で活躍することが見込まれています。そこで今年初めてCEPEXではワシントンの日本大使館と組んで現地の高校3年生を対象にキャリアフォーラムを行いました。結果170人が集まりました。キャリアフォーラムでは、JETプログラムを紹介したり、日本企業・マスコミ、政府系機関や国際金融機関への就職といったさまざまな切り口を提示したりしました。このように1つの問題をさまざまな角度から捉える組織が今後増えることに期待しています。

Q:

CEPEXはすばらしい構想だと思いますが、本来は政府が考えるべきことだったのではないでしょうか。在日米国系企業に勤める米国人や、帰国後に米国の日系企業に務める米国人の成功例を紹介し、就職のインセンティブにできるのではないでしょうか。実際にどの程度の米国人が日本で働き続けたいと考えているか調査し、そうした人々に働きかけることもできると思います。

A:

確かにCEPEXを立ち上げたときに「これは政府がやるべきこと」という意見もだされました。しかし、公共事業の民営化というか、民間やNPOがやった方がうまくいくアプローチもあると思います。ワシントン駐在の日本人には、自分たちが何らかの形で国家を背負っているという認識が共通してあると思います。ワシントンはそうした使命感が自然と強まる特殊な場所なのかもしれません。ワシントンでは同一の人材が民間企業、政府、非政府組織(NGO)を移動することも多く、これは政府の仕事、民間の仕事という明確な線引きが、なかなかできないという側面もあります。

Q:

日米関係がここまで良好な中で両国関係の研究者に仕事がない状況はどのように捉えるべきでしょうか。米国に進出している日本の中小企業(製造業)にとっては、日本語のできるJETプログラム参加者は貴重な人材だと思います。JETプログラム参加者の間で人気の高い職は何だとお考えですか。

A:

一般にどの職の人気が高いかは現時点では把握しきれていません。在米日系製造企業では、日本的経営を理解しつつ現場も指導でき、米国内での売り上げ実績を最大限に伸ばせる人材が理想として挙げられます。ここではJETプログラムで身につく日本語よりは業界の専門知識が重視されます。ですからCEPEXではJET経験者に対する専門職業訓練に着目しました。日本企業の場合は終身雇用という概念がありますが、上昇志向の強い社会にある米国人の場合は、1つの企業でこれ以上プロモートできないことが分かればすぐに次のステップに向けて動き出します。社会状況や家庭環境が変われば転職の可能性もあるので、就職を固定的に考える必要はないという意見は実態調査でも聞かれました。ですからCEPEXでは有期雇用でも良いと考えました。提示されたポジションが魅力的で将来のキャリアにつながるものであれば有期雇用でも米国人に受け入れられると考えたわけです。

Q:

米国の研究者の中でケント・カルダー氏以降の世代で日米関係への関心が低下したのはなぜですか。続く世代は米国とBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)などとの関係を研究対象として重視しているのですか。日米間の政治的パイプが薄れる中では、若い世代の政治家育成に注力した方が現実的ではないですか。

A:

研究者支援プログラムの大幅減が背景にあります。日米研究には助成金がおりにくく、将来性も認められていません。「日米韓」や「アジア」にまで研究範囲を広げないとテーマとして評価されません。日米貿易摩擦時には、日米研究者の思いつきともいえる研究テーマでも米政府の関心のうねりと合致し、研究員のキャリア上昇につながることがありました。しかし現在はそうではありません。世界貿易機関(WTO)、安全保障、為替問題などの切り口から、穴が多数開いている中国関係に攻め込む。そういった研究が評価を受けています。どんなに優秀な研究者でも日米関係の研究のみで付加価値を付けるのは困難です。インドや中国との関係を扱えば自分のアイデアが活かされる中で、日米関係の突破口になるような研究を提言することは難しいです。 政治家を排除する意図はありません。例えばJETプログラム修了者の中にも政界を目指す人はいます。たとえば民主党の下院議員候補で、今年3月にシカゴ10区のプライマリー(選挙集会)で圧倒的得票率を得て勝利したダン・シールズさんです。シールズさんはJETプログラムを通じて埼玉県の高校で英語を教えていました。帰国後はSAISを卒業後商務省で研修を受けたり、上院議員のスタッフとしての研修を受けたりし、シカゴで経営学修士(MBA)を取得した後にGEキャピタルに就職しました。その後民主党から立候補し、プライマリーまで出てきました。

Q:

ニーズがない所に人材が集まらないのは当然だと思います。欧米の若い世代は日本文化(ファッションやアニメ、マンガ)に強い関心を抱いています。将来的にはこうした分野での交流の方が重要になるのではないでしょうか。

A:

それも1つの見方だとは思います。たとえば今年のワシントンでの桜祭のイベントでは日本外務省は日本のアニメを強く打ち出しましたが、そもそもアニメ文化に関しては政府の後押しは不要という見方もあります。 ニーズに関しては現状を把握しきれていません。但し、JETプログラム同窓会の集まりなどに参加しますと日本関係、日本での就職を望んでいる声を多く聞きますので、ニーズは高いと思います。やる気のある人は多数いるはずですから、引き続き、幅広く人材を探していきたいと思います。

Q:

CEPEXに応募が少ないというのはCEPEXの認知度が低く、さらにはJETプログラム修了者が現在の仕事に満足しているからではないでしょうか。

A:

確かに現在の就職条件が良いために、将来が未知数なCEPEXのプログラムへの応募を辞退するケースもあります。今後はCEPEXの活動のさらなる周知徹底を図りたいと思います。

Q:

ワシントンからみた日本、中国、韓国の魅力は何ですか。

A:

中国には憧れや期待感を持っています。中国語に対する関心が高まる背景には相手をまず理解したいという欲求があるのでしょう。また、ワシントン周辺には恐らく10万人超の韓国人・韓国系米国人が在住しています。彼らは機会あるごとに韓国に関する情報発信を行い、協力し合っています。対してワシントン周辺の日本人の人口は7000人程度で、この規模は、在住ネパール人の人口とほぼ同じくらい。ワシントン在住の米国人にとって東洋系といえば圧倒的に中国系、韓国系、ベトナム系が挙げられるでしょう。ですから日本の魅力を増していくためにも、CEPEXの活動にご理解とご支援をお願い致します。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。