農政を改革する─WTO・FTAを生き抜く農業戦略

開催日 2003年11月12日
スピーカー 山下 一仁 (RIETI上席研究員)
モデレータ 相楽 希美 (RIETI研究員)
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議事録

質疑応答

Q:

農業政策の財源についてですが、農業予算の中で賄うということは、農業の公共事業を削減して行うという意味も含まれるでしょうか? また、直接支払い制度の対象を考える時、いち地域全体も対象となるのか、ばらまきのようになってしまわないのでしょうか? フィリピン、メキシコからの豚、牛、鳥等についても同様に考えていくべきなのでしょうか? 時期的な問題で、所得補償からフェーズアウトし、次の段階にもっていくことが必要ではと思いますがどうでしょうか? FTAはその所得補償等で解決できるかもしれませんが、WTO交渉では途上国から、緑、青の政策もおかしいのではといわれており、所得補償がとれなくなることはないでしょうか?

A:

財源については、公共事業費は農林水産省予算の多くを占めていますが、公共事業費だけでなく、思い切って全体を見直す必要があると思います。農業が存続できるかどうかというときに、特定グループや団体を維持するのか、日本農業を守るのかという選択の問題であり、高度なレベルでの判断が必要な時期に来ていると、個人的には思います。

対象者については、一定程度以上、私のイメージとしては、最初の5年間、都府県では3ヘクタール以上、北海道では10ヘクタール以上を大規模農家とし、次の5年は大規模農家の基準3ヘクタールを5ヘクタールに、10ヘクタールを15ヘクタールへと変更し、対象としていきます。この直接支払いは農家の規模拡大を行うためのインセンティブであり、インセンティブを活用しなかった農家がずっと受け続けることは適当ではありません。私は、集落営農という形ですべての農家に行き渡るということはやめるべきだと思います。ただし、集落営農の中でも1集落1農場といった法人化の進んでいる地域もありますので、これは対象にすべきだと思います。

また、豚や鳥については、これらが守るべき農業かという議論をした上で、農地面積あたりの支払いではなく、一頭あたりいくらという直接支払いも検討できるのではないでしょうか。

フェーズアウトについて、EUは未来永劫に続く直接支払いです。一度に国際価格まで下げることも可能ですが、そのためには膨大な財政負担が必要となります。私の提案する直接支払いの直接効果はそのようなものですが、間接的効果によって、農家が規模拡大を行うことでコストを削減していけば、財政負担は大幅に軽減することができると思います。規模拡大を行うことでコストを国際価格まで下げるという機会を与えれば、国際価格に対応していくことができると思います。規模拡大を行っても、最終的に国際価格に行き着かない場合には、EUのように直接支払いの継続が必要になってくると思います。

WTO交渉の結果、緑・青が継続できないのではないかというのは、もっともなご指摘だと思いますが、カンクンでアメリカが途上国の反発を受けたのは、青の政策が生産制限を要件とした直接支払いだったのに、その生産制限の要件をなくそうとしたためです。農業保護の削減を目指して交渉しているのに、それと逆行するようなことをしようとしたため、途上国をおこらせることになりました。しかし、アメリカ・EUが、緑・青の直接支払い廃止に合意するとは考えられません。ただし、私の仕組みの中で構造改革効果をもっているのは青の直接支払いですが、これについては上限を設定しよう等の動きがあります。ぐずぐずしているうちに、取りたい政策が取れなくなってくるのです。できる限り早い導入が必要です。

Q:

クロスコンプライアンス(環境的にメリットのある農業をやっている場合のみを対象とするといった要件)を農林水産省でも検討しているようですが、これを行う時の問題点は何でしょうか? また、政治的に離農対策が必要になると思いますが何が考えられるでしょうか?

A:

EUの行っている直接支払いは、75年に導入された条件不利地域の直接支払い、85年に導入された環境直接支払い(農薬・化学肥料の不使用等による収量減・コスト増の補填)、92年の青の直接支払いです。環境直接支払いは高度な行為を対象とするものですが、クロス・コンプライアンスとは、他の直接支払いを受けるときにも何らかの環境によい行為(Good Farming Practice)を要件とするものです。私が導入に関与した中山間地域(条件不利地域)への直接支払いは、日本として初めての直接支払いだったため、国民の支持を得るために、景観美化等、多面的機能を維持・増進することを要件としました。このように、国民の支持を得るための対策が必要になるでしょう。

離農については、EUの青の政策の直接支払いは、ほぼ90%が地代として出し手に帰属しています。日本の場合は、ある程度は直接支払いの受け手にも帰属するでしょうが、ある程度は農地の出し手の零細農家に地代としていきます。これが離農保障の役割を果たします。農業団体にこのロジックをどうしても理解していただけない場合には、次善の策として、最初から貸す方、借りた方に半分ずつ分けて直接支払いを行うこと考えられます。もちろん、零細農家も大規模農家に土地を貸さなければ支払いの対象にはなりません。こうした仕組みは、経済学的には資源配分の歪みを生じさせるのであまり行わないほうがよいのですが、政治的に問題になった時の対策としてはありえると思います。大切なのは、一定の対象者にターゲットを絞るということです。中山間地域への直接支払いのときも、隣の選挙区は対象となるのにこちらは対象とならない、自分の選挙区でもある町村は対象となるのにこの町村は対象とならないということが大変政治的に難しかったのですが、国民の理解を得て導入する以上、基準は客観的でなければならず、その基準が満たされないところは対象とすべきではないとして、対象地域・農地を絞り込みました。対象が限定されなければ構造改革効果もなくなります。

Q:

FTAのための直接支払いの重要性については理解できますが、時間という観点で考えた場合、案を提出し、それが導入され、効果があがるまで、相当な年数がかかるのではないかと思います。FTAに対して間に合うのでしょうか?

A:

3年前に私が本を書いた時に着手していただいていれば、こんな事態にはならなかったと悔しい思いはしています(笑)。WTOで100%の上限税率を決めたとしても一気に100%にするのではありません。たとえば、ウルグアイ・ラウンドも6年間の実施期間があり、その期間で関税率を平均36%削減していくということでした。FTAについては、ウルグアイ・ラウンドの時に実質上全ての貿易について関税をゼロにする状態まで10年かかってもよいと決められました。つまり10年間の期間をかけて目標価格に達すればよいということです。

Q:

大変すっきりとしたお話を聞いて、なるほどと思いました。現在の政策は、価格支持をして生産調整をするということで、転作先が必要になるため、野菜、牛肉など他のものも作らなくてはならない、守らなくてはならないという印象があります。仮に転作を重視した農業政策をやらなくてすむようにすると、無理に外国から高価な飼料を買ってきて高い関税をかけて、牛肉・豚肉を作るということに固執しなくても良い環境ができてくるのではないかという気がするのですが、いかがでしょうか? また、現在の農業政策は、山下さんのおっしゃったような政策にどこまで近づいているのでしょうか?

A:

米の価格を維持したい、この価格を維持したいというのが転作で、米の収益性が他の作物に比べて大変高くなります。従って、他の作物との収益性の格差を転作奨励金で補っています。生産調整の緩和の1つのメリットは、米価が下がっていけば、相対的に麦と大豆との格差が縮小するため、今後は転作奨励金を出さなくても、農家がもうかるから転作を行うようになることです。また、水田に対する直接支払いであり、その上にどの作物を作ってもよいという仕組みにするのです。

私は現在農林水産省から離れているので、実際のところは分かりませんが、今年の8月にアメリカとEUの合意があり、農林水産省も危機感を持ってきたのではないかと思います。食料・農業・農村基本法が制定され、それにもとづく基本計画が閣議決定されました。基本計画は5年計画ですので、見直しは少し先の話ですが、見直しに着手するという大臣談話が唐突に今年8月に出されました。この談話に諸外国の直接支払いも視野にいれてというフレーズが取り込まれていました。タイミングとしては少し遅すぎる気もしますが、方向としてはよい方向に向かっているのだと思います。

Q:

農村部を保護するような政策が続けられない政治情勢ですので、農政改革が進むと思います。農協も役場もそれでいいのであって、過疎化が進むのではないのだろうかと思いますが、そうすると日本の進めてきたインフラが無駄になるのではないでしょうか?

A:

過疎の話については、現在の保護を行っていても過疎が進行し、集落が消滅してきているというのが実体です。フランス農業の栄光の30年という言葉がありますが、フランスでは農業の構造改革が進んだ結果、農業者の年会構成は35~54才51%、55~64才21%、65才以上16%です。ところが、日本では60~64才12%、65歳以上54%です。弱い農家・農業を保護したとしても、いずれはなくなっていくのですから、強い農家・農業を育成し、大きくしていくべきではないでしょうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。