水素社会への挑戦~燃料電池とアーキテクチャ~

開催日 2005年2月16日
スピーカー 安藤 晴彦 (資源エネルギー庁燃料電池推進室長/電気通信大学客員教授)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)

議事録

「モジュール化」とは?

「モジュール化」は、1990年代後半から、経済学・経営学の最前線でのホットなテーマになっています。

分業が利益をもたらすという考え方は、アダム・スミスの頃からありました。これは、いわば「効率化のための分業」で、複雑な作業を分割して、無駄を出来るだけ削ぎ落として原価低減により利益を上げるという、マイナス指向のものです。ところがICT技術が発達して、ディジタルで綺麗にインターフェースをかけるようになると、新しいかたちの分業が生まれてきました。それは、大企業内部の閉じた中央研究所のみならず、中小ベンチャー企業が生み出す最先端技術のオプション(選択肢)をオープンに「組み合わせる」こと(mix & match)で、莫大な新しい価値(オプション・バリュー)を創造するプラス指向の「進化のための分業」です。モジュール化経済でのキーワードは、イノベーション(価値創造)とスピードの競争です。

「モジュール化」はいつ生まれたのかというと、1964年にIBMが発表したシステム/360という大型コンピュータが初のモジュール型製品です。終戦後に完成した世界初のコンピュータENIACは、30トンもあって、1万8000本もの真空管を使っていました。それ以降のコンピュータも基本的に「一木造り」で、仏像を1つの木材から彫り出すように、一体型のものでした。つまり、大学、研究所、企業といった個々のユーザー向けの個別注文生産で、それぞれ独自のコンピュータでしたし、ソフトウェアの互換性もなかったのです。だから新しいコンピュータに切り替えるのは、ものすごいリスクを伴いました。それまでに蓄えた大切なデータが壊れてしまうかもしれないからです。

しかし、コンピュータの数があまりにも増えてきて、IBMは困ってしまいました。そこでコンピュータを「ファミリー」にするため、それまでの一体型コンピュータを二十数個の部品、つまりモジュールに分けて、互換性を導入しました。5つのプロセッサを中核にしながら、大学、企業など顧客ニーズに合わせて、小型・ローエンドから大型・最速のシステムまで最適な組合せを提供しました。ユーザーにしてみれば、既存システムから最新システムへの乗換えや、機能向上のためのグレードアップやシステム追加も容易になりました。これでIBMは一人勝ちを収め、ライバルたち、つまり「7人の小人」を市場から追いやります。

パソコンは、モジュール化というアーキテクチャの新思想の直系の子孫です。IBMはアップルがパソコンで成功しているのを見て、パソコン市場にも進出しようとしましたが、それまで一般消費者向け製品の経験もなく、そういう部品もありませんでした。IBMは、基本的に重要部品は内製する日本企業と同じ「すり合せ型企業」でしたが、この時初めて基本ソフトやCPUチップなどの最重要部品を外部調達しました。それは本社でない傍流の開発部隊がR&Dの「時間を稼ぐ」ためでした。それを受注した当時30人規模のマイクロソフトも主要モジュールを外部調達しました。これも時間を節約するためです。外部のモジュールを活用すれば時間が稼げるのです。

いったんモジュール型アーキテクチャが成立すると、各々のモジュールは独立かつ並行して急激に進化します。モジュールの「組合せ」でできたパソコンも、どんどん進化し、ついには大型コンピュータも追い越しました。今では、デスクトップでも昔のスパコン並の性能が出ますが、その究極に位置するのがデルです。デルは、OEM(相手先商標製品)どころか、デリバリーまで他社にやらせて、個々のユーザーが最先端の最新モジュールを組み合わせできるようにして、ワールドワイドにサプライチェーンを巧みに展開して莫大な利益を上げています。スピードこそが競争力なのです。

モジュール分業の発展

ものづくりでは、部品を1つ変えただけでも全体の再調整が必要となります。自動車は、すり合わせ型産業といわれますが、2万点近く部品があります。エンジンの位置を1センチ変えると、乗り心地がガラッと変わります。だから、サスペンション、ボディーその他を含め全てを再調整しなければなりません。

普通の製品は、このように内部の部品間に複雑で錯綜した「相互連関」があります。ソフトウェアでも「スパゲッティ・コード」と呼ばれるものもあります。こうした製品では、1つの変更が次の変更を生むという無限の連鎖に陥りやすく、最適解を見つけるのは至難の業です。実は、日本企業は、企業内の暗黙の情報共有やチーム力で、複雑な相互依存性のジャングルの中で最適解を見つけるのが得意なのです。

しかし、事前にインターフェースなどの「デザイン・ルール」をきっちり決めておけば、こうした相互連関を取り除くことができます。すると、モジュール(部品)について独立・並行作業が可能となり、相互に微調整を繰り返さなくても、どこからモジュールを持ってきてもよくなります。これが最先端の「組合せ」を活用する「モジュール型」です。モジュール化は、情報共有の側面からは「カプセル化」と同義ですが、明確なインターフェースの背後に処理すべき複雑な情報群を完結させてしまえば、これまでのように大企業内部で緊密に根回しや微調整をする必要もなくなりますので、独立型ベンチャーが大活躍できるようになります。インターフェースさえ守ればよいのですから、たとえば、モデムでも、ハードで処理してもソフトで処理しても一向にかまいません。要は、同じ機能を果たすのにどれがベストなソリューションになるかの知恵比べとなる訳で、しかも、小さな部品ですからベンチャー企業も大企業に互して戦うことができます。

90年代には、モジュール分業とすり合わせ型(インテグラル型又は統合型)の2つのものづくりのアーキテクチャ間のせめぎ合いが起きていました。統合型アーキテクチャでは、乗用車のように、感性に訴えるデザインなどが重要でユーザーニーズが必ずしも数字では表せない不透明なものが代表例ですが、重量級開発リーダーが中心になって、複雑な相互依存性の中で製品を作り上げます。一方、モジュール型アーキテクチャでは、パソコンのようにユーザーニーズが数量化できる明快なもの、つまり動作周波数や演算速度などで勝負する世界ですが、部品間の相互依存性は基本的にないので、相互調整も省けますし、比較的軽量級の開発リーダーでも製品が組み上げられます。

パソコンでは、CPU、HDD、メモリといったハードが大発展して、それまでのストレージ面での制約もなくなり、ソフトが仮に重複していても問題なく、モジュール化が可能となりました。すると、冗長性が許されるなら相互調整も不要になりますので、スピード重視の世界になって、モジュール分業が更に有利となりました。

これを支えているのが、シリコンバレー現象です。シリコンバレーでは、多様なベンチャー企業の生態系(ハビタット)の中で、それぞれのモジュールのチャンピオンを巡る激しい戦いが繰り広げられています。

また、技術融合領域の急拡大も見逃せません。異分野の技術を「組み合わせ」ることで、大きな価値を創造しています。たとえば、バイオと半導体を融合させたバイオチップがありますし、あるネット証券ではシリコンバレーを活用して、ライバルの大手証券会社より2桁も安いシステムを組むことに成功しています。もちろん、自社の業績にも直結しています。

このように、先端技術とその組合せをうまく活用することで、ベンチャー企業・中小企業が、小さなモジュールを巡る戦いの中で強い競争力を得て、新しいビジネスを起こしてきています。

ベンチャー経済を支えるエクイティ・ファンド

システム/360で世界初のモジュール化が実現されたと申しましたが、製品を販売した翌年には、IBMを飛び出してベンチャー創業をした人たちが登場しました。優秀な技術者たちは、最先端を知っていますから、「その先」が見えています。それで自分たちの次のアイデアを会社に提案するのですが、ピラミッド型大会社組織の上司たちの多くの反応は「今せっかく売れているのだから、リスクをとりたくない。もう少し待とう」という消極的なものになりがちです。日本では、こうなると全く先に進みませんが、アメリカの場合、上司が認めないなら「会社を飛び出して自分たちでやろう」というもう1つの道がありました。ベンチャーに、外部からお金を出資してくれる仕組み(エクイティ投資)が育ってきていたので、リスクを自分たちで負わなくてもよかったのです。彼らは「汚い12人」と罵られましたが、成功しました。こうした成功を見て、次々と大企業からのスピンオフ・ベンチャーが創業されました。それで周辺産業が形成され、更に激しい競争が起きてきたのです。また先端技術のある大学からもベンチャー創業が続きました。

ベンチャー政策を進めるにあたっては、エクイティ・ファイナンスの発達を抜きにしては考えられません。日本で真のモジュール化が進まない理由は、ここにあります。

世界で初めてエクイティ・ファンドができたのは1946年のことです。元軍人でHBS(ハーバード・ビジネス・スクール)のドリオ教授の提唱でARD(American Research and Development)が創設されました。戦争中にさまざまな技術が開発されましたが、それを商業化するにはリスク・マネーが必要でした。そこでファンド創設を呼びかけたのですが、最初はなかなか資金をだしてくれる人がいませんでした。エクイティ・ファイナンスの草創期は、必ずしも華々しいものではなく、苦労を重ねましたが、だんだんと成功事例も増えてきました。1957年には、西海岸では後にインテルを創業したノイス・ムーアらがフェアチャイルド・セミコンダクター社を創業しました。同時期に、東海岸では、ドリオ教授のARDがMIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院生に7万ドルを投資しました。DECのことですが、10年ちょっとで5000倍もの企業価値になりました。

アメリカ政府も58年にはSBICというファンド支援政策を創設します。60年代半ばには700ものベンチャー・キャピタルを支え、投資の3割がSBIC関連でした。大成功例も生み出していますし、現在でも投資案件の4割がSBIC支援を受けています。産業政策がないと言われたアメリカで、連邦政府の中小企業庁が、このようにベンチャー投資を支援しています。日本でも同様に63年には中小企業投資育成株式会社法ができましたが、アメリカとは別の道に進んでしまいました。

アメリカでもっとも株式公開が多かったのは、実は、シリコンバレー隆盛の90年代ではなく、69年の1298件です。つまり、自己実現のために自分の技術を基に創業して、大金持ちになった創業社長が1300人もいたということです。創業仲間を含めればこの数倍になるでしょう。優秀な技術者の間で「あいつにできるなら、俺だって」「バスに乗り遅れるな」という現象が起き、スピンオフ創業が続きました。モジュール化された小さな戦場で新しいアイデアを試そうとする技術者たちには、外から資金を支えてくれるエクイティ投資がサポートしてくれます。上場に至るまでのさまざまな問題を乗り越えるための道筋を、優秀で経験に富むベンチャー・キャピタリストがつないでくれます。ベンチャーの活躍でIT産業が発展すると、更にモジュール化が有利になり、次の投資を生むという好循環ができました。

日本でも大学発ベンチャーを支援してきましたが、最先端技術だけではだめで、それを資金、販路、経営陣などさまざまな面でサポートするエクイティ・ファンドが必須です。たとえば、バイオの草分けであるジェネンテックはスタンフォード大学から出てきましたが、エクイティ投資によって、従来は比較的地味な分野でもビジネス的に大成功するモデルができたのです。サンやシスコもスタンフォード大学からの創業ですし、デルもテキサス大学の学生が在学中に創業したものです。ネットスケープはイリノイ大学のいわば地方の学生が創業したのですが、シリコン・グラフィックスという立派なベンチャー企業の元社長がついたことにより、信用度も増し、大発展につながりました。

現代の国際競争をみますと、「モジュール化」、「ベンチャーとエクイティ」、「ディジタル技術の発展」が、いわば三位一体となって、相互に発展を促しあっています。ディジタル技術で綺麗なインターフェースで、きっちりとモジュールに仕切られていますので、ベンチャーも活躍できますし、国際分業も容易になります。

「水素社会」を実現する燃料電池

さて、本日のテーマの燃料電池についてですが、多方面での実用化が期待されています。まず、家庭で一家4人分の使用量を賄えるような定置用燃料電池。これは製品化の動きがかなり加速しており、2008年が大量生産実現の天王山です。次に携帯用燃料電池。パソコンや携帯電話用が開発されていますが、2007年に飛行機に搭載できるかどうかが焦点です。そして、燃料電池自動車は2002年には試験的市販が始まり、既に59台が公道を走っています。水素ステーションは首都圏に10カ所あって、経済産業省の中庭にも移動式のものが1つあります。

燃料電池は世界を変えます。たとえば、燃料電池車椅子も開発されています。現在の電動の車椅子はバッテリーが5時間しかもちません。燃料電池では既に12時間もちます。これなら、泊まりがけの旅行にも行けますし、ボンベを持っていればもっと遠出も可能です。まさに身体が不自由な方の世界が変わります。この車椅子には自分の家族が座るかもしれませんし、私自身が座るかもしれません。人ごとではありません。だからこそ、早く開発されてほしいものです。実は、この燃料電池車椅子の開発は、まさにモジュール型アーキテクチャを活用していて、世界中から一番よいものを集めてきています。デュポン系の台湾のベンチャー企業から燃料電池のセル、触媒は香港とアメリカで組んでいるところのものを試し、コーティングでもヨーロッパの技術を検討し、自社は得意なメタル技術を磨いています。

燃料電池の良いところは二酸化炭素の排出を大幅に削減でき、NOxやSOxは出さず、基本的に水しか出しませんから環境にとても良いのです。だから、介護ロボットなどにも使いやすいのです。ロボットといえば、ホンダのアシモ君のバッテリーは1時間くらいしかもたないそうです。携帯電話も最近ではTVも見ることができますが、2時間程度で電池が切れてしまっては、せっかくの機能が活かせません。だから、燃料電池の活躍が期待されています。

燃料電池の意義

効率が高く省エネルギーになる。環境負荷が少ない。エネルギー・セキュリティに優れる。分散型電源にも使える。新産業や雇用の創造にもつながるといった点が燃料電池の意義ですが、欧州では、特に環境負荷を考えていて、水素の製造も風力や太陽光などの再生可能エネルギーの活用を目指しています。アメリカでは、エネルギー・セキュリティの確保に重点を置いています。「9月11日」の惨事以降のテロ対応ということもありますし、最近では石油輸入が5割を超えるようになってきており、エネルギー・セキュリティの確保が重要になっています。また京都議定書を批准せず、技術による環境問題への対応を戦略的に進めています。水素が良いのは、天然ガス、石油、石炭、太陽光、風力、バイオマス、原子力など、何からでもつくれることです。政治的にも敵が少ないわけで、ブッシュ政権も燃料電池を熱心に推進しています。

アメリカがイニシアティブを握ろうとして、一昨年ワシントンで、初めて閣僚会議が開かれました。先進国に加え、中国、ロシア、ブラジル、インドなどが招かれていましたが、途上国で電力ネットワークが不十分な国では、バイオマス資源と燃料電池を活用してエネルギーを供給し、生活水準を上げるよう、とても熱心に取り組んでいるのがわかりました。

世界のトップリーダーたちも水素社会の推進にとても熱心です。EU委員会のプロディ前委員長の懐刀であるジェレミー・リフキンの著作に『水素エコノミー』があります。欧州が非常に深いところから「水素社会」を構想していることが窺えます。内容を簡単に紹介しましょう。

全ての生き物は生きるために食べ物が必要だ。昔の小作農は1カロリーの労働で10カロリーの作物を得た。今の近代農業では1カロリーの労働で6000カロリーを手にする。しかし、トウモロコシ缶詰1缶を得るのにその10倍ものエネルギーを消費してしまう。平均的4人家族が1年間で消費する牛肉の生産にも化石燃料が必要で、排出される炭素ガスは普通乗用車の半年分に相当する。乗り物にガソリン1リットルを使うと、食料生産用ガソリンが1リットル減る。化石燃料の枯渇、人口増加や農地への適地減少を考えると、「炭素サイクル」から「水素サイクル」への転換が必要だ。

実は水素の利用は、19世紀にジュール・ヴェルヌが『神秘の島』という本の中でとりあげています。その夢がもう少しで実現されるところまできているのです。また『水素エコノミー』の中には「ローマ帝国の熱力学」という部分があります。ローマ帝国はヨーロッパ大陸中にあった森や土地などの有効なエネルギー源を使いつくしてしまい、そのあとには貧困と病に苦しむ人々が残り、ヨーロッパが立ち直るまでに600年を要した、と述べています。しかし、これは現代文明社会でも起こりうることではないか、というのです。今すぐ化石燃料がなくならないとしても、長いスパンで考えて、水素社会を実現したい、ということを主張しています。

世界各国で水素社会の実現に向けて、さまざまな試みがなされています。2050年までに水素社会に要する投資額は、IEAの仲間の試算では、100~500兆円に上ります。彼は、こんな巨額なお金は国でも民間でも誰も払えないと悲観的でした。しかし、私に言わせれば、これだけ大きなビジネスチャンスがある訳ですし、技術を磨いて莫大なマーケットを取れれば凄いことです。技術開発が進めば当然費用も抑えられるでしょう。

燃料電池の導入シナリオ

日本政府はかなり野心的な目標を目指しています。いま日本には8000万台ほど自動車がありますが、このうち1500万台を2030年に燃料電池自動車にするとともに、定置用では大型発電所8~9基分の電力を賄うものを創るという目標です。野望ではなく「無謀」という批判もあります。でもビッグターゲットはチャレンジへの勇気を与えてくれます。技術開発には、必ず不確実性とそれに伴う予期せぬリスクや壁がありますので、大きな志を持ちながら、突き進むことが重要です。

小泉首相のリーダーシップで、2002年には、燃料電池自動車5台を国が導入しました。現在では官用車は8台となり、ナンバープレートをとって公道を走っている燃料電池自動車も59台になりました。また、愛知万博では、日本政府館(長久手会場)用の電源は、全て燃料電池で賄えるようにし、会場間の無料輸送用に燃料電池バスも8台走ります。定置用燃料電池では、全国33か所で、寒冷地、住宅密集地など実条件で実証試験をしています。

平成14年度分と同15年度分の発電効率、熱回収効率を比較すると、大幅な効率向上がみられます。トラブルの半数は4カ月間で発生しています。初期不良が多く、その発生部位を見ると、肝心のスタックは1/4にすぎず、その他の周辺装置が大半です。こうした部分では、故障データからのフィードバックによる「カイゼン」が効きますので、日本企業が得意とする手法で解決できるでしょう。直近のデータでは、故障回数も格段に減ってきていますし、スタック部分の故障比率は3%にまで低下しています。平成15年の発電効率は30%以上、熱回収効率50%で合わせると80%以上になっています。現在の大型発電所の効率は40数%で、遠隔地からの送電ロスがあり、総合すると37%程度ですから、効率の良さがわかります。大きさは、本体はクーラーの室外機と大差ありません。都市ガスを使用しても、二酸化炭素を3割減できることも実証されていて、環境特性も優れています。将来、技術が進んで水素炊きになれば、もっとクリーンになります。

しかし、問題もあります。日本企業は世界最強のものづくり能力をもっていますが、たとえば、自動車産業では、徹底した情報管理のうえに成り立っていて、秘密主義、自前主義で、自己完結型が主流であり、読めるイノベーションが得意です。しかし、量子力学など先端サイエンスの活用経験は乏しく、サプライヤー以外の先端外部企業との連携も必ずしも上手ではなく、ベンチャーとの付き合いもほとんどありません。技術ロードマップやモジュール型アーキテクチャには馴染みがありません。日本企業のものづくり面で蓄積された強みは、実は、燃料電池のようにトップサイエンスを活用した探索型イノベーションが必要な分野では、逆に弱みになっているように感じます。

政策の重点として、世界初の市場立上げ(家庭用燃料電池)を目指しています。燃料電池はまだ儲かるビジネスになっていませんが、家庭用の分野では2008年の量産化の判断に向けて各社が激しく競い合っています。実際にビジネスとして成立するようになると、そこからの日本企業のカイゼンスピードは、もの凄く、大いに期待できます。それには、コストダウンが大命題ですが、これにモジュール化戦略が活用できると考えています。

燃料電池でどうモジュール化戦略を活用するのか

燃料電池開発でのモジュール化戦略の例をいくつか挙げてみましょう。

(1) R&Dのモジュール化
燃料電池開発の問題点として、先ほど述べましたが、日本企業は世界最強のものづくり能力を誇る反面で、情報こそが競争力の生命線であり、情報管理が徹底しています。秘密主義、自前主義、自己完結型の「読めるイノベーション」が得意技です。他方で、燃料電池の開発では、サイエンスの基本に立ち返って、自由な発想での探索により、最適な材料構成を見出していくことが急務になっています。厳密な情報管理を当然の前提とする企業では、研究者は自由に論文を公表できませんし、外部との情報交換も大幅に制約されてします。そこで、「R&Dの内外製区分」を今一度、再定義して、日本が強いものづくりのためのエンジニアリング部分と、オープンな科学的知見の蓄積の部分を仕切り直すことが重要になります。このため、管理型組織に閉じこめられた理学博士や工学博士たちをいったん組織の壁を超えるところに集結させ、オープンな環境下で、科学的知見を蓄え、磨いていくことが1つの戦略となります。いわばR&Dのための組織のモジュール化・カプセル化を進めるのです。国内外から情熱ある若手のPh.Dを異分野から結集して、「Ph.Dの梁山泊」を創ります。4月に固体高分子形燃料電池先端基盤研究センター(FC-cubic)が設立されます。サイエンスの基本に立ち戻ったブレークスルーを日本が得意とするエンジニアリング領域につなげる戦略です。ただし、自由気ままに探索する訳ではなく、産業界の問題意識を踏まえたR&Dを進めていきます。このため、センター長には民間のトップサイエンティストを招聘し、若手Ph.Dを徹底的に鍛えてもらいます。世界のトップラボとの交流・提携にも期待しています。組織運営でも、当然、アドミニと研究を分離・モジュール化して、Ph.Dには研究に専念してもらい、文字通り新しい概念をPhilosophicalに創造してもらいます。

(2) 製品・部品のモジュール化
燃料電池は、もともといろいろな部品の「組合せ」でできています。ただし、現状では、システムのインテグレーション能力が非常に重要です。定置用燃料電池の製造コストは、技術革新がないと仮定した場合での試算結果によると、1万台レベルで平均118万円、最小で90万円になります。仮定の話ですが、パソコンのようなモジュール型にできれば、一番安いモジュールを集めればよいので、既に69万円になります。さらに、モジュールが独立に「進化」すれば、50万円台を切るのも夢ではありません。

私が言うまでもなく、既に明確なモジュラー戦略をとる日本企業が出始めています。モジュール化され、コストが圧倒的に下がれば、部品が壊れても取り替えればいいので、耐久性も二の次になります。

ところが問題もあります。日本は東西で大きなガス会社があり、石油会社がLPGや灯油を供給している地域もあり、それぞれで燃料電池の運転方式が違います。そこでいま、そのスペックをなんとか整合化しようとしています。携帯電話が高コストになってしまったのも、通信会社ごとに規格がまちまちだったことに大きく起因しています。同じ道を辿ってしまうと、市場創造はできません。

そこで、燃料電池セル以外の補機、つまりポンプ、ブロア、電磁弁、センサーなどの互換化や共用化を進めようとしています。補機のサプライヤーも囲い込まれた1社だけに供給するより、3社、5社が同じものを買ってくれるなら、コストダウンもしやすくなります。さらに、ハイスペックな特殊部品では共同開発を支援します。

加えて、優秀な部品サプライヤーの新規参入を促すために、家庭用燃料電池の補機に求められるスペックを今春資源エネルギー庁でとりまとめ、公表します(注:4月21日にウェブサイト等で発表済み。[PDF:1.6MB])。また、中小企業庁とも連携して、中小ベンチャー企業による開発を支援し、展示会等による情報発信支援も行います。こうした部品スペックのオープン化は、大阪商工会議所が平成14年に会員限定で取り組んでいました。この試みは素晴らしいので、日本全国や世界にも発信したいと提案したところ、ご了解をいただきました。この間、技術も進化していますので、最新の情報に改訂して、発表します。燃料電池に必要な部品は、目標が高くて、低コスト化はもちろん、耐久性も10年、省電力化、低出力で安定といった厳しい条件をクリアしなければなりません。しかし、こうした厳しい競争に勝ち抜いた中小ベンチャー企業にも大きなビジネスチャンスが拓けてきます。

このように家庭用燃料電池の分野では、部分モジュール化戦略を活用してコストダウンへの道を探っています。(参考資料の中の「定置用燃料電池市場化戦略検討会報告書」[PDF:1.6MB]参照

(3) 企業組織のモジュール化(外部活用)
アメリカのエネルギー省も、モジュール化理論を意識しているかどうかは分かりませんが、政策の内容としては、明確なモジュール化戦略をとっています。技術ロードマップによる自己実現目標を設定し、ベンチャーによる開発を支援します。「エネルギー省」なのに、科学者向けにベンチャー創業に関する本までつくっています。これは、半導体産業でのアメリカの勝ちパターンなのです。

そして、大企業に互してベンチャー企業がかなり活躍を始めています。たとえば、10万ドル以下の燃料電池車をAnuvuというベンチャーが発売しています。この製品は、燃料電池もモジュール化されています。ハワイにあるHOKU Scientificはトップキャピタリストも注目するベンチャーで、コストの安い炭化水素系の電解質膜に取り組んでいます。インテルが投資すベンチャーにはPoly Fuelがあります。元インテル・ジャパン社長の傳田信行氏は、サイエンス面で強いアメリカのベンチャーとものづくり面で強い日本企業との日米連携を支援しています。

燃料電池で活躍するベンチャーは、アメリカだけではありません。日本でも多くの中小ベンチャー企業が活躍しています。

(4)派生技術オプションの価値創造
燃料電池は最先端技術ですから、ここからの派生技術にも重要なものが出てきます。

2001年設立のイーメックスは、たった2人で創業したベンチャーですが、イオン交換樹脂膜を利用した「人工筋肉」「高分子アクチュエータ」を開発し、燃料電池でも重要なキャパシタ、マイクロポンプに応用しています。現在は、携帯電話用のズームレンズ駆動機構への活用を目指しています。17人の若い博士集団が優れた技術を創造しています。このように燃料電池の派生技術にも大きなビジネスチャンスが潜んでいます。

最後になりますが、燃料電池開発は、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、人類と地球を救うプロジェクトです。国家百年の大計であり、かつ、世界共通のチャレンジです。競争領域では秘密厳守は当然ですが、非競争領域についてはオープンなイノベーションが必要ですし、政策面でも日本もオープンポリシーを徹底追求していきます。大企業での開発を支援するとともに、ベンチャー・キャピタル、国内外のベンチャー企業の方たちとの提携も、重要になると感じています。

質疑応答

Q:

天然ガスから水素をとりだすと、やはり二酸化炭素が出るのではないですか?

A:

燃料電池は非常に効率がよいので、二酸化炭素の排出は従来より30%減らせます。これが純水素を使うと、改質器は不要となり部材費が半分になりますし、発電効率も非常に高くなります。水素製造方法を工夫すれば100%近い削減も夢ではありません。そういう意味で純水素を使う燃料電池の開発も重要になってくると思います。その純水素はどこから供給するのかというと、国内の曹達工場や高炉や化学プラントから副生水素として出てきますので、いわば「準国産資源」として、これを活用するのです。現状でも、燃料電池自動車500万台分を十分賄える副生水素が、需要地の大都市周辺にあります。

Q:

バイオマスを利用した燃料電池ではどんな事例がありますか?

A:

バイオマスから水素をとりだすプロジェクトは現にありまして、日本計画機構というシンクタンクがドイツの技術を導入して、日本で改良し、既にデモプラントを造り始めています。バイオマスの利用は、二酸化炭素排出には中立的ですし、コスト的にも決して見劣りしませんし、分散型でローカルに製造できるのもメリットです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。