日本の科学技術戦略

開催日 2006年2月23日
スピーカー 薬師寺 泰蔵 (総合科学技術会議議員/慶應義塾大学客員教授)
モデレータ 川本 明 (RIETIコンサルティングフェロー/内閣府科学技術基本政策担当室長)
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議事録

日本の科学技術政策

第1期科学技術基本計画(以下「基本計画」)の検討が始まった当時、国民は「科学技術は日本経済を良くし、豊かにした」「医療等の高度化にも貢献した」といったように科学技術に対し肯定的な見方を持っていました。しかしここにきて国民の科学技術に対する関心は低下しています。そのことはアンケート調査結果からも明らかです。あるいは敵対的な見方すらあります。一方で科学技術に対する期待があるのも事実です。総合科学技術会議による「『科学技術に関する基本政策について』に対する答申」(平成17年12月27日)の第4章で「社会・国民に支持される科学技術」が論じられている背景にはこういった国民の期待があります。そこで第三期基本計画ではこれまでの「科学者のための科学技術政策」から脱却し、国民に分かりやすい科学技術を推進することが目指されています。

今回の答申には「モノから人へ」という考え方が盛り込まれました。日本の科学技術を支えるのは科学者を始めとする「人」だという考えです。これに対して一部機関や大学から「組織にはカネは出さないということか」と大きな抵抗がありました。そこで、人が日本を支えていくという考えを明確に打ち出しつつ、人が光り輝く組織に対してもカネを出すという妥協案で落ち着いたわけです。今回の答申ではこの「人対組織」が最も大きな争点となりました。

日本の科学技術政策はソ連や中国のように5カ年計画に基づいて実施されています。第1期基本計画では政府研究開発投資目標として17兆円が打ち出されました。ポスドク1万人計画も立ち上げられました。この計画は達成できたものの、ポスドクの多くが就職難に直面しました。第3期基本計画では人重視の方針を打ち出すことでこういった問題の解決を図っています。第2期基本計画では重点分野とその他の分野として各4分野が特定されました。このことで予算の肥大化を防ぐことができました。これらの分野は第3期基本計画ではそれぞれ「重点推進4分野」と「推進4分野」という形で受け継がれています。

米国の国立科学財団(NSF)や国立衛生研究所(NIH)の競争的研究資金は日本の4~10倍といわれています。そこで第2期基本計画では競争的研究資金(政府研究開発投資)の倍増を打ち立て総額24兆円が目指されました。同計画では50年間でノーベル賞受賞者を30人程度輩出するという目標も立てられました。これはマスコミでも大きく取り上げた点です。

第3期科学技術基本計画

第3期基本計画では人材重視の観点から「モノから人へ」という考えが盛り込まれたわけですが、人材育成のためには競争的資金を効果的に増やす必要があります。関連して、基盤的基礎研究を実施している大学法人や独立行政法人への交付金(基盤的資金)とのバランスをいかに取るかが最大の争点となりました。基盤的資金は確実に措置しつつ競争的資金との組み合わせを考えるという方向で競争的資金の拡充を目指そうとすると、財務省から反発の声があがります。予算拡充の保証が無い中で基盤的資金を措置するのであれば、競争的資金は減少するというのが財務省の考えです。こうした議論を経て、総合科学技術会議が競争的資金と基盤的資金の組み合わせバランスを確保する代わりに大学の役目を大きくし、そこに基盤的資金を確実に措置するということで決着しました。

大学の役目に関連して、答申には大学の競争力強化に向けた2つの施策が記されました。1つは世界的に一流の研究者を抱える大学拠点を30程度形成するというものです。もう1つは私立大学を含め地方の大学の個性化を図るというものです。個性化を実現する上でのキーワードは「外部性」です。すなわち地方公共団体や他省(例:医学部の場合は厚生労働省)からの支援です。地方の大学間のネットワーク構築も推奨されていますし、地財法改正により国立大学が地方公共団体の土地を活用できるようになりました。地方の「知の拠点プログラム」も実施されてきました。こうした施策を通して国民に支持される科学技術の推進が図られています。

第3期基本計画では国民に分かりやすい科学技術を目指し6つの施策目標が示されました。現在は、同計画が目指す約25兆円規模の政府研究開発投資をどう具体化するかの議論が進められています。

第2期基本計画には1つの欠陥がありました。それは重点分野とその他の分野を区別したことです。その他の分野はこのままいくと予算がなくなるということで、各省は重点4分野に流れ込みました。その結果、その他の分野で予算の空洞化が起きました。この問題を受け、第3期基本計画では分野の中でも予算を増やすべき戦略的重点部分がどこかあるのかという問いかけを行うことで予算のなだれ込みの解消が図られています。

答申では3つの戦略重点科学技術が選定されています。1つ目が国民の安全・安心に係る社会的な重要課題に解決策を提供する科学技術です。ライフサイエンスでいえばSARS対策や感染症対策の分野です。2つ目が国際的な科学技術競争を勝ち抜くために必要となる科学技術です。不作為の場合の5年間のギャップを取り戻すことが極めて困難な技術とされています。3つ目が国家的な基幹技術としての科学技術です。宇宙輸送システム技術などが含まれます。

日本の女性研究者の割合は経済協力開発機構(OECD)平均を下回る10%程度となっています。答申ではこの数字を25%まで引き上げるという目標が打ち出されました。科学技術に関しては予算を付けるだけでなく制度改革を行う必要もあります。先ほどの30程度の拠点設立や地域の「知の拠点」設置、先端的融合領域での産学共同研究などはそういった改革の一環として行われています。制度改革の推進は総合科学技術会議が今後5年間で果たすべき大きな役目の1つです。

独立行政法人は主務官庁大臣に中期目標を提出することが法律により定められていますが、そうした目標に総合科学技術会議が介入することが難しくなってきています。国立大学や独立行政法人に科学技術分野で支援を提供する際、データが必要となりますが、このデータがなかなか手に入らないのです。大学の中には教員1人当たりの研究経費が1000万円程度になる大学もあります。しかし本来教員が必要とするのは20万円程度でしょう。こういった状況は大学に身を置いていると実感できますが、公表数値を見るだけではなかなか把握しきれません。支援にはデータが必要という考えには国立大学協会が強く反発しました。自分たちの家に土足で入られるのではないかと懸念したわけです。最終的には、支援を目的としていることを説明し、独立行政法人、国立大学法人等の科学技術関係活動の把握・所見とりまとめの強化が答申の最後に記されることになりました。

質疑応答

Q:

日本の科学技術の中でも特にものづくりはロボットや生産システムの分野で進んでいると思います。一方で中国が有人宇宙飛行を行う中、日本の宇宙開発は遅れているのではないかと思います。宇宙開発はフロンティアの分野に入るのでしょうか。この辺の見通しは出ていますか。

A:

宇宙開発はフロンティアの分野に入ります。この分野には当初2000億円程度の予算が割かれていましたが、その後予算が削減されています。予算削減の理由は幾つかあります。宇宙開発に関しては日本は打ち上げの数が少なく、そのため失敗が目立ちます。外国では打ち上げ数が多いので失敗はあまり目立ちません。宇宙開発技術は国家基幹技術として重要との認識は総合科学技術会議でも共有されています。
組織的な問題もあります。宇宙開発技術の場合、実質的には民間企業がコントラクターとなっているのですが、責任体制が整っていません。予算をつければ打ち上げが成功するというものでもありませんので、予算面でも支援をしつつ組織面でも整備を進めることが大切です。

Q:

「モノから人へ」という観点について2つお伺いします。1つ目に、「モノから人へ」が成功したと判断する基準は何ですか。「モノから人へ」という考え方が第3期基本計画に盛り込まれたこと自体を成功と受け止めておられますか。あるいは数値目標が達成できた時点で成功とみなされますか。2つ目に、日本でのイノベーション創出における海外人材の必要性に関してはさまざまな議論があります。相対的に見て海外の開放性などは大きなポイントだと思います。他方で海外企業による日本の研究開発への投資は非常に少ないです。これは日本には海外が関心を持つような研究人材がいないからだ、逆にいえば、海外で通じる日本の人材は海外に移動しているという見方がありますが、現状をどうお考えですか。今後第3期基本計画を経てどのような方向に動くとお考えですか。

A:

米マサチューセッツ工科大学(MIT)などでも、昔は日本人のアシスタントプロフェッサーへの応募が多かったが、最近は中国人や韓国人の応募が増加しているようです。米国や英国では「人」が大学研究機関を支えています。ここから人重視の考えが生まれました。ただ、総合科学技術会議が人材育成に関して具体的な方向性を示すのは良くないと思います。私は「モノから人へ」のイメージは示せますが具体論をいう立場には無いと考えています。それぞれが自由度を持っていろいろなことを考えて欲しいと思っています。
私が70年代に留学した当時は、帰国後に定職は無いだろうと考えていました。だからこそ逆に頑張ることができました。ところが最近の若者は大学内でのポストが無くなることを懸念して積極的に留学しようとはしません。これは問題です。日本の場合は交付金に人件費が含まれるため単純な比較はできませんが、統計などを見ても日本の研究者の研究コストパフォーマンスは米国と比較しても高すぎるようです。能力が同じでコストが安いならば海外からの研究者が大量流入することになります。そういった事態を防ぐためにも、女性研究者の起用を進めるべきです。やはり研究者の世界でも男女平等とはいいながらも、性差は存在します。そういった性差を是正すればコストパフォーマンスが向上すると考えました。

Q:

答申ではイノベーションに関して多くのページが割かれているようですが、日本のイノベーターを論じる際には「ものづくり」や「産業競争力」といった項目が見出しに現れるようです。全体を通して、イノベーションはどのように扱われていますか。社会的システムとしてのイノベーションも重要だと思いますが、どうお考えですか。

A:

イノベーションに関しては2つの考え方があると思います。1つは社会イノベーション、つまり制度としてのイノベーションが最も重要であるという考えです。知財法を巡る動きや国立大学が民間企業から融資を受けられるように制度を変更するといった動きにこうした考えは見られます。外国人研究者受け入れに対しても制度的障壁が存在します。こうした障壁も無くさなければなりません。
イノベーションという言葉・概念が世の中に定着して、イノベーションに関する議論が活発化するのが望ましいと思います。私は「エミュレーションがイノベーションだ」という考えを取っています。イミテーションとは複製ですが、上手く複製できるようになると次の段階として外部技術の接ぎ木が可能になります。完全な複製ではなく不純な複製ですが、この不純な複製を繰り返せば、新しいモノが生まれるわけです。これがエミュレーションで、イノベーションの1つの形だと考えています。無から有を生み出すのが発明・発見であるのに対し、イノベーションは「オーガニゼーショナル(organizational)」なものです。新しいオーガニゼーション全体をイノベーションとして考えることもできると思います。設計図もオーガニゼーションですし、物事のコンストラクトもオーガニゼーションです。

Q:

私は科学技術の将来に危機感を持っています。昔でいうならば、原子力という名前が付くだけで学生の人気が大きく下がりました。宇宙も就職につながらないということで敬遠されました。最近ですと情報通信の人気が大きく落ちています。日本はこれで大丈夫なのかという危機感を持っています。「モノから人へ」という発想は良いと思います。一方で人の裾野が狭まるようでは何も始まりません。大学教育段階以前で科学離れが起きているにもかかわらず、なぜこの点が政策重点分野にならなかったのでしょうか。

A:

まったくその通りだと思います。ご指摘の点は、トーンが弱いのかもしれませんが基本政策には含められています。私は大学生以上の人間を変えるのは難しい、小学校高学年あるいは中学生から手を打たないと手遅れになると考えています。是非はさておいて、韓国では科学技術庁管轄のサイエンスハイスクールで英才教育が行われています。生徒の多くは3年のうち2年で卒業をして米国や英国の大学に留学をします。日本ではスーパー・サイエンス・ハイスクールといって科学技術教育に力を入れる学校に予算を付けています。ただ、保護者の側からすれば大学入試の問題もあるので、受験名門校にカネが行く仕組みになっています。これでは駄目だと思います。
原子力や鉱山、地球システムの人気が下がっていますが、名称は維持して中身を変えようという動きはあります。たとえば原子力の国際的な仕事に対し保障措置を整備するといった動きで、原子力工学もこうした動きの中にあります。原子力工学、鉱山、造船といった分野に集まる優秀な学生・人材が日本を支えるという考え方は今回の答申にも盛り込まれています。

Q:

安全保障問題についてお伺いします。中国では原子力や宇宙関連の研究を軍が主体で行っています。私は今後、中国がアカデミックな先端情報を日本に求めてくるようになるのではないかと懸念しています。原子力、宇宙は平和利用という衝立があるだけに、こちらが良かれと思ってやっていることでも実は相手に軍事利用されていたという例はあります。そうした例は増えているわけですが、問題を未然に防ぐためにもマインドセットを変える必要があるのではないでしょうか。科学や先端技術が国力を大きく支配する時代で、こういう問題が平和や安全という性善説だけで語られて良いのでしょうか。

A:

基本問題専門調査会や安全に資する科学技術に関するプロジェクトチームがそういった問題に取り組んでいます。基本政策に「安全保障」という言葉が盛り込まれた背景にはそうした取り組みがあります。
私は成長期にある国と壮年期にある国は分けて考えるべきだと思います。日本は戦後、吉田ドクトリンの下で軽装備・経済重視路線を歩んできました。また日本の安全保障は日米関係という枠組みにおいて考えられてきました。今後は、安全保障を国際政治における冷戦・ポスト冷戦という構造の中で考えるのではなく、より広い意味で科学技術の観点から捉えてはどうかと考えたわけです。
安全保障には国家安全保障と人間の安全保障があります。国家安全保障分野で扱われる科学技術には情報収集に係る衛星技術がありますし、人間の安全保障分野ではSARS対策に活用される科学技術があります。安全保障はこのように多層的に捉えられます。テロと科学技術の関係については3年がかりで検討を進めようやく基本問題に含めることができるようになりました。
安全保障は国家安全保障から人間の安全保障までシームレスに考える必要があるという視点が科学技術政策でも重要となってきています。

Q:

今回の基本政策には海洋という言葉がほとんど出てきませんが、中国は海洋を重点科学技術分野の1つとして5カ年計画(2006年~)に盛り込んでいます。中国は第3次物理探査機能を持った海洋調査船をすでに12隻保有していますが日本は現在1隻も保有しておらず、経済産業省の平成19年度予算でようやく始めて1隻が実現すると聞いています。原子力や宇宙開発に軍事的問題があるとするならば、資源開発や人間の安全保障分野でも有用な海洋技術を科学技術戦略としてさらに推進させることができるのではないでしょうか。

A:

海洋はフロンティアの分野に含まれています。この分野では海洋問題と宇宙問題が対として論じられています。第3期基本計画では予算を検討する段階にまでは至りませんでしたが、海洋研究が重要であるというのはおっしゃる通りです。海洋は分野別推進戦略の中で個別に扱われることになると思います。

Q:

宇宙は盛り込まれて海洋は盛り込まれないというのは、海洋が宇宙に負けてしまったという気がします。

A:

かつての宇宙研がそうであるように大きな予算が付くところは東大から離れていきます。難しい問題です。

Q:

日本の科学技術政策が諸外国から注目を浴びているのは、産業界を中心に新製品が生み出されているからだと思いますが、日本の科学技術政策は諸外国にどのように映っているとお考えですか。米国は子供への理工系教育に予算を大きくつけイノベーション政策を強化しています。子供への教育にどの程度踏み込んでいるかという点で米国と比較して、今回の答申は甘かったと見るべきか、あるいは日本は米国程問題が顕在化していないと認識すべきなのか意見が分かれるところです。政策的観点からイノベーションを教育まで広く捉え手を打つということはできないのでしょうか。

A:

諸外国が日本に注目する要因は2つあります。英国やフランスといった国でも科学技術を支援していますが、イノベーションはあまりうまくいっていません。一方で日本の企業は最近のものづくりなどにも見られるようにグローバルな場で非常に頑張っています。こういった企業にどのような政策支援を提供しているのか、あるいはイノベーションとしてどのようにやっているのかにこうした国々は関心を持っています。これが1つ目の要因です。
もう1つの要因として国内総生産(GDP)に占める研究開発費の高さがあります。いかにして、あるいはどのような考え方に基づいて3.5%を実現しているのかに関心が集まるわけです。25兆円をどう捻出しているのかという点です。
さらに第3期基本計画には安全保障も盛り込まれました。安全保障に資する科学技術、国家基幹技術がある、イノベーションが書かれている、そういうキャッチフレーズも諸外国の注目を引いています。中国も日本の科学技術基本計画をよく勉強しています。
子供達への教育については私たちも考えてはいます。ただ文部科学省では初等中等教育局が高等教育局よりも圧倒的に多くのカネを動かしています。いわば牙城なわけです。この問題を乗り越えないと日本は駄目になります。米国は大統領制で、議会に予算承認権がありますから状況は異なります。子供達への教育をどうするかは今後の検討課題です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。