米国から見た新しい潮流

開催日 2004年7月14日
スピーカー 林 良造 (財団法人産業研究所顧問)
モデレータ 入江 一友 (RIETI総務ディレクター)
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議事録

10年ぶりのCambridge

私はこの1~2月はサンディエゴ大学、3~4月はハーバード大学に行き、再び米国を見直すことができました。そこでショックをうけたことは、日本から見ていた世界の景色と米国から見た世界の景色の広がりと深みがあまりにも違っていたことです。10年前は半導体問題やプラザ合意などの世界的な問題に日本も巻き込まれていたので、日本での議論も盛んでした。その頃に比べると現在はそういう状況ではないので、関心が年金問題などの国内問題に向いていることもその一因のようです。

世界のGDPに占める構成比(資料p2)のグラフを見ていただきますと、米国は自信を回復していて、日本・欧州は停滞、中国(東アジア)が勃興しているというように、世界の傾向がはっきりと表れています。米国の中でも日本・欧州より、中国の存在感が増しています。また米国の中では自国のことがかなり話題の中心になっています。欧州の場合は関心が低くなっても人的な存在感やつながりはあるのですが、日本の場合は米国から呼ばれなくなるし、日本からも行かなくなるということで、存在感がなくなってきているのが印象的でした。

米国のこの10年

10年前の前ブッシュ政権の米国は、経済的には日本の脅威を感じ、半導体産業や自動車産業などで苦境に立っていました。しかし、その後のクリントン政権はITによる経済復興という内向きの政策と日本たたきの時代で、私自身米国に対して興味を失っていました。

90年代の米国経済の回復は個人消費の伸びによるところが大きいです(資料p4左図参照)。背景には、10年間で3000万人の人口増があります。これは米国の歴史でも例をみないことで、うち約半分は移民です。また財政収支が95年から2000年にかけて黒字になっています(資料p4右図参照)。それで金融政策が機動的にとれるようになったということで、マクロ政策の環境が非常によくなりました。

これらとともに、経済再生をもたらした最大のポイントは、IT産業に対する投資とそれを生産性向上に結びつけていく総合的な力があったことで、グローバルで強力な市場中心への流れにうまく適応できたことだと思います。

この20年間でグローバル化が進み、ITによる圧倒的な情報の処理能力も加わって、強力な市場が生まれました。変化は速く、どんなに優秀な経営者であっても前に決断したことが突然不良債権化することがあります。かといってその変化について決断していかないと話にもならないということで、リスクマネージメントも要求されます。またIT化の結果どんなに精巧な製品であってもそれだけではだめで、顧客にとってより意味のある製品を作り出す商品開発とサービスの競争に変わってきています。

いち早く適応した米国

そういう新たな市場の時代に米国はいち早く適応しました。米国では「自由」「競争」はほとんど信仰のようなものです。それで本能的に市場の力を活かすことができたのだと思います。リスクが高いことにも耐えられるような、融資よりも出資中心の資本市場へと適応しました。

また、もともと日本よりも柔軟な労働市場がこの10年でさらに柔軟に変わりました。一方経営者に対しては、徹底的に市場に敏感になり、かつ収益を求めるということを迫るようなかたちでガバナンスのシステムが設計されています。

そのようにIT投資とITインフラをフルに活かすような環境をつくっています。私が10年ほど前に米国に留学していたときに、ちょうど学内でインターネットが使われ始めていて便利さを実感していたのですが、それが社会一般にも広がっていったわけです。数年前まではインターネット上でクレジット決算や小切手の処理をするのは気持ちが悪いという人がかなりいましたが、そうせざるをえないという状況になっていきました。そういう変化のなかで、生産性パラドックスと呼ばれていたものが、具体的に生産性の向上にむかって動き出したのだと思います。

R&D(研究開発)においても大きな変化をもたらしていて、たとえば我々が今まで成功の模範としていた超LSIプロジェクトのように、3~4年くらいの期間で、ある程度限られた人たちの中でやっていくというスタイルではなく、通信部門が典型的ですが、もっと早いペースで、研究の範囲ももっと広く取り、プロジェクトのまわりにはその進み具合を見ながらビジネスに結びつけていこうとする人たちが集まり、ベンチャーにつながっていくというようになりました。

個人金融資産の流れ(日米の比較)としては、次の図(資料p8)を見ていただくとわかりますように、米国では家計から企業へ直接資金が流れる割合が大きくなっています。そして銀行などへの預金にまわった資金が債権市場でリスク管理されながら企業に流れるという、リスクに強い構造になっています。

コーポレートガバナンス

コーポレートガバナンスという面でも米国は特殊です。米国では会社法ではなく証券取引法がコーポレートガバナンスをひっぱってきています。その背景には出資中心の金融であること、株式が分散所有されていたことがあります。この結果、すべての焦点がPrincipal-Agent関係にいき、経営者に権限を与え思い切った経営を期待する半面、いかに経営者がそれを悪用することのないよう、株主の利益を上げることに向かうようチェックするかに議論が集中しています。ガバナンスも銀行中心ではなく、アナリストなど市場の中でのエージェントがガバナンスの中心になっていて、欧州や日本とは違うのですが、それが世界をリードしグローバルスタンダードになっています。それの行き着く先が、外部取締役を中心とする一元化された取締役会というシステムです。

たとえば出発点は1956年ころからだと思いますが、取引所規則で外部取締役を認めるようになって、ペンセントラルの事件のときに外部取締役の責任が追及されました。その後、責任追及しやすいように株主代表訴訟の制度をゆるめました。機関投資家が増えるにつれ、いわゆるアクティブ運用からパッシブ運用に変わるプロセスでコーポレートガバナンスの中心が機関投資家に移り、株主総会でいろいろ提案するようになりました。そこまできて、エンロン・ワールドコムの事件が起きたので、さらに外部取締役が中心になり、情報公開を徹底させるような法律ができました。特異なかたちからスタートし、しかも早いアクションで進んでいます。外部取締役の責任が増したので、今まで5~6社かけ持ちでできたのにせいぜい3社がいいところ、というように変わってきたようです。

このコーポレートガバナンスはいかにもアメリカ的で特異なものですが、新たな市場が中心になっていく時代に資本市場、労働市場、ガバナンスというそれぞれの面で徹底的にその効率を追求させる仕組みをとり、成功しているのだと思います。

経済再生がもたらしたもの

では米国の経済再生は、次に何をもたらすのでしょうか。

1つは、ITを中心にした生産性向上は今も続いていますが、これはより少ない労働でより多くの生産ができるということで、Jobless Recoveryはかなり本質的な問題です。貧富の差が広がり「分断されたアメリカ」になるという論点もありますが、お金がNGOや大学に流れたり、ジョブ・シェアリングというかたちで、豊かさの恩恵をそれぞれが受けるということもあると思います。

2つめは、企業は徹底的に利益を追求するようになっていますが、社会的責任をどうとるかということです。いくつか考えられますが、短期的な利益と長期的な利益と分けるようにするとか、環境問題への取り組みを評価するとかの方法があると思います。

3つめは、米国は「自由と民主主義」を世界に広め、保護するという信仰のようなものがあって、そのためのコミットメントがかなり荒っぽいかたちで拡大し、経済的にはそれが財政赤字の形で出ているという状況です。

米国経済の本質的な強さは変わらないと思いますが、これらの問題をどう解決していくのかが気になるところです。

特に、米国の財政赤字と経常赤字が膨らんでいくのをみますと(資料p12)、ベトナム戦争のころを思い出します。財政のたれ流しからドルの信認にひびが入り、経常赤字が膨らみ、OPECが石油のドル価格を上げていく要因になったように、ある種の不安定要素をつくりだしていると思います。

台頭する中国経済

次に、対外的な関係をみますと、なんといっても中国との接近が印象的であり、これから長期間続くのではないかと思います。

中国はWTO加盟によって、今まで日本をモデルにしていた流れからはっきりと米国モデルへと移りました。中国の成長は、日本と同じ輸出依存型であっても、多国籍企業のサプライチェーンに入ることによって成長したということ、また非常に広範囲の農村を抱えており、農村の生産性向上と人口流出を調整することでぎりぎりのバランスを保っているということも、日本とは大きくパターンが違います。そして、国のサイズが大きいですから貿易、通貨、エネルギー面での世界経済へのインパクトも大きいのです。しかし中国内の経済システムの成熟度と世界へのインパクトとの間にアンバランスがあります。それが今後どう解消されて、多重なクッションをもつ成熟した資本主義に移行するのか、そのプロセスでいろいろなリスクが考えられます。

中国リスク

まず、バブルの危機です。政府が投資を締めようとしていますが、果たしてうまくいくか、議論の分かれるところです。次に、通貨調整は避けて通れないでしょう。それまでにその影響を乗り越えられるような社会構造をつくることができるかどうかです。それから、WTO加盟で国営企業の変革をめざしたのですが、2007年までにやると時間をきったことで、経済構造改革のスピードがそれに間に合うかというリスクが出てきました。

それとエネルギーの関係では、たとえば電力不足については、そのための投資、系統だった運用ができるかどうかが問題ですし、世界経済に衝撃を与えないような、クッションの役目を果たすインフラ、サービス産業、またはそういうバランス感覚を持った経営者が少ないのです。96年に石油の純輸入国になってからはある意味パニックに陥っていて、世界中どこも出さないような高値で鉱区を買いあさっています。石油市場は、70年代初めはオイル・メジャーの支配のもとにあったのが、十数年を経て市場中心に移行したわけですが、石油市場の下に天然ガス市場、その下により広範囲の省エネ・代エネ市場をつくり、石油市場で値段の高騰が起こったときに、その下のエネルギー市場全体がクッションとなり、柔軟に支えるという仕組みをつくりました。その前提にあるのは第一の層である石油市場の柔軟性です。これはサウジアラビアしか持っていません。そしてほかの大きなユーザー国がパニックにならないことが重要なのです。それでIEA(国際エネルギー機関)をつくったのですが、今、中国はパニックに陥っています。この問題は処理を間違えると、世界をひっくり返すような問題に発展する恐れがあります。

石油の需要の中心は中国、クッションになっているのがサウジで、米国の中東政策、イラク政策の結果起こってきているサウジの不安定化に対し、相変わらず中国は伸びていることにどう対処するかですが、私は中国をIEAに入れ、G7に入れてしまえばいいと思っています。70年代初め、日本をサミットやIEAに入れたように、まず中国をサークルに入れる必要があると思います。

最後に、一番本質的なリスクかもしれませんが、江沢民路線と新体制路線、この2つの中で社会主義的市場経済という本質的矛盾がどう解決されるのか、それが世界に与えるインパクトが非常に気になります。

日本経済の評価と課題

米国経済にとって、もう1つ、重要なのは日本経済です。欧州は、構造的なかたさはまだ残っていて、この20年間GDPの世界的な割合が減少し続けているし、中国はリスクがある、というときに、やはり日本のウェイトは高くなります。

今まで足をひっぱってきた不良債権問題がようやく解決に向かってきて、やっと日本経済が離陸したという感じです。ただし、米国のような激しい変化に耐えられるような構造、柔軟性というとまだまだです。その典型は郵貯です。その他労働市場・資本市場もまだまだ柔軟性に乏しいです。またGDPの140%という異常なレベルの財政赤字、すでに減り始めた生産人口に加えて2007年から総人口が減り始めます。人口が減るということは経済運営にとって大変なことなのです。

ただ米国から見れば、不良債権を乗り越えたということは評価されると思いますし、今までの事前調整型の政策決定よりも小泉首相流のやや事後評価型の政策決定のほうが評価されるでしょう。この3月ごろを境に日本の評価はガラッと変わりました。

同時にこの前の選挙後で小泉政権はどう変わるのかということで評価がまた変わることも考えられますが、こういう時日本からの発信が何もなされないのが残念です。

新たな脅威と新たな使命感

また米国のことに戻りまして、冷戦後の新世界秩序としてネオコン(自由と民主主義を世界へ)がでてきています。それに9.11がきっかけとなってテロとの戦いが始まり、経済外交は後方へ下がっています。

この「自由と民主主義を世界へ」というのを一国主義でやろうとしているのはブッシュ・スタイルで、民主党は「ソフトパワー」を主張しています。しかし「ソフトパワー」といっても当然力を背景にしているわけで、現在とどれほど変わるかは懐疑的な意見が多いです。少し距離をおいてみると、引き時を失った70年代のベトナム戦争時の悪夢がよみがえりそうなのが心配です。

最も活発で流動的な地域アジア

世界の流れの中心は欧州からアジアに移ったといわれています。その中でも、中国は存在感を増大させています。たとえば、韓国の若者は米国より中国のほうが自分たちの味方だと言っています。WTOに加盟することで経済的に自分を縛り、外交でも自分を縛ることによって周辺国を安心させ信頼を勝ち取っています。前はいやがっていた多国間スキームへもどんどん入ってきています。

それに比べて米国は、依然としてアジアへの影響力の中心ではありますが、非常にナイーブに自分の力を表に出して、反発を招いています。そこで日本は米国とアジア両方から期待されるわけですが、日本は経済的にも政治的にも応答しようとしていないのが現実です。

米国にとって一番神経を使うのが台湾問題です。台湾問題になると、中国人と台湾人はとたんに感情的になります。ふだん政府を批判している中国人でさえそうです。

豊かな社会と競争

米国社会はもともと多国籍でしたが、アジア人も加わってさらに多国籍化が進んでいます。

また10年前に比べて初等教育がシステマチックに、やや日本的な感じになっています。他方なかなかそこにお金がいっていないという問題もあります。

また女性の選択として、ある世代の人たちは肩肘張って職場に入っていった、次の世代の人たちは働くのが当然だったのですが、今は子育てをするか、職業をもつか、選択できるというのです。

大学はお金の出所を含めてグローバル化しています。ハーバード大学ケネディスクールの例では、中国からの資金がたくさん集まってました。また大学間の競争、経営は非常に戦略的になっていて、日本の大学と比べるとお金の使い方、人の雇い方など、ずいぶん差がついているというのが印象です。

最後に、大統領選挙についてですが、ブッシュ大統領にとって、アブグレイブ収容所の事件がかなりの痛手となっていて、現職で、戦争中の大統領としてはかなり支持率を落としていると思います。ただラルフ・ネーダー氏が出馬するので、それがブッシュ大統領に有利にはたらくかもしれません。

質疑応答

Q:

米国のコーポレートガバナンスの中で、不正行為に対する仕組みの変化などがあれば、教えていただけるでしょうか。

A:

会計監査人、会計監査人と経営者との間のリスクにポイントおき、他方会計の標準化、グローバル化をめざして、あまりにも時価評価に偏っていると思われるほどのスタンダードの設定、特に内部統制についてのペナルティの大きさで、着々と締めつけているという感じです。ただし欧州からみれば異議がありますし、あまりにも締めつけ方が一本筋になっているようです。また情報を外に出すことによって、世間からの評価を受けることにもっと委ねるべきではないか、という議論もあります。

Q:

米国の中国への対応に比べて、日本は中国との問題がうまく処理されていないように思います。米国から見て、日本の中国への対応はどうなのか、日本が主体的に関わっていくにはどうすればよいのか教えていただけますでしょうか。

A:

中国と米国との関係はいろいろな委員会をつくり、その中でぶつかりながらも、中国は上手に米国に気を遣って妥協するものは妥協しています。まずはWTOなどのプロセスで知的所有権の問題などはきちっと対応していくこと、それだけではなく中国がアジアの中で安心していられるような、お互いに変な警戒感をもたないようにしていくという観点から、会話の機会が圧倒的に少ないと思います。切り口は何でもよいので、会話の機会をまずつくり、日本に来てもらえるような状況をいかにつくるかということだと思います。

Q:

日本は柔軟性に欠けているというご指摘がありましたが、どのように対応すればよいとお考えですか。

A:

柔軟性と私が言っているのは、外から衝撃があったときにそれを和らげる働きをするプロセスなんですが、欧州、中国、日本、それぞれの問題の原因は違っています。欧州の場合は階級制、制度的な変革が遅いことなどがあり、日本より変化への対応は難しいでしょう。中国の場合は社会主義という硬直した制度があること、あまりにも早い市場の成立で、クッションの役割をする重層的な仕組みなどまるでできていないことがあります。日本の場合はあまりにも強いコンセンサスへの志向があって、環境変化に迅速に対応した政策がとられにくいことです。経済構造改革として経済財政諮問会議や、いろいろなかたちでの内閣での機構ができてきたので、それなりに変わってきているのではないでしょうか。

Q:

米国は柔軟な労働市場に適応したということでしたが、転職が盛んで求められた職場にシフトしやすいということでしたら、かなり前からそうだったように思いますが?

A:

解雇自由の原則があったのですが、80年代にビジネスモデルだったIBMや日本の企業が長期雇用の制度を入れました。制度と現実がずれていたのです。そういう企業がレイオフせざるをえなくなったとき、労働者の意識もものすごく変わりました。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。