敵対的買収防衛策について~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~

開催日 2005年6月21日
スピーカー 日下部 聡 (経済産業省産業組織課長)
モデレータ 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
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議事録

はじめに

先日のライブドアとニッポン放送の件をめぐって、皆さんは、敵対的買収とその防衛策について、また日本の多くの企業が防衛策を導入しようとしているといった新聞等の報道に触れられていると思います。初めに申し上げておきますが、敵対的買収というのは、長い目で日本の企業社会を見ると、それほど珍しい話ではありません。また、敵対的買収に対する防衛策という議論についても、それほど昔でなくとも、バブル期を振り返れば具体例が見られるわけです。

定義として、私が申し上げている敵対的買収というのは、当然、株主ではなく経営陣に対して敵対的であり、経営陣が反対している買収のことです。ただし、経営陣が反対している買収のすべてが株主にとって良い結果をもたらすとは限りません。そのために、防衛策という議論があるといえます。

日本企業の歴史を戦前から振り返ると、昔は安定株主が非常に少なく、企業の買収が盛んだったために日本の企業は大きくなったという背景があるようです。RIETIにおけるさまざまな分析等を見ても、株式持ち合いといった議論が形成され、日本の企業が企業の枠を超えて友好的な産業再編型の合併あるいは分割をするということは非常に珍しく、戦後になってから試験的に行われるに過ぎなかったようです。したがって、日本の中でも昔は敵対的買収についてはよく行われていたといわれています。東京電力も敵対的買収を繰り返して今の地位を築いたと分析する専門家もおられますし、日本の企業社会には本来そうした遺伝子があるということは認識されておいたほうがいいと思います。

買収防衛策については、新株予約権や種類株式といった新しい仕組みを活用することになります。これらは、近年の商法改正で導入されたもので、ここ数年来に開発された新しいツールであることは、アメリカでもヨーロッパでも同様だと思います。そうした新しいツールに基づく防衛策はさておき、買収防衛策という議論は、日本でも1980年代後半のバブル期に、具体的に起こっています。たとえば、小糸製作所に対し、ブーン・ピケンズが敵対的買収を仕掛けた事案です。また同時期、反社会勢力が日本の優秀な企業のキャッシュを狙って、敵対的買収を仕掛けたこともありました。通常、それに対する日本の企業の対応は2つあります。

前者のピケンズのケースでは株式持ち合いが機能し、安定株主がたくさんいて、ピケンズの取締役選任修正議案に対して株主が反対したため、結果的に敵対的買収は頓挫したわけです。後者の反社会勢力に対しては、日本の企業は友好的な第三者に対して新株の引き受けを依頼し、買収者の持分比率を希釈化することによって買収を頓挫させました。いわゆる新株の第三者割当増資で、買収者以外の特定の株主に自社株式の増資を引き受けてもらうことによって、買収者の議決権の比率を下げるということです。

ライブドアの件でも、ポイズンピルといった色々なケースが囁かれましたが、物事の本質はそれほど変わることはなく、買収者の議決権をある仕組みを使って下げれば買収防衛策になります。そういう意味では、日本でも買収防衛策というのは過去に実例がありますし、それに対する判例の基準も、一応は確立しているわけです。判例の基準というのは、いわゆる主要目的ルールというもので、当該企業が支配権維持を主要な目的とした増資を行うのは違法で、資金調達が主要な目的である場合は適法であるという比較的わかりやすいものです。厳密な議論をすると法律家の方には怒られるかもしれませんが、今まで、日本の裁判所では、買収者の顔と経営者の顔を見比べて、経営者の顔のほうが綺麗だったら、資金調達目的という主張に少々無理があったとしても会社側を支持するけれども、それを通せないような状況であれば買収者を支持するという運用をしていたような印象がありますし、事実そのようにおっしゃる方もいます。

今申し上げたポイントは、結局は敵対的買収で訴訟になった時に問われるのは、買収者の顔つきと経営者の顔つきのどちらが株主にとって素晴らしいかということを、色々な理由をつけて決めていくわけです。買収の局面において最後に決め手となってくるのは、買収提案等を経営者に委ねた時に、相対的にどちらが企業価値の向上につながるかということです。そして最終的には、株主全体の利益に沿うような形で行われる、ある種の手続き的なメカニズムについての議論になっていきます。本日は、そうした工夫について、ガイドラインを基にお話ししていきたいと思います。

企業価値研究会の発足

買収防衛策は、最近でこそ非常に話題になっていますが、経済産業省において研究を始めたのは、ちょうど1年前のことです。当時、既に内閣府にはM&A研究会が発足しており、買収防衛策を含めて、アメリカやヨーロッパのほうがさまざまな手法や制度的な手当ても発展しているという情報を基に、会社法の大改正も踏まえて、行政として一度、敵対的買収という局面に光を当てた制度のレビューをしておこうという趣旨で昨年の6月頃に始めました。そして、調べていくと、ヨーロッパでは複数議決権株式制度が普及している、アメリカの過半数の企業がポイズンピルの仕組みを導入している、あるいはアメリカの州法では特別な立法が色々と用意されている、イギリスのTOBは日本のTOBとはまったく異なることなど、たくさんのことがわかってきたために、昨年の9月に研究会を立ち上げました。

当初は法律家の方々に声をかけ、熱心に参加していただきました。苦労したのは企業経営者の参加です。買収防衛策の研究にネガティブかつクローズな印象を抱かれ、慎重な立場をとられたのだと思います。ただ、日本の企業社会の中で、敵対的買収に対していたずらに止めること自体には反対だけれども、国際的なイコールフッティングの観点からある種の備えはあってもいいのではないかという意見を持つ某有名企業もありました。そのようにして、日本の企業経営者の中でも経営的に成功している方々を集めて研究会を発足した経緯があります。

研究会を発足すると、色々な議論が持ち込まれ、さまざまな分野からの反応がありましたが、最初に指摘されたのは、機関投資家の代表が入っていないということでした。企業価値研究会には、マーケット関係者の代表が含まれていなかったのです。それ以降、私は、経営者サイドよりも機関投資家サイドの方々と多くの議論を重ねてきました。そうした経緯を踏まえて、企業価値研究会は企業価値報告書をまとめ、経済産業省は法務省と共同で指針を策定したわけです。

指針策定の背景~日本の企業社会の構造変化~

指針は、企業価値研究会の120ページに及ぶレポート(企業価値報告書)がベースとなっています。このレポートは、欧米の資料が詳細に分析され、海外の関係者からもフェアな内容であると高い評価を得ています。そのエッセンスをご紹介しながら指針策定の3つの背景を説明します。

(1)株式持ち合いの解消
「株式持ち合い状況調査2003年度版」や「全国証券取引所による平成16年度株式分布状況調査」によると、1992年に約46%だった安定保有比率が2003年には約24%に減少している一方で、外国人持株比率は1992年の約6%から2003年には約21%に増加しています。この傾向が顕著な企業ほどパフォーマンスが高いという研究結果もあります。

(2)「会社は誰のものか」という意識の変化
1995年に企業経営者に行った調査では、回答者の97%が「ステークホルダーすべてのもの」と回答していましたが、2005年の同様の調査では、回答者の約90%が「会社は株主のもの」と回答してます。

(3)「買収」に対する意識の変化
2005年に会社員に行った調査では、回答者の約80%が「外資による買収であったとしても企業価値を高めてくれるのであれば構わない」と回答しています。これは、日産のゴーン氏効果だといえるでしょう。

このような日本の企業社会における構造変化の中で、実際に敵対的買収が増えるかどうかはわかりませんが、続いて、世界のM&A市場の推移をみていきたいと思います。

指針策定の背景~世界のM&A市場と米国、EU、そして日本におけるM&Aルール~

世界のM&A市場の推移を金額ベースでみると、1980年代後半と90年代後半にそれぞれピークを迎えた後、2002年をボトムとして現在、もう一度急激に増え始めています。

1980年代後半のピークは、アメリカにおけるいわゆる第4期M&Aブームにあたります。この時期に出てきたのが、アメリカの投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)が開発したLBO(レバレッジド・バイ・アウト)です。当時のアメリカでは、日本と同じように奇襲攻撃や過剰防衛もあったと聞いています。また、導入した取締役でしか消却できないという条項の付いたデッドハンド型のポイズンピルというものがありました。買収者は最終的にプロキシーファイト(委任状合戦)で経営陣の交代を要求していきましたが、デッドハンド型のポイズンピルは、TOBやプロキシーファイトをストップさせ、事実上、買収禁止の状態にさせることから、違法性の高い過剰防衛策だといえます。それでも、アメリカでは1980年代後半から90年代前半まで実際に採用されていましたし、それを合法化した手法もありました。しかし、多くの判例でデッドハンド型ポイズンピルは過剰防衛であると認定され、違法とされてきました。さらに、機関投資家の台頭によって過剰防衛策は淘汰されていきました。現存するライツプランは、基本的に独立社外取締役が株主の立場からモニタリングする合理的な防衛策として普及しています。コーポレートガバナンスの改革を並行して行うことで均衡を保っているわけです。こうした仕組みが、アメリカの20年間の経験によって培われてきたのです。

一方で、1990年代後半は、EUにおけるM&Aの割合が大きくなっています。これは、EUの市場統合、特に通貨統合を前にして、クロスボーダーのM&Aが増加したということのようです。EUは当時、クロスボーダーのM&Aを促進するためのルールづくりに熱心でした。最終的には2004年にTakeover directive(企業買収指令)という形で結実します。当初、買収者に対する規律としてのTOBという側面と会社側の自衛策という側面の間で、EUは会社側の自衛策を原則禁止とした上で、部分買付を禁止し全部買付を義務付けるTOBルールを適用しようとしました。現にイギリスでは、TOBルールという城壁を築き、個々の企業は銃を持ってはいけないというやり方をとっています。EUでは、このTOBルールを統一しようとしましたが、ドイツやフランスの反対によって、最終的に城壁を築くことには合意したものの、企業の自衛策については各国の裁量に委ねられることになりました。将来的には、ドイツやフランスも企業の自衛策禁止を許容する方向に進むものと考えられますが、現状のEUでは妥協の産物ともいえるルールづくりが行われているといえます。ポイントは、アメリカがライツプランを良い意味でも悪い意味でも発達させたのと同じように、EUにおいても、TOBルールを中心として敵対的買収というよりもむしろ少数株主保護の観点で導入した措置が、乱用的な敵対的買収を寄せ付けない効果を発揮することになったということです。かつ、防衛策については各国の裁量に委ねるということで均衡を保っているわけです。

そこで日本の場合を考えていきたいと思います。世界のM&Aは、アメリカのITバブルがはじけ、EUの通貨統合をめぐるある種のバブルが収まった後に減少をみせます。日本におけるM&Aは、1999年のメガバンク統合の影響でブームが起こりました。しかし、世界のM&Aを金額ベースで国別に大きく分けると、アメリカが約4割、EUが約3割を占めており、日本はまだ5~6%に過ぎません。経済規模からすると、その2倍はあってもおかしくないはずです。ただ、非友好的な買収が増え始めたのは事実ですし、これまではmerger(合併)ばかりだったものが、TOBによるacquisition(買収)が増えたのも事実です。日本では、平成2年にTOBルールの全面見直しを行った後、ほとんど使われてこなかったものが、最近は少しずつ使われるようになってきています。そうした中で、たとえばスティールパートナーズによるユシロ化学への敵対的TOB、ニッポン放送の件やUFJ・東京三菱・三井住友の三角関係、村上ファンドによる必ずしも経営陣の意に沿わないような株式の買付等が行われるようになっています。

指針策定の背景~ルールなき弊害~

日本では、こうした現状に対し、ルール整備の遅れが指摘されています。たとえば、スティールパートナーズがユシロ化学に敵対的TOBを仕掛けた際、株式の買占比率は30%程度だったと思います。これがイギリスであれば、買収者に対する入口規制(TOBルール、主に証取法)として、部分買付は認められないため、全部買付を現金の裏づけによって行わなければなりません。また、企業の防衛策(主に会社法)は原則禁止ですが、株主総会の承認があれば導入できます。しかし、イギリスの企業は日本とは違って株主構成が細かく分散しており、機関投資家の力が強いようです。そして大抵の場合、機関投資家は防衛策に賛成しないため、実際は導入できないのが現状だということです。

一方で、フランスやドイツ等の大陸諸国では、全部買付義務はEUのルールとして導入されているところが多いのですが、企業の防衛策として、黄金株や複数議決権株式等がまだ普及しています。欧州における一株一票原則を採用している企業の割合(出所:英エコノミスト2005年3月26日号)は、ドイツでは90%を超えており、イギリスは90%弱ですが、フランス約30%、オランダ15%強等となっており、平均では60%強に留まっています。いずれにしても、すべての株主を平等に扱うという原理原則が貫徹していない企業が非常に多いのは事実です。そして、買収防衛策の本質とは買収者を差別するところにありますから、それに対する措置がヨーロッパの大陸諸国ではとられているといえます。ただしEU諸国は、こうした現状を望ましく思っているわけではなく、逆に撲滅するためにtakeover directiveを作ってきたという経緯があります。しかし、それが政治的な理由によって頓挫したわけです。

アメリカでは、TOBルールには日本と同様に全部買付義務はありません。したがって、強圧的な2段階買収もできる形になっています。その代わりに、企業の防衛策としてライツプランが発達しています。ライツプランの特徴は、取締役会の承認があれば導入できるところにありますが、最近は株主の意向を反映して独立社外取締役がチェックを入れたり、サンセットを入れたり、色々と工夫がなされています。時価総額が小さい企業ほどライツプランを導入している傾向があり、平均すると約6割の企業が導入しています。また、ライツプランを廃止する企業が増えてきているともいわれる一方で、廃止しても、いざとなれば再度導入すればいいと割り切っている企業もあるようです。こうした企業の防衛策を必要悪と捉えるか、あるいは企業価値を高める良いツールとして捉えるかは、意見の分かれるところでしょう。

指針策定の目的

日本の現制度における問題点として、強圧的な買収が可能であることと、過剰防衛が可能であることの2つが挙げられます。日本の会社法はアメリカの会社法に大変よく似てきており、原則的に使途制限のない新株予約権制度や種類株式制度がありますから、企業価値を高める買収をもはねつける過剰防衛策が採用できてしまいます。こうした点のコンセンサスが確立されていないため、ガイドラインを策定して補っていこうというわけです。

また、マスコミによっても議論の分かれるところですが、防衛策の導入促進が指針策定の目的ではありません。ちなみに、防衛策の導入に対して積極姿勢のプレス、あるいは、あくまで株主利益を重要視するプレスのどちらの立場からも、このガイドラインは高く評価されています。ただ、行政サイドとして目指したのは防衛策の導入促進ではなく、過剰防衛や正当防衛、奇襲攻撃といったものの定義付けをしておくことで、大きな混乱を防ぐことです。ニッポン放送の件では、TVのワイドショーなどで色々なコメンテーターが発言をしていましたが、ポイズンピルをひと言で語ってしまうのは非常に危険性が高いわけです。アメリカのポイズンピルなどは急激に変わってきています。したがって、冷静な調査と制度比較等によって、よりよい方向での制度提案というものをしておかなければ混乱が避けられませんので、このガイドラインを策定したというわけです。

日本独特のルールの空白地帯ということについては、たとえば、ライブドアがTOBの時間外取引によって奇襲攻撃を仕掛けたのは、単にルール不備だけが問題なのではありません。それだけではなく、日本の会社法はアメリカの体系と同じで、本来ならば、過剰防衛はこれ、正当防衛はこれ、というように多くの判例が積み重なっているべきなのです。それが唯一、資金調達目的であれば正当防衛で、資金調達目的でなければ過剰防衛であるという基準しかないというのは、もう間尺に合わないわけです。

新株予約権の発行と企業価値基準の導入についての議論、あるいは日本のTOBルールには全部買付義務がないということも含め、制度全体を見渡して何が必要なのかを見極めていくことが重要です。では、TOBルールから見直すべきではないかという意見があると思いますが、我々はそうしたアプローチは行いませんでした。つまり、既に存在しており、いつでも過剰防衛策を導入することが可能な状態にある会社法のルールづくりを優先したということです。

指針の内容~3原則~

指針では、「買収防衛策は、企業価値(会社の財産、収益力、成長力など株主の利益に資する会社の属性又はその程度)および株主共同の利益(株主全体に共通する利益)を確保し、又は向上させるものとなるよう、以下の原則に従うものとしなければならない(企業価値基準)」としています。その趣旨はつまり、現在の経営陣よりも優れた経営提案がなされているならば買収防衛策は解除しなければならないし、反対に現状より劣後するような買収提案であれば解除する必要はないということです。要するに、企業価値をベースとして経営を行っていくように工夫していくことを原理原則としています。敵対的買収の局面で問われるのは、買収者の経営提案と経営者の経営提案のどちらが優れているかということが、限られた時間と情報の中でより合理的に選択されるためのスキームそのものです。そのために、原理原則は企業価値を高めている買収提案には機能しない一方で、企業価値を損ねる買収提案に対しては機能するということを前提として、次の3原則を挙げています。

【原則1】企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則
買収防衛策の導入、発動および廃止は、企業価値ひいては、株主共同の利益を確保し、又は向上させる目的をもって行うべきである。
【原則2】事前開示・株主意思の原則
買収防衛策は、その導入に際して、目的、内容等が具体的に開示され(事前開示の原則)、かつ、株主等の合理的な意思に依拠するべきである(株主意思の原則)。
特に、株主意思の原則として、買収防衛策を株主総会の決議を経ることなく取締役会の決議によって導入する場合は、防衛策の導入後であっても株主の意思で廃止できる措置を採用する必要がある。
【原則3】必要性・相当性確保の原則
買収防衛策は、買収を防衛するために、必要かつ相当なものとすべきである。

買収防衛策の具体例

株主総会承認型(デッドハンドは排除し、かつサンセットの導入を推奨)のアプローチを、今年の株主総会で試みているのが西濃運輸です。幾つかの企業がこのアプローチを行っていますが、アメリカの企業では1社もありません。順調に進めば、世界で初めて株主総会承認型のライツプランを導入した企業が日本から誕生することになるでしょう。欧米の機関投資家は、今まで議決権行使ガイドラインを作り、アメリカの企業に対し株主総会の承認を要請してきたのですが、実現されることはまったくありませんでした。そこへ今回、初めて日本の企業がアクションを起こしたことを受け、真剣に議論が展開されているようです。

また、取締役会の承認によって導入する場合は、次の3つのポイントが挙げられます。
(1)株主が消却できる条項を設ける(デッドハンドは適法性がなく、株主消却条項により公正性が高まる)。
(2)買収以外の株主は原則差別しない。
(3)取締役会の恣意的な運用を排除するための措置を採用する。
・コーポレートガバナンス改革とのセット(独立社外チェック型)。
・株主への情報提供支援に特化(客観的廃止要件設定型)。
最後に述べた客観的廃止要件設定型は、具体例としては松下電器が取り入れている手法で、60日間の交渉期間を設定し、その期間内に買収者が情報を提供するならば、防衛策は必ず解除し、その後のことはTOBで決定していくというものです。これはつまり、TOBルールの原則20日間という短い期限では、株主に対して買収者と経営者それぞれの情報が提供されない可能性があるため、期限をもう少し長く設定するというやり方です、こうした評価期間を設定する企業は、国内で幾つか出てきており、機関投資家の評判は比較的良いようです。アメリカでは、こうしたやり方をとっている企業は今のところなく、どちらかというと独立社外チェック型だといえます。

米国よりも株主重視の指針

今回のガイドラインは、アメリカの企業が導入している防衛策よりも、かなり株主を重視した内容になっていると思いますし、経済界の方々にもそれを認識した上で賛同いただいています。

アメリカでは、2回の株主総会の承認を得られなければ、防衛策を消却できないことになっています。具体的には、取締役の任期が3年で、取締役を3つに分けて1年ずつ任期をずらしている場合、2回の株主総会で買収者が提案する取締役が承認されることによって初めて、取締役会の3分の2を支配できたことになり、防衛策を解除できるというわけです。また、米国は取締役の解任も厳しく制限している企業が多く、罪を犯した場合等の正当理由がなければ、任期途中の解任ができないことになっています。これは通常のやり方ですが、機関投資家からの評判は非常に悪いようです。

一方、日本では、取締役の任期は1年か2年です。委員会等設置会社は1年、監査役設置会社は2年となっていますが、最近は、多くの監査役設置会社で1年に短縮する動きがあります。したがって、スタガードボードを導入することはできません。また、会社法上は、取締役を途中解任することが可能です。指針では、年に1回の株主総会で防衛策を消却することができるように設計すべきだというリクエストはしています。そうすれば、ある時期に取締役会によって防衛策を採用したとしても、来るべき株主総会で、株主が何らかの手法で防衛策を消却できるようになるわけです。

日本企業が指針を守らないとの懸念

アメリカ政府との規制改革対話でも、ガイドラインの公正性は評価されており、遵守されることが望まれています。ガイドラインに法的拘束力はありません。しかし、日本企業の多くは、ガイドラインの策定を待ち望んでいたことだと思います。私の直感ですが、日本の経営者はアメリカ以上に法的リスクや市場関係者の反発を慎重に捉えています。ですから、伝統的なガバナンス構造のもとで何の工夫もなく取締役会で防衛策を導入することを考えている企業は、おそらく皆無でしょう。

証券取引所の上場基準についての議論も行われています。東京証券取引所の方々とは昨年10月から話をしてきましたが、おそらく年内にも、過剰防衛策を取り入れている企業は投資不適格とみなして上場を認めないというルールがガイドラインに準拠した形で作られるのではないかと思います。すると、過剰防衛策は導入したくてもできなくなるわけです。

また、欧米にあるような機関投資家の議決権行使ガイドラインを作る動きが日本で加速すれば、ガイドラインの規範力が強まることが予想されます。さらに、裁判所によるチェック機能も働いており、最近の事例として、ニレコという会社が導入した防衛策について差し止めが行われました。

指針に従った防衛策の効果と影響

ライツプラン導入が株価に及ぼす影響として、特に一般的な特徴を見つけることはできません。したがって、平時の株価には中立的だといえます。有事の株価については、ライツプランの場合は1年程かけて交渉されますので、交渉期間が延び、プレミアム上昇の効果が現れるといわれています。

最近、防衛策導入ラッシュ等といわれ、日本全体の資本市場に対し、ネガティブなイメージが大きくなっていると聞いています。「100社導入」といわれていますが、公開株式会社3800社のうちわずか数%に過ぎません。かつ、導入されている防衛策の中身は、授権資本枠の拡大や取締役会の定数削減等が大半で、単独では効果のない“とりあえず防衛策”にもならないようなものです。同じような状況として、米国企業のおよそ9割で白地授権株式が発行されています。

来年の株主総会では、防衛策を導入しない企業がおそらく過半数を占めることが予想されます。防衛策を導入する場合は、1年消却が可能な仕組みで株主還元政策とパッケージで提案されることとなるでしょう。そして、企業統治構造の改革または株主情報支援、あるいは総会重視のどれかに重点を置いたものに収斂されていくものと思います。

公正な企業社会のルール形成

司法、証券取引所、企業経営者、機関投資家、弁護士やフィナンシャルアドバイザーなどの専門家、行政といった関係者が指針に沿った対応をするならば、日本の企業社会はフェアなM&Aのルールを設定するスタートポイントに立てるものと期待しています。

ライツプラン導入企業の動きとしては、意外なことに株主承認型が最も多くなっています。やはり法的リスクを非常に嫌がるようです。次いで客観的廃止要件設定型、独立社外チェック型の順になっています。

また、指針そのものに寄せられるコメントは、基本的には非常にフェアであるという評価になっています。今回の指針策定は、経済産業省と法務省による新しい試みで、会社法制のある種の解釈基準の議論であるともいえます。同時に、日本の企業社会において、強制力の無いソフトな法形成が尊重され、機能するかどうかの試みとなります。イギリスでは、同じように法的強制力のないシティコードというものが実際に機能しています。

過剰防衛を戒める意味でも、安定的な防衛策を確立するためにも、何故、法律として制定しなかったのかという意見がよく寄せられます。防衛策というのは、生き物です。M&Aの公正というものは、時代と共に変わっています。アメリカでもこの20年間で大きく変わってきていますし、おそらくヨーロッパでもこれから大きく変わっていくでしょう。したがって、法律にするよりも、むしろ多くの企業関係者が参加することによって、尊重されるルールづくりが行われることが最も望ましいと思っています。

残された制度改革として、日本ではとりあえず第1弾が終わろうとしています。まず、過剰防衛を防止し、正当防衛は容認するという理念のもとで、会社法令の開示ルールや証券取引所の開示ルール等が策定されます。証券取引所ではさらに、フェアな防衛策は容認し、過剰な防衛策を規制するための上場規則が補完されます。その上で、会社法の現代化が進められることとなりますが、現在、自民党総合経済調査会の企業統治委員会で検討されているのが、強圧的買収に対する対応、つまり少数株主保護の徹底です。アメリカの州法には、敵対的買収者が第1段階目の買収を行った後、2段階目の事業結合については、3年あるいは5年間凍結するというルールがあります。こうしたルールを導入するか、それともイギリス式の全部買付義務のアプローチで行うかなど、いずれにしても、強圧的買収への対応や少数株主保護の観点から、会社側の自衛策に委ねるのではなく、国の仕組みとして対応していくべきかどうかという議論が行われています。

質疑応答

モデレータ:

社外取締役の独立性については、どのように議論されているのでしょうか。また、司法の役割について、アメリカでは相当の紆余曲折を経て判例が積み重なっているのに対し、日本はまだまったく慣れていないのが現状です。そうした問題点について、ご意見を伺いたいと思います。

A:

ご指摘いただいたように、企業側からは「これさえ守れば大丈夫」というものを決めてほしいという要請が多いのが実情です。しかし、それはあり得ないのです。たとえば、ある設計の防衛策を優れた業績のA社が導入すれば適法かもしれないけれども、倒産寸前のB社が導入したならば違法性が高いというのは、容易に理解できることです。それは結局、経営者と買収者の相対比較の局面によって異なるわけで、いつの日もパーフェクトな防衛策というのは存在しないのです。その一方で、株主意思の尊重は重要な要素ですから、防衛策は株主総会の承認を得ることによって、極めて適法性が高まるといえます。しかし、たとえばデッドハンド型の黄金株を特定の公開企業が株主総会の承認によって導入した場合などは、マーケットや他の投資家にとってフェアであるかどうか。つまり、よりよい買収提案があっても防衛でき、かつ差し止めが難しい防衛策が本当に良いのかという議論になります。要するに、「これさえ守れば大丈夫」という回答を求めすぎることは、良い結果にはつながらないということです。
社外取締役の独立性については、指針ではあえて触れていません。大事なのは、独立社外者を株主がどういう意識で選任しているかということです。さらに、会社サイドが何を期待して独立社外者を任命するのかというプロセスを明らかにすることは、実行性を高める大きな要素になるでしょう。また最近、某新聞で「ガイドラインには何も書いていない」というコメントがありましたが、全部を書いてしまってはガイドラインの意味がありません。チェックポイントは書いてあるわけですから、ガイドラインに従ってどのように工夫するかということが企業に問われる部分であり、経営戦略でもあるわけです。
司法の役割については、企業関係者の方々は、日本の司法の動きは遅いというイメージを持っておられるかもしれませんが、実は、それほど遅くもないと思います。防衛策を導入すれば、訴訟が起こる可能性は高まるわけで、それによって日本の司法の中でも色々な判断が積み重なる余地が十分あると思います。また、最近の日本放送やニレコのケースでも、非常に迅速な判断が下されています。判断自体の妥当性については、これから議論を重ねればよいことでしょう。したがって、日本の司法の発展は十分に見込めると思います。

Q:

私の個人的な意見として、社外取締役の独立性についてはネガティブな印象を持っており、やはり、防衛策の解除については「こういう場合には解除しなければならない」という具体的な客観的条件の設定が必要ではないかと思います。そうした際に、企業価値研究会の役割を感じるのですが、お考えがあればお伺いしたいと思います。

A:

ガイドライン策定後、企業価値研究会がフォローしてほしいという声は、たくさん寄せられています。たとえば、株主総会を活性化するインフラが欠けているから、そこについてさらに検討を深めてほしいというものです。
社外取締役の独立性についての議論は、ツールとしては1つの知恵であり、突き詰めて考える余地はあると思っています。
客観的な解除要件については、先ほども触れた交渉期間設定型以外にも色々な工夫があり得ると思います。ガイドライン策定後のさまざまな適応例やそれに対する評価、また株価の動向等についても分析を続けていきたいと考えています。

Q:

合併や買収の経済的メリットは、ミクロ経済的には経営効率の向上で、マクロ経済的には比較的低コストで産業再編成が可能だということだと思います。特に小売や建設、食品のように、従業員数が多いのに生産性が比較的低い産業において、合併や買収を促進させるような力はないのでしょうか。

A:

むしろ、日本のルールづくりの流れは、そうした友好的なM&Aを念頭に置いて促進する方向で、すべての制度改革を進めてきたといえます。ちょうど今が完成の時期に近づいている中で、忘れられてきたのが敵対的買収についての評価、あるいはそれに対する制度設計の評価であったわけです。私の感覚では、アメリカのM&Aの実例を見ていると、1980年代に多かったいい加減な買収者は、ある種のフェアなルールが定まってくると減少し、最終的には戦略的な事業会社同士の統合という形になります。日本でも、UFJ・東京三菱・三井住友の三角関係のように、本格的な大型合併の時代を迎えつつあるのだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。