最近の金融・経済情勢と金融政策運営について

開催日 2004年12月13日
スピーカー 植田 和男 (日本銀行政策委員会審議委員)
モデレータ 植村 修一 (RIETI上席研究員)

議事録

日銀の金融政策

1982年から97年まで、CPIインフレ率は0%から3%の間を推移しており、ほぼ完璧に物価の安定は達成された。ただしその間、日本経済はバブルとその後の崩壊を経験しており、物価の安定のみをもって中央銀行の責任を完全に果たした、というわけにはいかない。

この5~6年間のデフレに対して日銀は種々の政策手段を駆使してきた。デフレ克服に時間がかかっているが、政府と日銀の取り組みがデフレの深刻化を防いできたと考える。

日銀の政策を理解する上で重要なのは、2001年の初めまで政策金利として位置付けていたオーバーナイトの金利である。90年代前半の経済の低迷に対応し、日銀は積極的に金利を引き下げた。金利がそれ以上下がらない状態が「流動性の罠」だとすると、日本経済は過去10年近く流動性の罠の状態にあったといえる。

クルーグマンの量的緩和論

クルーグマンの量的緩和論は、経済が流動性の罠に陥ったことを前提に、その先の金融緩和政策を考えるものである。現在は流動性の罠の状態にあるとしても、将来その罠から脱出する確率がゼロではないとし、しかもそれは、経済の実体部分に生じた動きが契機になると仮定する。

たとえば、将来、中国特需が起きて流動性の罠から脱出する。そのときに通常想定される以上のマネーを出す、すなわち不必要な金融緩和をすることを今約束しておく。その結果、現在からその時点へ向けてのインフレ率の期待値が上がり、実質金利が下がって、財・サービスに対する需要が刺激される、とする(ただし、実体部分のショックが実際に起きなければ、緩和政策を続けざるを得ない)。

日銀の量的緩和政策の効果

日本銀行が最初に採用した所謂ゼロ金利政策は、これと類似しており、デフレ懸念が払拭されるまで必要以上にゼロ金利を続けることがポイントだった。現在の量的緩和政策は、銀行に対する日銀当座預金の供給を、コアCPIインフレ率の前年比が安定的にプラスになるまで続ける、結果としてオーバーナイトの金利をゼロにするものである。

さらに、当座預金残高の目標を引き上げ、その目標達成に向けて多様なオペレーションを使っており、結果として、長・中期国債の金利を低位に保つ効果が認められる。さらに、そうした国債等の金利の安定化がその他の市場に波及した。ただし、全体としての金利の低位安定化効果が認められるものの、ある程度以下の格付けの借手への資金供給やその設備投資の喚起という意味では効果に限界があった。

景気の不透明感

日本経済は、今年の前半まで非常にいい形で上昇してきた。量的緩和政策から脱出できる時期も近いかと思われた時期もあったが、ここにきて、ある種の踊り場状態にある。

先ごろ新しい第3四半期のGDP推計値が発表されたが、連鎖指数化などに伴いGDPデフレータのデフレ幅が1%前後縮まったことから、実質GDPは1%ポイントほど下方修正された。第2、第3四半期の実質GDPはほぼゼロ成長である。今年の第2四半期前後、米国および中国経済が一時的な減速を経験したことが原因とも、グローバルなハイテク・サイクルの下降が原因ともいわれる。

電子部品・デバイス部門の在庫調整は、中程度の調整サイクルと判断される。このサイクルの終了は来年第1四半期から第3四半期までのいずれかの時点と見るのが一般的であり、比較的短期の調整で上昇局面に復帰すると見てよいのではないか。

生産指数はかなり低迷しているが、これは需要不足により低迷している電子部品・デバイス分野の調整と、好調な需要に生産が追いつかない素材の部分の動きとの両方を含んでいる。たとえば鉄鋼では、設備の稼働率が100%を大幅に超え増産できない状態である。鉄鋼価格の上昇は企業収益の増加を通じて、経済にプラスの波及効果をもたらす面もある。

より大きな点としては、10年間日本経済を悩ませてきた構造的諸問題に大幅な改善傾向が見られることである。企業関連の種々の過剰がかなり解消されてきており、仮に経済にある程度マイナスのショックが起こったとしても、それが長期化、深刻化するリスクは低下している。

方、物価は一時的な要因や石油製品の上昇部分を取り除くと、実体経済の改善にもかかわらず、1年近くマイナス0.5%前後で変化していない。景気が回復し、素材価格が上昇しているにもかかわらず、物価が上がってこなかったのは、ユニット・レーバーコストが下がり続けたためであり、その原因は生産性の上昇と賃金の抑制である。後者は特に最近の規制緩和に伴う非正規雇用の増加が原因と考えられる。この点に関する今後の動向を見通すことはなかなか難しく、CPI予測を困難なものにしている1つの背景でもある。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。