第1回東アジアサミットの結果と東アジア共同体の展望

開催日 2006年1月12日
スピーカー 山田 滝雄 (外務省アジア大洋州局地域政策課長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

はじめに

BBLセミナーでは昨年2月にも、東アジア共同体についてお話しさせていただきました。その時は、東アジア共同体構想は経済的側面だけでなく、政治的側面や安全保障の問題も包括して考えていかないと難しいので、きちんとした原則やアプローチをもって進めていかないといけないのではないかということをお話ししたと思います。

その後の1年近くを振り返って、ポジティブな動きとしては、東アジアサミットを開催できたことがあります。しかし日中関係におけるさまざまな問題も起こりましたし、東アジアにおけるさまざまな難しさも出てきたと思います。しかし、だから共同体はだめだというのではなく、だからこそ共通の目標をもって集まり、地域の将来について真剣に議論する必要性が高まっているのではないかと思います。

かつて東アジア共同体の話がでてきた時は、中身もよく分からないし、さまざまな立場の人が「共に桃源郷を夢見る」ようなところもあったと思います。しかし、これは桃源郷などではないですし、本質的な問題点が明らかになれば、対立点が出てくるのは当然だと思います。そして、にもかかわらず、これを進めようというコミットメントが首脳レベルで確認できたこと、これが東アジアサミットの一番の成果だと思います。

東アジア地域の現状

東アジアという地域はどこまでの範囲を含むのかということは、まだはっきりしていないのですが、今回の東アジアサミットはASEAN+3、それと豪州・ニュージーランド・インドが参加して行われました。この10年間で東アジア域内の相互依存関係は急速に深化しています。特に貿易関係は顕著で、日中間は4倍、中韓間は8倍、中ASEAN間は6倍に増加しています。域内貿易依存度も拡大していて、1980年33.6%だったのが、2003年には53.3%になっています。ちなみに03年のNAFTAの域内貿易依存度は44.5%、EUでも60.3%です。域内でFTA交渉は進んでいますが、締結には至っていないものが多いです。しかし実態はこれだけ深化しているということは、経済面を中心としてより緊密な関係を築きつつあるという、新しい局面に入っているのだと思います。

さらに、域内がまとまるべきであるという認識も高まっています。具体的な契機になったのは97年のアジア通貨危機で、金融面での協力の重要性を認識させられるものでした。また01年の米国同時多発テロでは、安全保障面での協力の重要性を再認識させられました。

これらを背景として、貿易・投資、金融、国境を越える問題(テロ、不正薬物取引、海賊等)など、あらゆる面で機能的協力が進んでいます。そこで中心的な役割をしているのは、やはりASEAN+3です。97年にできた新しい枠組みですが、すでに17分野、48協議体が存在しています。他方、豪州・ニュージーランド・インド・アメリカも各分野で不可欠な貢献をしています。インド、豪州・ニュージーランドの貿易額の推移を見ますと、対ASEAN、対中国が10年前と比べて急激に伸びています。

東アジアでの国際的枠組みはさまざまでかなり複雑です。そして日本と中国のどちらかが大国としてほかの国をリードするというわけにもいかないところが、ユニークなところです。ASEANは“最も反発を受けにくい(“least objectionable”)立場”を活かして、“会議外交”をもって存在感を示し、いまや東アジアサミットも開催するようになりました。

共同体形成のための問題点

しかし、共同体を考えるうえでモデルとなるEUと比較すると、問題点も明らかになります。歴史的、文化的に見て、「欧州」は「東アジア」よりもはっきりとしたアイデンティティを有しています。さらにEU統合開始時には、既に独仏の和解が実現し、自由民主主義、自由市場経済という共通の理念や、NATOという安全保障の基盤もありました。とはいえ、20世紀前半の欧州は、ファシズムあり、ロシア革命ありと全く共通性などなかったのですから、今の東アジアの状況を悲観することはないと思います。ただEUの場合、統合プロセスが本格化する時にはすでにそのような共通の基盤があり、それを土台に拡大していったのです。果たして今の東アジアにそれがあるのかというと、そこまでの共通の基盤はないことを率直に認めなければなりません。

東アジアの現状は、経済面、社会面、文化面では共通性が出てきましたが、政治面、安全保障面に関してはまだまだ多くの相違点、問題点を抱えています。ですから統合に関して、その二面性を踏まえたアプローチが必要ということです。

多層的アプローチの必要性

ここで、ASEAN+3かASEAN+6かという議論に、少し触れてみたいと思います。この議論は日中間の軋轢とかリーダーシップ争いということだけでとらえられがちですが、もう少し本質的な要素が含まれていると思います。

もし経済だけで統合を考えるなら、ASEAN+3にはそれなりの妥当性があると思います。ASEAN+3では、域内経済分業体制が最も典型的に進んでいます。しかし、最近では、貿易面においても、豪州・ニュージーランド・インドが東アジアにとって益々重要なパートナーになりつつあります。さらに、経済以外の共通の課題を見れば、既にASEAN+3以外の諸国を加えて広汎な協力が進んでいます。たとえば地域海賊対策協定では最初からインド・スリランカ・バングラデシュが加わっています。なぜならマラッカ海域で最大の海軍力をもっているのはインドだからです。また、スマトラ沖大地震の後の人道・復興支援ではアメリカ、豪州、インドという諸国が極めて大きな貢献をしました。これらの諸国を度外視して共同体論が進められるかということは十分に考える必要があります。

共同体を考える上では、価値の問題も重要です。最近は、ASEANの中でも民主主義、自由、人権等の普遍的価値を共有しようという動きが出てきています。アジア的価値も大切なのですが、ではアジア的価値とは何なのかと突き詰めてみると、明確な共通認識があるわけではなく、主観的に流れがちです。やはりグローバリゼーションの中での共同体形成を考えると、普遍的価値を1つの軸としていかざるをえないという気がします。ですから、普遍的価値を共有する諸国を共同体構想のパートナーに加えていこうという発想が出てくるのは、ある意味で自然なことではないかと思います。

結果的に東アジアサミット参加国は、ASEAN+3に豪州・ニュージーランド・インドを加えた16カ国になりました。これまで東アジアには、ASEAN+1、ASEAN+3、PMC、ARFなどのさまざまな枠組みがありましたが、これに新たに東アジアサミットという16カ国の枠組みが加わったわけです。欧州統合プロセスを見ても、EU自身の努力だけではなく、NATOやOSCE(欧州安全保障・協力機構)があって、安全保障上の結束が固まり、東側諸国との信頼関係もできて、共同体の土台ができたわけで、やはり多層的なアプローチがとられてきました。東アジアの状況はもっと複雑ですから、多層的なアプローチは当然必要だと思います。

東アジアサミットとASEAN+3サミット

今回マレーシアでは、東アジアサミットとは別途、ASEAN+3サミットも開催され、そこでは、2007年に「東アジア協力に関する第二首脳共同声明」や具体的地域協力を進めるための「共同作業計画」を発表することが合意されました。またASEAN+3協力が引き続き東アジア共同体形成の「主要な手段」であることが確認されました。

一方、東アジアサミットでは、同サミットが共同体形成に「重要な役割」を果たすことが確認され、また、このサミットを毎年開催していくことも決まりました。こちらはより大局的・戦略的議論を行う場として発展することが期待されています。この2つの枠組みが並存することは、バランスとしてもよいのではないかと考えています。現時点では、地域各国間に共同体形成や地域協力の進め方についての意見の違い、利益の違い、立場の違いがあるからこそ、両方の枠組みを維持することに意味があるのだと思います。

東アジアサミットに関するクアラルンプール宣言(EAS宣言)では、日本の主張がかなり反映されました。同サミットが共同体形成において「重要な役割」を果たしうることが明記されたこともそうですが、それ以外にも、グローバルな規範と普遍的価値の強化に努めること、開かれた地域主義(開放的、包含的、透明な枠組み)の原則、機能的協力を促進することなどが我が国の提案で盛り込まれました。

この2つの枠組みは、どちらが重要かというよりも、今後この2つのプロセスが相互補完的に有効に機能して、地域協力にどのような活力を生み出すかということのほうがより重要なことだと思います。

東アジア共同体形成を目指して

今回の一連のサミットで進展したことが、後2つあります。1つは、ASEAN首脳会議でASEAN憲章の作成が合意されたことです。同憲章を起草する際の留意事項に、民主主義や人権状況改善などが盛り込まれたことを我が国は歓迎しています。民主主義などの普遍的価値の重要性については、我々は2003年の日・ASEAN特別首脳会議の時からASEANに対して訴えてきたのですが、今回ASEAN自らがその重要性を首脳レベルで確認したことは重要な進展だと思います。

2つめは、ASEANが初めてミャンマーに視察特使を派遣することに合意したことです。

また、EAS宣言の中で経済的なことだけでなく政治、安全保障の諸問題についても議論しようという意思が確認されました。共同体形成において、政治、安全保障上の問題が数々出てくると思われますが、東アジアサミットが本当に意味のある役割を果たしうるのか、サミットの将来を占う重要なポイントになると思います。

今回のサミットの準備過程ではいろいろな相違点も出てきましたが、最終的にEAS宣言が採択され、将来の東アジア共同体形成を視野に入れつつ、地域協力を一層進めようというコミットメントを首脳レベルで確認することができました。今後、地域の平和と繁栄に向けて地域の連携がさらに進むためには、政治的リーダーシップと国民の皆様のサポートが益々必要とされると思います。どうかよろしくお願いします。

質疑応答

Q:

地図上から見ると、インドより東にバングラデシュ・スリランカ・ネパールなどがあるのですが、共同体というならこれらの国々にも配慮したほうがいいのではないでしょうか。

A:

東アジア共同体を考える時に、地理的な結びつきで範囲を決めるのか、それとも機能的な結びつきを重視するのかで参加国の範囲が違ってくると思います。東アジアサミットの参加国が今回のようなかたちになったのは、結局機能的な結びつきを重視した結果だと思います。機能面の結びつきはEU統合の過程でも重視されたことですが、東アジアではEUに比べて経済的格差が遙かに大きく、なかなか地理的なことだけで一緒になるのは難しいと思います。もちろん将来機能面での条件が整えば、今は入っていない国の参加も考えていく必要があると思います。

Q:

ASEANの中での中国の位置づけはどういうものなのでしょうか。

A:

国ごとにだいぶ違いがあるのだと思いますが、一般的にはASEANの中国観は2002年頃を境に大きく変わってきています。というのは中国がその頃からASEANに対するアプローチを変えてきたからです。象徴的なのは、02年南シナ海行動宣言に中国が調印したことです。南シナ海の問題は中・ASEAN間の最大のトゲだったのですから。それから同年には中ASEAN間のFTA包括的枠組み合意ができ、03年には東南アジア友好協力条約(TAC)に中国が署名し、「平和と繁栄のための戦略的パートナーシップに関する中ASEAN共同宣言」も採択されました。このような進展を受けて、ASEANの中国に対するイメージは大幅に改善されています。勿論、ASEANの中国に対する警戒感が全くなくなったわけではありませんが、中国とASEANの距離が相当縮まってきていることは認識しないといけないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。